1.今回は、選択科目についてみていきます。まずは、選択科目別にみた短答の受験者合格率です。
科目 | 短答 受験者数 |
短答 合格者数 |
短答 合格率 |
倒産 | 1190 | 853 | 71.6% |
租税 | 455 | 303 | 66.5% |
経済 | 865 | 571 | 66.0% |
知財 | 988 | 635 | 64.2% |
労働 | 1932 | 1346 | 69.6% |
環境 | 448 | 281 | 62.7% |
国公 | 109 | 60 | 55.0% |
国私 | 859 | 572 | 66.5% |
短答は、選択科目に関係なく同じ問題ですから、どの科目を選択したかによって、短答が有利になったり、不利になったりすることはありません。ですから、どの選択科目で受験したかと、短答合格率の間には、何らの相関性もないだろうと考えるのが普通です。しかし実際には、選択科目別の短答合格率には、毎年顕著な傾向があるのです。
その1つが、倒産法の合格率が高いということです。今年の数字をみても、倒産法が合格率トップ。しかも、他の科目選択者にかなり差を付けています。このことは、倒産法選択者に実力者が多いことを意味しています。倒産法ほどではありませんが、労働法も似たような傾向です。
逆に、国際公法は、毎年短答合格率が低いという傾向があります。今年も、国際公法はダントツの合格率ワースト1位。全体の短答合格率は66.9%ですから、それよりも10%以上低い合格率です。このことは、国際公法選択者に実力者が少ないことを意味しています。国際公法ほど顕著ではありませんが、環境法も類似の傾向です。また、新司法試験開始当初は、国際私法も合格率が低い傾向だったのですが、最近では、そうでもなくなってきています。その原因の1つには、大学在学中の予備試験合格者の選択が増えている、ということがありそうです。国際私法は、他の選択科目よりも学習の負担が少なく、渉外系法律事務所への就職を狙う際に親和性がありそうにみえる、ということが、その理由のようです。
2.論文合格率をみてみましょう。下記は、選択科目別の短答合格者ベースの論文合格率です。
科目 | 論文採点 対象者数 |
論文 |
論文 合格率 |
倒産 | 853 | 309 | 36.2% |
租税 | 303 | 94 | 31.0% |
経済 | 571 | 202 | 35.3% |
知財 | 635 | 223 | 35.1% |
労働 | 1346 | 458 | 34.0% |
環境 | 281 | 88 | 31.3% |
国公 | 60 | 18 | 30.0% |
国私 | 572 | 191 | 33.3% |
論文段階では、どの科目を選択したかによる影響が、多少出てきます。もっとも、各選択科目の平均点は、全科目平均点に合わせて、全科目同じ数字になるように調整され、得点のバラ付きを示す標準偏差も、各科目10に調整されます。ですから、基本的には、選択科目の難易度によって、有利・不利は生じないはずなのです(※1)。したがって、論文段階における合格率の差も、基本的には、どのような属性の選択者が多いか、実力者が多いのか、そうではないのか、といった要素によって、変動すると考えることができるのです。
新司法試験が始まってしばらくの間は、論文合格率も倒産法が高く、国際公法が低いという傾向で安定していました。ところが、平成26年になって初めて国際私法がトップとなり、昨年は経済法がトップでした。上位に関しては、これまで安定していた傾向性が、薄れつつあるのかな、という印象がありました。しかし、今年は、また倒産法が首位に返り咲いています。来年以降、また倒産法首位の傾向が続くのかどうか、注目したいところです。
一方で、安定しているのは、下位の国際公法です。毎年、最下位の合格率。今年も、例年ほどの突出した低さではないものの、最下位です。環境法も、概ね国際公法と似た傾向で、今年も低い合格率となっています。今年は、租税法も、低い合格率です。一方、かつては国際公法と同様に低い合格率だった国際私法は、平成26年は首位となるなど、近年は合格率を高めています。前記のとおり、大学在学中の予備試験合格者の選択が増えていることが、その原因となっているようです。
※1 厳密には、個別のケースによって、採点格差調整(得点調整)が有利に作用したり、不利に作用したりする場合はあり得ます。極端な例で言えば、ある選択科目が簡単すぎて、全員100点だったとしましょう。その場合、全科目平均点の得点割合が45%だったとすると、得点調整後は全員が45点になります(なお、この場合は調整後も標準偏差が10にならない極めて例外的なケースです。)。この場合、選択科目の勉強をたくさんしていた人は、損をしたといえるでしょうし、逆に選択科目をあまり勉強していなかった人は、得をしたといえます。もっとわかりやすいのは、ある選択科目が極端に難しく、全員25点未満だった場合です。この場合は、素点段階で全員最低ライン未満となって不合格が確定する。これは、その選択科目を選んだことが決定的に不利になったといえるでしょう。このように、特定の選択科目が極端に難しかったり、易しかったりした場合などでは、どの科目を選んだかが有利・不利に作用します。とはいえ、通常は、ここまで極端なことは起きないので、科目間の難易度の差はそれほど論文合格率に影響していないと考えることができるのです。
3.以下は、直近5年の選択科目別の最低ライン未満者割合の推移です。
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | |
倒産 | 2.77% | 6.21% | 6.12% | 2.96% | 4.68% |
租税 | 1.85% | 0.51% | 1.98% | 0.37% | 0.00% |
経済 | 0.96% | 2.19% | 0.82% | 1.01% | 3.50% |
知財 | 1.46% | 1.27% | 1.12% | 1.22% | 2.51% |
労働 | 0.72% | 1.01% | 1.33% | 2.07% | 1.11% |
環境 | 0.34% | 0.37% | 0.21% | 0.57% | 0.35% |
国公 | 1.31% | 1.33% | 0.00% | 2.41% | 0.00% |
国私 | 0.76% | 1.82% | 1.65% | 1.01% | 4.54% |
過去の傾向において、最低ライン未満者の多い科目が、倒産法です。今年も、最も最低ライン未満者割合の高い科目となっています。短答・論文の合格率が最も高かった倒産法で、最低ライン未満者が多数出ていることは、ある意味不思議な現象です。このことは、実力者が倒産法を選択しているという傾向がある一方で、倒産法の採点は厳しく、素点で最低ライン未満になる危険が高いことを意味しています。実力者同士で争うので、素点で最低ライン未満にならないようにするのは、そうそう簡単なことではありません。倒産法を選択するということは、そのようなリスクもある、ということは、知っておくべきでしょう。
一方、過去の傾向で、選択者が多い割に、最低ライン未満者が少なく、比較的安全であるとされてきたのが、労働法です。昨年は、2%まで上昇しましたが、今年はまた低い水準に落ち着いています。特に科目の好みがないのであれば、労働法は無難な選択肢といえるでしょう。
今年の特徴としては、経済法と国際私法の最低ライン未満者がかなり多い、ということがあります。この2つは、過去の傾向ではそれほど最低ライン未満者を出して来なかった科目です。特に、国際私法は要注意でしょう。受験者層の変化によって、従来とは異なる傾向を見せ始めているからです。
4.選択科目ごとの素点のバラ付きをみてみましょう。前回の記事(「平成28年司法試験の結果について(13)」)でみたとおり、素点のバラ付きの大小は、素点段階と得点調整後の最低ライン未満者数を比較すればわかります(※2)。以下は、素点段階の最低ライン未満者数と、得点調整後に最低ライン未満の得点となる者の数をまとめたものです。
素点 ベース |
調整後 ベース |
|
倒産 | 40 | 23 |
租税 | 0 | 5 |
経済 | 20 | 19 |
知財 | 16 | 15 |
労働 | 15 | 41 |
環境 | 1 | 8 |
国公 | 0 | 0 |
国私 | 26 | 19 |
倒産法、国際私法は、調整後の数字の方が小さくなっていますから、素点段階のバラ付きの大きい(標準偏差が10より大きい)科目です。このことは、倒産法と国際私法の最低ライン未満者割合が高いこととも対応します。これに対し、租税法、環境法、労働法は、調整後の方が数字が増えていますから、素点段階でのバラ付きが小さい(標準偏差が10より小さい)科目です。倒産法と労働法に関しては、比較的確立された傾向です。
※2 厳密には、各科目の素点の平均点の差も考慮する必要がありますが、ここでは便宜上、各科目間で素点の平均点に差がないという想定で考えています。平均点に大きな差があったか否かは、調整後の得点分布からある程度推計できるのですが、ここではその説明は割愛します。
5.選択科目は、基本的には、自分の興味のある科目を選べばよいと思います。ローで講義を受講できるかどうかも、重要な要素でしょう。しかし、特にこだわりがなければ、選択者の多い科目を選んでおくのが無難だと思います。
選択者の多い科目として、倒産法と労働法がありますが、これまでに説明したとおり、両者は対照的な傾向を示しています。そこには、科目特性がある程度影響しているように思います。倒産法が素点段階で差が付きやすいのは、論点抽出が容易でなく、入り口の段階で差が付いてしまいやすいからでしょう。どの条文、制度の問題かといった、入り口の論点抽出でつまずいてしまうと、後はどんなに頑張っても点が取れません。これが、素点で極端に低い点を取ってしまいやすい原因なのではないかと思います。一方で、労働法は論点が見えやすいので、論点抽出では差がつきにくく、当てはめ勝負となりやすい。そうなると、素点段階では、コツコツと積み重ねた当てはめの事実の数など、微妙な差が付くにとどまることになる。それが、得点調整後に大きな差として拡大する。そのため、労働法は最低ライン未満にはなりにくいが、ちょっとした事実の拾い忘れが、調整後は大きな差となるという怖さもある。試験直後の感触として、できたと思っても、予想外に評価が悪い、ということが、労働法では生じやすいということです。
こうした科目特性を踏まえると、筆力に自信があり、当てはめが得意な人は、労働法が向いているといえます。他方、筆力にはあまり自信はないが、事例から論点を抽出する能力、理論的に論点を区別する能力に自信がある人は、倒産法が向いているといえそうです。また、倒産法は、そもそも何が問題になっているのかという入り口で悩みやすいので、試験当日の現場での感触が悪いことが多いのに対し、労働法は、とりあえず何が論点かはわかりやすいので、現場での感触はそれなりに良いことが多い。選択科目は初日の最初の科目ですから、メンタル面を考えると、労働法の方が有利という考え方もあるかもしれません。一方で、労働法は、当てはめで頑張る必要があるため、体力的には消耗しやすいということはあるかもしれません。以上のようなことを考えて、倒産法と労働法のどちらを選択するか、考えてみるのもよいのではないかと思います。どうしても悩ましくて決めかねる、という場合には、労働法にしておけばよいと思います。労働法は最低ライン未満となるリスクが低いだけでなく、筆力や当てはめの能力は、現在の論文では労働法に限らず最も重要な能力ですから、労働法を選択した上で、筆力や当てはめの能力を身に付ける方が、論文合格の王道に近いといえるからです。