1 論文を突破しても、さらに口述試験があります。これが、予備試験の辛いところです。ただ、口述試験は、基本的には落ちない試験です。毎年、口述受験者ベースの合格率は9割を超えています。短答や論文のように、「できる人を受からせる」試験ではなく、「不適格者を落とす」試験なのです。その意味で、短答や論文とは位置付けが随分違います。また、試験時間という点でも、短答・論文は長時間にわたる試験で、体力勝負という側面がありますが、口述は、1日(1科目)当たり15分から25分程度です。しかも、考査委員を目の前にして口頭で答えるわけですから、多少疲れていても、集中力が切れるなどということはまずない。ですから、体力(疲労による集中力・気力の衰え)よりも精神面(緊張や動揺)の要素の方が合否に影響しやすいといえるでしょう。この点も、短答・論文とは違うところです。
口述試験で不合格になると、来年はまた短答からやり直しです。実際に不合格になってしまうと、そのショックはかなり大きいものがあります。論文までは、低い合格率だからダメでも仕方がないという意味で、精神的に楽な部分がありますが、口述になると、「せっかく論文に受かったのに、こんなところで落ちるわけにはいかない。」という心理が生じます。また、試験会場の雰囲気や受験までの流れも、短答・論文とは随分違います。試験会場では、自分の順番が来るまで待たされます。順番によっては、数時間も待たされることがある。異常な雰囲気の中で、何時間も待機させられると、なかなか正常な精神状態を保てなくなるものです。そんな慣れない環境の中で、考査委員を目の前にして受け答えをするわけですから、その緊張感は短答・論文とは比較になりません。普段ならやらないような、とんでもない勘違いをしてしまいがちです。そのために、数字の上ではほとんど落ちない試験であるにもかかわらず、短答・論文よりも怖い試験であると感じられるのです。
2 口述試験の試験科目は、法律実務基礎科目の民事及び刑事の2科目です。2日間で行われますが、必ずしも民事が初日、2日目が刑事とは限りません。各自、受験票で確認しておく必要があります。
それぞれの科目について、以下のような基準で採点されることになっています。
(「司法試験予備試験口述試験の採点及び合否判定の実施方法・基準について」より引用。太字強調は筆者。)
1 採点方針
法律実務基礎科目の民事及び刑事の採点は次の方針により行い,両者の間に不均衡の生じないよう配慮する。
(1) その成績が一応の水準を超えていると認められる者に対しては,その成績に応じ,
63点から61点までの各点
(2) その成績が一応の水準に達していると認められる者に対しては,
60点(基準点)
(3) その成績が一応の水準に達していないと認められる者に対しては,
59点から57点までの各点
(4) その成績が特に不良であると認められる者に対しては,その成績に応じ,
56点以下
2 運用
(1) 60点とする割合をおおむね半数程度とし,残る半数程度に61点以上又は59点以下とすることを目安とする。
(2) 61,62点又は58,59点ばかりでなく,63点又は57点以下についても積極的に考慮する。
(引用終わり)
口述では、得点にほとんど差が付かないことが知られています。上記引用部分の2(2)では、「63点又は57点以下についても積極的に考慮する」と記載されていますが、実際には、このような点数が付くことは極めてまれです。さらにいえば、62点と58点も、なかなか付かないといわれています。ですから、大雑把にいえば、上位4分の1が61点、真ん中の半数が60点、残る下位4分の1が59点、という感じになっていると思っておけばよいでしょう。
各科目の 得点 |
評価 | 受験生全体 に対する割合 |
59点 | 一応の水準 に達しない |
25% |
60点 | 一応の水準 | 50% |
61点 | 一応の水準 を超える |
25% |
このことから明らかなように、口述は、個々の質問に何個正解したから何点、というような点の付き方はしない。飽くまで、考査委員の裁量、もっといえば印象によって、ざっくりと点が付く。ですから、考査委員に悪い印象を与える受け答えをしてしまうと、個々の質問にはそれなりに答えているのに、59点にされる、ということは、普通にあることなのです。それぞれの質問に対する回答が正解であるか否かは、そのような考査委員の印象に影響を与える1つの要素に過ぎないと思っておいた方がよいと思います。これも、口述の怖さの1つといえるでしょう。
3 口述試験の合否は、民事と刑事の合計点で決まります。ただし、どちらか一方でも欠席すると、それだけで不合格です。
(「司法試験予備試験口述試験の採点及び合否判定の実施方法・基準について」より引用。太字強調は筆者。)
3 合否判定方法
法律実務基礎科目の民事及び刑事の合計点をもって判定を行う。
口述試験において法律実務基礎科目の民事及び刑事のいずれかを受験していない場合は,それだけで不合格とする。
(引用終わり)
では、実際の合格点は、どうなっているか。以下は、これまでの合格点の推移です。
年 (平成) |
合格点 |
23 | 119 |
24 | 119 |
25 | 119 |
26 | 119 |
27 | 119 |
28 | 119 |
29 | 119 |
毎年、119点が合格点になっています。前記のとおり、通常は、各科目最低でも59点です。民事と刑事が両方59点だと、118点で不合格になります。しかし、一方の科目で60点を取れば、片方が59点でも119点になりますから、ギリギリセーフ、合格となるのです。ですから、不合格になるのは、民事も刑事も59点を取ってしまった場合だ、と思っておけばよいわけです。
各科目、概ね下位4分の1が59点を取るとすると、両方の科目で59点を取る割合は、16分の1、すなわち、6.25%です。ですから、93.75%が、理論的な口述の合格率となります(※)。
※ 厳密には、合格率は93.75%よりやや低めの数字になるのが自然です。なぜなら、この93.75%という数字は、民事と刑事の成績が完全に独立に決まる、という前提で算出された数字だからです。実際には、民事と刑事の成績には、一定の相関性がある。口述試験の形式自体に弱い人は、民事も刑事も失敗しやすいでしょう。また、基本的な法的思考力が不足している人も、民事と刑事両方で失敗しやすいはずです。このように、民事と刑事に一定の相関性がある場合には、合格率は93.75%より低い数字になるのです。わかりやすく、極端な例を考えてみましょう。民事と刑事の成績が、完全に相関するとしましょう。上位25%の人は、民事も刑事も61点を取り、真ん中の50%は、民事も刑事も60点を取る。そして、残りの下位25%が、民事も刑事も59点を取る。この場合、下位の25%は、全員118点ですから、不合格です。そうすると、合格率は75%になってしまいます。このように、民事と刑事の成績に相関性があると、民事も刑事も59点になる人が増えるので、合格率は93.75%より下がってしまうわけです。実際にはここまで極端な相関性はありませんが、理論的には、合格率は93.75%より少し低い数字になるはずなのです。
実際の合格率をみてみましょう。以下は、口述試験の合格率(口述受験者ベース)の推移です。
年 (平成) |
受験者数 | 合格者数 | 合格率 | 前年比 |
23 | 122 | 116 | 95.08% | --- |
24 | 233 | 219 | 93.99% | -1.09% |
25 | 379 | 351 | 92.61% | -1.38% |
26 | 391 | 356 | 91.04% | -1.57% |
27 | 427 | 394 | 92.27% | +1.23% |
28 | 429 | 405 | 94.40% | +2.13% |
29 | 469 | 444 | 94.66% | +0.26% |
概ね、93.75%に近い数字で推移していることがわかります。平成26年までは、合格率は低下傾向でした。平成25年から平成27年までは、93.75%を下回っています。それが、平成27年以降は合格率は上昇傾向に転じ、平成28年以降は、93.75%よりも高い数字になっています。とはいえ、93.75%との乖離はわずかです。
このように、実際の合格率の推移は、62点以上や58点以下を一切考慮しない場合の理論的な合格率に近いものになっています。このことから、62点以上や58点以下が、実際には無視できる程度しか付いていないことが推測できるのです。多くの人が心配するのは、「58点が付いてしまう可能性」です。片方の科目で58点が付いてしまうと、もう片方の科目が60点でも、合格できません。そうなると、上位4分の1以上に入って挽回することが必要になってしまう。これが怖い、ということですね。ただ、上記のような合格率の推移を見る限り、今のところ、その心配をする必要はほとんどなさそうです。
4 以上のことからわかる口述の基本的な戦略は、民事と刑事の両方で失敗しない、ということです。逆にいえば、片方を失敗しても、もう一方で60点を守る。そうすれば、119点で合格できるわけです。ですから、仮に初日の感触がとても悪かったとしても、翌日を普通に乗り切ればよい。このことは、とりわけ精神面の影響の大きい口述では、重要なことだと思います。
口述試験は、1日目は出来が悪く、2日目はそれなりに答えられたと感じる人が多い試験です。初日は、試験の会場や待機の方法、試験室への入室までの流れなど、ほとんど全てのことが初めての経験で、極度に緊張します。このような状態では、普通の受け答えすらうまくできないのが普通です。ですから、初日の受験後の気分は最悪であることが、むしろ通常の心理状態なのですね。多くの人が、「1日目で落ちたかもしれない。」と感じてしまう。これが、口述試験の最も恐ろしいところです。中には、自暴自棄になって2日目を欠席しようと思ったりする人もいる。そうではなくても、2日目は「1日目の失敗を挽回しよう。」と思って無理をしてしまいがちです。そうなると、問われていないことまで答えようとしたり、パーフェクトな答えを思い付くまで回答できなくなり、焦って沈黙したり、法文を見ないで答えないと評価が下がると心配して、頑なに法文を見なかったり、撤回すると間違いを認めることになると心配して、頑なに撤回しない等、とんでもない受け答えをしてしまい、かえって失敗してしまうのです。これが、民事・刑事の両方で失敗する典型例です。ですから、1日目で失敗しても、2日目は普通に切り抜ければ合格できる、という信念を心の中に強く持っておく。これが、心理面の要素が強く作用する口述試験では、重要なキーポイントになります。2日目は、想像以上に1日目の体験が大きく、様々なことに慣れてしまっています。平常心を維持してさえいれば、意外と普通に受け答えができるでしょう。
前記3で、58点の可能性はあまり心配しない方がいい、と説明したのも、同様の理由です。厳密には、58点が付いてしまう可能性はゼロではないでしょう。しかし、その可能性を頭の片隅に置いてしまうと、ほとんどの人が最悪な気分で1日目を終えるので、自分は58点だと思い込んでしまいやすい。そうなると、上記のように無理をしてしまうことになる。仮に、1日目で58点が付いてしまったとしても、2日目に狙って61点を取れるものではありません。結局のところ、61点を取る最善の方法は、平常心で普通に受け答えをするしかないのですね。ですから、「58点は付かない。」という信念を持っていた方が、口述試験には受かりやすいといえるのです。
5 上記の基本的な戦略を踏まえた具体的な方法論については、以前の記事(「平成28年予備試験論文式試験の結果について(5)」)で詳細に説明しました。参考にしてみて下さい。