平成30年司法試験の結果について(12)

1 以下は、直近5年の選択科目別の最低ライン未満者割合、すなわち、その科目を選択して短答に合格した者に占めるその科目で最低ライン未満となった者の割合の推移です。

26 27 28 29 30
倒産 6.12% 2.96% 4.68% 1.80% 2.77%
租税 1.98% 0.37% 0.00% 3.20% 2.92%
経済 0.82% 1.01% 3.50% 2.71% 1.33%
知財 1.12% 1.22% 2.51% 3.80% 7.06%
労働 1.33% 2.07% 1.11% 7.48% 0.63%
環境 0.21% 0.57% 0.35% 1.99% 0.54%
国公 0.00% 2.41% 0.00% 0.00% 0.00%
国私 1.65% 1.01% 4.54% 4.88% 2.63%

 過去の傾向では、最低ライン未満者の多い科目は、倒産法でした。短答・論文の合格率が最も高い傾向を示す倒産法で、最低ライン未満者が多数出ていることは、ある意味不思議な現象でした。当サイトでは、実力者が倒産法を選択しているという傾向がある一方で、倒産法の採点は厳しく、素点で最低ライン未満になる危険性が高いことから、倒産法を選択するということには、そのようなリスクがある、という説明をしていたのでした。
 それが、最近では、年ごとに最低ライン未満者の多い科目が変動するようになってきました。昨年は労働法、今年は知的財産法が突出して高い最低ライン未満者割合となっており、それ以外の科目でも、倒産法よりも最低ライン未満者割合の高い科目が出てくるようになっています。従来は、例年労働法の最低ライン未満者割合が低かったことから、労働法は安全な科目であるといえましたが、昨年、7%を超える最低ライン未満者を出したことで、そうともいえなくなりました。現在でも安定している傾向は、国際公法の最低ライン未満者がほとんどいないということくらいです。だからといって、それだけの理由で国際公法を選択しようという人は、あまりいないでしょう。したがって、最低ライン未満になるリスクを考慮して選択科目を選ぶという考え方は、現在ではあまり適切とはいえないと思います。

 選択科目ごとの素点の傾向をみてみましょう。以前の記事(「平成30年司法試験の結果について(10)」)でみたとおり、素点の平均点の高低、バラ付きの大小は、素点段階と得点調整後に最低ライン未満の得点となる者の数を比較すれば、ある程度わかります。以下は、素点段階の最低ライン未満者数と、得点調整後に最低ライン未満の得点となる者の数をまとめたものです。

素点
ベース
調整後
ベース
倒産 16 25
租税
経済 22
知財 34 19
労働 32
環境
国公
国私 12 15

 知的財産法だけ、調整後の数字の方が小さくなっていることがわかります。知的財産法は、今年の最低ライン未満者割合が最も高かった科目です。調整後の数字の方が小さくなっているということは、素点の平均点が全科目平均点(厳密にはこれを100点満点に換算したもの。以下同じ。)よりも低かったか、素点のバラ付きが標準偏差10よりも大きかったことを示します(「平成30年司法試験の結果について(10)」)。今回の知的財産法についていえば、平均点が極端に低かったという可能性は低いでしょう。なぜなら、調整後の得点分布に、10点未満の者が1人いるからです。どういうことか。これは、以前の記事(「平成30年司法試験の結果について(10)」)の表3をみればわかります。

再掲表3 素点 調整後
受験生1 40 57.7
受験生2 37 54.7
受験生3 35 52.7
受験生4 32 49.7
受験生5 30 47.7
受験生6 27 44.7
受験生7 25 42.7
受験生8 22 39.7
受験生9 19 36.7
受験生10 6 23.7
平均点 27.3 45
標準偏差 10 10

 素点と調整後の数字を見比べてみてください。すべての受験生について、調整後は一律に17.7点が加算されていることがわかるでしょう。平均点を全科目平均点に合わせるための調整は、このようにして行われるのです。このような調整がされた場合に、調整後に17.7点未満の受験生は生じるでしょうか。生じるはずがありません。ここまで理解すれば、今年の知的財産法の採点が極端に厳しく、平均点が全科目平均点より10点以上低くなったために、得点調整によって素点から一律に10点以上引き上げられた、などということはあり得ないということがわかるでしょう。仮にそのような調整がされたなら、調整後に10点未満の者が生じるはずがないからです。したがって、今年の知的財産法に関しては、素点のバラ付きが標準偏差10より大きかった可能性が高いということになるのです。今年の知的財産法の最低ライン未満者が多かった原因は、素点段階で大きく差が付くような、極端な採点がされていたことによる可能性が高いといえます。このような場合には、慎重に再現答案を検討する必要があるでしょう。極端な採点がされる場合、極端に加点又は減点されるポイントを掴んでおかないと、予想外に低い評価になってしまうおそれがあります。もっとも、前記1のとおり、最近では各科目の傾向が安定していないので、来年以降の知的財産法が今年と同じような採点傾向になるかというと、その可能性は必ずしも高くないように思います。

3 選択科目は、基本的には、自分の興味のある科目を選べばよいと思います。ローで講義を受講できるかどうかも、重要な要素でしょう。特にこだわりがなければ、選択者の多い科目を選んでおくのが無難だと思います。
 以下は、今年の選択科目別受験者数及びその全体に占める割合をまとめたものです。

受験者数 割合
倒産 758 14.6%
租税 358 6.9%
経済 848 16.3%
知財 714 13.7%
労働 1481 28.5%
環境 305 5.9%
国公 64 1.2%
国私 672 12.9%

 労働法が圧倒的に多く、それ以外では、倒産法、経済法、知的財産法、国際私法がほぼ同じくらいの水準です。租税法、環境法はマイナー科目で、国際公法は存在意義が疑われかねないほどレアな科目となってしまっています。
 このような状況からすれば、特に好みがないなら、労働法を選択しておけばよいのかな、と思います。労働法は、選択科目の中でも、当サイトが繰り返し説明している、「規範と事実」のパターンにはまりやすい科目です。必須科目と比べて論文の書き方に特殊な点がないという点からも、労働法は選択しやすい科目といえるでしょう。ただ、覚えるべき規範の量は、他の科目より少し多めです。ですから、選択科目のための勉強時間を十分に確保できない社会人や大学在学中の予備合格者にとっては、覚える量の少ない国際私法の方がよいかもしれません。実際、国際私法は、大学在学中予備合格者の選択が増えているようです。
 かつて、労働法より人気があったのが、倒産法でした。法科大学院で履修しやすい科目であったこと、民事系科目との親和性が強いことが要因だったのでしょう。しかし、前回の記事(「平成30年司法試験の結果について(11)」)で説明したとおり、倒産法は実力者が選択する傾向があるために、得点調整で不利になりやすいことや、かつて最低ライン未満者が毎年多かったこともあって、近年は敬遠されがちな科目となっています。もっとも、最近では論文段階での倒産法の優位は薄れてきていますし、最低ライン未満者数もかつてほど多くはなくなってきています。今後は、また人気が回復してくる可能性もあるでしょう。

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