最決平19・12・18を知らなくても頑張る方法
(令和5年司法試験公法系第2問)

1.今年の行政法設問2(1)では、参考判例として、最決平19・12・18が挙げられていました。当サイトで実施したアンケートによると、閲覧のみを除けば、概ね半数程度が、「ほとんど知らなかった」と回答しています。知っている人も、信用低下・信頼毀損を考慮したことを知っていたという程度。考査委員の感覚からすれば、「こんなもん百選判例なんだから知っていて当たり前じゃろ。」というところなのでしょうが、現実はそんなに甘くはありません。こんな状況なので、合否は、「最決平19・12・18を知っていたか。」ではなく、「最決平19・12・18を知らなくても頑張れたか。」というところで決まっていくことでしょう。このようなことは、論文式試験ではよくあることです。

2.当サイトがいつも強調しているように、基本論点については、「規範の明示」に物凄い配点があります。ただ、執行停止の重損要件の規範は、誰もが知っておくべき基本という感じではありません。上記最決平19・12・18も、一般的な判断基準を示していませんから、これを知らなくても、「規範の明示」の部分で差が付くことはない。ここは、意外と下級審でも確立した規範がなかったりします。「司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】」では、近時の裁判例(「表現の不自由展かんさい」事件、大阪地決令3・7・9)が示した規範を論証として採用していますが、試験当日にこれを知っていた人はほとんどいなかったのではないかと思います。

(大阪地決令3・7・9より引用。太字強調は筆者。)

 行政事件訴訟法25条1項から3項までの文言、趣旨等に鑑みると、同条2項本文にいう「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」といえるか否かについては、処分の効力、処分の執行又は手続の続行(以下「処分の執行等」という。)により維持される行政目的の達成の必要性を踏まえた処分の内容及び性質と、これによって申立人が被ることとなる損害の性質及び程度とを、損害の回復の困難の程度を考慮した上で比較衡量し、処分の執行等による行政目的の達成を一時的に犠牲にしてもなおこれを停止して申立人を救済しなければならない緊急の必要性があるか否かの観点から判断すべきものと解される。

(引用終わり) 

 なので、規範の明示の有無で極端に差が付くことはないでしょう。事前に規範を準備していなかった場合、「規範の明示」の体裁を整えるために、「適当に規範を作る。」というテクニックがあります。そのような場合のコツは、同義反復のような無意味だけど間違いじゃない感じのものを作る。本問でいえば、「執行停止を認めるに足りる程度の損害」のような感じです。また、「よくわからんけど確か利益考量だったよね。」という程度の理解があるなら、「執行による公益と申立人の不利益を考量して判断する。」とかでもよいでしょう。ただ、ここに関しては、行訴法25条3項が考慮要素を挙げてくれているので、それを答案に書いておけば、何となく体裁が整います。なので、その程度でもまあ大丈夫でしょう。当サイト作成の参考答案(その1)は、そのような判断に基づいています。

(参考答案(その1)より引用)

(1)「重大な損害」(行訴法25条2項)の判断に当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮し、損害の性質・程度、処分の内容・性質をも勘案する(同条3項)。

(引用終わり)

3.問題は当てはめです。問題文から関係ありそうな事実をできる限り拾って、肯定・否定に整理して書くのが基本です。会議録に露骨に書いてあるものは、誰もが書くので絶対に拾う。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

弁護士F:はい。本件解散命令によりAは経営している社会福祉事業を継続することができなくなるという不利益を被ることになります。特に、Aは複数の社会福祉事業を経営している法人ですから、それらの事業を継続できなくなると、Aだけではなく、多数のAの福祉サービス利用者やAの従業員にも不利益が生ずることになります。もっとも、B県としては、本件改善勧告、本件改善命令を経ても、Aから依然として具体的な改善策が示されていない現状では、Aの経営基盤は不安定であると言わざるを得ず、これを放置すれば、Aの福祉サービス利用者の待遇が悪化し、B県におけるAの多数の利用者にも福祉サービス利用上の被害が及ぶことを問題視しているようなのです。

(引用終わり) 

 

(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

(2)本件解散命令により、Aは経営している社会福祉事業を継続することができなくなるという不利益を被る特に、Aは特別養護老人ホーム、老人デイサービスセンター等の複数の社会福祉事業を経営し、B県における社会福祉事業の中核を担ってきたため、多数のAの福祉サービス利用者やAの従業員にも不利益が生ずる

(3)本件改善勧告、本件改善命令を経ても、Aから依然として具体的な改善策が示されていない現状ではAの経営基盤は不安定であり、これを放置すれば、Aの福祉サービス利用者の待遇が悪化し、B県におけるAの多数の利用者にも福祉サービス利用上の被害が及ぶとのB県の反論が想定される。

(引用終わり)

 さらに、会議録以外の部分にも最初から素早く目を通し、関係ありそうなやつを引っ張ってくる。そうすると、問題文冒頭に関係ありそうなやつがあることに気付くはずです。それも拾って答案に書く。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Aは、B県において、特別養護老人ホーム及び老人デイサービスセンター等の複数の社会福祉事業を経営し、B県における社会福祉事業の中核を担ってきた社会福祉法人であり、Cがその理事長を務めている。

(引用終わり) 

 

(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

(2)本件解散命令により、Aは経営している社会福祉事業を継続することができなくなるという不利益を被る。特に、Aは特別養護老人ホーム、老人デイサービスセンター等の複数の社会福祉事業を経営し、B県における社会福祉事業の中核を担ってきたため、多数のAの福祉サービス利用者やAの従業員にも不利益が生ずる。

(3)本件改善勧告、本件改善命令を経ても、Aから依然として具体的な改善策が示されていない現状ではAの経営基盤は不安定であり、これを放置すれば、Aの福祉サービス利用者の待遇が悪化し、B県におけるAの多数の利用者にも福祉サービス利用上の被害が及ぶとのB県の反論が想定される。

(引用終わり)

 こんなのは知識ゼロでもできることです。現場で頑張りさえすれば書ける。それなのに、これらの事実すら答案に書いていない人が相当数いるのが現実です。演習慣れしていないので、こうした作業を現場で粛々と行うことができないのですね。

4.さて、問題は、例の参考判例との関係です。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

弁護士E:分かりました。そういえば、「重大な損害」については、弁護士に対する業務停止3か月の懲戒処分について執行停止を認めた最高裁決定(最高裁判所平成19年12月18日第三小法廷決定・裁判集民事226号603頁)がありましたね。この決定と今回のAの案件とでは、損害の回復の困難の程度、損害の性質や程度等は異なるかもしれませんが、この決定も参考にしながら、「重大な損害」の有無について検討してください。

(引用終わり) 

 「この決定と今回のAの案件とでは、損害の回復の困難の程度、損害の性質や程度等は異なるかもしれませんが、この決定も参考にしながら」と書いてあるわけだから、この判例との比較をしながら解答しなければダメだろう。でも、この判例全然知らねー。こんなときに、どうするか。少なくとも、「弁護士」、「業務停止3か月」、「執行停止を認めた」という3点については、問題文に書いてあるから、そこは知らなくてもわかる。それなら、そこに食らいつくしかない。そして、知識ゼロでも、以下のようなことはわかるでしょう。

 「弁護士」と「社会福祉法人」→公益性・公共性で共通してるんじゃね?
 「業務停止3か月」と「解散命令」→解散命令の方が重いんじゃね?

 これらの事情は、「重大な損害」を肯定する方向の要素として間違ってなさそうです。さらに、B県は、「Aの福祉サービス利用者の待遇が悪化し、B県におけるAの多数の利用者にも福祉サービス利用上の被害が及ぶ」と言っていたわけですが、「それって弁護士も同じじゃね?」って言えそうです。だったら、それも書く。こうして、当サイト作成の参考答案(その1)くらいのレベルのものは、参考判例を全然知らなくても書けてしまうのでした。

(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

(3)本件改善勧告、本件改善命令を経ても、Aから依然として具体的な改善策が示されていない現状ではAの経営基盤は不安定であり、これを放置すれば、Aの福祉サービス利用者の待遇が悪化し、B県におけるAの多数の利用者にも福祉サービス利用上の被害が及ぶとのB県の反論が想定される。
 しかし、弁護士に対する業務停止3か月の懲戒処分について執行停止を認めた最決平19・12・18がある。同判例の事案とは損害の回復の程度、損害の性質・程度は異なるが、社会福祉事業と弁護士業務は公益性・公共性で共通する弁護士業務も放置すれば利用者に被害がおよぶおそれがあるが、上記決定は執行停止を認めた。上記決定はわずか3か月でも執行停止を認めたのだから、より重大な解散命令ならますます執行停止が認められる

(引用終わり)

 欲をいえば、行訴法25条3項や会議録で「損害の回復の困難の程度」とあるのだから、「一度失われた信用・信頼は回復困難」くらいは知識がなくても思い付いて書きたいところですが、そこまで書いてしまうと、「信用低下・信頼毀損を考慮した」という程度に参考判例を知ってる人とほぼ同等になってしまいます。なので、参考答案(その1)では、そこまでには達しない内容にとどめました。
 実際に現場で受験していない人は、「こんな低レベルな答案で受かるわけねーだろ。」と思うかもしれません。そう思ったなら、結果が出た後に、不合格者の再現答案を見てみるとよい。このレベルすら全然書けていない答案が結構あることに気が付くでしょう。演習慣れをしていないと、上記のような頑張りが効かないので、「あー判例知らねーわ。判例無視するしかないわ。終わったわ。」という感じになってしまうからです。当サイトが答案を書くことを推奨する理由は、ここにあります。論証集をグルグルしても、現場で頑張る力は身につきません。
 もちろん、当サイトとしても、「このくらい書ければ十分です。余裕で合格ですよ。」などと言うつもりはありません。正直、設問2(1)については、参考答案(その1)のレベルは結構際どいと思います。とはいえ、このレベルにすら達していないようでは厳しいということは確かなので、「知識がなくても最低限このくらいは書きましょうね。」という例として、参考にしてもらえればと思います。
 なお、この問題を真面目に検討するとどうなるか。それは、当サイト作成の参考答案(その2)を参照してみてください。

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