1.前回の記事(「令和2年司法試験民事系第3問の出題の不備について(上)」)では、問題文の敷金返還請求権の条件に関する記述が適切でないことを説明しました。このことは、どのような形で、解答に影響するのでしょうか。まず、将来給付の請求適格に関する判例の判断基準を確認しておきましょう。判例は、期限付・条件付債権と、将来発生すべき債権とを区別しています。
(大阪国際空港事件判例より引用。太字強調及び※注は筆者。)
民訴法二二六条(※注:現行の135条)はあらかじめ請求する必要があることを条件として将来の給付の訴えを許容しているが、同条は、およそ将来に生ずる可能性のある給付請求権のすべてについて前記の要件のもとに将来の給付の訴えを認めたものではなく、主として、いわゆる期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかつているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により右請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外として将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたにすぎないものと解される。このような規定の趣旨に照らすと、継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権についても、例えば不動産の不法占有者に対して明渡義務の履行完了までの賃料相当額の損害金の支払を訴求する場合のように、右請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、右請求権の成否及びその内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来における事情の変動としては、債務者による占有の廃止、新たな占有権原の取得等のあらかじめ明確に予測しうる事由に限られ、しかもこれについては請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ執行を阻止しうるという負担を債務者に課しても格別不当とはいえない点において前記の期限付債権等と同視しうるような場合には、これにつき将来の給付の訴えを許しても格別支障があるとはいえない。しかし、たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であつても、それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲いかん等が流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、具体的に請求権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができるとともに、その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく、事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものについては、前記の不動産の継続的不法占有の場合とはとうてい同一に論ずることはできず、かかる将来の損害賠償請求権については、冒頭に説示したとおり、本来例外的にのみ認められる将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有するものとすることはできないと解するのが相当である。
(引用終わり)
(最判昭63・3・31より引用。太字強調は筆者。)
将来の給付の訴えは、現在すなわち事実審の口頭弁論終結の時点では即時履行を求めることのできない請求権について予め給付判決を求める訴えであつて、予め請求をする必要があるときに限り提起することが許されるものであり(民訴法二二六条)、既に権利発生の基礎をなす事実関係及び法律関係が存在し、ただこれに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証し得る別の一定の事実の発生にかかつているにすぎない期限付債権や条件付債権のほか、将来発生すべき債権についても、その基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、右債権の発生・消滅及びその内容につき債務者に有利な将来における事情の変動が予め明確に予測し得る事由に限られ、しかもこれについて請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ強制執行を阻止し得るという負担を債務者に課しても、当事者間の衡平を害することがなく、格別不当とはいえない場合には、これにつき将来の給付の訴えを提起することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和五一年(オ)第三九五号同五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁参照)。
(引用終わり)
上記のように、判例は、期限付・条件付債権については、期限・条件の立証が不要又は容易であれば請求適格を認め、将来発生すべき債権については、期限付・条件付債権と同視できることを要求し、その具体的要件として、①債権発生の基礎が既に存在し、その継続が予測されること、②債務者に有利な変動事由が予め明確に予測し得るものに限られること、③請求異議の訴えの負担を債務者に課しても、当事者間の衡平を害することがなく、格別不当とはいえないこと、という3つの要件を要求するのでした。
なぜ、このような区別をするのか。要件事実と執行の観点から考えると、理解しやすいでしょう。
まず、要件事実の観点から考えます。例えば、売買契約において、代金の支払について期限・条件が付いていたとしても、それは売買の要素ではありませんから、売買契約の成立要件ではありません。代金支払請求訴訟において、請求原因として期限到来・条件成就を主張・立証する必要がないのは、そのためでした。すなわち、期限到来・条件成就がなくても、当たり前のように売買契約は成立している。上記判示のうち、「期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し」という部分は、そのことを示しています。他方、不法行為に基づく損害賠償請求権については、不法行為を基礎付ける事実の存在が成立要件となりますから、将来発生すべき不法行為に係る損害賠償請求訴訟においては、請求原因として将来の不法行為を基礎付ける事実の存在を主張・立証する必要があるわけです。そこで、この点について、期限付・条件付債権と同視するためには、上記①、すなわち、債権発生の基礎が既に存在し、その継続が予測されることが要求されることになるのです。ですから、期限付・条件付債権について、重ねてこの①の要件を要求することは無意味です。
次に、執行の観点から考えてみましょう。期限付・条件付債権については、将来給付判決がされた場合であっても、期限到来・条件成就がなければ、強制執行ができない仕組みになっています。確定期限のように立証不要なものを除き、これは執行する債権者の側で証明します。請求異議の訴えで債務者が条件不成就、期限未到来を主張・立証して争うわけではありません。
(参照条文)民事執行法
27条1項 請求が債権者の証明すべき事実の到来に係る場合においては、執行文は、債権者がその事実の到来したことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる。
30条1項 請求が確定期限の到来に係る場合においては、強制執行は、その期限の到来後に限り、開始することができる。
執行法を勉強したことのある人なら、27条1項の執行文が「条件成就執行文」と呼ばれていることを、聞いたことがあるでしょう(「事実到来執行文」と呼ばれることもあり、この方が現在の条文の文言に忠実です。)。期限到来・条件成就の有無は、債権者の提出する文書を見て執行文付与機関である裁判所書記官(同法26条1項)が判断する仕組みですから、給付判決を出せるような期限・条件というのは、判断容易なものであることが前提となるのです(※1)。
※1 文書で証明できない場合のために、執行文付与の訴え(同法33条1項)という訴訟手続も用意されています。もっとも、期限到来・条件成就を改めて訴訟手続によって立証しなければならないというのでは、期限到来・条件成就前にわざわざ将来給付の訴えを提起して勝訴判決を得る意味に乏しいといえるでしょう。
このことを確認した上で、「期限付請求権や条件付請求権のように…具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかつているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により右請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としない」という上記判示部分を読めば、その意味がよく理解できるでしょう。同時に、②債務者に有利な変動事由が予め明確に予測し得るものに限られること、③請求異議の訴えの負担を債務者に課しても、当事者間の衡平を害することがなく、格別不当とはいえないこと、という要件を期限付・条件付債権について要求する意味がないことも、理解できるはずです。期限付・条件付債権が問題になっているのに、「請求異議の訴えの負担を債務者に課しても…」のように平然と書いてしまうのは、以上に説明した執行の仕組みを理解していないことが原因です。予備校はもちろん、法科大学院でも、このようなことが適切に説明されていないことは、とても残念なことです。
一方、将来発生すべき債権の場合は、どうか。ここでは、代表例として、継続的不法行為に基づく損害賠償請求権について考えましょう。これを考えるに当たり、そもそも、継続的不法行為に基づく損害賠償請求訴訟における請求の趣旨及び給付判決の主文がどうなるか、確認しておく必要があります。
(東京地立川支判平29・10・11における請求の趣旨より引用。太字強調は筆者。)
1.被告は,原告番号1,76,101,102,391,598,699,789,835,865及び881の原告(以下,一括して「差止原告ら」という。)に対し,自ら又はアメリカ合衆国軍隊をして,横田飛行場において,毎日午後7時から翌日午前7時までの間,航空機の離発着をしてはならず,かつ,一切の航空機のエンジンを作動させてはならない。
2. 被告は,各原告に対し,それぞれ79万2000円及びこれに対する第1事件原告については平成25年4月27日から,第2事件原告については同年8月10日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3.被告は,各原告に対し,第1事件原告については平成25年3月27日から,第2事件原告については同年8月1日から,第1項記載の各行為がなくなり,かつ,その余の時間帯において原告らの居住地に65デシベルを超える一切の航空機騒音が到達しなくなるまでの間,それぞれ毎月末日限り,1か月当たり2万2000円及びこれに対する当該月の翌月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4. 訴訟費用は被告の負担とする。
5.第2項につき仮執行宣言
(引用終わり)
上記の第3項が、将来給付に係る部分です。もう少しデフォルメして表現すれば、「被告は、原告に対し、侵害の事実がなくなるまで、毎月〇〇円を支払え。」のような感じになるということですね。これは、「被告は、原告に対し、侵害の事実が継続するときは、毎月〇〇円を支払え。」では、ダメなのでしょうか。ダメです。仮に、「被告は、原告に対し、侵害の事実が継続するときは、毎月〇〇円を支払え。」という主文で認容判決がされたとしましょう。この場合、「侵害の事実が継続するときは」は、条件として構成されているわけですから、民事執行法27条1項の「債権者の証明すべき事実」に当たり、執行段階で原告(債権者)が立証しなければならなくなります。これでは、わざわざ将来給付の訴えをした意味に乏しいでしょう。これに対し、「被告は、原告に対し、侵害の事実がなくなるまで、毎月〇〇円を支払え。」とされた場合、「侵害の事実がなくなるまで」というのは、不確定終期として構成されていることになります。将来の遅延損害金を請求する場合の、「支払済みまで」と同じ用例です。不確定終期は債務者の側が立証責任を負いますから、これは民事執行法27条1項の「債権者の証明すべき事実」には当たらず、原告(債権者)は、これを立証することなく執行することができ、被告(債務者)がこれを争うには、請求異議の訴えによることを要するというわけです。侵害の事実は本来、不法行為の成立要件の一部として、原告(債権者)の側で立証すべきものです。そうだとすれば、請求適格が認められるのは、立証責任の転換を正当化できるような例外的な場合に限られる。ここまで確認すれば、②債務者に有利な変動事由が予め明確に予測し得るものに限られること、③請求異議の訴えの負担を債務者に課しても、当事者間の衡平を害することがなく、格別不当とはいえないこと、という要件が必要とされた理由がわかるでしょう。
2.さて、ようやく、今年の問題について検討する準備が整いました。設問1では、条件付債権である敷金返還請求権に関する将来給付の訴えが問題になっているのでした。そうすると、判断基準は、「条件の立証が不要又は容易かどうか」ということになりますね。
前回の記事(「令和2年司法試験民事系第3問の出題の不備について(上)」)で説明したとおり、敷金返還請求権を条件付債権というときの条件とは、正しくは、「明渡し時に賃料債権等を控除しても、なお残額があること」というものでした。これが立証不要でないことは、明らかでしょう。では、立証容易といえるか。「なお残額がある」というためには、賃料不払や用法違反による建物の損傷等の債務不履行による損害賠償債務があるかどうかということが関わってきます。ここでいう立証容易とは、先に説明したことからすれば、書記官に文書を提出して証明できる程度に容易という意味になるわけですが、どうも無理そうだな、と考えるのが普通でしょう。そうすると、請求適格なし、という結論になる。これはこれで、自然な結論だと思います。
ただし、主張・立証責任も加味して、もう少し緻密に考えると、違う結論にもなり得るかもしれません。一般に、敷金返還請求をする場合、敷金契約は賃貸借契約に従たる契約であることから、敷金契約の存在に係る主張・立証の前提として、賃貸借契約の存在についても主張・立証をする必要があるとされます。そうすると、賃料の存在がその段階で現れることから、敷金返還請求をする賃借人の方から、賃料の支払について主張・立証をする必要があるということになる。他方、用法違反等の賃料不払以外の債務不履行があるか否かについては、賃貸人の側から主張・立証することを要するとされます。これを踏まえると、賃借人が立証すべき条件とは、明渡し時に賃料の不払がないことのみで足りるのではないか。これは、賃貸借契約書と明渡しまでの賃料の領収証等によって容易に立証できると考えられます。そして、賃借人に賃料不払以外の債務不履行があることについては、請求異議で賃貸人が争えば足りる。このように考えれば、請求適格を肯定する余地があるでしょう。そして、この「賃借人に賃料不払以外の債務不履行があることについては、請求異議で賃貸人が争えば足りる。」という判断をするに当たり、前記②及び③の要件に似た検討をすることになるわけです。将来の不法行為の場合には、不法行為の存在は本来債権者の側で主張・立証すべきものですから、請求異議で不法行為の不存在の主張・立証の負担を債務者に負わせるのは酷ではないかという話になりやすいのですが、賃料不払以外の債務不履行については、上記のとおり、もともと賃貸人に主張・立証の責任があるわけですから、賃貸人に請求異議の負担を課しても問題ない、という理解も、十分成り立ち得るとも思います。このように考えると、民事執行法27条1項の「債権者の証明すべき事実」は、賃借人が本来主張・立証責任を負うべきもの、すなわち、明渡し時までの賃料の支払に限られるということになるでしょう。これは、以下の判例の趣旨にも合致するものといえます。
(最判昭41・12・15より引用。太字強調及び※注は筆者。)
和解調書において賃料を延滞したときは賃貸借契約を解除することができる旨の条項が定められた場合に、賃料不払による解除の事実は民訴法五一八条二項にいわゆる「他ノ条件」(※注:現行の民事執行法27条1項の「債権者の証明すべき事実」に相当する。)に当らないと解するを相当とし、従つて、右賃料不払による解除の事実を争つて和解調書に基づく執行力の排除を求めるには、民訴法五四五条の請求異議の訴によるべきであつて、同法五四六条の執行文付与に対する異議の訴によるべきでないと解するを相当とする。蓋し、民訴法五一八条二項にいう「条件」は、債権者において立証すべき事項であつて、債務者の立証すべき事項を含まないと解すべきところ、前記和解調書に記載の賃料の不払の事実は債権者の立証すべき事項ではなく、却て債務者において賃料支払の事実を立証し、債務名義たる和解調書に記載された請求権の不発生を理由として右債務名義に基づく執行力の排除を求めるべきものと解するのが、公平の観念に合致するからである。
(引用終わり)
(参考)旧民事訴訟法518条2項
判決ノ執行カ其ノ旨趣ニ従ヒ保証ヲ立ツルコトニ繋ル場合ノ外他ノ条件ニ繋ル場合ニ於テハ債権者カ証明書ヲ以テ其ノ条件ヲ履行シタルコトヲ証スルトキニ限リ執行カアル正本ヲ付与スルコトヲ得
もっとも、本問では、本件建物が遺産分割前の遺産共有状態で、共同相続人のうちY2だけが提訴しているという事情があります。このことも、考えてみる必要はあるでしょう。その後の遺産分割によってY2の敷金返還請求権の存在及び支払額の変動が生じ得るのに、それをXに請求異議で争えというのは酷だ、という考え方は、一応あり得るかもしれません。もっとも、そのような不確実さは、期限・条件付債権一般にいえることであるとも考えられます。例えば、1年後を弁済期とする代金債権について、将来給付の訴えが認容されたが、判決確定後、その債権が第三者に譲渡されたとします。1年後、譲渡人が認容判決を債務名義として執行してきた場合、債務者としては請求異議で争わざるを得ないでしょう。しかし、第三者に譲渡されるかもしれないから、将来給付の請求適格がない、とは考えられていません。遺産分割も一種の債権譲渡と考えれば、将来の遺産分割の可能性を理由に請求適格を否定することはできない、というのが普通かなという感じがします。
以上が、本来の「正解筋」だろうと思います。
3.ところが、本問では、条件の中身を「明渡しがされたこと」としてしまいました。明渡しの事実それ自体は、立証容易といえます。したがって、簡単に請求適格あり、という結論になりそうです。本問では、請求の趣旨として、「Xは、Yらから本件建物の明渡しを受けたときは、Y2に対し、60万円を支払え。」というものが想定されています。仮に、これをそのまま認容する判決がされたとしましょう。Y2は、これを債務名義として、明渡しを証する文書を提出すれば、他に何も証明せずに60万円について執行できることになる。Xとしては、判決後にYらに賃料不払があった場合(※2)でも、そのままでは執行を受けてしまうので、止めるためには請求異議で争わなければならないということです。これはおかしいですよね、というのが、考査委員なりの問題意識だったのかもしれません。
※2 問題文では、8月分まで賃料の滞納はないとされていますが、それ以降もYらがきちんと払ってくれるかはわからないことです。
しかし、それはおかしな条件の把握をしたからでしょう。「残額があること」というのは重要な要素なのですから、執行段階のことも考えれば、条件の中身から除外してはいけなかったのです。
いずれにせよ、考査委員としては、問題文のような条件の把握を前提に請求適格に関する判例の判断基準を当てはめると、簡単に請求適格が認められてしまい、不都合な結果になるので、何らかの例外理論を組み立てて欲しい、という意向だったのでしょう。そのことは、以下の問題文の誘導から読み取れます。
(令和2年司法試験民事系第3問問題文より引用。太字強調は筆者。)
P:そうすると,本件建物の明渡し前には敷金返還請求権は発生しないので,将来給付の訴えの適法性を検討せよということですね。敷金返還請求権が本件建物の明渡しを条件とする条件付請求権ということであれば,将来給付の訴えの適法性が認められるのではないでしょうか。
L:条件付請求権であっても,将来給付の訴えの適法性が認められるとは限りませんよ。ここでは,Y2の法定相続分が2分の1であることを考慮し,60万円のみの請求をすることとして,「Xは,Yらから本件建物の明渡しを受けたときは,Y2に対し,60万円を支払え。」との請求の趣旨による将来給付の訴えの適法性につき検討してもらいましょう。これを「課題1」とします。検討の際には,本件の具体的状況を踏まえた上で,敷金返還請求権の特質のほか,当事者間の衡平の観点から,適法性が認められた場合の被告の負担を考慮する必要があります。ただし,応訴の負担は考慮する必要がありません。
(引用終わり)
1つの考え方としては、敷金返還請求権の特質として、具体的な額が将来の事情によって決まるということがあるため、適法性が認められた場合、明渡し時の残額が実際には120万円より低額となった場合に、Xがこれを請求異議で争わなければならないということを考慮して、将来発生すべき債権に準じて、前記②及び③、すなわち、②債務者に有利な変動事由が予め明確に予測し得るものに限られること、③請求異議の訴えの負担を債務者に課しても、当事者間の衡平を害することがなく、格別不当とはいえないことが必要だ、と考えて、その要件を検討する、というものです。おそらく、これが考査委員の想定する1つの正解筋だったのでしょう。しかし残念ながら、その前提が不適切だったのでした。
4.本問の場合、問題文の指示が不適切なので、解答するに当たっても、その不適切な前提に立って解答せざるを得ないでしょう。もっとも、受験生のほぼ全員が、何も考えずに将来発生すべき債権に関する判断基準である①②③の要件を形式的に当てはめるような答案を書いた場合(これが誤りであることは、上記1で既に説明しました。)には、この点はほとんど影響しないでしょう。その場合には、法律構成はほぼ全員が間違っていることになりますが、これまでに説明したとおり、②及び③の要件の検討については実質的に重なることになるので、その当てはめの中身で差が付くことになりそうです。「赤信号、みんなで渡れば怖くない。」が成立するケースです。しかも本問では、別の意味で、考査委員も赤信号を渡っていたのでした。
5.なお、課題2については、判例のあるところです。
(最判平11・1・21より引用。太字強調は筆者。)
本件訴えは、建物賃貸借契約の継続中に、賃借人である被上告人が、前賃貸人から賃貸人の地位を承継した上告人に対し、保証金の名称で前賃貸人に交付したとする敷金の返還請求権の存在確認を求めるものであり、上告人は、前賃貸人に対する右敷金交付の事実を否認し、敷金の返還義務を負わないと主張する。第一審は、本件訴えは確認の利益を欠くものであるとして、これを却下したのに対し、原審は、確認の利益を認め、第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻した。
建物賃貸借における敷金返還請求権は、賃貸借終了後、建物明渡しがされた時において、それまでに生じた敷金の被担保債権一切を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき発生するものであって(最高裁昭和四六年(オ)第三五七号同四八年二月二日第二小法廷判決・民集二七巻一号八○頁)、賃貸借契約終了前においても、このような条件付きの権利として存在するものということができるところ、本件の確認の対象は、このような条件付きの権利であると解されるから、現在の権利又は法律関係であるということができ、確認の対象としての適格に欠けるところはないというべきである。また、本件では、上告人は、被上告人の主張する敷金交付の事実を争って、敷金の返還義務を負わないと主張しているのであるから、被上告人・上告人間で右のような条件付きの権利の存否を確定すれば、被上告人の法律上の地位に現に生じている不安ないし危険は除去されるといえるのであって、本件訴えには即時確定の利益があるということができる。したがって、本件訴えは、確認の利益があって、適法であり、これと同旨の原審の判断は是認することができる。
(引用終わり)
上記では、訴訟物が「敷金の返還請求権の存在確認」とされていますが、これが厳密には条件成就前の期待権であり、それをもって「敷金の返還請求権」と表記されていることは、前回の記事(「令和2年司法試験民事系第3問の出題の不備について(上)」)で説明したとおりです。また、「存在」の確認であって、内容の確認ではない、という点も、注意を要します。