【答案のコンセプトについて】
1.予備試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、司法試験と同様、概ね
(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。
という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、上位合格者のレベルに達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。
2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は3頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に4頁後半まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、1行35文字以上のペースで4頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。
3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。
4.今年の行政法は、上記(1)の基本論点を発見することは容易でした。他方で、上記(3)を整理して全部書き写すのが、とても大変だった。上記(1)から(3)までを普通にこなすだけでも、1行の文字数が少ない人は、4頁に収まりきれなかったのではないかと思います。本問では、論点自体が単純であることを素早く見抜き、「答案構成の時間を短縮して答案用紙に文字を書く時間を確保する。」という戦略を採ることができたか、文字を小さくして1行にできる限り文字を詰め込むことができたか、時間内に4頁ギリギリまで書き切れたか、というようなことが、合否を分けることになるでしょう。
行政法の知識としては、設問1は行手法33条と品川マンション事件判例(最判昭60・7・16)、設問2は小田急線高架訴訟判例(最大判平17・12・7)を知っていれば、十分解けます。設問2に関しては、直接の判例として最判平26・7・29がありますが、知らなかったから解けないということはないし、知っていたから特別に有利になるというわけでもありません。逆に、この判例のことを中途半端に知っていて、内容を思い出そうとして時間をロスしてしまえば、現場では大きなマイナスになったでしょう。
具体的に、現場での頭の使い方を説明しておきましょう。設問1は、誰が見ても、行政指導の継続による処分留保の問題だ、と思うはずです。これに気付かないのはさすがに勉強不足。それ以外にも、細かいところでは国賠違法の意義や不作為と合理的期間なども想起できるかもしれませんが、これは処分留保の論点と比べると、誰もが当然に書いてくるようなものとまではいえない。問題文の事情を見ても、国賠違法の意義や合理的期間の話に使えそうな事情は、それほど見当たりません。そして、設問2をチラリと見れば、処分の相手方以外の者の原告適格が問われていることがわかる。これは、行政法の論点の中でも、とりわけ文字数を必要とする論点です。そうだとすれば、設問1は処分留保に絞って書く。まずは、この方針を素早く決めることが重要です。
そして、設問1では、憲法のような三者形式で書くよう、指示がされています。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
〔設問1〕
Aは,上記の国家賠償請求訴訟において,本件申請に対する許可の留保の違法性に関し,どのような主張をすべきか。解答に当たっては,上記の許可の留保がいつの時点から違法になるかを示すとともに,想定される甲県の反論を踏まえつつ検討しなさい。
(引用終わり)
ここで注意すべきは、「書くべき方向を変に縮小させる方向で勝手に解釈しない。」ということです。上記を形式的にみると、反論を踏まえたAの主張だけ言いっ放しで書けばよく、その当否は全く検討する必要がない、とも読めます。しかし、過去問の傾向をみる限り、出題側はあまりそのような趣旨で上記のような表現を用いていません。ですから、普通にAの主張、反論、その反論を踏まえた検討(私見)という順序で書いた方が無難です。そして、その枠組みのうちの、どの部分にどのような事項を書くかは、基本的には、学問的な正しさや実務的な観点とは無関係に、答案の体裁として収まりがよいか、という受験テクニック的な観点で判断することになります。本問でいえば、品川マンション事件判例の規範にそのまま対応させて書くのが、収まりがよいでしょう。
(品川マンション事件判例より引用。太字強調は筆者。)
確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない筋合のものであるといわなければならず、建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法であると解するのが相当である。
したがつて、いつたん行政指導に応じて建築主と付近住民との間に話合いによる紛争解決をめざして協議が始められた場合でも、右協議の進行状況及び四囲の客観的状況により、建築主において建築主事に対し、確認処分を留保されたままでの行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められるときには、他に前記特段の事情が存在するものと認められない限り、当該行政指導を理由に建築主に対し確認処分の留保の措置を受忍せしめることの許されないことは前述のとおりであるから、それ以後の右行政指導を理由とする確認処分の留保は、違法となるものといわなければならない。
(引用終わり)
上記趣旨を一部明文化したのが、行手法33条です(そもそも本問で同条を適用できるのか、という点については、「平成29年予備行政法で行手法33条を適用すべき理由」参照)。
(行手法33条)
申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。
品川マンション事件判例の趣旨を踏まえると、上記行手法33条の「従う意思がない旨を表明した」というためには、真摯かつ明確な意思表示が必要である。そして、同条に該当する場合であっても、申請者が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して行政指導に対する不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえる特段の事情があるときは、同条の例外として、行政指導を継続することも許される。このような基本的な解釈を踏まえた上で、主張、反論、私見型に整理するとすれば、以下のようになるでしょう。
【整理の例】
主張:「従う意思がない旨を表明した」といえる。
反論:社会通念上正義の観念に反するものといえる特段の事情がある。
私見:申請者が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量。
後は、これに当てはまる事実を探し、ひたすら書き写していきます。この速さを競うゲームだったと言っても、過言ではないでしょう。拾うべき事実を整理すると、以下のようになるでしょう。
【整理の例】
(主張)
Aは、Bに対し、行政指導にはこれ以上応じられないので直ちに本件申請に対して許可をするように求める旨の内容証明郵便を送付した。
→真摯かつ明確な意思表示を基礎付ける。
(反論)
説明会に際してAが、(ア)住民のように装ったA社従業員を説明会に参加させ、本件処分場の安全性に問題がないとする方向の質問をさせたり意見を述べさせたり、(イ)あえて手狭な説明会場を準備し、賛成派住民を早めに会場に到着させて、反対派住民が十分に参加できないような形で説明会を運営したという行為に及んでいた。
→社会通念上正義の観念に反するものといえる特段の事情を基礎付ける方向の事実。
(私見)
・地下水の汚染や有害物質の飛散により、住民の健康が脅かされるだけでなく、ぶどうの栽培にも影響が及ぶのではないかとの懸念を抱いた住民が反対運動を行っている。
→行政指導の公共の利益を基礎付ける。
・Bは、本件申請が法15条の2第1項の要件を全て満たしたと判断した。
・同項2号の要件として、周辺地域の生活環境の保全について適正な配慮がなされたものであることがある。
→Bとしては、周辺地域の生活環境の保全について適正な配慮がなされたものであると判断しているのだから、住民の懸念は客観的な根拠がなく、行政指導を継続すべき公共の利益は乏しいのではないか。
・Aは、住民に対する説明会を開催し、本件調査書に基づき本件処分場の安全性を説明するとともに、住民に対し、本件処分場の安全性を直接確認してもらうため、本件提案をした。
・その説明内容自体に虚偽があるという事情は問題文にない。
→Aの不正義を緩和させる方向の事実。
・建設資材の価格が上昇しAの経営状況を圧迫するおそれが生じていた。
→Aの受ける不利益を基礎付ける。
上記事実を全部答案に書き写すことができれば、ひとまず合格ラインは超えているでしょう。さらに上位を目指したければ、「→」に示したような評価を、自分なりに付していく。ただ、本問では、その余裕のある人は、ほとんどいなかったのではないかと思います。実際には、上記の事実すら摘示できない人が多いので、合格ラインはもう少し下がってくるでしょう。
なお、本問では、既にBが許可要件を満たすと判断している事案です。不服従の意思表示があってから改めて審査する必要のある事案とはいえませんから、単純にAの内容証明郵便が到達した時点から違法になるとしておいてよいでしょう(厳密には、後記の効果裁量との関係は問題となり得ますが)。
実戦では触れてはいけない応用論点についても、若干説明しておきましょう。まず、本件申請の許可について、Bに効果裁量があるか否かです。「本問の解答に関係ないんじゃないの?」と思うかもしれませんが、厳密には関係あるのです。どういうことか。法15条の2第1項柱書は、以下のような文言になっています。
(法15条の2第1項柱書)
都道府県知事は、前条第一項の許可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。
はっきりしているのは、「各号のいずれかに適合していない場合には、許可をすることはできない。」ということです。すなわち、各号要件を満たしていないのに許可をするという効果裁量は、認められない。では、逆はどうでしょうか。すなわち、「各号のいずれにも適合していると認めるとき」ではあるけれども、他の事情を考慮して、許可をしないということはできるのか。これは、文言上ははっきりしませんね。ここまで説明しても、まだピンと来ないかもしれません。そこで、これをどう考えるかによって、処分留保がどのような意味のものとなるのか、具体的に考えてみましょう。各号要件を満たしている場合でも、その他の事情、例えば、周辺住民が反対しているという事情を考慮して、許可をしないことができる、そのような意味での効果裁量がBにあるとしましょう。そうすると、処分留保の意味は、以下のようなものになるでしょう。
「周辺住民が反対している。このままでは不許可にすることになるけれども、住民と十分に協議して反対を解消したならば、許可することができるから、その機会を与えましょう。」
Bとしては、直ちに不許可でもよいけど、Aに追完のチャンスを与えてやろう、という感じになりますね。これは、Aにとっても悪くない話です。他方、各号要件を満たす場合には、必ず許可をしなければならない、すなわち、周辺住民が反対している事情を考慮して不許可にする、などという効果裁量は認められないのだ、と考えた場合には、処分留保の意味は、以下のようなものになるでしょう。
「要件を充足している以上、これは許可するしかないんだよね。許可するしかないんだけど、周辺住民が反対しているから、特に根拠はないけど十分に協議してね。それまで許可しないから。」
Bとしては許可しないといけないことが既に確定しているわけです。それなのに、ずるずると引き伸ばしている。これはけしからん、という感じになりますね。品川マンション事件判例は、実はこの場合について判示したものです。
(品川マンション事件判例より引用。太字強調は筆者。)
建築主事が当該確認申請について行う確認処分自体は基本的に裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものと解するのが相当であるから、審査の結果、適合又は不適合の確認が得られ、法九三条所定の消防長等の同意も得られるなど処分要件を具備するに至つた場合には、建築主事としては速やかに確認処分を行う義務があるものといわなければならない。しかしながら、建築主事の右義務は、いかなる場合にも例外を許さない絶対的な義務であるとまでは解することができないというべきであつて、建築主が確認処分の留保につき任意に同意をしているものと認められる場合のほか、必ずしも右の同意のあることが明確であるとはいえない場合であつても、諸般の事情から直ちに確認処分をしないで応答を留保することが法の趣旨目的に照らし社会通念上合理的と認められるときは、その間確認申請に対する応答を留保することをもつて、確認処分を違法に遅滞するものということはできないというべきである。
(引用終わり)
このことは、行手法33条との関係では、行政庁に不許可の効果裁量がある場合には、「申請者の権利の行使を妨げる」とはいえないのではないか、という問題として、判例の射程との関係では、本件申請に対する許可についてBに効果裁量があるか否かが、品川マンション事件判例の趣旨が妥当するか否かに論理的にリンクする、という問題として、本問の解答に影響があるということを意味しています。
もう1つ。応用的な論点を指摘するとすれば、それは、「本問の行政指導は、申請の内容を変更させるものか。」という点です。何のことだかわからないかもしれませんので、もう1度行手法33条を見てみましょう。
(行手法33条)
申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。
普段あまり気にしないこの部分ですが、何か意味があるのでしょうか。つまり、申請の内容変更を求めない行政指導によって処分留保を行う場合を、なぜか同条は含ませていないように読めるけれども、それはなぜか、という話です。これは、具体的に考えてみるとわかります。申請の内容変更を求めようとする場合、許可要件を充足するから許可をしなければならないからといって、現在の申請をそのまま許可してしまえば、その内容で権利関係が確定してしまいます。だから、事前に行政指導で内容変更を求める必要がある。ところが、申請の内容変更を求める行政指導でない場合には、現在の申請を許可したからといって、行政指導の意味が失われることにはならない。そして、品川マンション事件判例は、「申請の内容変更を求める場合」について判示したものなのです。
(品川マンション事件判例より引用。太字強調は筆者。)
普通地方公共団体は、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること並びに公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理することをその責務のひとつとしているのであり(地方自治法二条三項一号、七号)、また法は、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的として、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定める(一条)、としているところであるから、これらの規定の趣旨目的に照らせば、関係地方公共団体において、当該建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると付近住民に対し少なからぬ日照阻害、風害等の被害を及ぼし、良好な居住環境あるいは市街環境を損なうことになるものと考えて、当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し、当該建築物の建築計画につき一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあつたとしても、これをもつて直ちに違法な措置であるとまではいえないというべきである。
(引用終わり)
つまり、「今の申請どおりに許可してしまうと建物の影になって周辺住民の日照が妨げられるから、設計を少し変更して、影の部分を減らすとか何とか住民と話し合ってなんとかしたら、その変更後の計画で許可してあげるよ。」というような場合ということですね。このような場合には、先に許可してしまったのでは、行政指導の実効性が失われてしまいます。これに対し、本問はどうでしょうか。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
Bは,本件申請に対する許可を一旦留保した上で,Aに対し,住民と十分に協議し,紛争を円満に解決するように求める行政指導を行った。これを受けて,Aは,住民に対する説明会を開催し,本件調査書に基づき本件処分場の安全性を説明するとともに,住民に対し,本件処分場の安全性を直接確認してもらうため,工事又は業務に支障のない限り,住民が工事現場及び完成後の本件処分場の施設を見学することを認める旨の提案(以下「本件提案」という。)をした。
(中略)
Bは,Aに対し,説明会の運営方法を改善するとともに再度本件提案をすることにより住民との紛争を円満に解決するように求める行政指導を行って許可の留保を継続し,Aも,これに従い,月1回程度の説明会を開催して再度本件提案をするなどして住民の説得を試みたものの,結局,事態が改善する見通しは得られなかった。そこで,Bは,上記の内容証明郵便の送付を受けてから10か月経過後,本件申請に対する許可(以下「本件許可」という。)をした。
(引用終わり)
本問の場合は、設計の変更などは全く問題となっておらず、申請の内容変更を求める行政指導とはいえないことがわかります。このような場合、Aとしては、以下のように言いたくなるでしょう。
「周辺住民との協議とか安全性の説明とかは許可の後でもいくらでもできるんだから、さっさと先に許可を出しやがれ。」
先程の効果裁量との関係で、Bは、周辺住民の反対があっても、許可をしなければならないと考えた場合には、なおさらこのことが当てはまります。このことは、行手法33条との関係では、「内容の変更を求める行政指導」該当性の問題として、判例の射程との関係では、品川マンション事件判例の趣旨が妥当しないのではないか、という問題として、本問の解答に影響することを意味しています。
ロースクールでは、上記のようなことに気が付くことは、「善いこと」として、褒めてもらえます。しかし、論文試験の現場では、これはやってはいけない「悪いこと」です。こんなことに気が付いても、どうせ書けないのです。こんなことを考えている間にも、事実を書き写すための時間が、どんどん失われていく。予備試験では、短答段階では知識のある年配者が圧倒的に強いのに、論文では年配者は惨憺たる結果となり、若手が大躍進する、という傾向が確立しています(「平成28年予備試験口述試験(最終)結果について(3)」)。若手は、難しいことに気が付かないので、基本部分に絞って、きちんと規範と事実を書いてくる。年配者は、色々と応用的な論点が頭に浮かんできて目移りしてしまい、まとめ切れず、時間が足りなくなって、規範の明示と事実の摘示が不十分になり、若手に敗れる。知識、理解が深まれば成績が上がるというのが、試験というものの常識なのですが、論文試験は、それとは逆の結果になるわけです。これが、若手を採りたい法務省による若手優遇策として意図的に行われているであろうことは、以前の記事で説明しました(「平成28年予備試験口述試験(最終)結果について(2)」)。このような論文のカラクリは、当サイトでは何度も説明していますが、いまだに一般にはあまり知られていないようです。
さて、設問2。知識的には、最低限、小田急線高架訴訟判例の規範をそのまま書けることが必要です。
(小田急線高架訴訟判例より引用)
行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
(引用終わり)
これを書いた後、法令をひたすら書き写す。本問の場合は、「生活環境」の文言が書いてある条文をひたすら探して引きまくる、という作業をすることになります。そうすると、以下のようなものが拾えるはずです。
【摘示すべき法令の例】
・「生活環境の保全」を目的として掲げている(1条)。
・許可申請書には周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類を添付しなければならない(15条3項)。
・申請があった場合には公衆の縦覧に供しなければならない(同条4項)。
・利害関係者にに生活環境の保全上の見地からの意見書の提出を認めている(同条6項)。
・生活環境の保全について適正な配慮がなければ許可をしてはならない(15条の2第1項2号)。
これらの趣旨を1つ1つ書いている余裕があれば、書いてもいいでしょう。しかし、書けないなら、とりあえず列挙しておけばよい。それぞれの規定の意味を真面目に考えるのは、時間の無駄です。どうせ列挙して損はないのだから、何も考えずに列挙する。そして、あるキーワードと繋ぎます。
(小田急線高架訴訟判例より引用。太字強調は筆者。)
以上のような都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定の趣旨及び目的,これらの規定が都市計画事業の認可の制度を通して保護しようとしている利益の内容及び性質等を考慮すれば…都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより騒音,振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は,当該事業の認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟における原告適格を有するものといわなければならない。
(引用終わり)
(もんじゅ訴訟判例より引用。太字強調は筆者。)
右の三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号の設けられた趣旨、右各号が考慮している被害の性質等にかんがみると、右各号は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。
(引用終わり)
(最判平26・7・29より引用。太字強調は筆者。)
以上のような産業廃棄物等処分業の許可及びその更新に関する廃棄物処理法の規定の趣旨及び目的,これらの規定が産業廃棄物等処分業の許可の制度を通して保護しようとしている利益の内容及び性質等を考慮すれば…産業廃棄物の最終処分場の周辺に居住する住民のうち,当該最終処分場から有害な物質が排出された場合にこれに起因する大気や土壌の汚染,水質の汚濁,悪臭等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は,当該最終処分場を事業の用に供する施設としてされた産業廃棄物等処分業の許可処分及び許可更新処分の取消し及び無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟及び無効確認訴訟における原告適格を有するものというべきである。
(引用終わり)
このように、周辺住民の原告適格が問題になる場合には、法令を列挙した後に、「著しい被害を直接的に受けるおそれのある者」という形で着地することが大体決まっている。この文言を規範として覚えておき、法令の列挙に繋げてしまえばよい。文章化すると、以下のようになるわけです。
(参考答案より引用)
法は「生活環境の保全」を目的として掲げ(1条)、許可申請書には周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類を添付しなければならず(15条3項)、申請があった場合には公衆の縦覧に供しなければならず(同条4項)、利害関係者にに生活環境の保全上の見地からの意見書の提出を認め(同条6項)、生活環境の保全について適正な配慮がなければ許可をしてはならない(15条の2第1項2号)ものとする。これを考慮すれば、生活環境の悪化による著しい被害を直接的に受けるおそれのある範囲の住民の個別的利益も保護する趣旨といえる。したがって、上記範囲の住民には原告適格が認められる。
(引用終わり)
これが、C1・C2について当てはめる前の、最低限の記述です。「自分の言葉で趣旨を書かないと点が来ない。」と信じている人は、無理をして趣旨を書こうとするので、どうしても、上記のうちの一部だけしか触れることができず、結果的に、「自分に都合の良い部分だけ切り出して一方的な評価を加える答案」として、低い評価になってしまうのです。「そんな採点はおかしい。」と思うかもしれませんが、それに文句を言っても、自分の答案の得点が変わるわけではありません。今のところ、手広く事実(ここでは法令)を引かないと点が来ないような採点方法が採られているわけですから、それに自分の答案スタイルを合わせるよりないのです。
手広く事実を拾うというのは、C1・C2の当てはめについても、同様です。肯定方向、否定方向の両方に事実を整理する。例えば、C1については、以下のようになるでしょう
【整理の例】
(肯定方向の事情)
・本件予定地から下流側の場所に居住している。
・居住地内の果樹園で地下水を利用して新種の高級ぶどうを栽培している。
・仮に本件処分場の有害物質が地下水に浸透した場合、それが、下流側のC1の居住地に到達するおそれは認められる。
(否定方向の事情)
・本件予定地から約2キロメートル離れた場所に居住しており、地下水は飲用していない。
・C1の居住地は、法15条3項の調査の対象地域に含まれていない。
・仮に本件処分場の有害物質が風等の影響で飛散した場合、それがC1の居住地に到達するおそれの有無については明らかでない。
肯定方向の事情も、否定方向の事情も、それなりにある。このような場合は、基本的に結論はどっちでもよいのです。そして、肯定する場合、否定する場合は、「確かに」と「しかし」で書く部分をひっくり返せばいいだけです。
【原告適格肯定の論述例】
確かに、C1は、本件予定地から約2キロメートル離れた場所に居住しており、地下水は飲用していない。C1の居住地は、生活環境に影響を及ぼすおそれがある地域を対象地域として行う法15条3項の調査の対象地域に含まれていない。仮に本件処分場の有害物質が風等の影響で飛散した場合、それがC1の居住地に到達するおそれの有無については明らかでない。
しかし、C1は、本件予定地から下流側の場所に居住しており、居住地内の果樹園で地下水を利用して新種の高級ぶどうを栽培している。仮に本件処分場の有害物質が地下水に浸透した場合、それが、下流側のC1の居住地に到達するおそれは認められる。そうである以上、C1につき、生活環境の悪化による著しい被害を直接的に受けるおそれがあるといえる。
よって、C1に原告適格が認められる。
【原告適格否定の論述例】
確かに、C1は、本件予定地から下流側の場所に居住しており、居住地内の果樹園で地下水を利用して新種の高級ぶどうを栽培している。仮に本件処分場の有害物質が地下水に浸透した場合、それが、下流側のC1の居住地に到達するおそれは認められる。
しかし、C1は、本件予定地から約2キロメートル離れた場所に居住しており、地下水は飲用していない。C1の居住地は、生活環境に影響を及ぼすおそれがある地域を対象地域として行う法15条3項の調査の対象地域に含まれていない。仮に本件処分場の有害物質が風等の影響で飛散した場合、それがC1の居住地に到達するおそれの有無については明らかでない。そうである以上、C1につき、生活環境の悪化による著しい被害を直接的に受けるおそれがあるとはいえない。
よって、C1に原告適格は認められない。
真面目な人は怒るかもしれませんが、これでいいのです。上記の程度に事実を引ける人すら、実際には、非常に少ない。そのため、各事実に具体的な評価、意味付けをする以前の段階で合否が分かれてしまうのですね。もちろん、「事実を全部引いても時間が余って余って仕方ないよ。」という人は、それぞれの事実に評価を付すといいでしょう。評価をする場合には、それぞれの事実に重み付けをするのがコツです。例えば、「地下水との関係では、距離そのものよりも、地下水への汚染が及ぶか否かが重要であるから、距離が近いか否かよりも、上流か下流かという点を重視すべきである。」という感じですね。それから、法15条3項の調査の対象地域を定める指針の法規範性についても、超上位を狙うなら一言触れたい。とはいえ、普通の人には、そんなことはできないのです。やってはいけないのは、自分が採りたい結論に合致する事実だけを拾い上げて書いてしまうことです。肯定・否定の事情が問題文にわざわざ書いてあるわけですから、最低限、肯定側の事情、否定側の事情に整理して、答案上に示す必要がある。それすらできていないと、いくら「自分の言葉で評価」していたとしても、予想外の低い評価になってしまうでしょう。なお、参考答案は、C1・C2の両方とも原告適格を肯定しておきましたが、別にそれが「正解」という趣旨ではありません。両方否定したとしても、本問では何の問題もないでしょう。
【参考答案】
第1.設問1
1.Aがなすべき主張
「従う意思がない旨を表明した」(行手法33条)というためには、真摯かつ明確な意思表示がされたことを要する(品川マンション事件判例参照)。
本件で、Aは、Bに対し、行政指導にはこれ以上応じられないので直ちに本件申請に対して許可をするように求める旨の内容証明郵便を送付し、真摯かつ明確な意思表示をした。したがって、「従う意思がない旨を表明した」といえる。
よって、本件申請に対する許可の留保は、Aの内容証明郵便が到達した時点から、行手法33条に反し、違法である。
2.想定される甲県の反論
申請者が行政指導に従う意思がない旨を表明した場合であっても、行政指導に対する不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえる特段の事情がある場合には、行政指導を継続することも許される(品川マンション事件判例参照)。
本件では、説明会に際してAが、(ア)住民のように装ったA社従業員を説明会に参加させ、本件処分場の安全性に問題がないとする方向の質問をさせたり意見を述べさせたり、(イ)あえて手狭な説明会場を準備し、賛成派住民を早めに会場に到着させて、反対派住民が十分に参加できないような形で説明会を運営したという行為に及んでいたから、行政指導に対する不協力は社会通念上正義の観念に反する。
したがって、上記特段の事情が存在する。
3.反論を踏まえた検討
上記特段の事情の有無は、申請者が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して判断すべきである(品川マンション事件判例参照)。
本件で、地下水の汚染や有害物質の飛散により、住民の健康が脅かされるだけでなく、ぶどうの栽培にも影響が及ぶのではないかとの懸念を抱いた住民が反対運動を行っているが、Bは、本件申請が法15条の2第1項の要件を全て満たしたと判断した以上、本件処分場につき周辺地域の生活環境の保全について適正な配慮がされているといえる(同項2号)。Aは、住民に対する説明会を開催し、本件調査書に基づき本件処分場の安全性を説明するとともに、住民に対し、本件処分場の安全性を直接確認してもらうため、本件提案をした。その説明内容自体に虚偽があるという事情はない。建設資材の価格が上昇しAの経営状況を圧迫するおそれが生じていた。以上の事実を考慮すれば、(ア)及び(イ)の事情だけで直ちに上記特段の事情が存在するとはいえない。
4.結論
以上から、本件申請に対する許可の留保は、Aの内容証明郵便が到達した時点から違法である。
第2.設問2
1.行訴法9条1項にいう法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分の根拠法令が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護する趣旨を含む場合には、このような利益も上記法律上保護された利益に当たる。処分の相手方以外の者について上記の判断をするに当たっては、同条2項所定の要素を考慮すべきである(小田急線高架訴訟判例参照)。
法は「生活環境の保全」を目的として掲げ(1条)、許可申請書には周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類を添付しなければならず(15条3項)、申請があった場合には公衆の縦覧に供しなければならず(同条4項)、利害関係者に生活環境の保全上の見地からの意見書の提出を認め(同条6項)、生活環境の保全について適正な配慮がなければ許可をしてはならない(15条の2第1項2号)ものとする。これを考慮すれば、生活環境の悪化による著しい被害を直接的に受けるおそれのある範囲の住民の個別的利益も保護する趣旨といえる。したがって、上記範囲の住民には原告適格が認められる。
2.C1について
確かに、C1は、本件予定地から約2キロメートル離れた場所に居住しており、地下水は飲用していない。C1の居住地は、生活環境に影響を及ぼすおそれがある地域を対象地域として行う法15条3項の調査(同規則11条の2)の対象地域に含まれていない。仮に本件処分場の有害物質が風等の影響で飛散した場合、それがC1の居住地に到達するおそれの有無については明らかでない。
しかし、C1は、本件予定地から下流側の場所に居住しており、居住地内の果樹園で地下水を利用して新種の高級ぶどうを栽培している。仮に本件処分場の有害物質が地下水に浸透した場合、それが、下流側のC1の居住地に到達するおそれは認められる。そうである以上、C1につき、生活環境の悪化による著しい被害を直接的に受けるおそれがあるといえる。
よって、C1に原告適格が認められる。
3.C2について
確かに、C2は、本件予定地から上流側に居住しており、仮に本件処分場の有害物質が地下水に浸透した場合、それが、上流側のC2の居住地に到達するおそれはない。仮に本件処分場の有害物質が風等の影響で飛散した場合、それがC2の居住地に到達するおそれの有無については明らかでない。
しかし、C2は、本件予定地から約500メートル離れた場所に居住しており、地下水を飲用している。C2の居住地は、法15条3項の調査の対象地域に含まれている。そうである以上、C2につき、生活環境の悪化による著しい被害を直接的に受けるおそれがあるといえる。
よって、C2に原告適格が認められる。
以上