1.以下は、直近5年の選択科目別の最低ライン未満者割合、すなわち、その科目を選択して短答に合格した者に占めるその科目で最低ライン未満となった者の割合の推移です。
25 | 26 | 27 | 28 | 29 | |
倒産 | 6.21% | 6.12% | 2.96% | 4.68% | 1.80% |
租税 | 0.51% | 1.98% | 0.37% | 0.00% | 3.20% |
経済 | 2.19% | 0.82% | 1.01% | 3.50% | 2.71% |
知財 | 1.27% | 1.12% | 1.22% | 2.51% | 3.80% |
労働 | 1.01% | 1.33% | 2.07% | 1.11% | 7.48% |
環境 | 0.37% | 0.21% | 0.57% | 0.35% | 1.99% |
国公 | 1.33% | 0.00% | 2.41% | 0.00% | 0.00% |
国私 | 1.82% | 1.65% | 1.01% | 4.54% | 4.88% |
過去の傾向では、最低ライン未満者の多い科目は、倒産法でした。短答・論文の合格率が最も高い傾向を示す倒産法で、最低ライン未満者が多数出ていることは、ある意味不思議な現象でした。当サイトでは、実力者が倒産法を選択しているという傾向がある一方で、倒産法の採点は厳しく、素点で最低ライン未満になる危険が高いことから、倒産法を選択するということは、そのようなリスクがある、という説明をしていたのでした。
一方で、過去の傾向では、選択者が多い割に、最低ライン未満者が少なく、比較的安全であるとされてきたのが、労働法でした。当サイトでは、労働法は倒産法のようなリスクが少ないので、特に科目の好みがないのであれば、無難な選択肢である、と説明をしていたのでした。
ところが、今年は、その傾向が全く逆転しています。倒産法は、従来の労働法並に最低ライン未満者が少なく、一方の労働法では、従来の倒産法と同じくらい、いやむしろそれを上回るほどに、最低ライン未満者が生じています。このような逆転現象は、これまでになかったことです。これが今年だけのイレギュラーな結果なのか、今後もこの傾向が続いていくのか、注意する必要があるでしょう。
また、租税法、経済法、知的財産法、国際私法も、比較的最低ライン未満者を多めに出しています。選択科目といえども、手を抜かずにきちんと学習する必要があります。特に、国際私法は、昨年、今年と最低ライン未満者が増加しました。若手の予備合格者の選択が増加している一方で、このような傾向が生じつつある点には、注意が必要でしょう。
2.選択科目ごとの素点の傾向をみてみましょう。以前の記事(「平成29年司法試験の結果について(10)」)でみたとおり、素点の平均点の高低、バラ付きの大小は、素点段階と得点調整後の最低ライン未満の得点となる者の数を比較すれば、ある程度わかります。以下は、素点段階の最低ライン未満者数と、得点調整後に最低ライン未満の得点となる者の数をまとめたものです。
素点 ベース |
調整後 ベース |
|
倒産 | 12 | 42 |
租税 | 8 | 15 |
経済 | 15 | 39 |
知財 | 20 | 25 |
労働 | 91 | 57 |
環境 | 4 | 5 |
国公 | 0 | 2 |
国私 | 24 | 24 |
労働法だけ、調整後の数字の方が小さくなっていることがわかります。調整後の数字の方が小さくなっているということは、素点の平均点が全科目平均点(厳密にはこれを100点満点に換算したもの。以下同じ。)よりも低かったか、素点のバラ付きが標準偏差10よりも大きかったことを示します(「平成29年司法試験の結果について(10)」)。今回の労働法についていえば、平均点が極端に低かったという可能性は低いでしょう。なぜなら、調整後の得点分布に、10点未満が4人いるからです。どういうことか。これは、以前の記事(「平成29年司法試験の結果について(10)」)の表3をみればわかります。
再掲表3 | 素点 | 調整後 |
受験生1 | 40 | 57.7 |
受験生2 | 37 | 54.7 |
受験生3 | 35 | 52.7 |
受験生4 | 32 | 49.7 |
受験生5 | 30 | 47.7 |
受験生6 | 27 | 44.7 |
受験生7 | 25 | 42.7 |
受験生8 | 22 | 39.7 |
受験生9 | 19 | 36.7 |
受験生10 | 6 | 23.7 |
平均点 | 27.3 | 45 |
標準偏差 | 10 | 10 |
素点と調整後の数字を見比べてみてください。すべての受験生について、調整後は一律に17.7点が加算されていることがわかるでしょう。平均点を全科目平均点に合わせるための調整は、このようにして行われるのです。このような調整がされた場合に、調整後に17.7点未満の受験生は生じるでしょうか。生じるはずがありません。ここまで理解すれば、今年の労働法の採点が極端に厳しく、平均点が全科目平均点より10点以上低くなったために、得点調整によって素点から一律に10点以上引き上げられた、などということはあり得ないということがわかるでしょう。仮にそのような調整がされたなら、調整後に10点未満の者が生じるはずがないからです。したがって、今年の労働法に関しては、素点のバラ付きが標準偏差10より大きかった可能性が高いということになるのです。前記1のとおり、今年は、過去の傾向からすると考えられないほど、労働法で多数の最低ライン未満者が出ました。その原因は、素点段階で非常に差が付くような、極端な採点がされていたことによる可能性が高いといえます。このような場合には、慎重に再現答案を検討する必要があるでしょう。極端な採点がされる場合、極端に加点又は減点されるポイントを掴んでおかないと、予想外に低い評価になってしまうおそれがあります。もっとも、労働法に関しては、今年がイレギュラーであった可能性もありますので、来年以降もこの傾向が続くのかについては、慎重に判断する必要があります。
従来は今年の労働法に近い傾向だった倒産法は、今年は逆の傾向です。調整後ベースの方が、最低ライン未満の得点となる者が増えている。これは、素点の平均点が全科目平均点より高かったか、素点のバラ付きが標準偏差10よりも小さかったことを示します(「平成29年司法試験の結果について(10)」)。今年の倒産法に関しては、前者の可能性は低いでしょう。なぜなら、調整後の得点分布で、10点以下の者が1人もいないからです。前記のとおり、平均点の調整が行われる場合には、一律に加点又は減点されるような調整になる。仮に、今年の倒産法の平均点が全科目平均点より高かった結果、一律に素点から減点されたとするなら、10点以下の者が生じないのは不自然でしょう。素点段階で最低ライン未満、すなわち、25点未満の者が12人いるのですから、さらに減点されるような調整がされれば、10点以下の者が生じるのが普通だからです。したがって、今年の倒産法が、従来の傾向と異なって最低ライン未満者が少なかった原因は、素点段階で差が付かないような採点がされていたためだ、ということになるのです。再現答案を比較しても、大きな得点差が付いているのに、論述内容に顕著な差がない、ということが生じやすいでしょう。もっとも、今年はイレギュラーだった可能性もありますので、注意が必要です。
経済法は、倒産法と同様に、調整後ベースの方が、最低ライン未満の得点となる者が増えています。しかし、経済法に関しては、倒産法とは異なり、平均点が全科目平均点より高かった可能性が高いでしょう。調整後の得点分布で68点を超える者が1人もいない反面、10点未満の者が3人存在するからです。経済法に関しては、採点が他の科目より甘かった可能性が高いといえます。採点が甘いというと、有利になったように錯覚しがちですが、得点調整によって調整後の点数が下がるので、そういうわけではありません。むしろ、最上位の得点を押さえられてしまいやすいので、上位を狙う者にとってはかえって不利に作用する可能性もあるのです。簡単に比較はできませんが、経済法トップの68点だった人は、他の科目を選択していれば、調整後も70点以上を取れていたかもしれないのです。
租税法も、調整後ベースの方が、最低ライン未満の得点となる者が増えていますが、こちらは素点段階で差が付いていなかった、すなわち、標準偏差が10未満であった可能性高いでしょう。それは、調整後の得点分布が、一部飛び飛びになっていることからわかります。すなわち、64点、28点、22点、17点だった者が、1人もいない。これは、標準偏差を10にするために、素点の得点差が強制的に広げられた結果、空白となる部分が生じるために起きる現象です。このことは、以前の記事(「平成29年司法試験の結果について(10)」)の表6をみると、わかりやすいでしょう。
再掲表6 | 素点 | 調整後 |
受験生1 | 40 | 50.4 |
受験生2 | 39 | 47.08 |
受験生3 | 38 | 43.77 |
受験生4 | 37 | 40.46 |
受験生5 | 36 | 37.15 |
受験生6 | 35 | 33.84 |
受験生7 | 34 | 30.53 |
受験生8 | 33 | 27.22 |
受験生9 | 32 | 23.91 |
受験生10 | 31 | 20.59 |
平均点 | 35.5 | 35.5 |
標準偏差 | 3.02 | 10 |
表6で、例えば、調整後に48点、49点となることはあり得ないことがわかります。上記はかなり極端な例ですが、実際にも得点分布の一部でそのような現象が生じ得るのです。それが顕著に表れたのが、今年の租税法です。なお、国際公法でも似たような現象がみられますが、これは単純に受験者数が極端に少ないことによるものです。
3.選択科目は、基本的には、自分の興味のある科目を選べばよいと思います。ローで講義を受講できるかどうかも、重要な要素でしょう。しかし、特にこだわりがなければ、選択者の多い科目を選んでおくのが無難だと思います。
以下は、今年の選択科目別受験者数及びその全体に占める割合をまとめたものです。
受験者数 | 割合 | |
倒産 | 906 | 15.3% |
租税 | 412 | 6.9% |
経済 | 867 | 14.6% |
知財 | 803 | 13.5% |
労働 | 1738 | 29.3% |
環境 | 353 | 6.0% |
国公 | 81 | 1.4% |
国私 | 769 | 13.0% |
労働法が圧倒的に多く、それ以外では、倒産法、経済法、知財法、国際私法がほぼ同じくらいの水準です。租税法、環境法はマイナー科目で、国際公法は存在意義が疑われかねないほどレアな科目となってしまっています。
このような状況からすれば、特に好みがないなら、労働法を選択しておけばよいのかな、と思います。ただ、今年に関しては、これまでに説明したとおり、極端に差が付く採点がされ、多数の最低ライン未満者を出しています。今後もこのような傾向が続くかはわかりませんが、来年以降に同様の傾向となっても困らないように、今年に関しては特に、再現答案、出題趣旨、採点実感等に関する意見等の分析を慎重に行っておく必要があるでしょう。労働法は、選択科目の中でも、当サイトが繰り返し説明している、「規範と事実」のパターンにはまりやすい科目です。今年の問題も、内容に関しては、従来の傾向どおりで、大きな傾向変化はみられません。その意味では、何か採点に変化があった可能性はありますが、基本的な解法のテクニックには違いはないだろうと思います。必須科目と比べて論文の書き方に特殊な点がないという点からも、労働法は選択しやすい科目ではないかと思います。ただ、覚えるべき規範の量は、他の科目より少し多めです。ですから、選択科目の勉強時間を十分に取れない社会人や大学在学中の予備合格者にとっては、覚える量の少ない国際私法の方がよいかもしれません。実際、国際私法は、大学在学中予備合格者の選択が増えているようです。ただし、前記1のとおり、直近では多めの最低ライン未満者を出していることには、注意が必要です。
かつて、労働法より人気があったのが、倒産法でした。法科大学院で履修しやすい科目であったこと、民事系科目との親和性が強いことが要因だったのでしょう。しかし、前回の記事(「平成29年司法試験の結果について(11)」)で説明したとおり、倒産法は実力者が選択する傾向があるために、得点調整で不利になりやすいことや、最低ライン未満者が多かったこともあって、近年は敬遠されがちな科目となっています。もっとも、最近では論文段階での倒産法の優位は薄れてきていますし、最低ライン未満者数もかつてほど多くはなくなってきています。今後は、また人気が回復してくる可能性はあるでしょう。