1.前回の記事(「令和4年司法試験の結果について(1)」)では、今年の合格者数が、「1400人基準」で説明できる、という話をしました。今回は、このことと、「1500人程度」という数値目標との関係について、順を追って説明したいと思います。
2.まず、今年の合格率を確認しましょう。今年は、3082人が受験して、1403人合格ですから、受験者合格率は、45.5%ということになります。以下は、これまでの受験者数、合格者数及び受験者合格率の推移です。なお、元号の省略された年の表記は、平成の元号によります。
年 | 受験者数 | 合格者数 |
受験者 合格率 |
18 | 2091 | 1009 | 48.2 |
19 | 4607 | 1851 | 40.1 |
20 | 6261 | 2065 | 32.9 |
21 | 7392 | 2043 | 27.6 |
22 | 8163 | 2074 | 25.4 |
23 | 8765 | 2063 | 23.5 |
24 | 8387 | 2102 | 25.0 |
25 | 7653 | 2049 | 26.7 |
26 | 8015 | 1810 | 22.5 |
27 | 8016 | 1850 | 23.0 |
28 | 6899 | 1583 | 22.9 |
29 | 5967 | 1543 | 25.8 |
30 | 5238 | 1525 | 29.1 |
令和元 | 4466 | 1502 | 33.6 |
令和2 | 3703 | 1450 | 39.1 |
令和3 | 3424 | 1421 | 41.5 |
令和4 | 3082 | 1403 | 45.5 |
直近の数字をみると、平成28年以降、一貫して受験者合格率が上昇を続けていることがわかります。受験者数の減少幅に比して、合格者数の減少幅が小さいために、こうなっているのです。合格者数の減少幅を抑えてきたのが、「1500人程度」という数値目標でした。現在の合格率は、平成18年と平成19年の中間くらいの水準です。数字の上では、新司法試験開始初期の頃と同じくらい、受かりやすい試験になっている。ただし、当時の法科大学院の標準修業年限修了率は既修9割程度、未修7割5分程度だったのに対し、現在では、既修7割6分程度、未修5割程度まで下がっているという点には、注意を要します(「法科大学院修了認定状況の推移(平成17年度~令和2年度)」)。
3.各年の受験者合格率は、いわゆる「修了生7割」という累積合格率の数値目標との関係で、重要な意味を持ちます。
「修了生7割」というのは、「法科大学院では修了生の7~8割が合格するような教育をすべきだ。」という理念のことです。これは、司法制度改革審議会の意見書に記載され、閣議決定にも盛り込まれています。その趣旨は、法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるようにすることにありました。要するに、合格率が低いようでは、受験勉強に専念してしまうからよくない、ということです。
(司法制度改革審議会意見書より引用。太字強調は筆者。) 「点」のみによる選抜ではなく「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備するという趣旨からすれば、法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるような仕組みとすることが肝要である。このような観点から、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が後述する新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである。厳格な成績評価及び修了認定については、それらの実効性を担保する仕組みを具体的に講じるべきである。 (引用終わり) (規制改革推進のための3か年計画(再改定)(平成21年3月31日閣議決定) より引用。太字強調は筆者。) 法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できるよう努める。 (引用終わり) |
ポイントは2つあります。1つは、「司法試験委員会が、修了生の7~8割を受からせる。」のではなく、「法科大学院が、修了生の7~8割が合格するような教育を行うべきだ。」というにとどまるということです。つまり、法科大学院は修了生の7~8割が受かるように教育すべきではあるが、合否を決めるのは司法試験委員会なので、必ず7~8割が受かるとは限らない、ということです。
(参院法務委員会平成17年03月18日議事録より引用。太字強調は筆者。)
国務大臣(南野知惠子君) 審議会の意見には、法曹となるべき資質また意欲を持つ人が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることがこれ不可欠の前提といたしていますので、その上で法科大学院では、課程を修了した人のうち相当程度……(略)……七割から八割という方たちに相当するわけですが、その方が新司法試験に合格できるように充実した教育を行うべきであるという願望がそこの中にございますので、七、八割の人をオーケーよということとはちょっと違うかなというふうに思います。 (引用終わり) |
もう1つのポイントは、この「7~8割」というのは、各年の受験者合格率ではなく、修了生が受験回数制限を使い切るまでに、最終的に7~8割が合格すればよいという意味だ、ということです。したがって、「修了生7割」が達成されても、各年の受験者合格率は70%より低い数字になる。このことは、制度創設時から、意識されていたことでした。
(司法制度改革審議会第57回(平成13年4月24日)議事録より引用。太字強調は筆者。) 北村敬子委員 75%といって、落ちた人が次の年に受けて、また3回まで受けられるということになると、最後の年は50を切るんですね。今すぐには計算が出てこないんですが、これは非常に厳しい試験だなというふうな感じもするんですね。だから、75というのはごまかしの数字で、これは初年度が非常に有利なのであって、だんだん厳しくなっていくという計算になっているなというふうな感じがするんです。 (中略) だから、75というのが一人歩きして、何か全部、毎年75%の人が合格していくなというような試験ではないんだということを、ちょっと認識しておいていただいた方がいいかなということです。 (引用終わり) |
それにもかかわらず、各年の受験者合格率が70%~80%になるという趣旨の誤った報道がされ続けた時期がありました。新司法試験実施前は、「毎年7割8割が合格できるから、誰にでもチャンスがある。」などと説明し、実施後は、「合格率が70%~80%になるはずなのに、そうならないのはおかしい。」という論調だったのです。当サイトでは、かなり以前から、それが誤りであることを指摘し続けてきました(「法科大学院定員削減の意味(2)」、「平成22年度新司法試験の結果について(2)」) 。政府の公表資料でも、この点についての混乱があった時期もありました。しかし、現在では、修了生が受験回数制限を使い切るまでの最終的な合格率を「累積合格率」という用語で定義し、「7~8割」とは、この累積合格率を指す、という形で、正しく説明されています。
(「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価」より引用。太字強調は筆者。) 「司法制度改革審議会意見書-21 世紀の日本を支える司法制度-」(平成 13 年6月。以下「審議会意見」という。)において、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきとされている。 (中略) 各年度の法科大学院修了者を母数として、法科大学院修了後5年間の受験機会を経た後の合格率(以下「累積合格率」という。)をみると、平成 17 年度修了者は 69.76%と目標の中で例示された合格率の下限にほぼ到達したが、18 年度修了者は 49.52%と目標の中で例示された合格率に達していない。 (引用終わり) |
4.そして、「1500人程度」という合格者数の数値目標は、この「修了生7割」と密接な関係にあります。なぜなら、現在の法科大学院の定員規模は、「合格者数1500人」と「累積合格率7割」から逆算して算出されたものだからです。
(「法曹人口の在り方に基づく法科大学院の定員規模について」より引用。太字強調は筆者。) 累積合格率7割の達成を前提に、1,500人の合格者輩出のために必要な定員を試算すると、以下のとおりとなる。 ○ 法科大学院では厳格な進級判定や修了認定が実施されており、これまでの累積修了率は85%であること。 上記2点を考慮した計算式:(1,500 - 163) ÷ 0.7 ÷ 0.85 + 103 ≒ 2,350 ○ さらに、法科大学院を修了しても司法試験を受験しない者がこれまでの累積で6%存在すること。 上記3点を考慮した計算式:(1,500 - 163)÷ 0.7 ÷ 0.85 ÷ 0.94 + 103 ≒ 2,493 (引用終わり) (衆院文部科学委員会令和元年5月8日議事録より引用。太字強調は筆者。) 柴山昌彦文部科学大臣 収容定員の上限でありますけれども、現状の定員規模である二千三百人程度を想定しておりますが、この人数は、法曹養成制度改革推進会議の決定において、司法試験合格者数において当面千五百人程度は輩出されるよう必要な取組を進めること、また、法科大学院修了のうち、累積合格率でおおむね七割程度が司法試験に合格できるように充実した教育が行われることを目指すこととされていることを踏まえ、これらの目標を達成するために必要な法科大学院の定員規模を逆算というか試算をして設定したものであります。 (引用終わり) |
本来は、法科大学院で充実した教育が行われる結果として、「修了生7割」が達成される、という話でした。しかし、それは現実には難しいので、人為的に合格者数と入学定員を固定することによって、機械的に「修了生7割」を実現しようとした。その結果、「1500人程度」という合格者数の数値目標は、2300人程度の入学定員を前提に、「修了生7割」を達成するためのものとして機能するようになったのです。
5.そこで、気になるのは、合格者数が1500人を割り込むと、「修了生7割」が達成できなくなるのではないか、ということです。これは、簡単な試算が可能です。累積合格率とは、失権する前に合格する者の割合ということになりますから、単純化すれば、5年連続で不合格になった者以外の者の割合ということになる。そこで、単年の合格率をPとし、全体から5回連続で不合格になる割合を差し引いた数字を考えると、以下の算式となります。
1-(1-P)5
ここに、今年の合格率である45.5%を代入して計算すると、累積合格率は、約95.1%となります。ただし、これは予備組も含めた数字です。法科大学院修了の資格で受験した者に限ると、どうなるか。今年は、2677人の法科大学院修了生が受験して、1008人が合格なので、受験者合格率は37.6%になります。これを上記に代入すると、約90.5%。今年のような合格率が5年続けば、法科大学院修了生に限ってみても、累積合格率は9割を超えてしまうのです。上記の試算は途中撤退者を考慮していないので、実際にはこれより低い数字になるでしょうが、それでも、7割を達成できないということはなさそうです。
合格者数が1500人を下回っているのに、どうしてそんなことになってしまうのか。前記の定員規模の試算は、入学定員数と実入学者数が等しい場合を想定しています。しかし、実際には、かなりの定員割れが生じています。以下は、法科大学院の入学定員数と実入学者数の推移です(「各法科大学院の平成30年度~令和4年度入学者選抜実施状況等」等を参照)。元号を省略した年度の表記は、平成の元号によります。
年度 | 入学定員 | 前年比 | 実入学者 | 前年比 |
20 | 5795 | --- | 5397 | --- |
21 | 5765 | -30 | 4844 | -553 |
22 | 4909 | -856 | 4122 | -722 |
23 | 4571 | -338 | 3620 | -502 |
24 | 4484 | -87 | 3150 | -470 |
25 | 4261 | -223 | 2698 | -452 |
26 | 3809 | -452 | 2272 | -426 |
27 | 3169 | -640 | 2201 | -71 |
28 | 2724 | -445 | 1857 | -344 |
29 | 2566 | -158 | 1704 | -153 |
30 | 2330 | -236 | 1621 | -83 |
令和元 | 2253 | -77 | 1862 | +241 |
令和2 | 2233 | -20 | 1711 | -151 |
令和3 | 2233 | 0 | 1724 | +13 |
令和4 | 2233 | 0 | 1968 | +244 |
直近では、大幅な定員割れが常態化していることがわかります。令和4年度に実入学者が244人も増加していますが、これは法曹コースの一期生203人が入学したことによるもので、実質の増加は41人にとどまります。
(法科大学院等特別委員会(第106回)議事録より引用。太字強調は筆者。)
森下専門職大学院室長 志願者数につきましては、ここ数年8,000人強で、横ばいから微増といった形で推移をしてまいりましたが、今期は昨年度より2,000人程度増加をいたしまして、10,633人となってございます。また……(略)……入学者につきましても、昨年度の1,724人から240人ほど増加しまして、1,968人となってございます。これに伴いまして……(略)……入学定員の総数に占める入学者数の割合、定員充足率も88.1%と向上しているところでございます。 (引用終わり) |
法曹コースからの入学者は、従来であれば翌年入学するはずだった者が前倒しで入学したというだけなので、急激な増加は一期生が入学するときにしか生じません。来年度以降も、このペースで増加するということはない。したがって、今後もしばらくは、定員割れが続くことになりそうです。2300人の定員が充足されることを想定して、1500人程度合格させるという試算をしていたわけですから、定員割れが常態化した状況の下で「1500人程度」を合格させ続ければ、合格率が高くなり過ぎてしまうことは、当然のことといえるでしょう。前回の記事(「令和4年司法試験の結果について(1)」)で説明したとおり、今年の合格者数は、昨年に引き続き、「1400人基準」で決定されたとみえます。仮に、このことと、「1500人程度」の数値目標との整合性を問われたとしても、担当者は、以下のように答えることができるわけです。
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以上の考察によれば、今後の合格者数は、実入学者数の推移に影響されることになります。今のところ、法曹コースによる一時的な影響を除けば、実入学者数は横ばいといってよい状況で、定員を充足するのは相当先になりそうです。そうすると、合格者数についても、当面は1400人強が維持される可能性が高いといえるでしょう。
6.なお、来年に関しては、在学中受験が可能となるという点が気になります(「在学中受験資格に関するQ&A」)。これは、単純計算すると、一時的にロー修了資格の1回目受験者が倍増することを意味します。実際には、全員が在学中受験をするわけではないでしょうが、今年の受験者のうち、令和3年度修了生が1216人だったことを踏まえると、1000人くらい受験者が増えても不思議ではない感じです。受験者数が1000人も増えれば、それを考慮して合格者数を増やしてくれるのではないか、という期待をしたくなるところでしょう。これまでの話を踏まえると、受験者数が増加することで、「修了生7割」の達成に支障が生じるようであれば、合格者数を増やして合格率を調整するだろう、という予測をすることができます。少し、今年の数字を使って試算をしてみましょう。仮に、今年のロー生の受験者数が1000人多い3677人だったとして、ロー生の合格者数が変わらない1008人だったとしましょう。すると、ロー生の受験者合格率は27.4%にまで下がります。受験者が増えても合格者は全然増えないという想定ですから、これは合格率を低めに見積もった試算です。しかし、これを元に累積合格率を単純計算すると、79.8%。累積合格率は8割近い数字で、「修了生7割」を達成できてしまいます。当局も、来年の受験者増が一時的な現象で、前記のとおり法科大学院の定員割れ状況に変わりがないことは把握しているわけですから、慌てて合格者数を増やす必要もないと考えるのが自然でしょう。そんなわけで、在学中受験による受験者の増加によって、合格者数が増えるという期待は、あまり持たない方がよさそうです。逆にいえば、来年は、数字の上では例年より結構厳しい試験になりそうだ、という心構えをしておくべきなのでしょう。