令和6年予備試験刑事実務基礎の参考判例等

(参照条文)犯罪捜査規範

104条(実況見分)
 犯罪の現場その他の場所、身体又は物について事実発見のため必要があるときは、実況見分を行わなければならない。
2~4 (略)

110条(遺留物の領置)
 被疑者その他の者の遺留物を領置するに当つては、居住者、管理者その他関係者の立会を得て行うようにしなければならない。
2 前項の領置については、実況見分調書その他によりその物の発見された状況等を明確にした上、領置調書を作成しておかなければならない。

最大判昭36・6・7より引用。太字強調は当サイトによる。)

 憲法35条は、同33条の場合には令状によることなくして捜索、押収をすることができるものとしているところ、いわゆる緊急逮捕を認めた刑訴210条の規定が右憲法33条の趣旨に反しないことは、当裁判所の判例(昭和26年(あ)第3953号、同30年12月14日大法廷判決、刑集9巻13号2760頁)とするところである。同35条が右の如く捜索、押収につき令状主義の例外を認めているのは、この場合には、令状によることなくその逮捕に関連して必要な捜索、押収等の強制処分を行なうことを認めても、人権の保障上格別の弊害もなく、且つ、捜査上の便益にも適なうことが考慮されたによるものと解されるのであつて、刑訴220条が被疑者を緊急逮捕する場合において必要があるときは、逮捕の現場で捜索、差押等をすることができるものとし、且つ、これらの処分をするには令状を必要としない旨を規定するのは、緊急逮捕の場合について憲法35条の趣旨を具体的に明確化したものに外ならない。
 もつとも、右刑訴の規定について解明を要するのは、「逮捕する場合において」と「逮捕の現場で」の意義であるが、前者は、単なる時点よりも幅のある逮捕する際をいうのであり、後者は、場所的同一性を意味するにとどまるものと解するを相当とし、なお、前者の場合は、逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕着手時の前後関係は、これを問わないものと解すべきであつて、このことは、同条1項1号の規定の趣旨からも窺うことができるのである。従つて、例えば、緊急逮捕のため被疑者方に赴いたところ、被疑者がたまたま他出不在であつても、帰宅次第緊急逮捕する態勢の下に捜索、差押がなされ、且つ、これと時間的に接着して逮捕がなされる限り、その捜索、差押は、なお、緊急逮捕する場合その現場でなされたとするのを妨げるものではない。

 (中略)

 本件捜索、差押の経緯に徴すると、麻薬取締官等4名は、昭和30年10月11日午後8時30分頃路上において職務質問により麻薬を所持していたAを現行犯として逮捕し、同人を連行の上麻薬の入手先である被疑者B宅に同人を緊急逮捕すべく午後9時30分頃赴いたところ、同人が他出中であつたが、帰宅次第逮捕する態勢にあつた麻薬取締官等は、同人宅の捜索を開始し、第一審判決の判示第一の(一)の麻薬の包紙に関係ある雑誌及び同(二)の麻薬を押収し、捜索の殆んど終る頃同人が帰つて来たので、午後9時50分頃同人を適式に緊急逮捕すると共に、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をとり、逮捕状が発せられていることが明らかである。
 してみると、本件は緊急逮捕の場合であり、また、捜索、差押は、緊急逮捕に先行したとはいえ、時間的にはこれに接着し、場所的にも逮捕の現場と同一であるから、逮捕する際に逮捕の現場でなされたものというに妨げなく、右麻薬の捜索、差押は、緊急逮捕する場合の必要の限度内のものと認められるのであるから、右いずれの点からみても、違憲違法とする理由はないものといわなければならない。
 しかるに、原判決は、刑訴220条1項後段の規定によつて行なう捜索、差押は、緊急逮捕に着手した後に開始することを要し、緊急逮捕に着手しないで捜索、差押を先に行なうことは許されないとすると共に、緊急逮捕の現場でする捜索、差押であつても、その対象となるべき証拠物件の範囲は、その逮捕の基礎である被疑事実に関するものに限られるべきものであつて、他の犯罪に関するものにまで及ばないとし、第一審判決の判示第一の(二)の麻薬は、麻薬取締官等が被疑者Bを緊急逮捕すべく同人宅に赴いたところ、たまたま同人の不在のためその緊急逮捕に着手しないうちに同人宅の搜索を開始して差押えたものであり、その捜索、差押が殆んど終る頃になつて帰宅した同人を逮捕したことが明らかであるから、かかる捜索、差押は違法といわなければならず、且つ、右被疑者につきその被疑事実とは別の麻薬所持なる余罪の証拠保全のためになされたものと解するのほかなき本件の捜索、差押は、この点においても違法たるを免かれないところであつて、要するに、本件捜索差押は、同条1項後段の規定に適合せず、且つ、令状によらない違法の捜索、差押であるから、憲法35条に違反するものといわなければならず、かかる違法の手続によつて押収された右麻薬及びその捜索差押調書等は、証拠としてこれを利用することは禁止されるものと解すべきものとする。しかし、右は、憲法及び刑訴法の解釈を誤つた違法があるものというべく、その違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

(引用終わり)

上記最大判昭36・6・7における横田喜三郎意見より引用。太字強調は当サイトによる。)

 刑事訴訟法第220条1項は、「被疑者を逮捕する場合において」、「逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること」ができるとしている。「被疑者を逮捕する場合において」といい、「逮捕の現場で」というのは、被疑者が現場にいて、逮捕と同時に捜索や差押を行なうか、すくなくとも逮捕の直前または直後に捜索や差押を行なうことを意味する。被疑者が不在であつて、逮捕ができない場合は、「被疑者を逮捕する場合」とはいえず、まして「逮捕の現場」とはいえない。そのような場合には、第218条にしたがつて、裁判官の令状を求め、それによつて捜索や差押を行なうべきで、令状なくしてこれらのことを行なうことはできない。
 本件の捜索と差押を見るに、麻薬取締官は、被疑者を緊急逮捕する目的で、午後9時30分頃に、被疑者の宅に着いた。被疑者は不在であつたが、ただちに捜索を開始し、麻薬を発見して、これを押収した。そこへ、被疑者が帰つてきたので、これを緊急逮捕した。それは午後9時50分頃であつた。そのさいに、麻薬取締官は、逮捕の令状も、捜索と差押の令状ももつていなかつた。そうしてみると、麻薬取締官は、被疑者を逮捕する場合とか、逮捕の現場とかいえないのに、捜索と差押の令状をもたないで、これらのことを行なつたものである。したがつて、それは刑事訴訟法第220条に違反し、さらに根本的には、憲法第35条に違反する。
 これに対して、多数意見では被疑者が午後9時50分頃に帰宅し、これを逮捕したから、捜索差押と逮捕は、同じ場所で行なわれ、時間的にも接着しているから、被疑者を逮捕する場合に逮捕の現場で捜索差押を行なつたものであり、憲法と刑事訴訟法に違反しないとする。しかし、捜索と差押は、被疑者が不在であつて、その行き先きも帰宅の時間もわからないときに開始され、実行され、完了されたのであつて、被疑者を逮捕する場合に行なつたものとはいえない。被疑者が間もなく帰宅し、これを逮捕したことは、予期しない偶然の事実にすぎないもし被疑者の帰宅がおくれるか、帰宅しなかつたならば、時間的と場所的の接着がなく、捜索差押を弁護することは、まつたく不可能であつたろう。同じ捜索差押の行為でありながら、被疑者が間もなく帰宅したという偶然の事実が起これば、適法なものになり、そうした事実が起こらなければ、違法なものになるというのは、あきらかに不合理である。ある捜索差押の行為が適法であるかいなかは、その行為そのものによつて判断すべきで、その後に起こつた偶然の事実によつて左右されるべきではない
 これによつて見れば、本件の捜索差押は、刑事訴訟法第220条に違反し、さらに根本的には、憲法第三五条に違反するといわなければならない。正当な理由と手続によらなければ、何人も逮捕されず、捜索差押も受けないことは、重要な基本的人権であつて、新憲法が強く保障することに照らして見れば、本件のような捜索差押は、適法なものと認めることができない。 。

(引用終わり)

米子強盗事件判例より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 所論のうち憲法31条、35条1項違反をいう点は、アタツシユケースをこじ開けた前示B巡査長の行為を警職法に違反するものと認めながら、アタツシユケース及び在中の帯封の証拠能力を認めた原判決の判断は、上記憲法の規定に違反する、というのである。
 しかし、前記ボーリングバツグの適法な開披によりすでにAを緊急逮捕することができるだけの要件が整い、しかも極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件においては、所論アタツシユケースをこじ開けた警察官の行為は、Aを逮捕する目的で緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視しうるものであるから、アタツシユケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれを排除すべきものとは認められず、これらを採証した第一審判決に違憲、違法はないとした原判決の判断は正当であつて、このことは当裁判所昭和31年(あ)第2863号同36年6月7日大法廷判決(刑集15巻6号915頁(※注:上記最大判昭36・6・7を指す。))の趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由がない。 。

(引用終わり)

(参照条文)刑訴法

139条
 裁判所は、身体の検査を拒む者を過料に処し、又はこれに刑を科しても、その効果がないと認めるときは、そのまま、身体の検査を行うことができる

168条
 鑑定人は、鑑定について必要がある場合には、裁判所の許可を受けて、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り、身体を検査し、死体を解剖し、墳墓を発掘し、又は物を破壊することができる。
2 (略)
3 裁判所は、身体の検査に関し、適当と認める条件を附することができる
4、5 (略)
6 第131条、第137条、第138条及び第140条の規定は、鑑定人の第1項の規定によつてする身体の検査についてこれを準用する。
 ※注:「第131条、第137条、第138条及び第140条」は、「A、B、C及びD」の構造となっており、138条と140条の間にある139条を含まない。

172条
 身体の検査を受ける者が、鑑定人の第168条第1項の規定によつてする身体の検査を拒んだ場合には、鑑定人は、裁判官にその者の身体の検査を請求することができる。
2 前項の請求を受けた裁判官は、第10章の規定に準じ身体の検査をすることができる。

218条
 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない
2、3 (略)
4 第1項の令状は、検察官、検察事務官又は司法警察員の請求により、これを発する。
5 検察官、検察事務官又は司法警察員は、身体検査令状の請求をするには、身体の検査を必要とする理由及び身体の検査を受ける者の性別、健康状態その他裁判所の規則で定める事項を示さなければならない。
6 裁判官は、身体の検査に関し、適当と認める条件を附することができる

222条
 ……(略)……第137条から第140条までの規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第218条……(略)……の規定によつてする検証についてこれを準用する。ただし……(略)……。
2~7 (略)

223条
 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる
2 (略)

225条
 第223条第1項の規定による鑑定の嘱託を受けた者は、裁判官の許可を受けて、第168条第1項に規定する処分をすることができる
2 前項の許可の請求は、検察官、検察事務官又は司法警察員からこれをしなければならない。
3 裁判官は、前項の請求を相当と認めるときは、許可状を発しなければならない。
4 第168条第2項乃至第4項及び第6項の規定は、前項の許可状についてこれを準用する。
 ※注:「乃至」とは、現在における「から~まで」に対応する古い用例である。「第2項乃至第4項」とは、「第2項から第4項まで」の意味になるから、第3項が含まれる。

(東京地八王子支判平3・8・28より引用。)

一 本件の主位的訴因は、「被告人は、昭和61年3月3日八王子簡易裁判所において窃盗罪により懲役8月に、同62年11月30日同裁判所において同罪により懲役10月に、平成2年2月8日東京地方裁判所八王子支部において窃盗及び傷害罪により懲役1年4月に各処せられ、いずれもそのころ右各刑の執行を受けたものであるが、更に常習として、平成3年4月22日午後3時15分ころ、東京都西多摩郡<住所略>株式会社ホンダクリオ新東京羽村店において、試乗を口実に、株式会社ホンダリース所有の普通乗用自動車1台(時価320万円相当)を窃取した」というものである。

二 よって、検討するに、前掲各証拠及び甲の司法警察員に対する供述調書、検察官作成の電話聴取書、司法警察員作成の捜査報告書(平成3年4月24日付け)及び犯罪経歴照会結果報告書、判決書謄本(同2年2月8日付け)によれば、左記の事実が認定できる。

  記

1 被告人は、昭和62年6月ころ、24時間試乗会を催している東京都国立市内の株式会社ホンダクリオ新東京国立店に行き、同店営業員Bと商談後、ホンダレジェンド2700セダンの試乗を申し込んで約4時間試乗して同車を返還した。その1週間位後、被告人は、再度、同店に行って、今度はホンダレジェンドツードアハードトップの商談をして、その試乗車に乗ったが、被告人は、約定の24時間を経過しても返還せずにこれを乗り回していたため、右Bらが捜し回った末、その回収ができずに警察署へ相談に赴いたが、同署係官からは、右Bが自動車運転免許証等によって試乗をした被告人の氏名等を確認しておらず、また、24時間試乗会であったこと等からその試乗車の乗り逃げが詐欺罪、横領罪或いは窃盗罪のいずれかの判断がつかないため、直ちに犯人を逮捕することなどはできかねる旨説明があった。そのため、右Bらは、警察署へ被害届を提出することを諦めて、独自に右試乗車の捜索を続けていたところ、乗り逃げされてから約1週間後に被告人が右試乗車に乗って走行しているのに遭遇し、漸く被告人から右試乗車を取り戻すことができた。

2 被告人は、その外にも何か所かの自動車販売店で試乗車に乗っているが、それらの時は営業員が添乗していたため、試乗し終えた車両は直ちに回収されている。
 なお、被告人は、平成元年5月26日、現金払いで購入する旨嘘を言って自動車販売店の従業員に乗用車を持って来させ、その隙を見て同車を乗り逃げしたが、翌日には検挙され、これを窃盗罪で起訴されて有罪判決を受けている。

3 被告人は、新発売のホンダレジェンドに興味をもち、添乗員がいなければ試乗車を乗り逃げしようと考えて、平成3年4月22日午後1時45分ころ、本件被害者である株式会社ホンダクリオ新東京羽村店に電話をかけ、応対に出た営業員Aに対し、「Xという者です。レジェンドが欲しいので、お話ししたい。」「2時過ぎに伺います。」などと申し向けたうえ、同日午後2時15分ころ同店に行って、右Aに対し、購入客を装って、「スーパーレジェンドとレジェンドクーペの説明をして下さい。」「その2台の見積もりはどの位になりますか。」「スーパーレジェンドの方にしよう。」などと申し向けて、その見積書に虚偽の自己の氏名、住所、電話番号を書き込んでおき、同日午後3時15分ころ、Aに対し、「ちょっと試乗してみたい。」と申し向けた同人は、真実被告人が購入目的で試乗をするものと誤信し、同店に置いてあった株式会社ホンダリース所有の試乗車に被告人を乗車させ、一人で試乗してくるよう勧めたことから、被告人は、乗り逃げする意図のもとにその試乗車を同店から発進させ、しばらく走行したところで同車のガソリンが少ないことを示す警告灯が点灯しているのに気づいて、ガソリンスタンドでガソリン30リットルを給油して乗り回し、更に翌日もガソリン30リットルを補給して右試乗車を乗り回していたが、同月24日午前10時20分ころ、同都福生市内で、前記ホンダクリオ新東京羽村店整備係Cの乗った車と擦れ違ったことから、同人に止められた。そして、同人が、直ちに警察署に通報したため、被告人は、前記自動車盗の検挙歴があったこと等から、右試乗車の窃盗犯人として通常逮捕されるに至った。
 なお、被告人が右試乗車を乗り回した距離は約175キロメートルになる。

三 検察官は、「いわゆる「試乗」は、自動車販売店である被害者が、サービスの一貫として、顧客になると予想される者に対し、当該車両の性能等を体験して貰うことを目的に行っているものであって、試乗時間は10分ないし20分程度を、その運転距離も試乗を開始した地点の周辺が予定されており、そのため試乗車には僅かなガソリンしか入れていないこと、試乗車にもナンバープレートが取り付けられており、仮に勝手に乗り回されても、直ちに発見される可能性が極めて高いことなどからすると、試乗に供された車輌については被害者の事実上の支配が強く及んでおり、被告人の試乗車の乗り逃げ行為によって初めて、被害者側の事実上の支配を排除して被告人が自己の支配を確立したと見るべきであり、窃盗罪が成立することは明らかである。」旨主張する
 確かに、試乗目的は、検察官の指摘するところにあって、被害者の試乗車に対する占有の意思に欠けるところはなく、かつ、前記二の2のように自動車販売店の営業員等が試乗車に添乗している場合には、試乗車に対する自動車販売店の事実上の支配も継続しており、試乗車が自動車販売店の占有下にあるといえるが、本件のように、添乗員を付けないで試乗希望者に単独試乗させた場合には、たとえ僅かなガソリンしか入れておかなくとも、被告人が本件でやったように、試乗者においてガソリンを補給することができ、ガソリンを補給すれば試乗予定区間を外れて長時間にわたり長距離を走行することが可能であり、また、ナンバープレートが取り付けられていても、自動車は移動性が高く、前記二1で認定のとおり、殊に大都市においては多数の車輌に紛れてその発見が容易でないことからすれば、もはや自動車販売店の試乗車に対する事実上の支配は失われたものとみるのが相当である。
 そうすると、添乗員を付けなかった本件試乗車の被告人による乗り逃げは、被害者が被告人に試乗車の単独乗車をさせた時点で、同車に対する占有が被害者の意思により被告人に移転しているので、窃盗罪は成立せず、従って、主位的訴因ではなく予備的訴因によって詐欺罪の成立を認めたものである。。

(引用終わり)

最大判昭27・4・9より引用。太字強調は当サイトによる。)

 憲法37条2項は、裁判所が尋問すべきすべての証人に対して被告人にこれを審問する機会を充分に与えなければならないことを規定したものであつて、被告人にかかる審問の機会を与えない証人の供述には絶対的に証拠能力を認めないとの法意を含むものではない(昭和23年(れ)833号同24年5月18日大法廷判決判例集3巻6号789頁以下参照)。されば被告人のため反対尋問の機会を与えていない証人の供述又はその供述を録取した書類であつても、現にやむことを得ない事由があつて、その供述者を裁判所において尋問することが妨げられ、これがために被告人に反対尋問の機会を与え得ないような場合にあつては、これを裁判上証拠となし得べきものと解したからとて、必ずしも前記憲法の規定に背反するものではない。 刑訴321条1項2号が、検察官の面前における被告人以外の者の供述を録取した書面について、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明、若しくは国外にあるため、公判準備若しくは公判期日において供述することができないときは、これを証拠とすることができる旨規定し、その供述について既に被告人のため反対尋問の機会を与えたか否かを問わないのも、全く右と同一見地に出た立法ということができる。そしてこの規定にいわゆる「供述者が……供述することができないとき」としてその事由を掲記しているのは、もとよりその供述者を裁判所において証人として尋問することを妨ぐべき障碍事由を示したものに外ならないのであるから、これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において同条所定の書面に証拠能力を認めることを妨ぐるものではない。……(略)……尤も証言拒絶の場合においては、一旦証言を拒絶しても爾後その決意を翻して任意証言をする場合が絶無とはいい得ないのであつて、この点においては供述者死亡の場合とは必ずしも事情を同じくするものではないが、現にその証言を拒絶している限りにおいては被告人に反対尋問の機会を与え得ないことは全く同様であり、むしろ同条項にいわゆる供述者の国外にある場合に比すれば一層強き意味において、その供述を得ることができないものといわなければならない。

(引用終わり)

最決昭29・7・29より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 証人が、記憶喪失を理由として証言を拒む場合が、刑訴321条1項3号の場合に該当することは、当裁判所の判例の趣旨とするところである―昭和26年(あ)2357号、同27年4月9日大法廷判決、集6巻4号584頁(※注:上記最大判昭27・4・9を指す。)参照。

(引用終わり)

(大阪高判昭52・3・9より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 所論は、刑訴法321条1項2号前段は……(略)……原審決定に示されたような「列挙事由に準ずるに足る全面的供述不能の場合に限られる」と解すべきでなく、凡そ一部分であっても記憶喪失等のため証言できない以上はその部分に限ってでも2号前段が適用されるべきである旨主張するが、同号前段の趣旨にかんがみると、所論の如く要証事実の具体的内容をさらに細分してその一こま宛に区切って証言できなかったかどうかを分別するのは適切でなく、むしろ原審決定のいうように解するのが妥当であって、Vの原審証言に則していえば、被告人甲および同乙の各所為による被害の顛末はともかく証言し得ていることが明らかであって、2号前段列挙事由に準じて考えなければならぬ程の証言不能があるとは到底認め難く、所論Vの検察官調書2通は既にこの点において同号前段の要件を欠くものといわざるをえない。もっとも、記憶喪失による部分的な証言不能のため、その証言内容全体を検察官面前供述と対比し、要証事実について異った認定をきたす蓋然性があると考えられるほどの差異を生ずるに至ったときは、同号後段にいう「相反する供述」または「実質的に異った供述」との要件(以下あわせて相反性という)を具備し同後段により証拠能力を付与されることがある

(引用終わり)

(東京高判平22・5・27より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 供述者が公判準備若しくは公判期日において供述することのできないときとしてその事由を掲記しているのは、その供述者を裁判所において証人として尋問することを妨げるべき障害事由を示したもので、これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において検察官調書に証拠能力を認めることを妨げるものではないから、証人が証言を拒絶した場合にも、同号前段によりその検察官調書を採用することができる(最高裁昭和26年(あ)第2357号同27年4月9日大法廷判決・刑集6巻4号584頁(※注:上記最大判昭27・4・9を指す。))。しかし、同号前段の供述不能の要件は、証人尋問が不可能又は困難なため例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎付けるものであるから、一時的な供述不能では足りず、その状態が相当程度継続して存続しなければならないと解される。証人が証言を拒絶した場合についてみると、その証言拒絶の決意が固く、期日を改めたり、尋問場所や方法を配慮したりしても、翻意して証言する見通しが少ないときに、供述不能の要件を満たすといえる。もちろん、期日を改め、期間を置けば証言が得られる見込みがあるとしても、他方で迅速な裁判の要請も考慮する必要があり、事案の内容、証人の重要性、審理計画に与える影響、証言拒絶の理由及び態度等を総合考慮して、供述不能といえるかを判断するべきである。

(引用終わり)

最決昭32・9・30より引用。太字強調は当サイトによる。)

 相被告人の供述調書は、公判廷における夫々の供述と大綱においては一致しているが、供述調書の方が詳細であつて、全く実質的に異らないものとはいえないのであるから、同321条1項2号の要件をも満たしているということができる

(引用終わり)

最判昭30・1・11より引用。太字強調は当サイトによる。)

 刑訴321条1項2号は、伝聞証拠排斥に関する同320条の例外規定の一つであつて、このような供述調書を証拠とする必要性とその証拠について反対尋問を経ないでも充分の信用性ある情況の存在をその理由とするものである。そして証人が検察官の面前調書と異つた供述をしたことによりその必要性は充たされるし、また必ずしも外部的な特別の事情でなくても、その供述の内容自体によつてそれが信用性ある情況の存在を推知せしめる事由となると解すべきものである。

(引用終わり)

(参照条文)弁護士職務基本規程

5条(信義誠実)
 弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする。

75条(偽証のそそのかし)
 弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。

82条(解釈適用指針)
 この規程は、弁護士の職務の多様性と個別性に鑑み、その自由と独立を不当に侵すことのないよう、実質的に解釈し適用しなければならない。第5条の解釈適用に当たって、刑事弁護においては、被疑者及び被告人の防御権並びに弁護人の弁護権を侵害することのないように留意しなければならない
2 (略)

(東京高判平26・5・21より引用。太字強調は当サイトによる。)

 消極的真実義務とは、弁護士が、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない(基本規程75条)ということであり、控訴審の弁護人が被告人の意思にかなうよう、弁護活動として、1審で取り調べられた証人の証言の信用性について疑問を提示したり、裁判所の判断の問題点を指摘したりすることは何ら消極的真実義務に反するものではない。

(引用終わり)

戻る