平成29年司法試験の結果について(9)

1.前回の記事(「平成29年司法試験の結果について(8)」) では、予備組の合格率の急上昇が、全体の論文合格率の上昇だけでは説明が付かないものであることが明らかになりました。そこで今回は、予備組内部の合格率に何かヒントがないか、調べてみます。以下は、年代別の受験者合格率です。

年齢 受験者数 合格者数 受験者合格率
20~24 161 155 96.2%
25~29 59 49 83.0%
30~34 29 19 65.5%
35~39 48 27 56.2%
40~44 33 14 42.4%
45~49 32 13 40.6%
50以上 38 13 34.2%

 年代別にみると、合格率に顕著な差があることがわかります。20代前半は9割を超える圧倒的な合格率。それが、歳を重ねるにつれて、下がっていきます。9割以上の20代前半、8割程度の20代後半、5~6割台の30代、4割台の40代、3割台の50代以上、というように、歳を取ると合格率が下がっていく傾向が顕著です。
 この差は、どの段階で生じているのか。短答段階では、予備組は受験者400人中7人しか落ちていません。その7人は、20代前半と20代後半にそれぞれ2人、30代前半、30代後半、40代前半にそれぞれ1人で、むしろ若手に集中している。40代後半以降で短答に落ちた人は、1人もいません。ですから、若手の圧倒的に高い合格率は、専ら論文段階で生じているのです。
 この論文段階での若手圧倒的有利の傾向は、今年の予備組に限ったことではなく、毎年みられる確立した傾向です。ですから、その背後にある要因を明らかにすることが、論文を攻略するための重要なヒントとなるのです。
 若手圧倒的有利の要因の1つは、以前の記事でも説明した「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則です(「平成29年司法試験の結果について(6)」)。不合格者が翌年受験する場合、必ず1つ歳をとります。不合格を繰り返せば、どんどん高齢になっていく。その結果、高齢の受験生の多くが、不合格を繰り返した「極端に受かりにくい者」として滞留し、結果的に、高齢受験者の合格率を下げる。これは、年齢自体が直接の要因として作用するのではなく、不合格を繰り返したことが年齢に反映されることによって、間接的に表面化しているといえます。
 もう1つは、年齢が直接の要因として作用する要素です。それは、加齢による反射神経と筆力の低下です。論文では、極めて限られた時間で問題文を読み、論点を抽出して、答案に書き切ることが求められます。そのためには、かなり高度の反射神経と、素早く文字を書く筆力が必要です。これが、年齢を重ねると、急速に衰えてくる。これは、現在の司法試験では、想像以上に致命的です。上記の「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則とも関係しますが、論点抽出や文字を書く速度が遅いと、規範を明示し、問題文の事実を丁寧に書き写すスタイルでは書き切れなくなります。どうしても、規範を省略したり、問題文を要約するスタイルにならざるを得ない。そうなると、わかっていても、「受かりにくい者」になってしまうのです。この悪循環が、上記のような加齢による合格率低下の要因になっているのだと思います。

2.ここまでは、例年の傾向との関係を説明しました。ここからは、今年の予備組に顕著な特徴をみていきましょう。以下は、上記1でみた年代別合格率を、昨年と今年で比較したものです。

年齢 今年 昨年 前年比
20~24 96.2% 94.2% +2.0
25~29 83.0% 72.7% +10.3
30~34 65.5% 43.5% +22.0
35~39 56.2% 45.6% +10.6
40~44 42.4% 23.6% +18.8
45~49 40.6% 22.5% +18.1
50以上 34.2% 31.4% +2.8

 年配者の合格率が、考えられないほど急上昇している。例年なら、論文段階で壊滅するはずの年配者が、今年はなぜか論文にも受かっているのです。これが、例年にはみられない、今年の予備組の顕著な特徴です。ここに、今年の予備組の合格率の急上昇の謎を解く手がかりがあるのです。
 先ほど、若手圧倒的有利の要因が、論文特有の「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則と、加齢による反射神経と筆力の低下にあることを説明しました。加齢による反射神経と筆力の低下が、今年の年配者に限って生じなかった、ということは、ちょっと考えられません。ですから、今年の年配者の合格率の急上昇は、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則が、あまり作用しなかった、ということになるでしょう。そしてまた、このことが、今年の予備組の合格率急上昇の原因でもあった。年配者に作用する影響が要因だったのなら、上位ロー既修の合格率が急上昇しなかった(「平成29年司法試験の結果について(8)」)ことも筋が通ります。
 ではなぜ、今年は、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則が、あまり作用しなかったのでしょうか。これは今のところ、よくわかりません。今年の論文の問題が、例年の傾向と違ったかといえば、そのようなことはなかったでしょう。例年どおり、規範の明示と事実の摘示が重要で、しかもそれを書き切るためにはかなりの文字数が必要でした。そうだとすると、受験生の側に変化があったという可能性の方が高いでしょう。当サイトでは、最近になって、上記の「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則が生じる原因が、答案の書き方、スタイルにあることを繰り返し説明するようになりました(「平成29年司法試験の結果について(6)」)。平成27年からは、規範の明示と事実の摘示に特化したスタイルの参考答案も掲載するようになりました。その影響で、年配の予備受験生が、規範の明示や事実の摘示を重視した答案を時間内に書き切るような訓練をするようになったのではないかと思います。「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則は、どの部分に極端な配点があるかということについて、単に受験生が知らない(ロー等で規範と事実を書き写せと指導してくれない)という、それだけのことによって成立している法則です。ですから、受験生に適切な情報が流通すれば、この法則は作用しなくなる。正確な統計があるわけではありませんが、当サイトの読者層には、年配の予備受験生が多いようです。ロー等に通えないことから、当サイト等を頼ることになりやすいからでしょう。その影響が一定程度あって、年配の予備組受験生については、正しい情報が流通し始めたのではないか。今年、30代以上の予備試験受験者は180人なので、そのうちの数十人が当サイトの読者であったという程度でも、合格率に大きく影響する可能性はあるでしょう。現段階では、まだはっきりとはわかりませんが、当サイトとしては、そのように考えたいところです。

3.以下は、予備組の職種別の受験者数、合格者数、受験者合格率をまとめたものです。法務省公表の資料で、「公務員」、「教職員」、「会社員」、「法律事務所事務員」、「塾教師」、「自営業」として表示されているカテゴリーは、それらを合計した数字を「有職者」としてまとめて表示し、「その他」のカテゴリーは省略しています。

職種 受験者数 合格者数 受験者
合格率
有職者 95 49 51.5%
法科大学院生 102 97 95.0%
大学生 92 88 95.6%
無職 98 50 51.0%

 法科大学院生・大学生のグループと、有職者・無職のグループに分かれます。前者のグループが、後者のグループより圧倒的に合格率が高い。これは、職種というより、年齢の要素を反映したものと考えてよいでしょう。大学生や法科大学院生のほとんどは20代なので、合格率が高くなっているのです。
 注目したいのは、有職者と無職で合格率にほとんど違いがない、ということです。正社員として勤務していると、勉強をする時間がないので、無職(アルバイトを含む。)の方が有利である、と言われることがあります。しかし、この数字を見る限り、必ずしもそうではない。これは、論文試験が、主として法律の知識・理解ではなく、反射神経や筆力に依存する試験であることによります勉強量は、ほとんど関係がないのです。このことは、受験を考えている社会人にとって、重要な事実でしょう。ただし、短答は勉強量に強く依存しますから、短答の学習をする時間は、最低限確保しなければなりません。
 ここまでは、例年みられる確立した傾向です。昨年の職種別合格率と比較すると、前記2で説明したことと同じ今年特有の傾向が現れます。

職種 今年 昨年 前年比
有職者 51.5% 35.5% +16.0
法科大学院生 95.0% 87.7% +7.3
大学生 95.6% 95.8% -0.2
無職 51.0% 35.7% +15.3

 大学生以外のカテゴリーですべて合格率が上昇している。特に、有職者と無職のカテゴリーの上昇幅は、これまでの傾向を知る者からすれば、ありえないものです。先ほど説明したとおり、上記の各カテゴリーの数字は、職種というより、年齢層に依存しています。今年は、年配者の予備組の合格率が大きく上昇したので、それに対応して、有職者と無職のカテゴリーの上昇幅が大きくなっている。今年は、文字どおり「苦節十年」という感じの人が、多く受かっているはずです。法曹として活躍するにふさわしい意欲と能力を持ちながら、論文特有の「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則に阻まれて、合格できない人がたくさんいます。当サイトは、そのような人はできる限り少なくなった方がよいと考えています。その意味では、この傾向が、今後も続けばよいと思います。

4.以下は、予備組の最終学歴別の受験者数、合格者数、受験者合格率のうち、「大学在学中」、「法科大学院修了」、「法科大学院在学中」の3つのカテゴリーを抜粋したものです。

学歴 受験者数 合格者数 受験者
合格率
大学
在学中
93 89 95.6%
法科大学院
修了
68 27 39.7%
法科大学院
在学中
102 96 94.1%

 法科大学院修了のカテゴリーだけ、極端に合格率が低いことがわかります。このカテゴリーは、主にローを修了した後に受験回数を使い果たし、予備試験に合格して復活した人達が属します(※)。予備試験に合格して敗者復活を果たしても、司法試験で苦戦している、ということです。これが、論文特有の「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則です。以前の記事(「平成29年司法試験の結果について(6)」)で説明したとおり、書き方のクセが直らないと、予備試験に合格しても、司法試験で苦戦することになるのです。
 ※ 厳密には、ロー在学中に予備に合格し、司法試験を受験したが、不合格になった人が、ローを修了した後に再受験する場合も含みます。

 さて、ここでも、昨年と比較してみましょう。

学歴 今年 昨年 前年比
大学
在学中
95.6% 95.8% -0.2
法科大学院
修了
39.7% 27.5% +12.2
法科大学院
在学中
94.1% 87.7% +6.3

 法科大学院修了のカテゴリーの合格率が大きく上昇しています。ここでも、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則の作用が弱まっていることが確認できるでしょう。

5.以上のように、今年の予備組の合格率の急上昇の原因は、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則の作用が弱まったことにあります。そして、そのとりあえずの仮説として、2回目以降の予備組の受験生が、適切な情報に基づいて、規範の明示と事実の摘示のスタイルを守って書き切る訓練をするようになったために、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則の作用が弱まったということが考えられる。仮にこれが正しければ、来年以降もこの傾向が続きやすいでしょう。逆に、来年以降、また元の傾向に戻ってしまうのであれば、今年限りのイレギュラーな原因によるものであったということになります。

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