1.今年は、合格者数が減ったことに注目が集まっていますが、それよりも注目すべきは、異常な最低ライン未満者数です。以下は、論文採点対象者に占める最低ライン未満者の割合の推移です。全科目平均点のカッコ内は、最低ライン未満者を含む数字です。
年 |
最低ライン 未満者 割合 |
前年比 |
論文試験 全科目 平均点 |
前年比 |
18 | 0.71% | --- | 404.06 | --- |
19 | 2.04% | +1.33% | 393.91 | -10.15 |
20 | 5.11% | +3.07% |
378.21 (372.18) |
-15.70 (---) |
21 | 4.68% | -0.43% |
367.10 (361.85) |
-11.11 (-10.33) |
22 | 6.47% | +1.79% |
353.80 (346.10) |
-13.30 (-15.75) |
23 | 6.75% | +0.28% |
353.05 (344.69) |
-0.75 (-1.41) |
24 | 8.54% | +1.79% |
363.54 (353.12) |
+10.49 (+8.43) |
25 | 7.62% | -0.92% |
361.62 (351.18) |
-1.92 (-1.94) |
26 | 13.4% | +5.78% | 359.16 (344.09) |
-2.46 (-7.09) |
平成20年から平成23年までは、5%前後で推移していました。それが、平成24年に跳ね上がります。当時、これは刑事系の問題が差が付き易い内容だったという特殊事情によるものだ、と説明していたのです(「平成24年司法試験の結果について(4)」)。また、平成25年も高めの数字ですが、当時は、これも倒産法という特殊要因があったからだ、という説明をしていました(「平成25年司法試験の結果について(7)」)。すなわち、平成24年、平成25年ですら、異常値だったのです。
しかし、今年はその異常値をはるかに上回る数字です。これまで、最低ライン未満者が1割を超えたことはありませんでした。今年は、これを軽く超えています。論文採点対象者(短答合格者)のうち、実に1割以上が最低ラインで不合格になっているのです。今年の数字が、いかに異常であるかがわかるでしょう。どうして、こんなことになってしまったのでしょうか。
2.最低ライン未満者が増加する要因は、大きく分けて2つあります。
一つは、全科目平均点の下落です。全体の出来が悪ければ、最低ライン未満者も増える。とても自然なことですね。上記の表で、最低ライン未満者の増加と、全科目平均点の下落の対応を確認してみてください。過去の例では、平成21年、平成24年、平成25年以外の年は、これで説明できます。
全科目平均点の下落で説明できない場合には、第2の要因、すなわち、素点のバラつきの大きさが原因です。最低ラインの判定は、素点ベースで行われます。素点のバラつきが大きいと、同じ平均点でも極端に得点の低い人の数が増えますね。ですから、最低ライン未満者の数が増えるわけです。従って、全科目平均点が下落したのに最低ライン未満者が増えなかった平成21年は、素点のバラつきの小さかった年であり、逆に全科目平均点が上がったのに最低ライン未満者が増えた平成24年は、素点のバラつきの大きい年だったといえます。平成25年は、前年の揺り戻しと倒産法の特殊要因の影響を受けた年でした。
3.さて、今年は、どうか。今年は、前年と比較して、全科目平均点はそれほど下がっていません。過去の数字と比較しても、平成22年、平成23年の全科目平均点よりは、むしろ高い数字です。全科目平均点の下落では、これほどまでの最低ライン未満者の急増を説明できません。従って、今年の最低ライン未満者の急増は、素点のバラつきが極端に大きかったことよって引き起こされたといえます。「受験生のレベルが下がったから最低ライン未満者が増えた」という説明がされがちですが、そのような説明は誤っています。
4.では、具体的にはどの科目が原因だったのか。以下は、5年分の科目別最低ライン未満者割合の推移です。選択科目については、当該科目選択者に占める割合を示しています。
22 | 23 | 24 | 25 | 26 | |
公法 | 2.25% | 2.97% | 3.74% | 2.83% | 10.33% |
民事 | 1.00% | 2.59% | 0.76% | 1.93% | 1.69% |
刑事 | 2.77% | 2.17% | 4.98% | 3.09% | 1.59% |
倒産 | 2.71% | 0.63% | 2.77% | 6.21% | 6.12% |
租税 | 0.87% | 0.00% | 1.85% | 0.51% | 1.98% |
経済 | 0.53% | 2.58% | 0.96% | 2.19% | 0.82% |
知財 | 2.48% | 2.59% | 1.46% | 1.27% | 1.12% |
労働 | 2.02% | 0.70% | 0.72% | 1.01% | 1.33% |
環境 | 1.28% | 1.36% | 0.34% | 0.37% | 0.21% |
国公 | 0.00% | 0.00% | 1.31% | 1.33% | 0.00% |
国私 | 0.00% | 0.75% | 0.76% | 1.82% | 1.65% |
主な原因は公法にあったことがわかります。公法だけで、論文採点対象者の1割が最低ライン未満となっています。過去に全く例のない、異常な数字です。また、昨年に引き続き、倒産法も高い数字になっています。倒産法も異常値なのですが、それが目立たないほど、公法の異常さが際立っています。
5.各科目の素点のバラ付きを確認してみましょう。以下は、素点ベース、得点調整後ベースの最低ライン未満者の人数をまとめたものです。素点ベースの数字は実際の最低ライン未満者数を、得点調整後ベースの数字は得点別人員調を基礎にしています。これを比較することで、素点と得点調整後の得点の変動をある程度知ることができます。
素点 ベース |
調整後 ベース |
|
公法 | 525 | 259 |
民事 | 86 | 214 |
刑事 | 81 | 282 |
倒産 | 100 | 68 |
租税 | 11 | 20 |
経済 | 7 | 25 |
知財 | 11 | 40 |
労働 | 33 | 114 |
環境 | 1 | 16 |
国公 | 0 | 2 |
国私 | 15 | 36 |
公法と倒産法だけが、素点ベースの方の人数が大きいことがわかります。それ以外の科目は、全て調整後ベースの方が人数が増えています。
公法と倒産法は、素点ベースのバラつきが大きかったので、調整後はそのバラつきが抑制されています。その結果、素点だと最低ライン未満の点数だった者が、調整後は最低ラインから外れるという現象が生じているわけです。他方、それ以外の科目は、逆に素点であまり差が付いていなかった。そのために、得点調整によって得点差が広げられ、素点では最低ライン未満でなかった者までが、最低ライン未満の点数になったのです。
公法は、従来から最低ライン未満者が多く、素点のバラつきも大きいという傾向がありました。しかし、今年はあまりにも極端です。どうしてそのような極端な採点がされたのか。出題趣旨と採点実感等に関する意見が公表された段階で、注意してみておく必要があります。現段階の予測では、憲法が原因ではないかと思っています。今年の問題は、明らかに薬事法判例をベースにした出題でした。にもかかわらず、薬事法判例を全く参照しない答案が一定数あったはずです。そのような答案が、極端に厳しい評価を受けた可能性があるでしょう。いずれにせよ、公法は例年極端な採点をされがちですので、出題趣旨、採点実感等に関する意見、再現答案等の分析の重要性が大きいといえます。
6.以前の記事(「平成26年司法試験の結果について(4)」)で、「全科目平均点の下落による上位陣の得点押下げ効果」が生じる条件として、「素点の標準偏差が配点率(司法試験では各科目10)を超えていること」が必要であるが、(新)司法試験では、この条件を満たしていないだろうということを説明しました。そのことは、上記のように、公法と倒産法以外の科目が、全てバラつきの小さい科目、すなわち、素点の標準偏差が配点率(司法試験では各科目10)を超えていない科目であるということが根拠になっています。確かに、今年の公法は、異常な素点のバラ付き具合でした。しかし、民事・刑事は逆に、得点調整後に最低ライン未満者が急増していることから、かなり標準偏差が小さい。全体としてみると、「素点の標準偏差が配点率(司法試験では各科目10)を超えてはいない」と判断してよいのではないかと思います。
それを確認する手がかりとして、最低ライン付近の得点が、得点調整によってどの程度変動しているのかをみてみましょう。これは、素点ベースで最低ラインをギリギリクリアした者の順位(最低ライン未満者数から逆算できます)に相当する得点調整後の得点(得点調整後の最低ライン)を調べることによってわかります。以下は、必須科目についてそれをまとめたものです。
素点の 最低ライン |
最低ライン 未満を免れる 最下位の順位 |
得点調整後の 最低ライン |
素点との差 | |
公法 | 50点 | 4555位 | 59点 | +9点 |
民事 | 75点 | 4994位 | 61点 | -14点 |
刑事 | 50点 | 4999位 | 34点 | -16点 |
※ 成績表には得点調整後の得点が記載されますから、見かけ上最低ライン未満の得点(例えば刑事で40点)なのに総合評価の対象となっている、ということがあり得ます。しかし、上記表中の「得点調整後の最低ライン」未満の者が、総合評価の対象となることはあり得ません。逆に、成績表では公法で55点と記載されているのに、総合評価の対象になっていない、ということもあり得るわけです。公法でも、60点ならば総合評価の対象となっているはずです。
公法は、素点のバラつきが大きかったので、得点調整が入ると、最低ライン付近の答案の得点が9点押し上げられる。他方、民事・刑事はその逆で、得点調整により民事は14点、刑事は16点、最低ライン付近の答案の得点が押し下げられています。全体としてみると、民事・刑事の影響の方が大きいといえます。このことは、上記の結論を裏付けます。
7.選択科目でみると、倒産法の最低ライン未満者が多く、しかも、素点のバラ付きが大きい。これは、毎年の確立した傾向です(※)。倒産法は、実力者が選択する傾向があるのですが、最低ライン未満者も多いという不思議な傾向があるのです。同じく選択者の多い労働法には、そのような傾向はありません。選択者の多い科目で、最低ラインのリスクの低い科目を選択したいという人は、労働法を選択するのが無難だといえるでしょう。
※ ただし、倒産法に関しては、素点のバラつきではなく、倒産法の平均点が低いということも考えられます。得点調整後には平均点が全科目平均点と等しくなることから、全体の水準が引き上げられて最低ライン未満に該当する者が減るという仕組みです。公法の場合には、全科目平均点に対する寄与度が大きいので、公法の平均点が低ければ全科目平均点も下がるだろうという関係があります。しかし、倒産法は選択科目なので、その寄与度が小さく、他の選択科目は高めの平均点なのに、倒産法だけが極端に平均点が低い結果、毎年最低ライン未満者が出ているという可能性も、否定できないわけです。ただ、その場合には、倒産法だけ厳しく採点されているということを意味しますから、やはりリスクの高い科目である、という位置付けに変わりはありません。