令和6年予備試験論文式刑事実務基礎参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.当サイトでは、「規範の明示と事実の摘示」を強調しています。それは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型で、「規範の明示」と「事実の摘示」に極端な配点があるためです。近時の刑事実務基礎では、事実認定・当てはめ重視の事例処理型の設問と、民事実務基礎のように端的に解答すれば足りる一問一答型の設問の両方が出題されています。事例処理型の場合でも、規範の明示より事実の摘示・評価が重視されやすい傾向です。いずれにしても、他の科目のような「規範の明示と事実の摘示」という書き方は、必ずしも要求されません。

2.上記の傾向を踏まえ、刑事実務基礎においても、民事実務基礎と同様に、参考答案は1通のみ掲載しています。

 

【参考答案】

第1.設問1(1)

1.現場の写真撮影

 本件車両は放置され、現場は公道上で、管理権、プライバシー等の侵害を伴わない実況見分だからである(刑訴法197条1項本文)。

2.各半券の押収

 本件車両は公道上に放置されており、同車両内の証拠品は占有を放棄された物として遺留物に当たり、領置できる(同法221条)からである。

第2.設問1(2)

1.令状の種類

 身体の検査に関する条件として医師に医学的に相当な方法で行わせるべき旨が記載された鑑定処分許可状(刑訴法225条1項、3項、4項、168条3項)及び身体検査令状(同法218条1項後段、6項)

2.理由

 鑑定処分許可状は身体侵襲を根拠付ける(同法225条1項、168条1項)一方で直接強制できない(同法225条4項の172条不準用、168条6項の139条不準用)ため、直接強制の根拠として身体検査令状も要する(同法222条1項本文、139条)からである。

第3.設問2(1)

 後記第4の2(1)のとおり、詐欺罪の欺く行為を構成する本件車両借受申込み(以下、単に「申込み」という。)時に返却意思がなかった事実の立証の難易に影響するからである。

第4.設問2(2)

1.本件において、詐欺と単純横領は共罰的事前・事後行為の関係にあるから、申込み時に返却意思があったとする合理的な疑いを排斥できず、欺く行為が認められないときは、軽い単純横領にとどまる(利益原則)。

2.消極的に働く事実

(1)丙島は乙市の西約30kmにある離島であることから、申込み時(令和6年2月3日午後1時頃)において、既に車両用チケットを購入していれば、特段の反対事実がない限り、申込み時に返却意思がなかったと認定できる。しかし、車両用チケットは申込みの翌日に購入されており、そのような認定はできない。
 当初から返却意思がなかったのであれば、乗客用チケットと車両用チケットを同時に購入するのが便宜で自然である。しかし、Aは、乗客用チケットは往路と復路を併せて同月2日午後3時頃インターネットで予約購入したのに、車両用チケットは同月4日午後6時30分頃になって別途丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入している。これらの事実は、申込み時に返却意思があったのではないかという合理的な疑いを生じさせる。

(2)Xは同月1日のAとの電話で、同月5日の待ち合わせ場所を乙駅構内と約束した事実(同月14日付け検面調書X供述)がある一方で、Aは、同月5日午前10時頃、本件車両を運転して乙市内のX方を直接訪ねた事実がある。当初から返却意思がなかったのであれば、同月1日の電話において、車でX方を直接訪れると約束するのが自然であるから、これらの各事実は、申込み時には返却意思があったのではないかという合理的な疑いを生じさせる。

3.積極的に働く事実

(1)返却期限(同月4日午後5時)を過ぎても本件車両を返却しなかった事実、同日午後6時頃にAがVから現在地等を尋ねられても何も答えず、一方的に電話を切った事実、その後、Vが何度も電話をかけたが、Aが出なかった事実、Aが同日午後6時45分頃に本件車両とともに乙市行きの本件フェリーに乗り込んだ事実、同月5日午後1時頃、VがAに居場所を尋ねたところ、Aが「今、丙島にいる。もう少しで営業所に着く。」と虚偽の応答をして一方的に電話を切り、乙市内の観光を続けた事実、その後Aが一切電話に出なかった事実、申込み時に車種を指定した事実、AがXに「昔から欲しかった車種だった。」と言った事実(同月14日付け検面調書X供述)は、申込み時に返却意思がなかったと考えてよく整合する。
 しかし、上記各事実は、申込み時には返却意思があったが、その後に領得意思を生じたと考えても矛盾しないから、前記1の合理的な疑いを排斥するに足りない。

(2)申込み時に返却意思があったのであれば、その旨を弁解するのが自然であるところ、逮捕後のAは、Vから1週間延長してもらった旨の虚偽の弁解をしている。しかし、単純横領も犯罪であり、自らそれを認めることに心理的抵抗があることからすれば、前記1の合理的な疑いを排斥するには到底足りない。

(3)レンタカー料金の後払いを懇願した事実は、直接には料金支払意思に係るものではあるが、返却意思がない場合には、後払いにすることで料金支払も免れようという動機が生じるから、申込み時に返却意思がなかったと考えて整合する。しかし、後払いを希望する者が車両の返却意思を欠くのが通常であるとは到底いえず、Aの逮捕時の所持金が5万円でレンタカー料金3万円の後払いが可能であったことも併せ考えると、前記1の合理的な疑いを排斥するには到底足りない。

4.以上のとおり、申込み時に返却意思があったとする合理的な疑いを排斥できないことが、単純横領の罪で公判請求した理由である。

第5.設問2(3)

1.㋐、㋑及び㋒を検討した理由

 ㋐は返却期限、㋑はVから現在地等を尋ねられても何も答えず、一方的に電話を切った時、㋒はAが本件車両とともに乙市行きの本件フェリーに乗り込んだ時で、いずれも不法領得意思の発現と評価しうる要素を含んでいるからである。

2.㋐、㋑ではなく㋒と結論付けた理由

 ㋐、㋑の時点ではいまだVの許諾した利用範囲を逸脱したとはいえず、延滞して返却する意思にとどまる疑いが合理的に成立する余地を排斥できないが、㋒の時点では、丙島が乙市の西約30kmにある離島であることから、Vの許諾した利用範囲を明白に逸脱し、もはや返却意思があるとの合理的疑いの余地もない以上、不法領得意思が確定的に発現したといえるからである。

第6.設問3

 立証事項である令和6年2月5日にX方を訪れた際のAの言動等について、Xが、「もう何か月も前のことなので覚えていない」として全面的に供述しなかった事実、PがXの記憶喚起を試みたが、Xの証言内容が変わらなかった事実を、刑訴法321条1項2号前段の供述不能を基礎付けるものとして考慮した。なお、調書中の「もう期限過ぎてるけどね。」というA発言部分は、その存在自体から期限延長了承の事実がないことを推認させ、又は発言当時のAの期限超過の認識(精神状態)の供述となるから、同法324条1項、322条1項の要件充足を要しない。

第7.設問4

 真実義務(弁護士職務基本規程5条)は偽証のそそのかし等の禁止(同規程75条)を内容とする消極的なものにとどまる(同規程82条1項後段)。
 したがって、(1)の無罪主張は問題ないが、(2)は偽証のそそのかし等を含んでおり、同規程5条、75条に反する。

以上

戻る