平成28年予備試験論文式刑事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.予備試験の論文式試験における合格ラインは、平成25年、26年は、「一応の水準」の下限でした。昨年は、「一応の水準」の真ん中より少し下の辺りになっています(平成27年予備試験論文式試験の結果について(1)」)。当サイトでは、この一応の水準の真ん中を超える十分条件として、

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

という3つを提示しています。
 もっとも、上記のことが言えるのは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。近時の刑事実務基礎は、民事実務基礎と同様の傾向の出題となっており、事例処理型の問題ではありません。設問の数が多く、(知識さえあれば)それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式の問題に近い。そのため、上記(1)から(3)までを守るというような「書き方」によって合否が分かれる、というようなものではありません。端的に、「正解」を書いたかどうか単純に、それだけで差が付くのです。ですから、刑事実務基礎に関しても、民事実務基礎と同様、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足(知識不足)であったと考えてよいでしょう。実務基礎は、民事・刑事に共通して、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、生じにくく、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目といえます。ただし、民事実務基礎に関しては、主として要件事実を学習すればよいのに対し、刑事実務基礎は、学習しようとしても、なかなかその対象を絞りにくい刑事手続から事実認定まで、対象が幅広いからです。この点が、民事と刑事の重要な差であると思います。そのため、民事のように重点的に勉強しようとしても、なかなか効率的な学習が難しいのです。とはいえ、刑法・刑訴の基本的な知識(ただし、刑訴に関しては、規則等の細かい条文も把握しておく必要があります。)と、刑事事実認定の基本的な考え方(間接事実による推認の仕方、直接証拠型と間接事実型の推認構造の違いなど)を把握していれば、十分合格ラインに達します。ですから、刑事実務基礎に関しては、普段の刑訴の学習の際に、手続の条文を規則まできちんと引くようにする。そして、事実認定に関しては、過去問に出題されたようなものは、しっかりマスターするその程度の対策で、十分なのだろうと思います。
 以上のようなことから、参考答案は、他の科目ほど特徴的なものとはなっていませんほぼ模範解答のイメージに近いものとなっています。

2.今年の刑事実務基礎は、上記の傾向どおりの出題となっています。特に、今年は設問の数が多いことに注意が必要です。小問も含めると、設問1、設問2(1)、設問2(2)、設問3、設問4(1)、設問4(2)、設問5(1)、設問5(2)と、実に8つの問いがある。これらについて、1つ1つ丁寧に解答していたら、あっという間に答案用紙がパンクします。一問一答式のように、端的に解答するのが、形式面でのポイントです。

3.内容面について、簡単にポイントとなる部分を説明します。
 まず、設問1です。これは、大体ほとんどの人が、同じようなことを書くでしょう。差が付くのは、「認容がないので未必の故意もない。」ことを指摘できるかです。目を閉じて撃っているとしても、玄関付近を狙って撃っていることは認識しています。玄関先に撃てば、偶然人に当たる可能性があるわけですから、Aにはその可能性の認識はあった。しかし、脅すつもりだったので、人の死の認容がない、ということですね。「殺意の概念に言及しつつ」とあるのは、この点を問う趣旨なのでしょう。これは、刑法の基本的な知識があれば解答できる問題です。
 設問2の小問(1)は、指示説明と現場供述の区別です。ポイントは、証拠②のW供述の存在です。本問の場合、証拠②のW供述の信用性が肯定されれば、犯罪事実の存在は認定できます。後は、他の証拠により犯人とAの同一性を認定できれば、有罪認定が可能です。ですから、証拠③の実況見分調書は、現場の客観的状況が、W供述と整合し、矛盾がないということを示すためのもの、すなわち、W供述の信用性を補強する補助証拠ということになるのです。V役の警察官Yを立たせたのは、実況見分の結果明らかになった弾丸の玄関ドア着弾位置にVの体格と似た警察官Yを立たせると、ちょうど胸部後方に当たりますよ、だから、W供述と矛盾なく整合していますよね、ということを示すためです。㋐は、そのような趣旨で警察官Yを立たせたのですよ、という動機を示しています。また、犯人役の警察官Zを立たせたのは、証拠②のW供述どおりの状況を再現した場合に、弾丸の玄関ドア着弾位置、門扉の高さ、玄関ドアの位置等との関係で、客観的状況と矛盾がないかを確かめるためです。例えば、門扉の高さは約1.3メートルで、弾丸の玄関ドア着弾位置は、玄関ドア下端から上方へ約1.3メートルから約1.4メートルの範囲で、Zが構えた銃口は門扉の上端から約10センチメートル上方だったというわけですから、Wの供述どおりの犯行が行われたとして矛盾なく整合することがわかります。㋑は、このことを示すためにZを立たせますよ、という動機を示すものです。㋐も㋑も、証拠②のW供述に含まれた内容ですから、㋐及び㋑によって犯罪事実を立証しようとする趣旨ではありません。証拠②のW供述よりも、㋐と㋑はより位置関係が詳細ではないか、と思うかもしれません。しかし、犯罪事実の認定に当たっては、構成要件該当性を判断できる程度に認定できれば足り、詳細にどの位置に立っていたかまでは立証する必要はありません。ですから、証拠②のW供述程度に具体的に認定できれば、十分有罪認定が可能なのです(最判昭23・7・22最判昭24・2・10最決昭58・5・6等参照)。ですから、㋐及び㋑は、現場供述には当たらない。このことを、コンパクトに指摘する必要があります。類似のケースは、平成21年司法試験刑事系第2問で出題されています。これを正しく理解していれば、本問は難しくなかったでしょう。これは刑事実務基礎に限ったことではなく、他の科目にも言えることですが、予備試験と司法試験は類似の論点、問題意識が問われることが多いですから、予備試験の受験生も、司法試験の過去問は全て解いておくべきです。小問(2)は、端的に、真正作成供述(刑訴法321条3項)のための証人尋問を請求すべきことを指摘すれば足ります。ここでのポイントは、「実況見分調書の伝聞例外」の論点を「論証」しないことです。設問2は、刑訴の基本的な知識があれば、十分解答可能な問題です。
 設問3は、刑訴法316条の22を引けるかどうか、その上で、Cの証人尋問、証拠⑫の開示請求という問題文の事情と結び付けて説明できるかがポイントです。特に知識がなくても、現場で条文にたどり着けば、何とか解答できるでしょう。ただ、全く条文を引いたことがない人と、事前に何度か条文を読んだことのある人とでは、スピードが全く違います。こういった条文は、準用条文も含めて、普段の刑訴の学習の際に、意識して確認し、目を通しておく必要があるのです。普段からそのような学習をしていれば、これは十分解答可能な問題です。
 設問4は、小問(1)で間接事実型の推認過程を解答し、小問(2)では、それが直接証拠型になる、ということを解答すれば足ります。小問(1)は、端的に解答するのが難しいですから、ここはそれなりに分量を割いて書くことになるでしょう。小問(2)は、証拠⑬も間接証拠ですから、「直接証拠型」というと違和感があるかもしれませんが、「Aが犯行計画をメモ帳に記載した。」という間接事実を、証拠⑩及び⑪から推認される再間接事実によって認定するのではなく、直接に証拠⑬によって推認する場合ですから、構造としては直接証拠型です。間接事実型か直接証拠型かというのは、刑法や刑訴の学習ではフォローできないところではありますが、事実認定の基本的な知識ですから、過去問で事実認定の問題を解く過程で、習得できる内容です。ですから、特別な対策をしなくても、十分解答可能ではないかと思います。
 設問5小問(1)は、刑訴規則199条の3第3項を引けるかどうかがポイントです。これも、設問3同様、知識がなくても探せば発見できるかもしれませんが、一度条文を確認したことのある人と比べると、スピードに大きな違いが生じます。普段の刑訴の学習の際に、意識して手続の条文を引いたかどうかで差が付くところです。小問(2)は、実戦的には、刑訴規則199条の10又は199条の11を引ければ合格ラインです。実務の運用としては、ここは安易に199条の10で裁判長の許可が不要であるとされることが多いところです。また、自己矛盾供述については、伝聞法則の適用がない(刑訴法328条)ことから、自己矛盾供述を内容とする調書の内容を示すことも、199条の10によって許される、とする運用が比較的普通に行われているように思います。そのことからすれば、本問で、Cの署名押印部分のみならず、調書の内容を示すこともできることになるでしょう。しかし、このような運用は、普通の条文解釈からすると、理解が難しいように思います。書面等の提示について、裁判長の許可を要しない場合(199条の10)と、裁判長の許可を要する場合(199条の11)の違いは、前者が、証拠物の関連性に係る事項を立証対象とするに過ぎないので、証人の証言内容に不当な影響が生じるおそれがないのに対し、後者は、証人の証言内容を変更させるために書面等を提示する場合なので、その証言内容に不当な影響が生じるおそれがある(199条の11第2項参照)という点にあります。そうだとすると、調書の署名押印部分を提示するに過ぎない場合であっても、その調書の関連性を立証する趣旨ではなく、証人の記憶を喚起させてその証言内容を変更させようとするときは、そこに不当な影響が生じるおそれがあるわけですから、裁判長の許可を要する場合として199条の11によるべきであると考えるのが素直です。その意味では、本問を199条の11で処理すべきとする解答も、誤りとはいえないのではないか、という感じがします。仮に、199条の11で処理する場合には、同条1項括弧書きとの関係が問題となります。これについては、同条括弧書きは調書の中身を示すことが類型的に証人の供述に不当な影響を及ぼすと考えられることから、特に除外した趣旨の規定であるとして、署名押印部分のみを示す場合には、類型的に証人の供述に不当な影響を及ぼすとはいえない(不当な影響を及ぼす場合が全くないとはいえないが、それは個別のケースで裁判長が許可をするに当たり影響の有無を具体的に判断すれば足りる。)ので、括弧書きの適用はない、と考えることになるでしょう。なお、実務上安易に199条の10が使われていることが理解できる例として、最決平25・2・26があります。ここでは詳細な説明は避けますが、原審の東京高裁が199条の10のみを根拠として提示を許容したのに対し、最高裁が199条の11をも摘示している点に注意が必要です。これは、証人の証言内容に影響を及ぼす場合には、199条の11によるべきであるとする考え方と整合的です。いずれにせよ、この点は、合否を左右するようなものではない、と考えておいてよいと思います。現場で上記のいずれかの条文を引くことは、ある程度事前に条文に目を通しておけば可能でしょう。その意味では、本問もそこまで解答困難な問題ではなかったといえます。
 以上のように、本問は、冷静に対処すれば、個々の設問はそれほど難しくありませんしかし、2日目の試験であり、多くの人は先に民事実務基礎を解いた状態で、疲労しているということ、設問の数が多く、個々の設問をじっくり考える時間がないこと、一見すると相当高度なことを聞いているようにも見えることなどから、現場で解くとかなりの難問になるのです。とはいえ、普段の学習で対処できない内容ではないことも確かです。「実務家向けの高度な書籍を読まないと対処できない。」とか、「一部の上位ローの実務家教員の講義を聞かないと解けない。」などと誤解しないことが重要です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.殺意とは、人を死亡させる認識及び認容をいう。

2.本件では、Aは、乙組事務所玄関付近を狙って拳銃を3発撃った際、目を閉じて撃ったため人が事務所から出てきたことに気付かなかった。したがって、人を死亡させる確定的な認識がないことは明らかである。
 また、Aは、拳銃を撃って乙組の連中を脅そうと思っただけであり、人を死亡させても構わないという認容がないから、未必的な殺意も認められない。

3.よって、Aの殺意は、認められない。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)伝聞法則(刑訴法320条1項)が適用される現場供述であるというためには、説明の内容が証拠となることを要する。

(2)本件で、犯罪事実の存在を立証する証拠は、直接証拠である証拠②のW供述である。証拠③は、犯行現場の客観的状況が、W供述と矛盾せず、整合すること、すなわち、W供述の信用性を補強する補助証拠に過ぎない。
 そして、証拠②と下線部㋐及び㋑を対照すれば、下線部㋐は、V役の警察官Yを立たせた動機を示し、下線部㋑は、犯人役の警察官Zを立たせ、模擬拳銃を構えさせた動機を示すものであって、その説明の内容を証拠とするものではないことが明らかである。

(3)よって、検察官は、下線部㋐及び㋑は現場供述に当たらない旨の意見を述べるべきである。

2.小問(2)

 検察官は、証拠③の実況見分調書の作成者の証人尋問を請求すべきである(刑訴法321条3項)。

第3.設問3

 予定主張の変更(刑訴法316条の22)を行うべきである。
 具体的には、裁判所及び検察官に対し、従来の予定主張に代えてAが犯行当時C方にいた事実を主張する旨を明らかにし(同条1項)、裁判所に対し、速やかにCの証人尋問を請求し(同条2項)、検察官に対し、変更後の主張に係る主張関連証拠として証拠⑫のCの警察官調書の開示を請求すべきである(同条5項、316条の20)。

第4.設問4

1.小問(1)

(1)証拠⑩から、証拠⑪のメモ帳がA方に存在した事実が認定できる。また、証拠⑪のメモ帳の表紙の裏には、AとCが一緒に写っている写真シールが貼付されていた。このことは、同メモ帳は、Aが私的に用いるものであったことを示す。したがって、上記各事実は、同メモ帳を記載した者がAであることを一定程度推認させる。

(2)証拠⑪のメモ帳の2頁目に記載されたもののうち、「11/1」の部分は、犯行日時である平成27年11月1日を指し、「J町1-1-3」の部分は、乙組事務所の住所であるH県I市J町1丁目1番3号を指し、地図の記載はその周辺の地図を指すと考えて矛盾がない。犯行日及び犯行場所を犯行とは無関係に偶然メモ帳に記載することは考えにくいから、上記各記載は、犯行計画を記載したものであると合理的に推認できる。

(3)上記(1)及び(2)並びに上記(2)の各記載が手書きであったことから、Aが、証拠⑪のメモ帳に犯行計画を記載したことを推認できる。
 そして、犯行に無関係の者が、犯行計画を偶然メモ帳に記載することは考えにくいから、Aが犯行計画を記載した事実は、Aが犯行計画を立案したこと、ひいては、Aが犯人であることを相当程度推認させる。

(4)以上の推認過程により、証拠⑩及び⑪から、「Aが犯人である事実」が推認される。

2.小問(2)

 証拠⑬は、Aが、証拠⑪のメモ帳に犯行計画を記載したという間接事実を直接に推認させる間接証拠である。したがって、これを併せて考慮する場合には、上記事実を推認するに当たり、証拠⑩及び証拠⑪から推認される再間接事実による推認を経由しない点で、推認過程に違いが生じる。この場合、証拠⑩及び証拠⑪は、証拠⑬の信用性を補強する補助事実を推認させる補助証拠として機能する。

第5.設問5

1.小問(1)

(1)誘導尋問は、刑訴規則199条の3第3項ただし書の場合を除き、主尋問においてすることができない(同項本文)。

ア.本件では、検察官の質問中、「証人が、平成27年11月1日に、被告人を乗せて車を運転した」とする部分は、Aのアリバイを否定することを前提とするから、上記質問は、誘導尋問である。

イ.Bの証人尋問は、裁判所が検察官請求証拠である証拠⑥の採用を留保して実施することとされたのであるから、検察官の尋問は主尋問である(同条1項)。

ウ.同条3項ただし書各号に当たる事実は見当たらない。

(2)以上から、弁護人の異議には理由がある。

(3)よって、裁判所は、検察官に対し、質問の変更を命ずる決定をすべきである(刑訴法309条3項、同規則205条の6第1項)。

2.小問(2)

(1)検察官は裁判長の許可を求めていないから、刑訴規則199条の11に基づく提示としては許されない。

(2)では、刑訴規則199条の10に基づく提示として許されるか。

ア.検察官が、Cに示そうとしているのは、証拠⑫のCの署名押印部分である。したがって、書面の成立について尋問する場合(同条1項)に当たる。

イ.検察官の反対尋問において、Cは、「警察官が調書を作成したかどうかも覚えていない。」旨証言したから、提示の必要(同項)がある。

ウ.よって、あらかじめ弁護人に証拠⑫を閲覧する機会が与えられ、又は弁護人の異議がない場合(同条2項)には、刑訴規則199条の10に基づく提示として許される。

以上

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