1.前回の記事(「平成26年予備試験短答式の結果について(4)」)では、予備試験の合格者数をどんなに増やしても、合格率は均衡しないことから、その歯止めとなる防壁が必要だ、という話をしました。今回は、その防壁となる予備試験論文の合格点の下限について説明したいと思います。
2.昨年の予備論文の合格点は、210点でした。以前の記事(「平成25年予備試験論文式試験の結果について(3)」)で、これが予備試験論文の合格点の下限となる可能性があることを指摘しています。すなわち、予備試験の論文の採点は、優秀、良好、一応の水準、不良の4つの区分で行われるところ、得点率42%は、ちょうど一応の水準と不良の境界線となる点数であり、これを割り込むと、「不良でも合格」となってしまう。だから、ちょうど得点率42%に当たる210点は、合格点の下限であり、これ以上下げることはできないのではないか、ということです。
不良を合格させるわけにはいかないので、合格率の均衡が一歩後退しても構わないという理屈は、十分成り立ちます。前回紹介した閣議決定では、「資格試験としての予備試験のあるべき運用にも配意しながら」という文言が入っているからです。
(規制改革推進のための3か年計画(再改定)(平成21年3月31日閣議決定)より引用、太字強調は筆者)
法曹を目指す者の選択肢を狭めないよう、司法試験の本試験は、法科大学院修了者であるか予備試験合格者であるかを問わず、同一の基準により合否を判定する。また、本試験において公平な競争となるようにするため、予備試験合格者数について、事後的には、資格試験としての予備試験のあるべき運用にも配意しながら、予備試験合格者に占める本試験合格者の割合と法科大学院修了者に占める本試験合格者の割合とを均衡させるとともに、予備試験合格者数が絞られることで実質的に予備試験受験者が法科大学院を修了する者と比べて、本試験受験の機会において不利に扱われることのないようにする等の総合的考慮を行う。 これは、法科大学院修了者と予備試験合格者とが公平な競争となることが根源的に重要であることを示すものであり、法科大学院修了者と同等の能力・資質を有するかどうかを判定することが予備試験制度を設ける趣旨である。両者における同等の能力・資質とは、予備試験で課せられる法律基本科目、一般教養科目及び法律実務基礎科目について、予備試験に合格できる能力・資質と法科大学院を修了できる能力・資質とが同等であるべきであるという理念を意味する。
(引用終わり)
不良でも合格できてしまうようでは、資格試験としての予備試験のあるべき姿に反する。だから、合格率均衡は、不良は受からせないという限度で実現すればよい。このように解釈すれば、上記閣議決定を前提にしても、210点を合格点の下限に設定することは可能なのです。
3.もっとも、上記記事では、その背景として、予備論文の受験生のレベルが毎年のように下がっているということを、年ごとの上位層の人数や平均点を基礎にして指摘しています。すなわち、予備論文の合格点が下がっているのは、単純に合格者数が増えているというだけでなく、上位層も少なくなっていることにも原因がある。さらに、平均点も下がっていることからすれば、受験生のレベルがどんどん落ちていて、そのために、合格点が極限まで下がってしまったのだ。そういう説明になっています。
しかし、現在では、この説明には違和感があります。なぜなら、先日の記事(「平成26年予備試験短答式の結果について(2)」)で触れたとおり、予備の受験者のレベルは、下がるどころか、むしろ上がっている。そのことは、現役ロー生の受験の急増という数字と、実際の再現答案の出来という2つの側面から、裏付けられています。
とはいえ、客観的な数字をみると、確かに、上位層の人数は、年を追うごとに減っているようにみえます。以下は、各年の合格点に相当する得点における各年の類型人員の推移です。赤字は実際の合格者数を示しています。
平成23 | 平成24 | 平成25 | |
245点 | 123人 | 104人 | 78人 |
230点 | 247人 | 233人 | 190人 |
210点 | 499人 | 491人 | 381人 |
しかし、これは別の客観情報である現役ロー生の受験増や、再現答案の出来と矛盾する。これを、どう理解すればよいのでしょうか。この謎を解く鍵は、得点調整(採点格差調整)のカラクリにありました。
4.予備の論文でも、司法試験と同様の得点調整(採点格差調整)が行われます(「司法試験予備試験論文式試験の採点及び合否判定等の実施方法・基準について」)。そこで行われているのは、簡単に言えば平均点と標準偏差の調整です。全ての科目、考査委員の平均点を、全科目平均点に等しくし、標準偏差も一定の数字(司法試験では、各科目(100点満点)に対して10)に揃えるのです(詳細は、「司法試験得点調整の検討」を参照)。ただし、気をつけなければいけないのは、異なる年を比較する場合、標準偏差は等しいが、全科目平均点は異なるということです。このことが、上記の表を見る場合に、ある種の錯覚を生じさせていたのです。平成24年の平均点は190点でしたが、平成25年は175点でした(小数点以下切捨て)。これを基準にして、得点のバラつき(平均点からの距離)を一定にする(標準偏差を揃える)ということを行えばどうなるか。平成25年の方が上へのバラつきが抑えられることは明らかです。
5.そこで、平成24年と平成25年について、平均点を基準にして上下にプラスマイナス50点刻みで大まかな分布を調べたのが、下記の表です。それぞれの数字は、受験者総数に占める割合です。
得点水準 | 平成24年 | 平成25年 |
平均点+50以上 | 8.56% | 12.20% |
平均点以上 平均点+50未満 |
40.74% | 38.37% |
平均点-50以上 平均点未満 |
42.01% | 37.86% |
平均点-100以上 平均点-50未満 |
8.26% | 10.79% |
平均点-100未満 | 0.43% | 0.78% |
このようにしてみると、上位層の割合は、むしろ平成25年の方が多いことがわかります。他方、中間層が減って、極端な下位層が増加している。平成24年の最下位の点数は67.59点ですが、平成25年は19.26点です。このような極端な下位層の増加が、上位層の増加にかかわらず、平成25年の平均点を押し下げたと考えられるわけです。
6.極端な下位層が増加した場合、得点調整によって上位層の得点にどのような影響が出るのか。極端な数字を用いて簡単なシミュレーションをしたのが、下記の表です(算定根拠等の詳細は、「司法試験得点調整の検討」を参照)。
平成24年型 (素点) |
平成24年型 (調整後) |
平成25年型 (素点) |
平成25年型 (調整後) |
|
Aさん | 80 | 68.2 | 90 | 54.4 |
Bさん | 60 | 56.6 | 85 | 53.1 |
Cさん | 50 | 50.8 | 30 | 38.8 |
Dさん | 40 | 45.0 | 5 | 32.4 |
Eさん | 30 | 39.2 | 0 | 31.1 |
平均点 | 52 | 52 | 42 | 42 |
標準偏差 | 17.20 | 10 | 38.5 | 10 |
AさんからEさんまでの5人の受験生を考えます。平成24年型は、比較的バランスの採れた素点としました。他方、平成25年型は、上位と下位の得点を極端にしています。平均点は、平成25年型の方が10点低い一方、標準偏差は平成25年の方が大きい、つまり、バラつきが大きいということです。これに得点調整を施したものが、調整後の数字です。ここでのポイントは、年をまたぐ平均点の調整はない、ということです。ですから、調整後も、平均点の格差は解消しません。一方で、標準偏差、すなわち、バラつき具合だけは、等しく調整されることになります。
調整後の数字をみると、平成25年に素点で90点を取っても、調整後は平成24年の素点60点の点数より低い点数になってしまうことがわかります。つまり、極端な下位層の増加によって全体の平均点が下がってしまうと、得点調整によって上位陣の点数も押し下げられてしまう。そのために、平成25年は上位層のレベルは上がっていたのに、公表された得点別人員調べ(調整後の数字)で比較をすると、上位の得点を取った人員の数が減っていたのです。