1.今回は、論文の合格レベルについてみていきます。まずは、従来の当サイトの説明に依拠して、今年の結果をみてみましょう。
今年の合格者数は、1810人です。そこで、論文で1810位を取るためには、何点必要なのか。これを調べることで、論文単独の合格ラインの目安がわかります。
平成26年司法試験論文式試験得点別人員調(合計得点)をみると、1810位の人の論文の合計点は、369点です。
論文は800点満点ですから、これは、満点の約46.1%ということになります。これは、どのくらいの水準なのでしょうか。論文の成績は、おおまかに4つの水準に分けられます(「司法試験における採点及び成績評価等の実施方法・基準について」)。以下は、各水準に対応する得点割合を表にまとめたものです。
優秀 | 100%~75% |
良好 | 74%~58% |
一応の水準 | 57%~42% |
不良 | 41%~0% (特に不良5%以下) |
46.1%という数字は、一応の水準の、下の方のレベルだということがわかります。優秀、良好どころか、一応の水準の内部ですら、下位レベルで受かってしまう。これが、現在の合格レベルなのだ、ということになります。
2.以上は、従来から当サイトが繰り返し説明してきた内容でした。ところが、上記の説明には、一つ疑問があります。すなわち、上記の説明は、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」を考慮していないのではないか、ということです。
「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」とは、何か。これを正確に理解するには、得点調整(採点格差調整)の仕組みを理解する必要があります。詳しくは、「司法試験得点調整の検討」の第一章で説明したとおりですが、細かい計算方法を省いて説明すると、その要点は、以下の2点です。
1:各科目の平均点をその年の全科目平均点に調整する(水準格差調整)
2:各科目の標準偏差を一定の数字(配点率)に調整する(バラつきの調整)
簡単に言えば、全ての科目について、その年の全科目平均点を中心に、例えば上下10点前後のバラつきに収まるように調整するわけです。このときに気をつけなければならないのは、異なる年の全科目平均点は、当然ながら異なるということです。例えば、ある年の全科目平均点が、1科目単位にすると50点だったとすると、得点調整によって、50点を中心に上下10点程度のバラつきに調整される。そうなると、上位陣の得点は、概ね60点くらいということになります。一方、次の年の全科目平均点が1科目単位にすると40点くらいに下がったとすると、得点調整によって、40点を中心に上下10点程度のバラつきに調整されます。そうなると、上位陣の得点は、概ね50点くらいに抑えられてしまう。これを、年をまたいで単純比較すると、上位陣の成績が10点くらい下がったように見えてしまうのです。
3.具体的な数字でみてみましょう。10人の受験生がいるとします。ある年は、以下のような得点でした。
素点 | 調整後 | |
受験生1 | 80 | 67 |
受験生2 | 70 | 61.52 |
受験生3 | 60 | 55.78 |
受験生4 | 55 | 52.91 |
受験生5 | 53 | 51.76 |
受験生6 | 50 | 50.04 |
受験生7 | 43 | 46.02 |
受験生8 | 35 | 41.43 |
受験生9 | 30 | 38.56 |
受験生10 | 25 | 35.69 |
平均点 | 50.1 | 50.07 |
標準偏差 | 17.42 | 9.95 |
この年は、例えば、上位2名合格なら、素点の合格点が70点、調整後の合格点は61.52点となります。上記の得点区分でいうと、いずれにしても良好の水準でなければ合格できない、ということになりますね。
次の年は、以下のような得点でした。上位陣の得点は変わりませんが、下位陣の得点が極端に下がったために、昨年よりも平均点が大幅に下がっています。
素点 | 調整後 | |
受験生1 | 80 | 50.89 |
受験生2 | 70 | 47.43 |
受験生3 | 60 | 43.97 |
受験生4 | 55 | 42.24 |
受験生5 | 35 | 35.32 |
受験生6 | 25 | 31.86 |
受験生7 | 15 | 28.4 |
受験生8 | 10 | 26.67 |
受験生9 | 5 | 24.95 |
受験生10 | 0 | 23.22 |
平均点 | 35.5 | 35.49 |
標準偏差 | 28.91 | 10 |
この年で、上位2名合格だとすると、素点の合格点は、昨年同様70点、良好の水準が必要ということになりますが、調整後の得点をみると、47.43点。これは、一応の水準の下の方の数字です。素点では全く同じ点数なのに、平均点が下がってしまったために、調整後の得点が押し下げられてしまった。その結果、このようなことになるのです。これが、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」です。大幅に下がった平均点35.5点を中心に、一定の得点幅に調整しようとしてしまうために、こういう現象が生じるのです。
これを考慮しないで、調整後の合格ラインだけを基準にしてしまうと、危険なことがわかります。本当は、素点で良好の水準を取らないと受からないのに、調整後の合格ラインが一応の水準だからという理由で、「出題趣旨のうち、採点実感で一応の水準に該当するとされた事項だけを書けば受かる」と考えてしまうと、実際にはそれは素点の一応の水準に必要な事項ですから、結局合格ラインに届かない、ということが起き得るのです。
4.筆者がこのことに気付いたのは、予備試験の上位陣の得点が、年々下がっていることに違和感を感じたからでした。予備試験では、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が顕著に影響していたのです(「平成26年予備試験短答式の結果について(5)」、「平成26年予備試験短答式の結果について(6)」)。
同様に、司法試験についても、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が顕著に影響するとすれば、従来の説明は根本的に誤っていた、ということになってしまいます。しかし、幸いなことに、司法試験においては、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」は生じていない、むしろ、逆に上位陣の得点は押し上げられている可能性が高いと考えられます。
なぜ、そのようなことがわかるのか。実は、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が生じるためには、条件があります。それは、「素点の標準偏差が配点率(司法試験では各科目10)を超えていること」です。前記の表をみてみるとわかりますが、どちらも素点の標準偏差が10を超えています。この仕組を簡単に説明すると、こういうことです。「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が生じるのは、平均点を中心に一定の得点幅にバラつきを抑制しようとすることが原因でした。しかし、常に「バラつきが抑制される」わけではありません。素点のバラつきがあまりに小さい(司法試験では各科目標準偏差10未満)と、むしろ、標準偏差が一定に(司法試験では各科目10)調整されるために、かえってバラつきが大きくなるのです。例えば、素点段階では平均点を中心に5点幅くらいしか得点のバラつきがなかったとすると、得点調整によって、平均点から10点幅くらいにバラつきが拡大する。これは、上位陣の得点を上昇させることを意味します。ですから、この場合には、むしろ、得点調整後の合格点は、素点ベースより高めにみえてしまうことになるわけです。
では、現在の司法試験の各科目の標準偏差は、10を超えているのか、10未満なのか。これは、最低ライン未満者の数を確認することでわかります。法務省は、得点調整後の得点分布を公表しています。その得点分布において最低ライン未満の点数になっている者の数と、実際の最低ライン未満者(これは素点ベースです)の数を比較するわけです。素点の標準偏差が10を超えていれば、下方への得点幅が抑制される結果、下位陣の調整後の得点は上昇します。その結果、調整後の最低ライン未満者の数は、実際の最低ライン未満者の数より少なくなるのです。逆に、素点の標準偏差が10未満なら、下方への得点幅が拡大する結果、下位陣の調整後の得点は下落します。その結果、調整後の最低ライン未満者の数は、実際の最低ライン未満者の数より多くなる。このことを、確認すればよいわけですね。
結論だけ説明すると、例年、公法以外は、調整後の最低ライン未満者の方が圧倒的に多くなるという確立した傾向があります(「平成25年司法試験の結果について(7)」、「司法試験得点調整の検討」第4章参照)
。すなわち、全体でみると、素点の標準偏差は、10より小さいのです。そういうわけで、司法試験では、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」は生じていない、という結論となるわけです。ですから、従来の説明は、今後も概ね妥当すると考えてよいということになります。
5.最近、この点についてブロガーのschulzeさんと黒猫さんという方が論争していることを知りました。
schulzeさんが、「司法試験の合格最低点を年度比較して、合格者のレベルを論じることができるか」という疑問を提起したことがきっかけのようです。schulzeさんがこのような疑問を持ったのは、旧司法試験末期の合格点がどんどん下がっていったことが契機だったとのことです。この点は、筆者が予備試験の上位陣の得点がどんどん下がったことに疑問を持ったことと似ています。
(「司法試験の合格最低点を年度比較して、合格者のレベルを論じることができるか」より引用)
私がこの問題に関心を持つようになったのは、末期の旧試験において合格最低点が年々どんどん下がっていったことが契機です。
もし司法試験の点数が絶対評価であり、年度間での比較が可能だとすると、平成20年の旧司法試験の合格者は平成9年ころの司法試験に数人しか合格できない、ということになってしまいます。
(末期の旧試験で140点を取るのは本当に至難の業でしたが、平成9年の合格最低点(丙案除く)は148点もありました。)
(引用終わり)
この疑問に対する答えは、前記の説明から明らかでしょう。旧試験は、新司法試験の配点率に相当する数字が、各科目4でした(「司法試験得点調整の検討」27ページ参照)。そして、旧試験では、調整後ベースで最低ライン未満者の判定がされていたのですが、少なくとも平成6年から平成16年まで、この最低ラインに引っかかった人は1人もいません(法務省資料参照)。これは、旧試験時代には、素点段階で大きく差を付ける採点が行われていたことを意味します。各科目の満点が類似する予備試験と、同様の採点傾向といえるでしょう。旧試験では、第1問と第2問の答案用紙を取り違えれば当該科目は零点であり、例年、これに当たる者が数人いたと言われています。にもかかわらず、調整後の最低ライン未満者が一人もでなかったのは、素点ベースのバラ付きが標準偏差4を大きく超えていたために、調整後ベースの下位陣の得点が引き上げられ、仮に零点でも、調整後は10点以上に引き上げられたと考えられるのです(「司法試験得点調整の検討」第3章参照)。前記の表でも、素点0点の受験者10が、調整後に23.22点になっていますね。ということは、旧試験では、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が大きく影響することになる。その結果、調整後の合格点が、平均点の下落に伴って毎年下がっていった。こういうことだったのです。
schulzeさんは、「母集団の実力が均衡すると、合格者でも相対的にどの科目でも高い点数を取り続けるのが難しくなるので、合格点は下がっていく」ことが原因ではないかと述べておられます。しかし、その考え方だと、安定して全科目上位を取れる人が少なくなったことを意味していますから、むしろ、合格レベルが下がったことを意味してしまいます。これは、schulzeさんの疑問を解消することになっていません。すなわち、「平成9年頃の合格者は全科目安定して上位を取って受かっていたが、平成20年合格者はそれができないので、仮に平成9年に受けていたら数人しか合格できない」という命題が成り立ってしまいます。schulzeさんは、末期の旧試験では全員がハイレベルなところで均衡しているので、相対評価で高得点にならなかった、という理解のようですが、それならば全科目平均点が高くなるので、合格点も高くならなければ筋が通りません。また、上位の受験生の総合得点が低得点で横並びに均衡するようになる成績というのは、かなり特殊です。特定の年に偶然そのような現象が生じるというならともかく、毎年合格点が下落しているという一定の傾向を持った現象の説明としては、不十分でしょう。ですから、schulzeさんの仮説は、誤っていると思います。
schulzeさんの仮説に対し、他のブロガーである黒猫さんが反論をされています(「「シュルジー現象」は存在するのか?」。schulzeさんの仮説が誤っているという指摘は、そのとおりなのですが、その理由が誤っています。黒猫さんは、schulzeさんのいう「母集団の実力が均衡」の意味を、「同一科目で差が付かない状態」を意味すると誤解し、それならば得点調整によって一定のバラつきになり、調整後には差が付いてしまうから、むしろ逆の結論になる、と言っています。しかし、schulzeさんのいう「母集団の実力が均衡する」状態とは、同一科目内の均衡ではなく、ある科目で上位の人が、他の科目では上位を取れない結果、総合得点が均衡するという趣旨ですから、黒猫さんの反論は、反論になっていません。議論が噛み合っていないのです。
それから、黒猫さんも、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」を看過しています(※)。そのために、得点調整後の合格点をもって合格レベルをそのまま測ることができると考えてしまっているのですね。正確には、合格点から合格レベルを測ることができるのは、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が生じない場合、すなわち、「素点の標準偏差が配点率を超えていない場合」という条件付きだということです。末期の旧試験については、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が生じる場合ですから、黒猫さんの見解とは異なり、合格レベルは調整後の合格点から測ることはできない。その意味で、schulzeさんの疑問は当たっていた、というのが正しい理解です。
※黒猫さんは、「全体の出来は良いのに合格最低点が低くなるということは,通常考えられないですね。全体の出来が良ければ得点算出の基礎となる平均点が高くなるので,合格最低点も通常は上がるはずです。」と述べておられますが、末期の旧試での合格レベルは最上位陣のレベルですから、それ以外の全体の出来は悪化していても、合格レベルの最上位層のレベルは下がっていないという状況は十分考えられるのです。黒猫さんは、この点を見落としているのです。
6.結局のところ、「一応の水準の真ん中」(得点率50%)は、やはり安定した合格ラインと考えてよいことがわかりました。とはいえ、このことは、ただわかっているというだけでは、意味がありません。具体的な学習法や、答案の書き方に反映させていく必要があります。まず、やるべきは、過去問分析です。近時の採点実感等に関する意見では、「優秀な答案の例は~」、「良好な答案の例は~」等と、比較的具体的な答案の例を列挙してくれています。その中で、一応の水準の例が、どの程度のレベルなのか。これを、しっかり意識するということです。ほとんどの場合、一応の水準のレベルというのは、出題趣旨に書いてあることのごく一部。このレベルだけをしっかり書けばよいと事前にわかっていれば、確実に書けるだろうという内容です。これを把握した上で、普段の学習では、その水準を丁寧に、正確に書けるように訓練する。単純なことなのですが、これだけで合格ラインをクリアできます。
7.出題趣旨に書いてあることの多くは、優秀、良好の水準に関する内容です。一応の水準に関する記述は、当たり前過ぎるので、あまり書いてくれていない。そのために、多くの人が、優秀、良好の水準に関する事項を書かないと、受からないと誤解してしまうのです。優秀、良好に当たる事柄まで一生懸命触れようとした結果、肝心の一応の水準の論述を落としてしまったり、規範が不正確であったり、当てはめが規範と対応していなかったり、あるいは、当てはめの評価が不十分だったりする。ほとんどの人が、これで不合格になっているのです。
よく、「何を書いていいかわかりませんでした」という人がいます。しかし、そのような問題でも、一応の水準に書いてあることについては、「さすがにそれはわかりますよ」と答えます。ならば、それを丁寧に書けばよいのですね。しかし、当然それでは問題文の中でうまく使えない部分や理論的におかしな部分がでてくるので、不安になる。実は、本試験の最大の敵は、この不安にあります。本試験の現場では、自分1人です。他の人がどう思っているのか、意見を聞くことはできません。自分だけがわかっていないのではないか、他の人はもっと書けるのではないか。そういう不安に負けてしまうと、なぜか当たり前のことすら、丁寧に書けなくなってしまいます。この不安との闘いが、本試験を難しくしているのです。
過去問を分析して、一応の水準のラインがどの程度かを押さえておけば、そんなことは無視して構わないという、開き直りの境地に立てるはずです。過去問分析の目的は、過去問について完全解を書けるようにすることではありません。どこまでは確実に押さえ、どこから先は無視して構わないのかという、相場観・大局観を体得することにあるのです。そのような相場観・大局観があれば、不安を感じつつも、これくらいで大丈夫だろうという感覚を本試験の現場で感じながら、問題文に立ち向かうことができる。問題文を読む際にも、基本的な誘導や論点だけはしっかり落とさないという目で読む。そういった問題文との向き合い方、問題文の読み方が自然にできるようになれば、安定して合格答案を書くことができるようになるでしょう。