令和2年司法試験論文式刑事系第1問参考答案(簡易版)

1.前回掲載した参考答案(「令和2年司法試験論文式刑事系第1問参考答案」)は、当サイトとして正解に近いと考えている内容ではありますが、現場で考えるには難しい部分も含んでいました。そこで、あまり難しいことを考えずに規範と事実を貼り付けただけの、より簡易なものを用意しました。多くの受験生が規範の明示を正確に行うことが難しい現状では、これだけでも優に合格答案でしょう。刑事系に関しては、答案構成の時間を短めにして、文字数を確保するという戦略が有効ですから、最善でなくても、簡易な筋を採用する方が実戦的です。論証さえ覚えていれば、短時間の答案構成時間でも、これくらいは書けるでしょう、というものとして、参考にしてみて下さい。ただし、この答案も、一行30文字で8頁中程くらいまでの文字数を要します。時間内に必要な文字数を書ける能力は、今の司法試験では必須の能力です。

2.参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」及び「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.①の立場からは、財産上の損害が600万円全額で、違法性阻却の余地もないとの説明が考えられる。
 ②の立場からは、500万円については財産上の損害がないか、違法性が阻却されるとの説明が考えられる。

2.Bに対し、自身が暴力団組員ではないのにそうであるかのように装い、「Aから債権の取立てを頼まれた。債権は600万円だとAから聞いている。その金を指定する口座に入金しろ。金を返さないのであれば、うちの組の若い者をあんたの家に行かせることになる。」などと言った点につき、詐欺罪(246条1項)と恐喝罪(249条1項)を検討する。

(1)詐欺罪における欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。恐喝の手段としての脅迫とは、相手方を畏怖させ、反抗を抑圧するに至らない程度の害悪の告知をいう
 上記行為は600万交付の判断の基礎となる重要な事項を偽るとともに、Bを畏怖させ、犯行を抑圧するに至らない程度の害悪の告知といえるから、欺く行為であるとともに、恐喝行為でもある。

(2)詐欺罪も恐喝罪も個別財産に対する罪であるから、600万円全額が損害である。

3.Bは、甲が暴力団組員であると誤信し、甲の要求に応じなければ自身やその家族に危害を加えられるのでないかと畏怖した結果、甲の指定に係る甲名義の預金口座に600万円を送金し、その結果、同口座の預金残高が600万円になったから、欺罔による錯誤ないし恐喝による畏怖により、「財物を交付させた」といえる。

4.恐喝の手段による権利行使は、その権利の範囲内であり、かつ、その方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限り違法性が阻却される(判例)。これは詐欺にも妥当する。
 暴力団組員を装って脅迫する方法は、社会通念上一般に認容すべき程度を超えているから、恐喝・詐欺のいずれについても違法性阻却の余地はない。

5.よって、甲は詐欺罪及び恐喝罪の罪責を負い、両罪は1個の行為によるので観念的競合(54条1項前段)となる。

第2.設問2

1.甲がAのワインに混入した睡眠薬は、Aの特殊な心臓疾患がなければ、生命に対する危険性は全くないものであった事実
 実行の着手を認めない要素となりうるからである。

2.Aには、A自身も認識していなかった特殊な心臓疾患があり、Aは睡眠薬の摂取によって同疾患が急激に悪化して、急性心不全に陥ったものであり、Aに同疾患があることについては、一般人は認識できず、甲もこれを知らなかった事実
 因果関係を否定する要素となりうるからである。

3.甲も、本件で混入した量の睡眠薬を摂取しても、Aが死亡することはないと思っていた事実
 故意を否定する要素となりうるからである。

第3.設問3

1.600万円の払戻しを受けた点につき、詐欺罪(246条1項)を検討する。

(1)前記第1のとおり、Fから払戻しを受けた600万円は、犯罪によって得たものである。犯罪によって得た預金の払戻しは、正当な払戻権原がない点で、誤振込金の払戻しに類似する。
 誤振込であっても、受取人は銀行に対する預金債権を取得する(判例)。しかし、銀行は誤振込の事実を知れば受取人に対する支払を拒絶し、組戻しを行うから、受取人には誤振込である旨を銀行側に告知する信義則上の義務がある。したがって、受取人が誤振込の事実を秘して、窓口係員に対して預金の引出しを請求する行為は、欺く行為に当たる。そして、受取人に交付される現金の占有は、その管理者である支店長に帰属し、窓口係員はその占有補助者であるから、上記欺く行為により錯誤に陥った窓口係員が現金を交付すれば、1項詐欺が成立する。このことは、犯罪によって得た預金の払戻しにも妥当する。

(2)以上から、犯罪によって得たことを秘してしたFに対する払戻請求が欺く行為であり、Fが犯罪によって得たことを知らずに600万円を甲に交付した時に、D銀行E支店の支店長に対する詐欺罪が成立する。

2.500万円をCへの弁済に充てた点につき、横領罪(252条1項)を検討する。

(1)民事上金銭の所有と占有は一致するが、使途を定めて寄託された金銭については、なお刑法上は寄託者の所有に属するというべきであるから、受託者との関係では「他人の物」に当たる
 甲が払い戻した600万円のうち500万円は使途を定めて寄託された金銭と同視すべきであり、刑法上はAの所有に属するものとして、甲との関係では「他人の物」に当たる。

(2)上記500万円は、甲が所持していたから、「自己の占有する」ものに当たる。

(3)「横領」とは、不法領得の意思を実現する一切の行為をいう。横領罪における不法領得の意思とは、委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできない処分をする意思をいう(判例)
 Cに対し600万円を交付して自己の債務を弁済した甲の行為は、上記(1)の500万円について、委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできない処分をする意思を実現するものといえるから、「横領」に当たる。

(4)以上から、横領罪が成立する。

3.Aを殺害して500万円の返還を免れた点につき、強盗殺人罪(240条)を検討する。

(1)「強盗」とは、強盗犯人を意味し、既遂・未遂を問わないが、少なくとも強盗の実行に着手したことを要する

ア.債権者を殺害して事実上債務を免れたことによる財産上の利益の移転を認めるためには、他の債権者又は被害者の相続人による債権の行使が事実上不可能若しくは著しく困難となるか、又は債権の行使が相当期間不可能になったことを要する
 本件債権について、その存在を証明する資料はなく、AB甲以外に知っている者はいなかった。Aに相続人はいない。したがって、Aを殺害すれば500万円の返還請求権の行使は事実上不可能となり、2項強盗(236条2項)が成立しうる。

イ.強盗罪における暴行・脅迫は、被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要する
 Aに有毒ガスを吸引させて死亡させる行為は、被害者の反抗を抑圧する程度の有形力の行使であり、暴行といえる。

ウ.実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る客観的な危険性を有するものを行うことをいう
 甲の計画上、Aに睡眠薬を飲ませる行為(行為1)は上記イの行為(行為2)の準備行為であったが、行為1においてAは死亡した。
 構成要件該当行為である第二行為の準備行為である第一行為において結果が発生した場合において、第一行為が第二行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠で、第一行為に成功すればそれ以降の犯行計画遂行の障害となる特段の事情はなく、第一行為と第二行為との間に時間的場所的近接性があるときは、たとえ行為者が第二行為をもって犯罪を実現する意思であったとしても、第一行為は第二行為に密接な行為であって、第一行為時に既に結果発生に至る客観的な危険性が認められるから、第一行為に実行の着手を認めることができる(クロロホルム事件判例参照)
 甲は睡眠薬をAに飲ませてAを眠らせた上で、X剤・Y剤を混合すると発生する致死性のある有毒ガスを用いて自殺に見せ掛けてAを殺害することを計画した。その計画によれば行為1は行為2を確実かつ容易に行うために必要不可欠で、行為1に成功すればそれ以降の犯行計画遂行の障害となる特段の事情はない。X剤等はA方に隣接する駐車場に駐車した自車内にあるから、行為1と行為2の間に時間的場所的近接性がある。したがって、行為1に2項強盗の実行の着手が認められる。

エ.以上から、甲は、「強盗」に当たる。

(2)因果関係は、行為の危険が結果に現実化したか否かによって判断すべきである
 確かに、Aには特殊な心臓疾患があり、Aは睡眠薬の摂取によって同疾患が急激に悪化して、急性心不全に陥って死亡した。しかし、被害者はありのままの状態で保護されるべきであるから、たとえ被害者の特殊事情が相まって重い結果が生じたとしても、行為の危険が現実化したといえる
 したがって、行為1とAの死には因果関係がある。

(3)甲には、Aを死亡させる認識・認容はあったが、それは行為2によるもので、行為1でAが死ぬ認識はなかった。因果関係に錯誤がある。
 構成要件の範囲で主観と客観が一致すれば故意が認められるから、行為者の認識において法的因果関係を認め得る限り、現に生じた因果経過と一致しなくても故意を阻却しない
 甲の計画は行為1と行為2を行ってAを殺害するというものであり、甲の認識においては、行為2でAが死亡することは、行為2の危険の現実化といえ、法的因果関係が認められる。したがって、故意を阻却しない。
 なお、強盗殺人の類型性、死の二重評価の回避及び刑の均衡から、240条は殺人の故意ある場合も含む(判例)。したがって、甲に殺意がある点は、同罪の成立を妨げない。

(4)以上から、強盗殺人罪が成立する。

(5)甲は急にAを殺害することが怖くなり、有毒ガスを発生させることを止めたが、43条ただし書は結果不発生の場合の規定であることは明らかであるし、たとえ中止行為があったとしても、結果が発生すれば非難に値する以上、同ただし書の準用の余地もない

4.A所有の高級腕時計を自らの上着のポケットに入れて、A方から立ち去った点につき、窃盗罪(235条)を検討する。

(1)仮に強盗罪が成立すれば、窃盗罪は成立しない。
 甲が同腕時計に気付いたのは、行為1の後である。強盗罪の暴行・脅迫は財物奪取に向けられたものでなければならないから、暴行・脅迫後に財物奪取の意思が生じた場合に強盗罪が成立するためには、新たな暴行・脅迫が必要である。もっとも、この場合の新たな暴行・脅迫は、それ自体として反抗を抑圧する程度である必要はなく、既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度のもので足りる
 甲は、上記程度の新たな暴行・脅迫もしていないから、強盗罪は成立しない。

(2)A所有の高級腕時計は、「他人の財物」である。

(3)「窃取」とは、他人の財物の占有を占有者の意思に反して自己又は第三者に移転させることをいう
 同腕時計を自らの上着のポケットに入れた時に、Aの意思に反して事実上の支配がAから甲に移転したから、「窃取」したといえる。

(4)甲は、遊興費を得るためにそれを換金しようと考えたから、不法領得の意思がある。

(5)以上から、窃盗罪が成立する。

5.よって、甲は、上記1から4までの罪責を負い、併合罪(45条前段)となる。

以上

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