令和3年司法試験の結果について(4)

1.今回は、論文の合格点を考えます。司法試験の合否は、短答と論文の総合評価で決まりますから、論文単独の合格点は存在しません。もっとも、短答の影響を排除した論文の合格点の目安を考えることは可能です。
 今年の合格者数は、1421人でした。これは、論文で1421位以内に入れば、短答で逆転されない限り、合格できることを意味しています。そこで、論文で1421位以内になるには、何点が必要か。法務省の公表した得点別人員調によれば、論文の合計得点が361点だと1409位、360点だと1430位となっています。したがって、1421位以内の順位になるためには、361点が必要だったということになります。ここでは、このように定まる得点を便宜上、「論文の合格点」と表記します。

2.直近5年間の司法試験における論文の全科目平均点、論文の合格点及び全科目平均点と合格点の差をまとめたのが、以下の表です。なお、全科目平均点は、最低ライン未満者を含み、小数点以下を切り捨てています。

全科目
平均点
論文の
合格点
平均点と
合格点の差
平成29 360 385 25
平成30 369 387 18
令和元 376 389 13
令和2 382 381 -1
令和3 367 361 -6

 今年は、昨年から平均点が15点、合格点は20点、それぞれ下がっていることがわかります。その結果、昨年生じた平均点と合格点の逆転現象が拡大し、平均点より合格点の方が6点低くなりました。現在のところ、合格点の決定は、求められる一定の学力を基準に設定されるのではなく、「修了生7割」を大きく超えないような受験者合格率にとどめるという観点からされているとみえます(「令和3年司法試験の結果について(2)」)。ですから、平均点が下落すれば、合格点も下落することは、自然なことです。ただ、合格点の下落幅は、平均点の下落幅よりも、5点大きい。これは、どうしてなのでしょうか。

3.論文の合格点を上下させる要因は、平均点の他に2つあります。1つは、論文の合格率です。論文の合格率が上昇すれば、合格点は下がりやすくなる。これは、以下のような単純な例を考えれば、すぐ理解できるでしょう。

受験生 得点
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10

 受験生AからJまでの10人が受験して、上位2人が合格(合格率20%)であれば、合格者はABで、合格点は90点になります。それが、上位4人合格(合格率40%)になると、合格者はABCDで、合格点は70点に下がる。単純なことです。
 実際の数字をみてみましょう。以下は、直近5年の短答合格者ベースの論文合格率の推移です。

論文
合格率
平成29 39.1%
平成30 41.5%
令和元 45.6%
令和2 51.9%
令和3 53.1%

 今年は、昨年よりも、1.2ポイント合格率が上昇しています。これが、平均点の下落幅よりも合格点を押し下げた要因となったといえるでしょう。昨年に引き続いて合格率が5割を上回っているので、平均点が合格点よりも高い(平均点を取れば合格できる。)という、逆転現象が生じているのでした。「みんなが普通に書くようなことを書いてさえいれば合格できる。」という格言は、かつての旧司法試験時代には、「しかし、普通の答案を全科目揃えるのは実はとても難しい(だから合格率はとても低い。)。」という含意がありましたが、現在は、これを額面どおり捉えてよい状況になったといえるでしょう。

4.合格点を上下させるもう1つの要因は、論文の合計得点のバラ付きです。単純な例で考えてみましょう。

表1
受験生 得点
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
平均点 55

 

表2
受験生 得点
64
62
60
58
56
54
52
50
48
46
平均点 55

 受験生AからJまでの10人が受験して、上位3人が合格するとすると、表1では合格点は80点ですが、表2では60点まで下がります。平均点や合格率が同じでも、バラ付きが縮小すると、通常は合格点が下がるのです。一昨年までは、この説明だけで十分でした。しかし、厳密には、これは合格点が平均点より高い場合に当てはまることです。合格点が平均点未満の数字になる場合には、バラ付きが縮小すると合格点は上昇する。このことも、上記の表1と表2を対照することで確認できます。上記の表において、合格者数が7人だとしましょう。そうすると、表1・表2のいずれについても、AからGまでが合格できます。そして、合格点はというと、表1では40点、表2では52点。バラ付きの小さい表2の方が、合格点が高いことが確認できました。
 もう1つ、合格率が5割に近いとどうなるか、という点も、確認しておきましょう。上記の表で、合格者数が5人だと、表1・表2のいずれについても、AからEまでが合格でき、合格率はちょうど5割になります。そして、合格点はというと、表1では60点、表2では56点。表1と表2の合格点が、非常に接近していることがわかります。このように、合格率が5割に近い(より厳密には、合格点が平均点に近い)と、得点のバラ付きの影響は、非常に小さくなるのです。
 上記のような説明に対しては、「論文試験では得点調整(採点格差調整)がされるので、バラ付きは常に一定になるんじゃないの?」と疑問に思う人もいるかもしれません。そのように思った人は、得点調整が各科目単位で行われることに注意する必要があります。得点調整によって、各科目のバラ付きは一定(※)になりますが、それを合計する段階では、何らの調整もされないのです。
 ※ 法務省の資料から逆算する方法によって、これは各科目につき標準偏差10であることがわかっています。

 単純な例で確認してみましょう。憲民刑の3科目について、3人の受験生ABCが受験するとします。

表3 憲法 民法 刑法 合計点
受験生A 90 10 50 150
受験生B 50 90 10 150
受験生C 10 50 90 150

 表3では、各科目ではABCに得点差が付いていますが、合計得点は全員一緒です。ある科目で高得点を取っても、他の科目で点を落としたり、平凡な点数にとどまったりしているからです。

表4 憲法 民法 刑法 合計点
受験生A 90 90 90 270
受験生B 50 50 50 150
受験生C 10 10 10 30

 表4も、各科目の得点のバラ付きの程度は、表3の場合と同じです。しかし、合計得点に大きな差が付いている。これは、ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取るという、強い相関性があるからです。このように、各科目の得点のバラ付きが一定であっても、合計得点のバラ付きは変動し得るのです。そして、そのバラ付きの大小は、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取る。」という相関性の強弱を示すものでもあるといえます。
 実際の数字をみてみましょう。以下は、法務省の公表する資料から算出した平成26年以降の論文式試験の合計得点の標準偏差の推移です。標準偏差の数字は、大きければバラ付きが大きく、小さければバラ付きが小さいことを示します。

論文式試験
合計得点
標準偏差
平成26 71.5
平成27 78.1
平成28 80.4
平成29 81.0
平成30 76.3
令和元 81.1
令和2 83.3
令和3 83.0

 今年は、ほぼ昨年と同様です。しかも、上記で説明したとおり、今年は、昨年に引き続いて合格点が平均点未満となっていますから、令和元年までとは逆に、バラ付きが拡大すると、合格点は下落することになるのですが、合格率が5割に近いため、その影響は非常に小さい。このように、今年は、標準偏差にほとんど変化がないことに加え、合格率が5割に近いため、得点のバラ付きによる影響はほとんどなかったといえます。ですので、合格点の下落幅が平均点の下落幅よりやや大きかった要因は、専ら論文合格率の上昇にあると考えることができるのです。
 近時、この標準偏差は高めの水準で推移する傾向にあります。すなわち、近時の司法試験は、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取る。」という科目間の相関性が強い試験になっているのです。このことは、当サイトが繰り返し説明している、基本論点について規範を明示し、事実を摘示して解答するという答案スタイルが確立していれば、どの科目も安定して得点できるという最近の傾向と符合します(なお、近時、この点について傾向変化の兆しがあります(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」 参照)が、現時点では、規範と事実に極端な配点があるという点には変わりがありません。)。逆にいえば、そのような答案スタイルが確立していない「受かりにくい人」は、どの科目も得点できないので、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が成立するのです。
 合格率がここまで高くなってくると、逆に、「どんな答案を書いたら落ちるんだよ。」と思うところですが、その典型的なイメージは、「規範を明示せずにいきなり当てはめに入る答案」、「当てはめで事実を摘示しない答案」です。この種の答案は、単純に文字数が少なく、一見して「スカスカ」な感じのものもあれば、それなりの文字数を書いており、自分の理解を自分の言葉で書く部分が非常に多いため、一見するとすごく良い答案に見えるが、よく見ると規範と事実を答案に示していない(本人は当然の前提だと思って省略している。)ので、配点を取りようがない、というものがあります。前者は論点を幅広く拾う反面で当てはめが薄いというスタイルで受かってしまった予備試験の合格者や、「あらすじ答案」がもてはやされた旧試験時代からの受験生に多く後者は、「自分の言葉で本質を書きなさい。」等と誤った指導を受けがちな法科大学院修了生に多い傾向があります。合格率がこれだけ高くなっても、この種の答案を書いていると、なかなか受かりません。心当たりのある人は、意識して修正すべきでしょう。これは、単純な答案スタイルの問題であって、「地頭の良さ」等は関係がありません。どんなに頭の回転が速い人でも、受かりやすい答案スタイルで書いていないと、普通に不合格になるこれが、論文式試験の怖さです。

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