近時の傾向との関係
(令和5年司法試験公法系第1問)

1.以前の記事(「「令和4年予備試験論文式憲法参考答案」、「効果的で過度でない」の今後」)でも説明したとおり、近時の憲法は、「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準(「効果的で過度でない」基準を含む。)」という予備校答案を抹殺してやろう、という意図を感じさせる出題傾向となっています。

2.今年の司法試験では、生存権具体化立法の合憲性が問われました。生存権具体化立法の25条適合性の問題は、判例によれば、権利制約の問題ではなく、制度形成の問題です。同じく立法裁量を問題にしている小売市場事件判例及び森林法事件判例が明示的に権利制約を認めるのに対し、堀木訴訟判例に権利制約を認める判示がないのは、そのためです(なお、このことは判例がプログラム規定説であることを意味しません。高橋和之「生存権の法的性格論を読み直す-客観法と主観的権利を区別する視点から-」明治大学法科大学院論集12巻(2013)も参照。「司法試験定義趣旨論証集(憲法)」もこの立場です。)。

(小売市場事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 本法3条1項は、政令で指定する市の区域内の建物については、都道府県知事の許可を受けた者でなければ、小売市場(一の建物であつて、10以上の小売商―その全部又は一部が政令で定める物品を販売する場合に限る。―の店舗の用に供されるものをいう。)とするため、その建物の全部又は一部をその店舗の用に供する小売商に貸し付け、又は譲り渡してはならないと定め、これを受けて、同法施行令1条および別表1は、「政令で指定する市」を定め、同法施行令2条および別表2は、「政令で定める物品」として、野菜、生鮮魚介類を指定している。そして、本法5条は、右許可申請のあつた場合の許可基準として、1号ないし5号の不許可事由を列記し、本法22条1号は、本法3条1項の規定に違反した者につき罰則を設けている。このように、本法所定の市の区域内で、本法所定の形態の小売市場を開設経営しようとする者は、本法所定の許可を受けることを要するものとし、かつ、本法5条各号に掲げる事由がある場合には、右許可をしない建前になつているから、これらの規定が小売市場の開設経営をしょうとする者の自由を規制し、その営業の自由を制限するものであることは、所論のとおりである

(引用終わり)

 

(森林法事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 当該共有物がその性質上分割することのできないものでない限り、分割請求権を共有者に否定することは、憲法上、財産権の制限に該当し、かかる制限を設ける立法は、憲法29条2項にいう公共の福祉に適合することを要するものと解すべきところ、共有森林はその性質上分割することのできないものに該当しないから、共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に分割請求権を否定している森林法186条は、公共の福祉に適合するものといえないときは、違憲の規定として、その効力を有しないものというべきである。

(引用終わり)

 

(堀木訴訟判例より引用。太字強調は筆者。)

 憲法25条1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定しているが、この規定が、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものであること、また、同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定しているが、この規定が、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであること、そして、同条1項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条2項によつて国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきことは、すでに当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和23年(れ)第205号同年9月29日大法廷判決・刑集2巻10号1235頁(※注:食管法事件判例を指す。))。
 このように、憲法25条の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。しかも、右規定にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であつて、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがつて、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。

(引用終わり)

 かつての通説である抽象的権利説も、これを純粋に貫くならば、立法で具体化された限度でしか裁判規範性がないので、具体化立法が不十分であることは、制度後退禁止論等を噛ませない限り、当然には権利制限の問題にはなりません。したがって、安易に「~であり、生存権が制約されている。」、「生存権は~重要である。」「もっとも、制約の態様は~。」などと書いてしまえば、「待ってました\(^o^)/」とばかりに減点されるでしょう。

3.今年は、平等原則も出題されました。平等原則も、「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準」という書き方では書けない。敢えて狙ってきているな、という印象を受けます。

4.以上のとおり、今年の司法試験公法系第1問は、「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準」という予備校答案を抹殺してやろう、という近時の傾向に合致するものといえるでしょう。
 なお、今年は、例年とは異なり、踏まえるべき対象として、判例だけでなく、学説が付加されました。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

甲:いや、生活保護基準の改定に関する諸判決を見ると、裁判所も変わりつつあるようにも思えます。それに訴訟で争われても大丈夫だと自信を持って言えるような制度を作ることによって、制度に対して高い信頼を得ることができます。そこで、判例だけでなく学説も踏まえて、新制度案に憲法上の問題がないのか検討していきましょう。どういった点が問題となりますか。

 (中略)

〔設問1〕

 あなたがXであるとして、甲とXの会話で触れられた論点をめぐり、新制度案の憲法適合性について、判例や学説を踏まえてどのような意見をまとめるべきか論じなさい。

(引用終わり) 

 

 これは、判例の立場だけからだと簡単に合憲になってしまいがちなので、そうではなく、制度後退の点や、客観条件ないし14条1項後段列挙事由との関係にも触れて欲しいという趣旨でしょう。普通の受験生が判例を使いこなして制度後退や客観条件による区別を論じるのは難しいので、抽象的権利説ベースの制度後退禁止論や、14条1項後段列挙事由を重視する学説でも可とする。その意味では、判例重視の姿勢は変わっていないというべきでしょう。 

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