論文式試験の人権選択は、問題文の字面から形式的に判断できることが多い。これは、本試験特有の傾向です。今年の憲法でも、生存権で書くか、平等原則で書くかは、問題文の字面から判断できます。
まず、年齢要件そのものの合憲性については、生存権と平等原則の両方で書くことが問われていることが明らかです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) X:そうした考え方も分からないではありません。しかし、家計を支えていた配偶者を亡くした夫や妻に子がいる場合、子育ての負担があるので、年齢が比較的若くても十分な収入のある職を得ることはなかなか難しいでしょう。いわゆるシングル・ファザー、シングル・マザーは、年齢を理由に遺族年金が支給されないと、健康で文化的な生活を営めなくなるのではないでしょうか。 (中略) X:生活保護は、利用し得る全ての資産を活用した上でないと受けられないし、生活保護受給者は、資産を有していないか常にチェックされます。ですから、いよいよとなったら生活保護を受けることができるのだから、生活保護以外の社会保障制度の憲法適合性をしっかり検討しなくてもよい、という考え方には賛成できません。それに、この年齢制限は、一定の年齢に達していない配偶者について、年齢を理由にして異なる取扱いをするものと言えます。 甲:年齢による区別について合理性を厳密に検討すべきかが、ポイントになるでしょうね。 (引用終わり)
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「健康で文化的な生活を営めなくなる」と言っているのだから、生存権を書くのは明らかです。「それに」とは、「それに加えて」という意味でしょうから、それまでの生存権の議論とは別個に、「年齢を理由にして異なる取扱い」を問題としている。だから、平等原則も書くべきことがわかる。ただ、この点については、「区別について合理性を厳密に検討すべきかが、ポイントになる」とされているので、審査基準の厳格さについてメインで触れればよく、当てはめについては、生存権で検討した内容とほぼ重なる部分は、これを引用するような書き方でよいのだろう。こうして、当サイト作成の参考答案(その1)(「令和5年司法試験論文式公法系第1問参考答案」)のような書き方になるわけです。参考答案(その2)は、生存権・平等原則に固有の視点からそれぞれ当てはめをしており、その方が緻密である反面、文字数を要する結果となっています。筆力に自信がない人は、真似をしてはいけません。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。) (1)年齢要件そのもの ア.25条適合性 著しく合理性を欠き、明らかに立法裁量の逸脱濫用とみざるをえないかで判断する(堀木訴訟判例参照)。 イ.14条1項適合性
立法目的に合理的根拠があるか、具体的な区別と合理的関連性があるかで判断する(国籍法事件、非嫡出子相続分差別事件各判例参照)。自らの意思や努力によっては変えることのできない事柄で区別される場合であって、重要な法的地位に関わるときは、実質的相当性も審査する(国籍法事件、非嫡出子相続分差別事件各判例、再婚禁止期間事件における千葉勝美補足意見参照)。尊属殺事件判例も実質的均衡を考慮している。 (引用終わり)
(参考答案(その2)より引用) (1)年齢要件そのもの ア.25条適合性
(ア)同条の趣旨は、福祉国家の理念に基づく国の責務を宣言する点にある。同条は国の責務を定める客観法であり、個々の国民の主観的権利を保障するものではない。したがって、同条違反による違憲の原因は、個々の国民の主観的権利を侵害した点ではなく、同条の定める客観義務に違反した点にある。 (イ)年齢要件の目的は、遺族、特に女性の就労促進にある。この目的自体が不合理とはいえない。 (ウ)よって、25条に反する。 イ.14条1項適合性
(ア)14条1項の「平等」は相対的平等を意味し、合理的根拠に基づく区別は同項に違反しない(高齢公務員待命処分事件判例参照)。一般に、立法裁量事項に関する区別の同項適合性は、立法目的に合理的根拠があるか、具体的な区別と合理的関連性があるかで判断する(国籍法事件、非嫡出子相続分差別事件各判例参照)。なぜなら、立法裁量の枠内における不平等状態の合理性の審査であって、精神的自由の制限のように得られる利益と失われる利益の考量を必要とする場面(猿払事件判例参照)ではないからである(再婚禁止期間事件における千葉勝美補足意見参照)。もっとも、自らの意思や努力によっては変えることのできない事柄(客観条件)で区別される場合であって、重要な法的地位に関わるときは、本人にとって偶然の事情によって重大な不利益を負わせることとなるから、実質的相当性も審査する(国籍法事件、非嫡出子相続分差別事件各判例、再婚禁止期間事件における千葉勝美補足意見参照)。尊属殺事件判例も実質的均衡を考慮している。 (イ)年齢は、自らの意思や努力によって変えることができない。遺族年金を受給できるかは生計維持を左右するから、重要な法的地位に関わる。 (引用終わり)
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年齢要件の男女格差については、「生存権で書くか、平等原則で書くかは、問題文の字面で判断するんだ。」という目で見ることができれば、専ら「区別」が問題とされていることに気が付くでしょう。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) X:それから、男性と女性とで受給資格が認められる年齢について区別をしていることも問題となります。夫は妻の場合よりも15歳も年齢が高くなくては遺族年金を受給できないというのは、男性は十分な収入を得ることができる職に就いて働くものだが、女性はそうでない、という男女の役割についてのステレオ・タイプの発想に基づいている疑いがあります。 甲:Bさんによると、夫と妻で遺族年金の受給資格が認められる年齢が異なるのは、男女の就労状況、収入の実情に大きな格差があるからとのことです。 X:Bさんから頂いた資料によると、昨年の給与所得者の年収では、男性の平均が約600万円、女性の平均が約300万円と2倍の格差があり、40歳代、50歳代でも1.5倍強の格差があります。これは、女性の場合、非正規雇用の職員・従業員が多いからです。例えば、正規雇用の職員・従業員数は、45歳から54歳で男性約680万人に対して、女性約340万人です。女性がとりわけ40歳以上で新たに正規雇用の職を得ることが困難であることも、統計上示されています。確かにこうした男女の就労状況、収入の実情があるのですが、男女共同参画の動きが進む中で、状況は変わってきています。現状を踏まえて受給資格において男女で年齢差を設けると、女性の就労促進にもつながらず、現状を固定化することになるのではないかと危惧されます。 (引用終わり)
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なので、ここは平等原則だけを書けば足りる。
旧遺族年金受給者の受給資格喪失については、「生存権」、「憲法第25条」という表現はあっても、「区別」、「異なる取扱い」のような表現はありません。「公平性」という言葉は出てきますが、これが平等原則違反を検討すべき趣旨のものでないことは明らかです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 甲:では、新遺族年金の受給資格要件が現行制度の下で遺族年金を受給してきた人にも適用され、新遺族年金の受給資格要件を満たしていないと、受給資格を喪失するとしている点はどうでしょう。Bさんによれば、この仕組みは、新旧遺族年金制度の下での公平性を担保するためだとのことですが。 X:現在受給している遺族年金が受給できなくなるというのは、場合によっては月十数万円の収入がなくなるわけですから、受給者の生活への影響が大きいですね。もっとも、子がいる妻が遺族年金の受給資格を欠くことになっても、子が遺族年金を受給できるので、母と子一人の家庭では月2万円程度の減収にとどまりますが、子の養育にはいろいろとお金が掛かるので、生活への悪影響は軽視できません。遺族年金の受給者の受給資格を喪失させることは受給者の生存権を侵害するものではないでしょうか。 甲:生存権を具体化する法律について広い立法裁量が認められるのであれば、新旧制度の下での公平性の担保という理由で受給資格要件を旧遺族年金受給者に適用する法律を定めることも憲法第25条に違反しない、ということになるでしょう。そこで、憲法第25条違反だとするのには、この場合には立法裁量が狭いのだという理屈が必要ですね。 X:既に生じている遺族年金受給権を消滅させてしまうのですから、それには、新制度の下では受給できないのに、旧制度の下では同じ事情でも受給できている人がいるという不公平感をなくす、ということ以上の理由が必要ではないでしょうか。 甲:さすがに新制度案でも、現行制度の下で遺族年金を受給している人の期待的利益を考慮して、新制度案の受給資格要件の適用の結果、遺族年金の受給資格を喪失する場合、経過措置として5年間、従前の遺族年金の受給を認めるとしていますね。 X:それは当然だと思いますが、それでも5年間で自活できるようになるのか疑問です。それに、5年間ずっと同額の年金を受給できるわけではなく、3年目からは支給額が半減されることになっているのは問題です。 (引用終わり)
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なので、ここは生存権だけを書けばよいわけですね。
現場でこうしたことを読み取れなかった人は、過去問の検討が不足していた可能性があります。予備校答練や学者の演習書等では、必ずしも過去問の傾向どおりの問題文ではなかったりするので、過去問を軽視して予備校答練や学者の演習書等ばかり解いていると、本試験特有の問題文のヒントを見逃してしまいやすくなるのです。