1.今回は、論文の合格レベルをみていきます。司法試験の合否は、短答と論文の総合評価で決まります。ですから、論文だけの合格点というものは、存在しません。もっとも、おおまかな論文の合格ラインを考えることは可能です。
今年の合格者数は、1850人でした。従って、論文で1850位に入れば、短答で逆転されない限り、合格できます。そこで、論文で1850位以内になるには、何点が必要か。法務省の公表した得点別人員調によれば、これはちょうど400点です。論文試験は800点満点ですから、これは得点率にすると、ちょうど50%ということなるわけです。
2.同様に、直近5年間の司法試験における合格者数の順位以内になるための論文の得点(ここでは便宜上「論文の合格点」と表記します)及びその得点率と、論文の全科目平均点、論文の合格点と全科目平均点の差、それから短答合格者ベースの論文合格率をまとめたのが、以下の表です。なお、全科目平均点は、最低ライン未満者を含み、小数点以下を切り捨てています。
年 | 論文の 合格点 |
合格点 得点率 |
全科目 平均点 |
合格点と 平均点の差 |
短答合格者 ベースの 論文合格率 |
23 | 368 | 46.0% | 344 | 24 | 36.4% |
24 | 375 | 46.8% | 353 | 22 | 39.3% |
25 | 373 | 46.6% | 351 | 22 | 38.9% |
26 | 370 | 46.2% | 344 | 26 | 35.6% |
27 | 400 | 50.0% | 365 | 35 | 34.8% |
これまで、概ね370点前後で安定していた論文の合格点が、今年になって急に30点も高くなったことがわかります。ただ、前回の記事でもみたように、全科目平均点が大幅に上昇していますから、合格点も上昇するのは、むしろ自然なことです。
問題は、論文の合格点と全科目平均点の差です。これまで、22点から26点の幅で収まっていたものが、今年は35点も開いています。これは、全科目平均点の上昇幅以上に、論文の合格点が上昇したことによります。つまり、今年の論文の合格点の上昇は、全科目平均点の上昇では説明できない部分を含んでいるということです。
この、全科目平均点の上昇では説明できない10点程度の差は、得点分布の変化によるものです。下記は、今年と昨年の論文の合計得点の分布の比較表です。平均点がおおよそ20点上がったことを考慮して、得点幅を20点ずらしています。
得点 | 平成27年人員 | 得点 | 平成26年人員 |
551点以上 | 21 | 531点以上 | 21 |
501~550 | 146 | 481~530 | 134 |
451~500 | 491 | 431~480 | 385 |
401~450 | 1159 | 381~430 | 968 |
351~400 | 1362 | 331~380 | 1465 |
301~350 | 1096 | 281~330 | 1186 |
251~300 | 620 | 231~280 | 627 |
201~250 | 267 | 181~230 | 223 |
151~200 | 101 | 131~180 | 52 |
101~150 | 39 | 81~130 | 14 |
100点以下 | 6 | 80点以下 | 5 |
昨年と比べて、今年は中間層がやや薄く、上位層と下位層とに二極分化していることがわかります。このことが、結果的に論文の合格点を引き上げたのです。
3.このことは、何を意味しているのでしょうか。各科目の得点の得点幅は、得点調整(採点格差調整)によって、標準偏差が各科目当たり10に固定されます(※)。ですから、毎年、得点幅は一定であるということです。しかし、論文の合計得点の得点幅は、毎年変動する可能性がある。それはなぜか。これを考えると、上記の分布の変化の意味が理解できます。
例えば、ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い点数を取る人は、他の科目も低い点数を取るという傾向がある場合には、合計得点の得点幅は大きくなります。他方、ある科目で高得点を取っても、他の科目では必ずしも高得点を取るとは限らない。同様に、ある科目で低い点数を取っても、他の科目では必ずしも低い得点を取るとは限らないという場合には、合計得点の得点幅は、小さくなるでしょう。このことは、各科目の得点幅が一定であっても、生じ得ることです。このように、各科目の標準偏差が一定に調整されても、合計得点の得点幅は、年ごとに変動することがあり得るのです。
では、昨年と比較して、今年は上位層と下位層の二極分化が生じた、すなわち、得点幅が広がったということは、何を意味するか。これはすなわち、上位陣は安定して全科目高得点を取り易かったのに対し、下位陣は安定して全科目低得点を取り易かったということです。公法系は得意だが、民事系は点が取れない、というようなことが、昨年よりもやや少なくなったということですね。
その原因は、どの科目も、攻略法が一致してきた、ということにあるのでしょう。すなわち、どの科目も、基本論点について、判例の規範を明示し、当てはまる事実を引いて当てはめれば、合格答案になる。その答案スタイルは、どの科目でもほぼ同じ(ただし、民訴は例外です)。だから、このスタイルを確立できている人は、どの科目も概ね点が取れるが、そうでない人は、どの科目も点が取れないという傾向が生じる。そういうことなのでしょう。その傾向が、より強まっているということです。
※ 法務省の資料では「配点率」と表記されているものに相当します。これは、公表されている得点別人員から計算することにより、1科目(100点満点)当たり10に設定されていることがわかっています(「司法試験得点調整の検討」28頁参照)。
4.今年の論文の合格ラインである得点率50%とは、どの程度の水準なのか。論文の成績は、おおまかに4つの水準に分けられます(「司法試験における採点及び成績評価等の実施方法・基準について」)。下記は、各水準に対応する得点割合を表にまとめたものです。
優秀 | 100%~75% |
良好 | 74%~58% |
一応の水準 | 57%~42% |
不良 | 41%~0% (特に不良5%以下) |
50%という数字は、一応の水準の、ちょうど真ん中だということがわかります。これまでは、概ね得点率46%が合格ラインでしたから、一応の水準の下位、と表現していました。それと比較すると、やや水準が上がったということはいえます。ただ、そのうちの20点分は、全科目平均点の上昇によるものですから、要求水準が上がったとはいい難いでしょう。他方、残りの10点分は、前記3のとおり、合格答案のスタイルを把握していればどの科目も安定して点が取れるようになってきたことによるものですから、その意味では要求水準がやや上がったということになります。
とはいえ、合格レベルは、優秀・良好のレベルではなく、一応の水準。それも、上位である必要がないということは変わりません。ですから、一応の水準として要求されていることををしっかり守るという基本戦略は、これからも変わりません。