平成30年司法試験の結果について(5)

1.前回の記事(「令和元年司法試験の結果について(4)」)では、「論文の合格点」について説明しました。論文は、憲法、行政法、民法、商法、民訴法、刑法、刑訴法、選択科目の8科目、それぞれ100点満点の合計800点満点となっています。したがって、「論文の合格点」を8で割ると、1科目当たりの合格点の目安がわかります。以下は、そのようにして算出された1科目の平均点、合格点及び両者の差の推移です。

1科目の
平均点
1科目の
合格点
平均点と
合格点の差
平成27 45.6 50.0 4.4
平成28 48.6 53.1 4.5
平成29 45.0 48.1 3.1
平成30 46.1 48.3 2.2
令和元 47.0 48.6 1.6

 上記の1科目当たりの点数は、全科目の合計点の数字を8で割っただけですから、各年における推移の傾向は、全科目の平均点、合格点の推移と同じです。ただ、このような1科目当たりの数字は、論文の採点基準との関係で意味を持ちます。論文式試験の採点においては、優秀、良好、一応の水準、不良の4つの区分が設けられ、その区分ごとに点数の範囲が定められています(「司法試験の方式・内容等について」)。以下は、100点満点の場合の各区分と、得点の範囲との対応を表にしたものです。

優秀 100点~75点
(抜群に優れた答案 95点以上)
良好 74点~58点
一応の水準 57点~42点
不良 41点~0点
(特に不良 5点以下)

 上記の各区分の得点の範囲と、各年の平均点、合格点をみると、すべて一応の水準の幅の中に収まっていることがわかります。直近3年では、概ね一応の水準の真ん中より少し下くらいが合格点という感じになっています。

2.上記のことは、試験対策という視点から考えるとき、どのような意味を持つのでしょうか。司法試験の結果が出た後に出題趣旨が出されますが、さらにその後、採点実感が出されます。そこでは、上記各区分に当たる答案の例が紹介されていることがある。まだ今年のものは公表されていませんので、例として、昨年の刑訴法をみてみましょう。

 

(「平成30年司法試験採点実感(刑事系科目第2問)」より引用。太字強調は筆者。)

3 答案の評価

(1)  「優秀の水準」にあると認められる答案

 〔設問1〕ついては,下線部①及び下線部②の各捜査の適法性に関し,強制処分法定主義,比例原則といった刑事訴訟法上の基本原則に関する理解を前提に,その法的問題の所在を意識しつつ,強制処分と任意処分を区別する基準,任意捜査の適否の判断方法について,法律の条文とその趣旨,基本判例に対する正確な理解を踏まえながら,的確な法解釈論を展開して提示している答案,その上で,強制処分と任意処分の区別については,下線部①及び下線部②の各捜査によっていかなる権利・利益が制約されるのかを具体的に指摘した上,制約される権利・利益の違いを明確に意識しながら論述している答案,任意捜査としての許容性の判断については,比例原則の正確な理解を示した上,本事例に現れた個々の事実が持つ意味を丁寧に分析している答案である。
 また,〔設問2〕については,伝聞法則の趣旨の正確な理解を前提に,伝聞法則の適用の有無,すなわち伝聞と非伝聞を区別する基準を的確に提示している答案,そして,本件メモについては,本事例において明示された立証趣旨を踏まえて伝聞・非伝聞の別を論述した上,伝聞例外について,刑事訴訟法第321条第1項第3号の規定する各要件の意義を的確に論述しつつ,各要件を充足するかにつき,本事例に現れた具体的事実を踏まえて的確かつ丁寧な検討を行っている答案,本件領収書については,本事例において明示された立証趣旨を踏まえつつ,その使用方法により,伝聞証拠に該当する場合と非伝聞証拠に該当する場合とが想定されることを指摘した上,前者については,刑事訴訟法第322条第1項の規定する各要件の意義を的確に論述しつつ,各要件を充足するかにつき,本事例に現れた具体的事実を踏まえて的確かつ丁寧な検討を行い,後者については,領収書の作成・交付の事実を併せ考慮することにより,領収書の記載内容の真実性とは独立に現金授受の事実が推認されることを相応の根拠とともに論じている答案である。
 なお,このように,出題の趣旨に沿った十分な論述がなされている答案は僅かであった

(2)  「良好の水準」にあると認められる答案

 〔設問1〕については,強制処分と任意処分を区別する基準,任意捜査の適否の判断方法に関して一定の見解を示した上,本事例に現れた具体的事実を抽出し,検討することはできているが,下線部①及び下線部②の各捜査によって制約される権利・利益について,抽象的に「プライバシー」とするのみで,具体的に個人のどのような権利・利益が制約されるのかを指摘できていなかったり, 本事例に現れた事実を抽出し,検討してはいるものの,個々の事実が持つ意味の分析が物足りなかったりする答案である。
 〔設問2〕については,伝聞法則の趣旨の正確な理解を前提に,伝聞と非伝聞を区別する基準を的確に提示し,正しく結論を導き出してはいるものの,伝聞例外の要件充足性について,本事例に現れた具体的事実を踏まえて説得的な説明がなされていなかったり,本件領収証を非伝聞証拠として用いる場合について,領収書の作成・交付の事実を併せ考慮することまでは言及できているものの,領収書の内容の真実性とは独立に現金授受の事実が推認される根拠には言及できていなかったりする答案である。

(3)  「一応の水準」に達していると認められる答案

 〔設問1〕については,強制処分と任意処分を区別する基準,任意捜査の適否の判断方法に関して一定の見解を示すことができてはいるものの,本事例に現れた具体的事実の抽出が不十分であり,結論のみを記述している答案である。
 〔設問2〕については,伝聞法則の趣旨を一応理解し,伝聞と非伝聞を区別する基準を提示してはいるものの,伝聞例外の規定の検討が不十分であり,具体的事実の抽出が不足している答案や,提示した要件への当てはめが一部欠如している答案,本件領収書について,想定される使用方法のうち,いずれか一方のみ論述し,もう一方には言及されていない答案である。

(4)  「不良の水準」にとどまると認められる答案

 上記の水準に及ばない不良なものをいう。一般的には,刑事訴訟法上の基本原則の意味を理解することなく機械的に暗記し,これを断片的に(さらに正確さを欠いた形で)記述するだけの答案や,関係条文・法原則を踏まえた法解釈を論述・展開することなく,事例中の事実をただ羅列するだけの答案など,法律学に関する基本的学識と能力が欠如しているものである。具体的な例を挙げれば,〔設問1〕では,下線部①の任意捜査の適法性を判断するに当たり,本件の捜査一般の「必要性」を論述するばかりで,ビデオカメラによる撮影という特定の手段を選択する「必要性」について論述していない答案,〔設問2〕では,伝聞法則の趣旨や伝聞と非伝聞を区別する基準についての記述自体が不十分な答案や,伝聞例外の規定の要件を誤って理解していたり,当てはめが誤っていたりする答案などがこれに当たる。

(引用終わり)

 

 多くの人は、上記の区分のうちの、優秀や良好の区分について言及した部分に注目します。しかし、合格レベルが一応の水準の真ん中より少し下くらいであることを知っていれば、優秀や良好となるために必要な事項は、合格するために必要でないことが理解できるでしょう。重要なことは、一応の水準として必要なことを、しっかり守るということです。ですから、まずは、一応の水準として求められている内容を確認する必要があるのです。
 昨年の刑訴法でいえば、例えば、設問1では、「強制処分と任意処分を区別する基準,任意捜査の適否の判断方法に関して一定の見解を示すことができてはいるものの,本事例に現れた具体的事実の抽出が不十分であり,結論のみを記述している答案」であれば、一応の水準をクリアします。すなわち、「区別する基準」や「適否の判断方法」を示すことができていれば、「具体的事実の抽出」が不十分で結論のみを記述しているような答案でも、一応の水準になる。したがって、普段の学習で、「区別する基準」や「適否の判断方法」を示すとともに、「具体的事実の抽出」もしっかり書けるようにしていれば、一応の水準を余裕を持ってクリアできるというわけです。
 ここでの「区別する基準」や「適否の判断方法」は、受験テクニック的にいえば、「規範」に当たります。「〇〇とは…をいう。」とか、「〇〇に当たるかは…によって判断する。」というような論述のことですね。理由付けは含まない。このことは、優秀の答案に関する部分で、「強制処分と任意処分を区別する基準,任意捜査の適否の判断方法について,法律の条文とその趣旨,基本判例に対する正確な理解を踏まえながら,的確な法解釈論を展開して提示している」という記述があることからわかるでしょう。この記述は、良好レベルにすら、記載がありません。すなわち、優秀を狙うレベルで、初めて要求されることなのです。そして、そのようなことができている答案は、「僅かであった。」とされている。実際には、やろうとしても時間内にまとめることがとても難しいからです。このことは、問題の所在の指摘にも当てはまります。優秀の答案については、「法的問題の所在を意識しつつ」とする記述がありますが、良好以下にはこの記述がないことを確認して下さい。よく、「論点にすぐ飛びついちゃいけませんよ!問題の所在もきちんと書いて下さい!」などと指導がされますが、それは優秀を狙う場合に限られることです。
 
また、「具体的事実の抽出」とは、「事実の摘示」、すなわち、問題文の書写しです。評価は含まない。このことは、良好の答案に関する部分で、「具体的事実を抽出し,検討することはできているが…具体的に個人のどのような権利・利益が制約されるのかを指摘できていなかったり, 個々の事実が持つ意味の分析が物足りなかったりする答案」と表現されていることからわかるでしょう。良好の答案は、事実の評価はあるが物足りないレベルです。それ以前の「具体的事実の抽出」とは、単に事実を摘示しているだけで、評価が物足りないレベルにも到達していない、すなわち、全然評価といえるものがないようなものを指しているのです。そして、その具体的事実の抽出すら不十分で、結論だけ記述しているような答案が、一応の水準です。ちなみに、優秀レベルだと、これが、「各捜査によっていかなる権利・利益が制約されるのかを具体的に指摘した上,制約される権利・利益の違いを明確に意識しながら論述している」、「本事例に現れた個々の事実が持つ意味を丁寧に分析している」となります。そして、そのようなことができている答案は、「僅かであった。」とされている。実際には、やろうとしても時間内にまとめることがとても難しいからです。
 上記で説明した一応の水準の真ん中より少し下くらいが、現在の合格レベルです。当サイトが、規範と事実は必要であるが、理由付けや評価は必要でない、と繰り返し説明しているのは、このことを指しています。多くの人は、優秀、良好のところを見ているので、「理由付けや評価は必須」と誤解しています。そして、無理をして理由付けや評価を書きに行って時間不足になり、肝心の規範の明示や事実の摘示ができなくなって不合格になっているのです。「規範の明示と事実の摘示だけなら簡単じゃん。」と思う人は、当サイトの参考答案(上記採点実感との対応では、「平成30年司法試験論文式刑事系第2問参考答案」、今年の刑訴法のものとしては、「令和元年司法試験論文式刑事系第2問参考答案」を参照)と同じくらい書けているか、確認してみればよいでしょう。ほとんどの人が、この水準にも達していないはずです。
 よく誤解されるのが、不良のところに書いてある、「関係条文・法原則を踏まえた法解釈を論述・展開することなく,事例中の事実をただ羅列するだけの答案 」という記述です。この部分を取り上げて、「当てはめは事実を書き写すだけではダメですよ!必ず自分の言葉で評価して下さい!いいですか!必ずですよ!」などと指導されることがあるようです。これは誤った指導です。上記のとおり、規範を明示していれば、具体的事実の抽出すら不十分でも一応の水準になっているわけですから、この不良の例は、「規範の明示もしないでいきなり事実を書き写している答案」を意味しているのです。具体的事実の抽出は不十分でも一応の水準になっていますが、規範の明示が不十分では一応の水準にすらなりません。このことは、不良の答案の例として、「伝聞と非伝聞を区別する基準についての記述自体が不十分」というものが挙げられていることからもわかるでしょう。規範を明示した上で、その規範に当てはまるものとして事実を書き写したものは、採点実感の言葉で表現すれば、「『区別する基準』や『適否の判断方法』 を示した上で、『具体的事実を抽出』している。」ということになります。出題趣旨や採点実感は、その意味を正しく理解して読む必要があるのですが、法科大学院の教員や予備校講師の多くが、その正しい読み方を知らない(知ろうともしていない。)というのが現状です。

3.以上のようなことを知っておけば、本試験の現場で、どの部分をしっかり書き、どの部分は無視してよいかということを、判断することができるようになります自分で具体的に確認すると、法科大学院や予備校等で一般的に言われているものとは、かなり違うことに気が付くでしょう。よく、論文の成績について、「主観と客観のズレ」などということが言われますが、当サイトは、そのうちの多くの部分は、法科大学院や予備校等による必ずしも適切でない指導に起因するものだと考えています。
 以上のように、1科目当たりの合格点は、採点実感と照らし合わせることで、どこまでが合格ラインなのかを読み取る際の目安としての意味を持つのです。

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