1.今回は、選択科目についてみていきます。まずは、選択科目別にみた短答式試験の受験者合格率です。
科目 | 短答 受験者数 |
短答 合格者数 |
短答 合格率 |
倒産 | 566 | 462 | 81.6% |
租税 | 199 | 138 | 69.3% |
経済 | 789 | 646 | 81.8% |
知財 | 552 | 421 | 76.2% |
労働 | 1072 | 884 | 82.4% |
環境 | 124 | 89 | 71.7% |
国公 | 71 | 49 | 69.0% |
国私 | 373 | 269 | 72.1% |
短答は、選択科目に関係なく同じ問題ですから、どの科目を選択したかによって、短答が有利になったり、不利になったりすることはありません。ですから、どの選択科目で受験したかと、短答合格率の間には、何らの相関性もないだろうと考えるのが普通です。しかし実際には、選択科目別の短答合格率には、毎年顕著な傾向があるのです。
その1つが、倒産法の合格率が高いということです。例年、倒産法は短答合格率トップで、このことは、倒産法選択者に実力者が多いことを意味しています。今年は、労働法、経済法に後れを取って3位となっていますが、それでも高い合格率です。倒産法ほど顕著ではありませんが、労働法も似たような傾向で、今年は短答トップとなりました。また、近時は予備組の経済法選択者が増加傾向にあるとみられ、それに伴って、短答合格率も上昇傾向です。今年は、労働法に次ぐ2位となりました。
逆に、国際公法は、毎年短答合格率が低いという傾向があります。今年も、最下位の合格率となりました。このことは、国際公法選択者に実力者が少ないことを意味しています。もっとも、ここ数年はちょっとその傾向が変化していて、一昨年はトップの合格率でした(「令和4年司法試験の結果について(10)」)。国際公法は母数が少ないので、イレギュラーが生じやすいのも特徴の1つです。国際公法ほど顕著ではありませんが、環境法も例年短答合格率が低く、今年は国際公法、租税法に次ぐ低い数字となりました。
また、新司法試験開始当初は、国際私法も合格率が低い傾向だったのですが、次第にそうでもない、という感じに変わってきました。その原因の1つには、大学在学中の予備試験合格者の選択が増えたのではないか、ということが考えられました。国際私法は、他の選択科目よりも学習の負担が少なく、渉外系法律事務所への就職を狙う際に親和性がありそうにみえる、ということが、その理由のようでした。しかし、近年は、再び短答合格率の低い科目となってきています。令和元年から令和4年まで、4年連続で短答合格率が下から2番目に低い科目となっていました。今年は、真ん中よりちょっと下という感じです。このことは、予備試験合格者の科目選択の傾向に変化が生じた可能性を示唆しています。直近の予備試験出願者の選択傾向をみても、国際私法は1割程度であり、労働法・倒産法・経済法の方が人気があることがわかります(「令和4年司法試験予備試験の出願状況について」、「令和5年司法試験予備試験の出願状況について」、「令和6年司法試験予備試験の出願状況について」)。
2.論文合格率をみてみましょう。下記は、選択科目別の短答合格者ベースの論文合格率です。
科目 | 短答 合格者数 |
論文 |
論文 合格率 |
倒産 | 462 | 255 | 55.1% |
租税 | 138 | 62 | 44.9% |
経済 | 646 | 344 | 53.2% |
知財 | 421 | 229 | 54.3% |
労働 | 884 | 503 | 56.9% |
環境 | 89 | 28 | 31.4% |
国公 | 49 | 26 | 53.0% |
国私 | 269 | 145 | 53.9% |
論文段階では、どの科目を選択したかによる影響が多少出てきます。もっとも、各選択科目の平均点は、全科目平均点に合わせて、どの科目も同じ数字になるように調整され、得点のバラ付きを示す標準偏差も、各科目10に調整されます。ですから、基本的には、選択科目の難易度によって、有利・不利は生じないはずなのです(※)。したがって、論文段階における合格率の差も、基本的には、どのような属性の選択者が多いか、実力者が多いのか、そうではないのか、といった要素によって、変動すると考えることができます。
※ 厳密には、個別のケースによって、採点格差調整(得点調整)が有利に作用したり、不利に作用したりする場合はあり得ます。極端な例でいえば、ある選択科目が簡単すぎて、全員100点だったとしましょう。その場合、全科目平均点の得点割合が45%だったとすると、得点調整後は全員が45点になります(なお、この場合は調整後も標準偏差が10にならない極めて例外的なケースです。)。この場合、選択科目の勉強をたくさんしていた人は、損をしたといえるでしょうし、逆に選択科目をあまり勉強していなかった人は、得をしたといえます。もっと分かりやすいのは、ある選択科目が極端に難しく、全員25点未満だった場合です。この場合は、素点段階で全員最低ライン未満となって不合格が確定する。これは、その選択科目を選んだことが決定的に不利に作用したといえるでしょう。このように、特定の選択科目が極端に易しかったり、難しかったりした場合などでは、どの科目を選んだかが有利・不利に作用します。とはいえ、通常は、ここまで極端なことは起きないので、科目間の難易度の差は、それほど論文合格率に影響していないと考えることができるのです。
論文合格率についても、かつては倒産法がトップになるという傾向が確立していました。ところが、平成26年に初めて国際私法がトップになって以降、この傾向に変化が生じました。以下の表は、平成26年以降で論文合格率トップとなった科目をまとめたものです。
年 | 論文合格率 トップの科目 |
平成26 | 国際私法 |
平成27 | 経済法 |
平成28 | 倒産法 |
平成29 | 国際公法 |
平成30 | 経済法 |
令和元 | 倒産法 |
令和2 | 労働法 |
令和3 | 経済法 |
令和4 | 経済法 |
令和5 | 経済法 |
令和6 | 労働法 |
今年は、4年ぶりに労働法がトップとなりました。もっとも、租税法・環境法を除けば、他の科目もそれなりの合格率なので、圧倒的優位とまではいえない状況です。このように、上位に顕著な差が生じなくなったことが、最近の傾向です。
一方で、下位については、例年、国際公法・環境法の論文合格率が低い傾向にあります。今年は、国際公法が結構普通である一方で、環境法は、ダントツの最下位となりました。「環境」というキーワードに惹きつけられやすい層に未修者が多いという可能性はありそうです。ブレが大きいのが国際私法で、かつては国際公法と同様に低い合格率でしたが、一時期、むしろ合格率上位のグループに属する傾向となり、大学在学中の予備試験合格者の選択が増えたみえたのでした。ところが、令和元年から低い論文合格率となり、一昨年までは低めの論文合格率で推移していましたが、昨年・今年と真ん中くらいの合格率になっています。短答の合格率も下がっているところからみて、予備組があまり選択しなくなったのでしょう。倒産法、労働法、経済法の強さと併せて考えると、予備組の選択傾向が国際私法から倒産法、労働法、経済法に移った可能性が高そうです。直近の予備試験出願者の選択傾向をみても、国際私法は1割弱であり、労働法・倒産法・経済法の方が人気があることが分かります(「令和4年司法試験予備試験の出願状況について」、「令和5年司法試験予備試験の出願状況について」、「令和6年司法試験予備試験の出願状況について」)。