黒猫さんの記事に関する補足説明

1.黒猫さんの2014/09/24付記事(「旧司法試験・合格基準点の読み方について」)について、若干補足しておきたいと思います。

2.まず、同記事の「批判①について」とする記述についてです。黒猫さんは、やはりまだ誤解をされています

 

(「旧司法試験・合格基準点の読み方について」より引用)

 論旨の骨格である「ある科目で上位の人が,他の科目では上位を取れない結果,総合得点が均衡する」状態が生じている場合,「素点の合計点は同じでも得点調整により調整後の総合得点が大幅に引き下げられてしまう」という統計上の現象が発生するか否かについて,黒猫も未だ確認はしていませんので,現時点における結論は留保せざるを得ません。

(引用終わり)

 

 黒猫さんは、当サイトの指摘した、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」と、schulzeさんの主張する実力の均衡による合格点の低下の現象とを、混同しています。両者は全く別の現象です。これらを混同してしまっているため、的外れな議論になっているのです。
 黒猫さんは、全科目を平均的に得点する人と、それと同一の合計点であるが得意科目と不得意科目のある人とを比較して、前者が法曹として適格だという主張をしておられますが、これは上記のいずれの現象とも関係のない議論です。schulzeさんの主張する実力の均衡による合格点の低下というのは、同じ合計点で得意科目と不得意科目があるというのではなく、高得点を取れない科目が生じる結果、文字通り合計点が下がる場合です。それは、「平成26年司法試験の結果について(4)の補足」の表1と表2を比較すれば明らかです。なお、当サイトの指摘する「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」は、素点の標準偏差が一定の数値を超えると生じるもので、どの科目で何点を取ったかという内訳は関係ありません。
 schulzeさんの主張の前提には相対評価の発想、すなわち、実力が均衡する場合には出来のいい答案でも低い素点が付くという考え方がありますので、これを完全な絶対評価と考えている黒猫さんとはそもそもその前提レベルで議論が噛み合わないのでしょう。なお、当サイトでは、schulzeさんのいうような現象が起こることは極めて偶然的であり可能性が低いこと、さらに、そのような現象が起こるとしても、それは合格レベルが下がっていないことを意味しないことを説明しています(「平成26年司法試験の結果について(4)」 、「平成26年司法試験の結果について(4)の補足」)。

 なお、全科目を平均的に得点する人と、得意科目と不得意科目のある人とを比較して、前者が法曹として適格であるとする黒猫さんの主張は、前記のとおり本論と無関係ですが、その内容を考えても不適切だと思います。黒猫さんは、以下のような例を挙げて説明されています。

 

(「旧司法試験・合格基準点の読み方について」より引用)

 例えば受験者Aは素点が憲法80点,民法40点,刑法60点,受験者Bは素点が憲法60点,民法60点,刑法60点だったとします。この場合,素点の合計点はA,Bのいずれも180点,1科目平均60点ということになりますが,法曹となるために必要な学識及び応用能力を有するかという視点から見れば,Bの方が合格者に相応しいことは明らかです。

(引用終わり)

 

 黒猫さんは、得意科目のある例として、実務での重要性の低い憲法を得意科目とする者を挙げていますこれは恣意的です。仮に、以下のような例に置き換えたらどうでしょうか。

 

 受験者A
憲法:20点
民法:80点
刑法:80点

 受験者B
憲法:60点
民法:60点
刑法:60点

 

 黒猫さんも、これでは受験者Bの方が法曹に適格だ、とは言いにくいでしょう。また、仮に黒猫さんの前提とするように憲法が得意で民法が不得意だとしても、「人権派弁護士としてやっていくにはむしろこの方が適格だ」という主義・主張もあり得るのです。このような主義・主張を絶対的に誤りであると否定する客観的資料はありません。このように、どのような得点の取り方が法曹に適格であるか否かということは一定の主観的評価の問題であり、議論すること自体が生産的とはいえず、不適切なのです

2.もう一つ、興味深いのは、黒猫さんの下記のご指摘部分です。

 

(「旧司法試験・合格基準点の読み方について」より引用、太字強調は筆者)

 「合格した最上位層の素点は下がっていないのに得点調整で得点を下げられた」という現象が成立するには,「平成18年以降の旧司法試験では,従来なら択一すら合格しなかった低レベルの受験者がどしどし択一試験に合格し,論文試験で従来ならあり得ない低レベルの答案が大量に出てきた」ことが必要不可欠です
 択一の合格最低点が上がっていた移行期の旧司法試験について,このような前提を立てるのはいかにも不自然かつ強引な議論というほかなく,しかも全体の質は下がっているのに合格した最上位層だけは従来どおりまたはそれ以上の質を維持している可能性というのは,「明日世界が滅びる可能性も無くはない」程度の可能性に過ぎないのではないかという気がします。

(引用終わり)

 

 黒猫さんは、「択一の合格点が上がったのだから論文のレベルが下がるはずがない」と思っておられるのです。しかし、これは筆者のみならず、当サイトの読者であれば、誤りであることが自明です。なぜなら、択一の合格点が上昇すれば「択一常勝将軍」が圧倒的に有利になるからです。そして、この「択一常勝将軍」は、同時に「論文常敗将軍」でもあります。択一は当たり前のように受かるが、論文は当たり前のように落ちる。このように極端に論文の苦手な者が、論文受験者の大半を占めるようになるわけですから、論文のレベルは下がって当然です。このことは、来年以降、4回目、5回目の受験者が参入すると論文のレベルが下がるということと、同じ理由です(「平成26年司法試験の結果について(3)」)。
 さて、ではその論文に「択一常勝将軍」は合格しているのか。当然ですが、合格していません。末期の旧試験では、毎年のように大学生の合格者比率が増加し、特に最後の論文試験の実施された平成22年旧試験では、実に4割が大学生だったのです(「平成22年度旧司法試験論文式試験の結果について」)。つまり、論文受験者の母集団をみると、圧倒的に論文の苦手な択一常勝将軍が多かったのに、論文合格者は、むしろ択一で苦戦した大学生が圧倒的な比率を占めていたのです(※)。ここに、「論文の母集団は低レベルだが、合格者のレベルはそれほど下がっていない」という事実を推認させるとてもわかりやすい構造があるのですね。 schulzeさんの主張していた「母集団の実力均衡」とは全く逆の、「母集団の実力の二極分化」が生じていたわけです。ただし、上記のことは「大学生ですら書けるような内容を、択一常勝将軍は身に付いたこだわりやクセによって書けなかっただけで、合格した大学生の方がレベルが高いことを意味しない」というように理解することも可能です。そして、このことこそが、論文攻略の最大のキーポイントなのですね。
 上記のような構造は、当サイトで繰り返し述べてきている短答と論文の特性の違いに起因します。重要なことは、黒猫さんのように丹念に司法試験関係の情報を分析している方ですら、これを見落としてしまっているということです。ましてや、一般のローの教官や予備校関係者はなおさらでしょう。このような基本的な特性を把握することなく誤った受験指導がされていることが、「論文に受かりにくい者は何度受けても受かりにくい」法則を固定化させてしまっているといえるでしょう。

※ 平成22年旧試験の択一合格者に占める24歳以下の割合は16.6%ですが、論文合格者に占める24歳以下の割合は、46.2%です。

 

3.それから、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が末期の旧試験に特に妥当するという根拠となる要素を、黒猫さんが指摘しておられるので紹介しておきたいと思います。

 

(「旧司法試験・合格基準点の読み方について」より引用、太字強調は筆者)

 平成18年以降の旧司法試験は新司法試験への移行に伴い合格者数が抑制され,最終合格率は平成19年以降1%を下回るという,とんでもない難関試験になっています。論文試験の合格率だけを見ても,平成10年と概ね同レベルにあると評価できる平成18年はともかく,平成19年以降は過去最低を更新する勢いで論文合格率が下がり続けています
 論文試験の得点が,考査委員による採点格差を調整するため偏差値的手法が用いられていることに争いはありませんが,論文試験の得点分布が正規分布に従うと仮定するのであれば,合格率15%であれば概ね偏差値60以上の成績を取っていないと合格できない合格率7%であれば概ね偏差値65以上の成績を取っていないと合格できない,ということになります。

(引用終わり)

 

 得点調整が偏差値的手法を採っていることは、上位の点数ほど素点との乖離が激しくなることを意味します。すなわち、平均点50点の試験では、素点50点を取れば偏差値も50です。しかし、素点で100点を取った人が、標準偏差が10を超えている限り、偏差値100ということはあり得ません。例えば、標準偏差が20であれば、偏差値は、

 (100-50)×10÷20+50=75

となります。素点と比較すると、100点の素点が75になってしまうのですから、25もの差が生じてしまうわけです。このように、上位陣になればなるほど、調整後の得点押下げ効果は高まるのです。
 そうすると、論文合格率が極端に低下した末期の旧試験では、合格最低点もかなり上位の水準になりますから、得点調整による得点押下げ効果の影響を強く受けていたことになります。このことが、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が、旧試験末期には顕著に影響したであろうと推測できる根拠です。

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