1.論文には、素点ベースで満点の25%(公法系及び刑事系は50点、民事系は75点、選択は25点。)未満となる科目があると、それだけで不合格になるという、最低ラインがあります(※1)。以下は、論文採点対象者に占める最低ライン未満者の割合等の推移です。全科目平均点の括弧内は、最低ライン未満者を含む数字です。
年 | 最低ライン 未満者 割合 |
前年比 | 論文試験 全科目 平均点 |
前年比 |
18 | 0.71% | --- | 404.06 | --- |
19 | 2.04% | +1.33% | 393.91 | -10.15 |
20 | 5.11% | +3.07% | 378.21 (372.18) |
-15.70 (---) |
21 | 4.68% | -0.43% | 367.10 (361.85) |
-11.11 (-10.33) |
22 | 6.47% | +1.79% | 353.80 (346.10) |
-13.30 (-15.75) |
23 | 6.75% | +0.28% | 353.05 (344.69) |
-0.75 (-1.41) |
24 | 8.54% | +1.79% | 363.54 (353.12) |
+10.49 (+8.43) |
25 | 7.62% | -0.92% | 361.62 (351.18) |
-1.92 (-1.94) |
26 | 13.4% | +5.78% | 359.16 (344.09) |
-2.46 (-7.09) |
27 | 6.78% | -6.62 | 376.51 (365.74) |
+17.35 (+21.65) |
28 | 4.54% | -2.24 | 397.67 (389.72) |
+21.16 (+23.98) |
最低ライン未満者数の主たる変動要因は、全科目平均点です。全科目平均点が高くなると、最低ライン未満者数は減少し、全科目平均点が低くなれば、最低ライン未満者数は増加する。全体の出来が良いか、悪いかによって、最低ライン未満になる者も増減するということですから、これは直感的にも理解しやすいでしょう。単純な例で確認すると、より具体的に理解できます。表1は、X年とY年で、100点満点の試験を実施した場合の受験生10人の得点の一覧です。
表1 | X年 | Y年 |
受験生1 | 60 | 70 |
受験生2 | 55 | 65 |
受験生3 | 50 | 60 |
受験生4 | 45 | 55 |
受験生5 | 40 | 50 |
受験生6 | 35 | 45 |
受験生7 | 30 | 40 |
受験生8 | 20 | 30 |
受験生9 | 15 | 25 |
受験生10 | 10 | 20 |
平均点 | 36 | 46 |
標準偏差 | 16.24 | 16.24 |
25点を最低ラインとすると、最低ライン未満となる者は、X年は3人ですが、Y年には1人に減少しています。これは、平均点が10点上がったためです。表1では、得点のバラ付きを示す標準偏差には変化がありません。得点のバラ付きに変化がなく、全体の平均点が上昇すれば、そのまま最低ライン未満者は減少するということがわかりました。
では、平均点に変化がなく、得点のバラ付きが変化するとどうなるか、表2を見て下さい。
表2 | X年 | Y年 |
受験生1 | 60 | 80 |
受験生2 | 55 | 70 |
受験生3 | 50 | 60 |
受験生4 | 45 | 50 |
受験生5 | 40 | 40 |
受験生6 | 35 | 30 |
受験生7 | 30 | 15 |
受験生8 | 20 | 10 |
受験生9 | 15 | 5 |
受験生10 | 10 | 0 |
平均点 | 36 | 36 |
標準偏差 | 16.24 | 27.00 |
X年、Y年共に、平均点は36点で変わりません。しかし、最低ライン未満者は、X年の3人から、Y年は4人に増加しています。これは、得点のバラ付きが広がったためです。得点のバラ付きが拡大するということは、極端に高い点や、極端に低い点を取る人が増える、ということですから、極端に低い点である最低ライン未満を取る人も増える、ということですね。統計的には、得点のバラ付きが広がるということは、標準偏差が大きくなることを意味します。Y年の標準偏差を見ると、X年よりも大きくなっていることが確認できます。このように、得点のバラ付きの変化も、最低ライン未満者数を変動させる要因の1つです。ここで気を付けたいのは、論文の最低ライン未満の判定は、素点ベースで行われる、ということです。採点格差調整(得点調整)後の得点は、必ず標準偏差が100点満点当たり10に調整されます(※2)が、素点段階では、科目ごとに標準偏差は異なります。そのため、素点段階でのバラ付きの変化が、最低ライン未満者数を増減させる要素となるのです。もっとも、全科目平均点の変化と比べると、副次的な要因にとどまるというのが、これまでの経験則です。
以上のことを理解した上で今年の数字をみると、今年は、全科目平均点が大幅に上昇したので、最低ライン未満者が減少したのだろう、ということで説明が付くことがわかります。
※1 もっとも、実際には、最低ラインだけで不合格になることはほとんどありません(「司法試験論文式試験 最低ライン点未満者」の「総合評価の総合点を算出した場合,合格点を超えている者の数」の欄を参照)。最低ラインを下回る科目が1つでもあると、総合評価でも合格点に達しないのが普通なのです。
※2 法務省公表資料では、得点調整後の標準偏差の基礎となる変数は、「配点率」とされているだけで、実際の数字は明らかにされていません。しかし、得点調整後の得点分布を元に逆算する方法によって、これが100点満点当たり10に設定されていることがわかっています。
2.以下は、直近5年における公法系、民事系、刑事系の最低ライン未満者割合の推移です。
年 | 公法 | 民事 | 刑事 |
24 | 3.74% | 0.76% | 2.17% |
25 | 2.83% | 1.93% | 3.09% |
26 | 10.33% | 1.69% | 1.59% |
27 | 3.46% | 2.76% | 1.43% |
28 | 1.01% | 1.88% | 0.73% |
例年、公法系は最低ライン未満者が多い傾向でした。特に、平成26年は異常で、実に受験者の1割以上が、公法系で最低ライン未満となっていたのでした。それが、今年は非常に少なくなっている。これが、今年の最大の特徴です。例の漏洩事件を発端とする考査委員の交代が、その原因となっている可能性はあるでしょう。
民事系、刑事系も、最低ライン未満者の割合が減少しています。これは、全科目平均点の上昇による自然な結果といえるでしょう。ただ、若干気になるのは、民事系の最低ライン未満者が、公法系、刑事系よりも多いという点です。公法系、刑事系は2科目ですから、2つの科目が極端に悪いと最低ライン未満となります。これに対し、民事系は3科目ですから、3科目すべてが極端に悪くないと、最低ライン未満にはならないのです。このことからすれば、普通は公法系、刑事系よりも、民事系の方が最低ライン未満者は少なくなるはずです。ところが、むしろ、それとは逆の結果になっている。このことから考えられる可能性は、今年は、公法系、刑事系は得点のバラ付きが小さかったが、民事系は得点のバラ付きが大きかった、ということです。
3.これを確認するには、素点ベース、得点調整後ベースの最低ライン未満者数を比較するのが有効です。両者を比較すると、素点段階のバラ付きが大きい(各科目標準偏差10を超えている)か、小さい(各科目標準偏差10を下回っている)かを知ることができるからです。そのことを、簡単な数字で確認しておきましょう。100点満点で試験を行い、受験生10人の素点と、得点調整後の得点を一覧にしたのが、以下の表3です。
表3 | 素点 | 調整後 |
受験生1 | 80 | 55.62 |
受験生2 | 70 | 51.71 |
受験生3 | 60 | 47.81 |
受験生4 | 55 | 45.85 |
受験生5 | 40 | 40 |
受験生6 | 35 | 38.04 |
受験生7 | 25 | 34.14 |
受験生8 | 20 | 32.18 |
受験生9 | 10 | 28.28 |
受験生10 | 5 | 26.32 |
平均点 | 40 | 39.99 |
標準偏差 | 25.6 | 10 |
最低ラインを25点とすると、素点では3人の最低ライン未満者がいるのに、調整後は1人も最低ライン未満者がいません。これは、素点段階の得点のバラ付きが大きかった(標準偏差が10を超えている)ために、得点調整によって標準偏差を10に抑えられてしまうと、平均点付近まで得点が引き上げられてしまうためです。
もう1つ、例を挙げましょう。
表4 | 素点 | 調整後 |
受験生1 | 40 | 50.4 |
受験生2 | 39 | 47.08 |
受験生3 | 38 | 43.77 |
受験生4 | 37 | 40.46 |
受験生5 | 36 | 37.15 |
受験生6 | 35 | 33.84 |
受験生7 | 34 | 30.53 |
受験生8 | 33 | 27.22 |
受験生9 | 32 | 23.91 |
受験生10 | 31 | 20.59 |
平均点 | 35.5 | 35.49 |
標準偏差 | 3.02 | 10.02 |
表4では、表3とは逆に、素点段階では1人もいなかった最低ライン未満者が、調整後には2人生じています。これは、素点段階の得点のバラ付きが小さかった(標準偏差が10より小さい)ために、得点調整によって標準偏差を10に拡大されてしまうと、下位者の得点が引き下げられてしまうためです。このように、得点調整後の点数が最低ラインを下回っていても、素点段階では最低ライン未満とはなっていない、ということはあり得るのです。その結果、成績表に表示される得点は最低ラインを下回っているのに、それだけで不合格とはされず、総合評価の対象となっているという、一見すると不思議な現象が生じます。
以上のことを理解すると、素点段階の最低ライン未満者数と、得点調整後に最低ライン未満の得点となる者の数の増減を確認することによって、素点段階での得点のバラ付きが、標準偏差10より大きかったのか、小さかったのかを判断することができることがわかります。法務省が公表する最低ライン未満者数は、素点段階の数字です。では、得点調整後の最低ライン未満者数はどうやって確認するか。これは、各科目の得点別人員調を見ればわかります。得点別人員調は、調整後の得点に基づいているからです。このようにして、素点ベース、得点調整後ベースの最低ライン未満者数をまとめたのが、以下の表です。倍率とは、得点調整後の数字が、素点段階の数字の何倍になっているかを示した数字です。
科目 | 素点 | 得点調整後 | 倍率 |
公法 | 47 | 133 | 2.82 |
民事 | 87 | 129 | 1.48 |
刑事 | 34 | 160 | 4.70 |
公法系、民事系、刑事系のいずれも、得点調整後の方が数が増えています。これは、上記の例で言えば、表4のパターンだということですね。つまり、素点段階ではバラ付きが小さかった(標準偏差が各科目10より小さかった)ために、得点調整後に下位者の点数が押し下げられて、最低ライン未満になる者が増えたのだ、ということです。その中でも、特に倍率の高い刑事系は、極端に素点のバラ付きが小さかったといえるでしょう。逆に、民事系は、それほど極端ではない。このことは、民事系の最低ライン未満者数が、公法系、刑事系より多かった原因の1つといえるでしょう(※3)。民事系は、公法系、刑事系よりも素点段階での得点のバラ付きが大きかったために、最低ライン未満者が生じやすかった、ということです。
※3 厳密には、バラ付きの大小だけでなく、各科目の平均点も要因の1つとなり得ます。得点調整によって、各科目の平均点が全科目平均点に調整されるからです。今年に関しては、民事系の平均点がやや低めで、公法系、刑事系の平均点が高めだったことも、民事系の最低ライン未満者が公法系、刑事系よりも多かった原因の1つである可能性はあるでしょう。もっとも、今年の全科目平均点の大幅な上昇を考えると、民事系の平均点が低めであったとしても限定的である可能性が高いですから、各科目の平均点の差が決定的な要因であった可能性は低いと思います。
4.上記のように、今年は、公法系、民事系、刑事系のいずれも、素点段階のバラ付きが小さかった年でした。従来、公法系だけは素点段階のバラ付きが大きい(各科目の標準偏差が10より大きい)という傾向でした(「平成27年司法試験の結果について(9)」)。公法系だけ、素点段階で大きな差が付いていたということです。それが、今年は、公法系も他の科目と同様に、素点段階で差が付かないようになっている。例の漏洩事件による考査委員交代の影響がありそうです。従来の公法系の傾向が、特定の考査委員の影響力による極端な憲法の採点手法によるものであったとすれば、来年以降も、公法系は他の科目と同様、素点段階で差が付かない採点になる可能性が高いでしょう。
素点のバラ付きが小さいと、具体的にどのくらい調整後の得点が変動するのか。これは、各科目の最低ラインとなる得点と、得点別人員調の順位を下から見た場合の最低ライン未満者数の順位に相当する得点を比較することで、ある程度把握することが可能です。例えば、公法系では47人の最低ライン未満者がいます。今年の論文の採点対象者は4621人ですから、下から数えて47位は、上から数えると4575位です。そこで、得点別人員調で4575位に相当する得点を見ると、39点ですね。すなわち、得点調整後の40点を取った者は、ギリギリ最低ライン未満とはならないということです。最低ラインの得点は、公法系では50点ですから、素点で50点を取った者は、ギリギリ最低ライン未満とはならない。つまり、素点の50点は、得点調整後の40点に相当するということです。このことは、得点調整によって、概ね10点程度得点が変動していたことを意味します。同様のことを民事系、刑事系で行い、何点程度変動したかをまとめたものが、以下の表です。
科目 | 得点調整 による 変動幅 |
公法 | 10点 |
民事 | 6点 |
刑事 | 20点 |
民事系は6点しか変動していません。これに対し、刑事系は、実に20点も得点が動いています。例えば、今年の刑事系のトップは164点を取っていますが、素点段階では144点程度だった可能性が高いということです。他方、刑事系で10点未満だった者は5人いますが、この5人も、素点段階では30点弱くらいは取っていた可能性が高い。このように、実際に無視できないほどの得点の変動が、採点格差調整(得点調整)によって生じているのです。
このような現象が生じることを知っておくことは、受験対策上も重要です。素点段階では些細な差に過ぎなかったものが、得点調整を経ると想像以上に大きな差となる。これは、ちょっとしたことが致命傷になり得ることを意味します。誰もが書く規範を1つ明示し忘れたとか、当てはめの事実を1つ落としてしまった。そんな些細なことが、得点調整後には致命的になり得るのです。特に今年は、刑事系でその現象が顕著に生じているはずです。「他の人とほとんど変わらないのに、どうして俺だけこんなに低い点数なんだ。」ということが、普通に起きるのです。再現答案等を比較する際には、こういったことを理解しておく必要があります。