1 今年の予備試験論文式行政法の設問2は、相当数の人が、裁量逸脱濫用(実体違法)をメインにして書いてしまったようです。確かに、問題文を安易に読むと、そのようにしかみえないというのもわかります。しかし、正しく読めば、理由提示(手続違法)がメインであることは、十分読み取れる問題文です。そこで、どのように現場で考えれば、理由提示がメインであることを読み取ることができたのか、その思考過程について、少し説明をしておきたいと思います。
2 設問2では、Xが主張すべき本件勧告の違法事由が問われていました。Xが争おうとしているのは何か、という目で問題文を見ると、意見陳述で3つのことを主張していることが目に付きます。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
そこでY県の知事(以下「知事」という。)は,Xに対してY県消費生活条例(以下「条例」という。)第48条に基づき勧告を行うこととし,条例第49条に基づきXに意見陳述の機会を与えた。Xは,この意見陳述において,①Xの従業員がした勧誘は不適正なものではなかったこと,② 仮にそれが不適正なものに当たるとしても,そのような勧誘をしたのは従業員の一部にすぎないこと,③今後は適正な勧誘をするよう従業員に対する指導教育をしたことの3点を主張した。
(引用終わり)
上記を素直に読むと、①は、条例25条4号違反と判断することが要件裁量の逸脱濫用になる旨の主張、②及び③は、条例48条の「消費者の利益が害されるおそれがある」と判断することが要件裁量の逸脱濫用になる旨の主張及び指導にとどめず勧告をしたことが効果裁量の逸脱濫用になる旨の主張だ、ということになるでしょう。一見すると、「なーんだ。違法事由がそのまま書いてあるじゃん。すっげー簡単だ。」ということになりそうです。検討の入り口は、これでいいのです。
3 しかし、検討を進めていくうちに、次第に、「何かおかしいぞ。」ということに、気付くべきでした。まず、多くの人が、直感的に、こう思ったはずです。
「こんなん裁量逸脱濫用になるわけないだろ・・Xに勝ち目はねーよ。」
こんな主張をXがすべきなのか。これは、正しい感覚です。とはいえ、無理筋の主張を何とか頑張って構成させようとする問題という可能性もありますから、この段階ではまだ、裁量逸脱濫用を書くべきでないとは断定できません。
とりあえず、上記の①を具体的に検討し始めた辺りから、漠然とした疑惑が、より濃厚なものとなっていきます。条例25条4号は、3つの行為類型を挙げています。
(条例25条4号。太字強調は筆者。)
消費者を威迫して困惑させる方法で,消費者に迷惑を覚えさせるような方法で,又は消費者を心理的に不安な状態若しくは正常な判断ができない状態に陥らせる方法で,契約の締結を勧誘し,又は契約を締結させること。
本問では、Y県知事が、上記のどの類型に該当するものとして本件勧告をしたのか、明示がない。そこで、条例25条4号に該当すると判断したことが裁量逸脱濫用になるという主張をするためには、以下の点をすべて書かなければいけないということになります。
(1)Xの従業員のした勧誘が消費者を威迫して困惑させる方法に当たると判断することが著しく妥当性を欠くこと。
(2)Xの従業員のした勧誘が消費者に迷惑を覚えさせるような方法に当たると判断することが著しく妥当性を欠くこと。
(3)Xの従業員のした勧誘が消費者を心理的に不安な状態又は正常な判断ができない状態に陥らせる方法に当たると判断することが著しく妥当性を欠くこと。
「こんなの一々書くのかよ・・」という感じになってくるでしょう。Xの従業員のした勧誘を見てみると、その思いがより強くなってきます。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
Y県による実態調査の結果,Xの従業員の一部が,購入を断っている消費者に対して,(ア)「水道水に含まれる化学物質は健康に有害ですよ。」,(イ)「今月のノルマが達成できないと会社を首になるんです。人助けだと思って買ってください。」と繰り返し述べて浄水器の購入を勧誘していたことが判明した。
(引用終わり)
答案に書こうとすると、以下のような感じになるわけですが。
【論述例】
Xの従業員のした勧誘は、購入を断っている消費者に対して、(ア)「水道水に含まれる化学物質は健康に有害ですよ。」、(イ)「今月のノルマが達成できないと会社を首になるんです。人助けだと思って買ってください。」と繰り返し述べるというものであるが、…であるから、消費者を威迫して困惑させる方法という余地はなく、これに当たると判断することは著しく妥当性を欠く。また、…であるから、消費者に迷惑を覚えさせるような方法という余地はなく、これに当たると判断することは著しく妥当性を欠く。さらに、…であるから、消費者を心理的に不安な状態又は正常な判断ができない状態に陥らせる方法という余地はなく、これに当たると判断することは著しく妥当性を欠く。以上から、Xの従業員のした勧誘が条例25条4号に違反するとしたY県知事の判断には、要件裁量の逸脱・濫用がある。
「こんなことを問う趣旨なの?おかしいぞ。」と思うのが普通です。そもそも、Y県知事がどのようにXの従業員がした行為を評価したかも書いてありませんから、その判断の妥当性を検討するということ自体、本来であればできないのです。このことは、条例48条の「消費者の利益が害されるおそれがある」についての要件裁量や、指導にとどめず勧告をしたことについての効果裁量を検討していけば、さらに強く感じるようになっていくでしょう(※)。
※ Xの主張③の指導教育との関係では、指導教育の内容やその効果が問題文に書いていないので、この意味でも当てはめようがありません。
「なんだよこの問題は。Y県知事がどのように条例を適用したかが全然わかんないじゃん!これじゃXがどこを争っていいかがわからんだろ!行政庁の判断過程すら示されてないのに裁量を問うとか愚問…あっ。」
この辺りで、そろそろ気付くべきなのです。このように、行政庁がやってくれないと、相手方が何を争っていいかわからなくて困るという趣旨から、必要とされた手続がありました。理由の提示です。「不服申立ての便宜のため」というのは、具体的には、このようなことなのでした。
4 こうして、裁量逸脱濫用ではなくて、理由の提示を書けばいいのかな、ということに気が付いても、あることが気になって、それで躊躇してやめてしまった、という人もいるでしょう。それは、不利益処分の理由提示を定める行手法14条は、本件勧告には適用できないということです。
(行手法3条3項。太字強調は筆者。)
第一項各号及び前項各号に掲げるもののほか、地方公共団体の機関がする処分(その根拠となる規定が条例又は規則に置かれているものに限る。)及び行政指導、地方公共団体の機関に対する届出(前条第七号の通知の根拠となる規定が条例又は規則に置かれているものに限る。)並びに地方公共団体の機関が命令等を定める行為については、次章から第六章までの規定は、適用しない。
本件勧告を文字どおり行政指導と捉えても、処分性を認めたことから不利益処分と同視して考えても、本問で行手法14条の適用の余地はありません。しかも、本問では、平成24年のような行政手続条例が存在する旨の記載が、問題文にないのです。
(平成24年予備試験論文式試験行政法試験問題より引用)
なお,乙市は,1996年に乙市行政手続条例を施行しており,本件処分に関する手続について,同条例は行政手続法と同じ内容の規定を設けている。
(引用終わり)
このことから、「本問は手続について問う趣旨ではないに違いない。」と判断して、結局裁量逸脱濫用で書いてしまった人は、過去問の検討が不十分です。行手法3条3項の適用除外によって解きようのない問題が出題されたという実例は、昨年もあったからです。
(「平成29年予備行政法で行手法33条を適用すべき理由」より引用)
「甲県に行手法33条に相当する行政手続条例の規定が存在するという問題文の事情がないのだから、そのような行政手続条例の規定は存在しないことを前提にして解くんじゃないの?」と思うかもしれません。確かに、「甲県は行政手続条例において行手法33条に相当する規定を置いていない県である。」という前提が成り立ち得るならば、そのような理解は可能でしょう。しかし、それは考えられないのです。なぜなら、「行政手続条例において行手法33条に相当する規定を置いていない県」は、存在しないからです。
(中略)
それならば、答案において、「甲県には、行手法33条と同様の規定があるものとして、以下、行手法33条の規定に沿って検討する。」とすればよいかというと、厳密にはそれもダメです。なぜなら、問題文上、「甲県には、行手法33条と同じ内容の規定がある。」と規定されていない以上、甲県が行手法33条に相当する規定として、どのような規定を設けているか、明らかではないからです。 …各県の行政手続条例を見ればわかるとおり、各県で微妙なバリエーションがあります。
(中略)
このように、本問の甲県に、行手法33条に相当する行政手続条例の規定があるとしても、上記の様々なバリエーションのうちのどれであるのか、それによって生じ得る解釈上の問題点が異なるにもかかわらず、本問ではその点が全く不明なのです。
さて、ここまでの検討でわかることは、「本問は、厳密に考えると、このままでは解きようがない。」ということです。このことは、本問の作問担当者が認識していれば、容易に対応可能なことです。現に、この点について、問題文上で対応した実例があるのです。
(平成24年予備試験論文式試験行政法試験問題より引用)
なお,乙市は,1996年に乙市行政手続条例を施行しており,本件処分に関する手続について,同条例は行政手続法と同じ内容の規定を設けている。
(引用終わり)
「行政手続法と同じ内容の規定」と書いてあれば、その行政手続条例には、行手法33条と同じように、「明確に」という文言はなく、例外規定も置いていない、ということがわかります。
認識していれば容易に対応できるにもかかわらず、何ら対応していない場合というのは、大体の場合、気付いていないのです。当サイトは、おそらく、本問の作問担当者が、Bの行政指導に行手法33条が適用されないという問題があることを失念していて、他の考査委員もこれに気付かないまま、出題されてしまったのだろうと予測します(※)。「考査委員がそんな初歩的なミスをするはずがない。」と思うかもしれませんが、過去問を詳細に検討してみると、この種の見落としのようなものは、案外あるものです。
このことを前提にすると、おそらく、出題者としては、品川マンション事件判例を踏まえつつ、行手法33条の文言解釈をして、当てはめをすることを求めていたのだろうと思います。そうだとすれば、行手法33条が適用除外になると思って、同条の文言を無視してしまうと、評価を落とすことになりやすい。また、採点段階で考査委員が適用除外に気が付いたとしても、考査委員自身の不手際によって仕方なく行手法33条の適用を前提に解答した答案に対して、減点するという処理は、やりにくいでしょう。
(引用終わり)
このことを知っていれば、「今年もまた、適用除外に気付かないでやってしまったのか。」と、容易に気付くことができる。そのことに気付いていれば、「行政手続条例の存在についての記載がないから、手続は問わない趣旨だろう。」と判断することができないこともわかるでしょう。昨年同様、適用除外を無視して行手法14条を堂々と適用してしまうというのも、1つの方法です。ただ、今年は、昨年とは少し事情が異なる部分があります。昨年は、行手法33条に相当する行政手続条例の規定は、各県ごとに様々なバリエーションがあり、微妙に検討すべき要件が違ってくるので、単純に「行手法33条に相当する行政手続条例の規定」と書いても、その意味内容を特定することができないという事情がありました。しかし、行手法14条に関しては、これに相当する行政手続条例の規定に各県ごとのバリエーションはないのです。興味のある人は、各県のウェブサイトで確認してみましょう。判で押したように、すべての県で行手法14条と同じ規定ぶりになっていることに気付くでしょう。ですから、本問の場合、「行手法14条に相当するY県の行政手続条例」と記述すれば、必然的にその意味内容が確定することになるのです。そこで、参考答案では、そのような条文摘示としておきました(「平成30年予備試験論文式行政法参考答案」)。
5 さて、このように、どうやら理由提示がメインらしいぞ、という方向に思いが傾きつつあっても、それでもなお、気になることがあります。それは、最初に検討の手掛かりにしていた、あのXの主張は何なんだ、ということです。もう一度、その部分を確認しておきましょう。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
そこでY県の知事(以下「知事」という。)は,Xに対してY県消費生活条例(以下「条例」という。)第48条に基づき勧告を行うこととし,条例第49条に基づきXに意見陳述の機会を与えた。Xは,この意見陳述において,①Xの従業員がした勧誘は不適正なものではなかったこと,② 仮にそれが不適正なものに当たるとしても,そのような勧誘をしたのは従業員の一部にすぎないこと,③今後は適正な勧誘をするよう従業員に対する指導教育をしたことの3点を主張した。
(引用終わり)
理由提示がメインだろうという認識に立って上記をみると、見え方が少し変わります。Xは、どうしてこのような主張ができたのか。本件勧告の理由がわかっていて、それを踏まえて反論をしているということではないのでしょうか。より具体的に、各主張と本件勧告の理由との関係を考えてみると、以下のようなことを意味することがわかります。
「①Xの従業員がした勧誘は不適正なものではないぞ!」
→ どの勧誘が問題になってるかわかってんじゃねーか。
「②そのような勧誘をしたのは従業員の一部にすぎないぞ!」
→ 誰がやったかわかってんじゃねーか。
「③今後は適正な勧誘をするよう従業員に対する指導教育をしたぞ!」
→ どこをどう改善すればいいかわかってんじゃねーか。
これでもなお、Xに本件勧告の理由を通知しないといけないのかよ。これが、Y県の反論として想定できそうだ、ということがわかります。行政法マニアの方なら、もっと早い段階で、「あーあの論点ですか。そうですか。それ出しちゃいますか。」と言いながら、ニヤニヤすることでしょう。そうです。「事前手続がされた場合の理由提示の要否及び程度」です。行政法マニアの方であれば、この論点が先に見えるので、その時点で理由提示がメインだと気付くことができたでしょう。
(一級建築士免許取消事件判例における那須弘平反対意見(岡部喜代子同調)より引用。太字強調は筆者。)
不利益処分に先行して行われる聴聞手続の審理では,名宛人となる者が,自らの非違の有無・程度,不利益処分のあるべき内容等について相応の情報を取得し,反論の機会を与えられる。この手続によって,処分行政庁による判断の慎重・合理性を担保して恣意の抑制を図ることや,名宛人による不服の申立てに便宜を供与することもある程度期待できる。この意味で,不利益処分の理由提示と聴聞とは,その機能面において一部重なり合い,相互に補完する関係にあるといえる。
特に,一級建築士等の国家資格に基づく専門職に対する聴聞の場合,名宛人とされる者は,自らの資格の得喪に直接関わる不利益処分に関する事項について,質量ともに通常人とは異なる水準の詳細かつ高度な情報を入手できる環境にある。専門職として遵守すべき職業倫理の問題に関しては,専門職の資格を保持していくために必要不可欠のものであるから,処分基準の内容も含め熟知していると考えてよいであろう。したがって,不利益処分の名宛人となるべき一級建築士は,遅くとも聴聞の審理が始まるまでには自らがどのような基準に基づきどのような不利益処分を受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審理の中で,更に詳しい情報を入手することもできる。このような場合にもなお,不利益処分の理由中に,一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法となるとの原則を固持しなくてはならないものか,疑問が残る。むしろ,具体的事案に応じてその要否を決めることで足りると解すべきであろう。
これに対し,聴聞を経た後は,より詳しく理由を示すこともできるはずであるとの指摘もある。しかし,不利益処分の理由の中には,明示しないことが名宛人とされる者の利益につながるものや,質的又は量的な側面から,文章化することに適しないものも含まれている。手続的正義も,常に書面の中に痕跡を残さなくてはこれを実現できない,ということではなかろう。
主として税法を中心にして形成されてきた行政処分の理由付記に関する一連の判例が存在することは田原裁判官の補足意見が指摘するとおりである。しかし,これらの税法関係の判例は,所得税法45条2項(当時)を始めとするいくつかの税法上の規定で,更正処分等の通知書に理由を付記すべき旨を定めるものがあることを前提とし,その解釈として形成されてきたものである。当然のことながら,これらの理由付記規定にはそれぞれの固有の立法趣旨・目的が存在していたことから,前記各判例もこれらの法令の解釈として上記のような結論を導き出したものと解される。税法に関する案件では,理由に金額等の数値を詳細かつ正確に表示することが必要であり,これを欠いては,不利益処分の理由としての体を成さないものが多いという特殊固有な事情もある。これに対し,建築士法等の懲戒に関する不利益処分では,税法と同様な趣旨での金額等の数値に関する厳格な理由付記を求める規定は存在せず,これを必要とする現実的な事情があるとも思えない。ただ,後に制定された行政手続法14条1項によって,理由提示の義務が課せられているというにとどまる。そして,同規定は,同法3条等が特に定める例外的場合を除き,行政庁による不利益処分一般に適用されるべきものであるから,理由提示の内容・程度についても,様々な態様の事実関係にも適用可能な柔軟な内容のものとして解釈され,運用されなくてはならない。この観点からすると,理由付記法理と称されるものの中でも,「処分理由は,その記載自体から明らかでなければならない。」及び「理由付記は,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第三者においてもその記載自体から処分理由が明らかとなるものでなければならない。」とするもの(田原裁判官の補足意見1③及び④参照)については,行政手続法12条1項及び14条1項の下で,税法分野以外の不利益処分に関してそのまま妥当するものと解することに慎重でなくてはならないと考える。
(引用終わり)
(同判例における田原睦夫の補足意見より引用。太字強調は筆者。)
那須裁判官は,その反対意見において,上告人X1は,本件免許取消処分に先立って行われた聴聞の審理が始まるまでには,自らがどのような基準に基づき,どのような不利益処分を受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審理の中で更に詳しい情報を入手できるとされ,このような場合にもなお,不利益処分の理由中に一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法になるとの原則を固持しなければならないものか,疑問が残る,とされる。
しかし,不利益処分に理由付記を必要とする判例法理は,前記1④に記したとおり,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらないとするものであって,聴聞手続において上告人X1が自らの不利益処分の内容を予測できたか否かは,理由付記を必要としない理由とはなり得ないのである。
それに加えて本件の聴聞手続では,本件記録による限り,国土交通大臣は上告人X1に対し,本件処分通知書記載の理由と同旨の事項を告知したことが認められるにすぎず,同上告人の主張によれば,同上告人が本件処分基準の適用関係について質問したのに対しては,何ら具体的な応答がなされなかったというのであって,那須裁判官の反対意見の前提とされるところが本件の聴聞手続において満たされていないのであるから,本件において聴聞手続が行われたことをもって,本件処分通知書の理由記載の不備の瑕疵が治癒され得るとは到底解し得ないのである。
(引用終わり】
(東京地判平29・4・21より引用。太字強調は筆者。)
本件処分に係る処分通知書においては,本件処分の理由として,原告が,平成22年9月,有価証券の売買その他の取引について,顧客に対して当該有価証券の発行者の法人関係情報を提供して勧誘を行った行為が,府令117条1項14号に該当し,法令に違反する行為と認められ,法64条の5第1項2号に該当する旨が記載されているが,「顧客」,「当該有価証券の発行者の法人関係情報」,「勧誘」等に該当する具体的な事実が記載されていない。
一般に,外務員は,常日頃から,数多くの顧客に対し,様々な取引等の勧誘や情報の提供を行っていると解されるから,府令117条1項14号に該当することを理由として法64条の5第1項2号の規定に基づいて行われる外務員の登録を取り消す旨の処分に係る処分通知書の理由の記載に,「顧客」,「当該有価証券の発行者の法人関係情報」,「勧誘」等に該当する具体的な事実の記載がなければ,処分の名宛人である金融商品取引業者等及び当該処分に係る外務員において,誰に対するいかなる情報の提供及び勧誘の行為が処分の理由とされているのかを知ることは通常は困難であると解される。
特に,本件においては,本件処分の理由とされる行為の時期が「平成22年9月」と特定されてはいるものの,その当時,Z1及びFNY社は野村證券に口座を持つ顧客ではなかった一方で,原告とZ1は個人的に業務に関する情報交換を毎日のように行っていたのであり,本件処分時にはこれらの事実を示す証拠(甲13〔乙19も同じ〕,乙34等)も存在していたのであるから,本件訴訟において被告が主張するように,「Z1及びZ1を介したFNY社」が「顧客」に,「東京電力による公募増資の実施の公表が平成22年9月29日らしいとの趣旨の情報」が「当該有価証券の発行者の法人関係情報」に,「当該情報の提供それ自体」が「勧誘」にそれぞれ該当するというのであれば,処分理由書中の理由の記載においてその旨が具体的に示されなければ,本件処分の名宛人である野村證券及び本件処分に係る外務員である原告において,被告の認識する処分の具体的な理由がそのようなものであると認識することは困難であり,被告においてもそのような認識の困難さは予見できたものというべきである。
このような本件の事情の下においては,本件処分に係る処分通知書における理由の記載は,上記(1)に述べた行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由提示としては十分でないといわなければならず,本件処分は,同項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であるというべきである。
これに対し,被告は,野村證券は,事故の内容等を詳細に記載した事故顛末報告書(乙6の1)及び「行為者Z3の経緯書について」と題する文書(乙6の2)を被告に提出して,原告が顧客に対して法人関係情報を提供して勧誘した行為を被告に申告し,被告は同申告に基づき本件処分を行ったのであるから,本件処分の名宛人である野村證券において,処分通知書における理由の記載によって本件処分の理由を知ることができたことは明白であり,本件処分の際には,証券取引等監視委員会の勧告及び金融庁長官の課徴金納付命令の決定等により本件処分の原因となる事実関係が公表されていたのであるから,処分通知書における理由の記載自体から,第三者においても,本件処分の原因となる事実関係の内容を当然に了知できたとして,本件処分に係る処分通知書における理由の記載は,行政手続法14条1項本文の要求する理由提示として十分であると主張する。
しかしながら,事故顛末報告書(乙6の1)及び「行為者Z3の経緯書について」と題する文書(乙6の2)には,原告がZ1に対して東京電力による公募増資に関する未公表の情報を伝達したとは記載されているものの,「法人関係情報」に該当する具体的事実の特定が十分にされているとはいえないし,Z1を介してのFNY社に対する法人関係情報の提供については言及されておらず,原告のいかなる行為が顧客に対する勧誘に該当するのかも示されていない。また,前記前提事実(3)によれば,本件処分に先立ち,証券取引等監視委員会の勧告及び金融庁長官の課徴金納付命令の決定がされた事実が認められるものの,これらの措置は,本件処分とは別の手続により行われるものであって,主体も客体も要件も異なるのであるから,これらの勧告や決定における事実関係の記載をもって,本件処分に係る処分通知書における理由の記載から本件処分の理由とされた事実関係を了知できるとはいえない。よって,被告の上記及びの主張はいずれも採用できない。
(引用終わり)
(名古屋高判平25・4・26より引用。太字強調は筆者。)
行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである(最高裁平成23年6月7日第三小法廷判決・民集65巻4号2081頁参照)。
上記の見地から検討するに,本件処分の根拠である旧介護保険法77条1項柱書き及び同項5号は,居宅介護サービス費の請求に関し不正があったときに,都道府県知事が指定居宅サービス事業者の指定を取り消し,又は期間を定めてその指定の全部若しくは一部の効力を停止することができると定めているところ,上記処分要件は抽象的である上,上記同号に該当する事由がある場合に,指定居宅サービス事業者の指定取消処分をするか,又は期間を定めて指定の全部若しくは一部の効力を停止する処分をするかは処分行政庁の合理的裁量に委ねられているから,本件処分の相手方である控訴人としては,本件通知書の記載から,いかなる態様,程度の事実によって取消しがされたのかを知ることができなければ,本件処分について裁量権行使の適否を争う的確な手掛かりを得られないことになる。
また,本件指定は,控訴人が居宅要介護被保険者に対して本件事業所による指定居宅サービスを提供した場合に,所定の居宅介護サービス費の支払を当該居宅要介護被保険者に代わって市町村から受けられる立場にあることを指定するものであるから(旧介護保険法41条),その取消処分は,控訴人にとって,介護保険からの収入を途絶させ,本件事業所の運営を著しく困難ならしめる重大な不利益処分であるというべきである。さらに,被控訴人が不正請求として指摘した事実関係は区々であり,また,控訴人は聴聞手続において事実関係を争っているのであるから,最終的に認定された処分理由を構成する具体的事実を把握できない限り,処分行政庁による裁量権行使の適否を判断することはできない。以上によれば,処分原因事実が争われている本件処分における取消理由の提示については,根拠となる法令の規定はもとより,同法令の適用対象となった個別具体的な事実(処分原因となった具体的な事実)をそれ以外の事実と区別できる程度に特定して摘示し,処分の名宛人である控訴人に対し,いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して処分がされたのかを具体的に了知させるものでなければならないというべきである。
(中略)
これを本件についてみると,本件取消理由の記載は前提事実(4)のとおりであって,極めて抽象的であり,不正請求と認定された請求に係る対象者,期間,サービス提供回数及び請求金額等は何ら特定されておらず,その記載から,控訴人が具体的にいかなる期間や回数,いかなる金額について不正請求を行ったとして本件処分を受けたのかを読み取ることはできない。この点について,被控訴人は,本件処分理由の基礎となる事実関係は聴聞手続等において十分に伝達されていると主張する。しかし,控訴人は,被控訴人が指摘した不利益処分の原因となる事実を争っていたのであり,また,聴聞手続において問題とされた事実関係が最終的に全て認定されて本件処分の理由となるとは限らないことからすれば,本件取消理由程度の記載では,控訴人にとって,聴聞手続で不正請求と指摘された居宅介護サービス費の請求のうち具体的にどの事実関係に基づく処分であるのかを了知できないといわざるを得ない。そして,聴聞手続を経ているからといって処分理由の提示の程度が軽減されるものではなく,むしろ聴聞手続における控訴人の反論・反証を踏まえた理由提示をすることこそが,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとの行政手続法14条1項本文の趣旨に適うものというべきであり,これに反する被控訴人の上記主張は採用できない。なお,本件聴聞手続の経緯等に関する事実関係に照らすと,本件処分について上記程度に処分原因事実を個別具体的に特定して摘示するよう求めることが,処分行政庁に過度の事務負担を強いるものということはできない。
以上に検討したとおり,本件処分の理由提示は,行政手続法14条1項本文の要求する理由提示としては不十分であるから,本件処分は,同項本文及び同条3項の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であり,取消しを免れないというべきである。
(引用終わり)
(東京高判平24・12・12より引用。太字強調は筆者。)
本件除却命令書の記載からは,本件土地にかかる開発行為のどのような点が法29条にどのように違反するのか,どのような理由や基準で法81条1項所定の措置として除却命令がされたかは,いずれも全く明らかではなく,行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,不利益処分の理由提示としては不十分というべきである。
被控訴人は,①
是正指導や聴聞手続において被控訴人担当者が処分の原因となる事実の説明をしていたことから,処分の相手方である控訴人は理由を了知しており,理由提示に不足はない,②
仮に本件各処分に理由付記の不備があっても,控訴人が原審口頭弁論終結時までに理由付記の不備を主張することはなかったから,その瑕疵は治癒された,③
被控訴人は,50平米基準等について度々指摘しており,本件建物が客観的に大型小売店舗となっていることからすれば,控訴人にも第三者にも処分理由が明らかで,理由不備の違反の程度は軽微であるから本件各処分の取消理由とすべきでない,等と主張する。
しかし,理由付記は,相手方に処分の理由を示すことにとどまらず,処分の公正さを担保することも目的とするものであるから,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第三者においてもその記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならないというべきであり,是正指導や聴聞手続等での説明をもって理由付記に代えることはできない。また,処分に先行した是正指導や聴聞手続は,本件各処分とは別個のもので,それらの手続により控訴人の意見や弁明を徴し,対応を見極めた上で本件各処分がされたものであって,処分の理由がそれらの手続における説明と全く一致するとは限らないから,その関係を明らかにするためにも,是正指導や聴聞手続で説明された処分根拠事実と本件各処分の根拠事実との異同の有無を認識するに足りる程度の理由は,本件各処分の記載自体においてされる必要があるというべきである。さらに,行政手続法14条1項の趣旨に照らせば,被控訴人主張の事情を考慮に入れても,上記のとおり根拠法令を示したに過ぎないともいうべき本件各処分の理由不備の程度が軽微であるということはできず,本件の審理経過等も併せみると,控訴人がその不備を容認して瑕疵が治癒されたとみることもできない。
(引用終わり)
この論点自体を知らなくても、理由提示の規範を示して、それに形式的に当てはめることはできたはずです。それで、十分合格答案でしょう。参考答案は、その例です(「平成30年予備試験論文式行政法参考答案」)。
6 本来であれば、理由提示を落として裁量逸脱濫用だけを書いた答案は、設問2ではほとんど点が取れないでしょう。ただし、相当数の人が裁量逸脱濫用で解答してしまったようなので、救済的に配点が生じる可能性は高いと思います。