「予見すべき」の意味
(令和5年司法試験民事系第1問)

1.今年の民法設問2(2)の釣堀営業の利益については、EがFに告げたことをもって、「予見すべき」といえるかが問われています。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

6.令和4年10月16日、Eは、Fに対し、同月30日までに本件コイを受け取りに来なければ同月31日付けで契約①を解除する旨を告げた。その際、Eは、乙池は同年11月上旬に釣堀営業のために使用する予定があり、同年10月末までにいったん空にしなければならないことも説明した

(引用終わり) 

 

 結論からいえば、上記のEの説明をもって、簡単に「予見すべき」と決めつける答案は、評価を下げるでしょう。

2.いわゆる債権法改正(平成29年法律第44号) によって、416条2項の文言が、「予見し、予見することができた」から、「予見すべきであった」に変更されました。それで、何が変わったのか。予備校テキストや学生向けの概説書等では、「前とあんまし変わってないよ。」という感じの雑な説明しかされていないことが多く、改正前の版の記載(従来の相当因果関係説に依拠した説明など)をそのまま残し、単に「予見し、予見することができた」の記載を、「予見すべきであった」の記載に置き換えただけのものが多いと感じます(「一括置換をかければ余裕ッス」などと豪語する担当者の姿が目に浮かぶようです。)。おそらく、改正対応版を早く出版したかったということがあって、改正前の版の記述をそのまま残せるような説明にしたのでしょう。その結果、受験生が改正の趣旨を正しく知ることが難しい状況が生じています。本問は、その部分を突いた意地悪な問題です。本問のような事例は、まさに改正の際に立案担当者が意識していた問題状況でした。 

「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(3)」(民法(債権関係)部会資料 68A)より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 民法第416条(※注:債権法改正前のものを指す。)は、第1項において、債務不履行による損害賠償はその債務不履行によって通常生ずべき損害の賠償をさせることを目的とする旨を定め、第2項において、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し又は予見することができたときは、その損害の賠償を請求することができる旨を定めている。同条の解釈については、大きく分けて、以下の二つの立場がある
 第一に、民法第416条は、債務不履行によって生じた損害のうち、第1項において、通常の事情によって通常生ずべき損害の賠償について定め、第2項において、特別の事情によって通常生ずべき損害(その特別の事情を当事者が予見し又は予見することができた場合に限る。)の賠償について定めたものであるとする立場である。第二に、同条は、債務不履行によって生じた損害のうち、第1項において、その債務不履行によって通常生ずべき損害の賠償について定め、第2項において、その債務不履行によって特別に生じた損害(その特別に生じた損害を当事者が予見すべきであった場合に限る。)の賠償について定めたものであるとする立場である。
 両者の主な相違点は、民法第416条第2項に関して、①予見の対象を「特別の事情」とし、債務不履行によって生じた損害のうち、当事者が予見し又は予見することができた特別の事情によって通常生ずべき損害を賠償の範囲に含むとするか(第一の考え方)、②予見の対象を「特別の損害」とし、債務不履行によって生じた損害のうち、当事者が予見すべきであった特別の損害を賠償の範囲に含むとするか(第二の考え方)という点にある。
 例えば、Aが大手不動産業者Bに対して甲建物を1億円(適正な時価)で売却する旨の契約を締結した後BがCに対して甲建物を1億2000万円で転売する旨の契約を締結したが、その転売契約には債務不履行解除の場合の違約金としてBがCに対して1000万円を支払う旨の約定があったとする。その後、AがBに対して甲建物を引き渡す前に、Aの失火により甲建物が滅失したため、BはCから債務不履行解除の意思表示を受けるとともに違約金1000万円の支払を求められた。そこで、BはAに対して債務不履行解除の意思表示をするとともに債務不履行による損害賠償の請求をした。以上の事案において、Aの債務不履行によってBに生じた損害のうち、Bが転売利益2000万円を逸したことについては、第一の考え方を採るか第二の考え方を採るかにかかわらず、民法第416条第1項のいわゆる通常損害として損害賠償の範囲に含まれることになると考えられる。
 他方、Aの債務不履行によってBに生じた損害のうち、違約金1000万円の支払を余儀なくされたことについては、いわゆる通常損害には該当しない場合が多いと考えられる。そこで、民法第416条第2項に関する第一の考え方によれば、BとCとの間の転売契約に違約金1000万円の約定があったこと(特別の事情)をAが予見し又は予見することができたときは、違約金1000万円の約定の存在という特別の事情によって通常生ずべき損害である違約金1000万円の支払を余儀なくされたこと(特別の事情によって通常生ずべき損害)は、賠償の範囲に含まれることになる。また、第二の考え方によれば、BとCとの間の転売契約に違約金1000万円の約定があったことによりBがその違約金1000万円の支払を余儀なくされたこと(特別の損害)をAが予見すべきであったときは、その損害は賠償の範囲に含まれることになる。
 以上のように、第一の考え方は、予見の対象を「特別の事情」とした上で、債務不履行によって生じた損害のうち、「当事者が予見し又は予見することができた特別の事情によって通常生ずべき損害」を賠償の範囲に含むとすることによって、損害賠償の範囲を適切に画そうとし、第二の考え方は、予見の対象を「特別の損害」とした上で、債務不履行によって生じた損害のうち、「当事者が予見すべきであった損害」を賠償の範囲に含むとすることによって、損害賠償の範囲を適切に画そうとする。いずれの考え方を採っても、損害賠償の範囲の結論において差はないと説明されることもある
 もっとも、仮に上記事案においてBとCとの間の転売契約に債務不履行解除の場合の違約金5億円の約定があり、Aが当該約定の存在をBから告げられて認識していた場合については、第一の考え方によれば、BとCとの間の転売契約に違約金5億円の約定があったこと(特別の事情)をAが予見し又は予見することができた(当該約定の存在をAはBから告げられて認識していた)のであるから、違約金5億円の約定の存在という特別の事情によって違約金5億円の支払を余儀なくされたことは、特別の事情によって通常生ずべき損害に当たるとして、損害賠償の範囲に含まれるとされる可能性が少なくとも形式論理としてはあり得る。これに対し、第二の考え方によれば、BとCとの間の転売契約に違約金5億円の約定があったことをAがBから告げられて認識していたとしても、Bがその違約金5億円の支払を余儀なくされたこと(特別の損害)は、Aが予見すべきであった損害であるとは言い難いことから、損害賠償の範囲には含まれないとすることが可能である。
 このように、第二の考え方は、損害賠償の範囲を「債務不履行によって生じた損害のうち、当事者が予見すべきであった損害」と捉えることによって、第一の考え方よりも、損害賠償の範囲を適切かつ柔軟に画することが可能であると考えられる。したがって、第二の考え方を採るのが相当であると考えられる。

(引用終わり)

 上記の説明だけだと、「何で予見すべきでないって言えるの?」という疑問が湧くでしょうが、これに対しては、「債務者が契約で負担したリスクでないから」というのが、答えになります。ただ、「予見すべき」の文言から、そんなの普通わからんだろ、というのは、改正に向けた議論の中でも指摘があったところでした。 

法制審議会民法(債権関係)部会第78回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

山本敬三(京都大学教授)幹事 この説明の中で,違約金の約定について,1,000万円の場合と5億円の場合とで何か違うかもしれないというようなことが書かれています。特に先ほどの第2の考え方をとるべき理由として,5億円である場合については……(略)……違約金の約定を認識していても,Bがその違約金5億円の支払いを余儀なくされたこと,つまり特別の損害はAが予見すべきであった損害であるとは言い難いことから賠償範囲に含まれないという書き方がされています。結論はともかくとして,違約金の約定を予見していれば,履行しなければ違約金は払わざるを得なくなるわけであって,その意味では,そのような損害が生ずることは予見可能だと言えるだろうと思います。しかし,ここで仮に5億円の支払いを余儀なくされた,ないしは5億円の支払債務を負ったことが賠償すべき損害に当たらないとしますと,その理由はこのような構成にあるのではなくて,債権者にそのような違約金を負担させないというリスクまで契約で本当に引き受けたと言えるのかどうか,言えないのではないかということが基準になっているから,このような結論が導かれているのだろうと思います。そうすると,考え方としては,単純にある損害やある事情を事実として予見できたかどうかが基準ではなくて,やはりそこまでのリスクを債務者が負ったと言えるかどうかが決め手になるということが明確になっていないといけないのではないかと思います。それを規定の上で明確に示せればもちろんよいわけですけれども,少なくともここで書かれている説明は,それとは違うような書き方になっていますので,疑義を呼ぶ可能性は大きいのではないかと思いました。

金洪周(法務省民事局付)関係官 予見可能かどうかというのと,予見すべきかどうかというのとでは異なるという前提で,予見すべきかどうかというのは,そこに規範的な判断が入りますので,その観点から,損害を予見すべきかどうかという規範的な判断をするための要件を立てたというのが,今回の提案の趣旨ではあります。山本敬三幹事が最後のほうにおっしゃった点はごもっともである部分が多いのですが,しかしそれを条文上どのように表現するのかというところが問題で……(略)……果たしてそれが適切な表現になっているのかどうかという点などをいろいろと考慮した結果,今の提案になっております

(引用終わり)

 

法制審議会民法(債権関係)部会第90回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

中田裕康(東京大学教授)委員 やはりこの提案は分かりにくくなっているのではないかということを申し上げたいと思います。
 部会資料の「68A」では,予見すべき時期を「その不履行の時点において」としていたのを今回削除しています。他方で,現行法の「予見し,又は予見することができた」を「予見すべきであった」に変えていますこの結果,現在の416条の規範内容がより明確になったかというとそうではなくて,むしろより不明確になったのではないかと思います。
 二つあるのですけれども。一つは前回も申し上げたのですが,ここでは予見すべきという言葉を現に予見していても予見すべきだとは当然には言えないという意味で制限的な機能をもつものとして使っていると思うのです。他方で,例えば不法行為の過失判断の場合には,現に予見していないし,予見可能性があったと言えないかもしれないけれども,調査するなどして予見すべき義務があったというように拡張的な使い方もあるものですから,そこが分かりにくくなっているということがあると思います。
 それから二番目に,時期が明示されなくなったために,それが契約締結時なのか不履行時なのかという議論が再燃することになるのではないかと思います。
 一番小さな手直しとしては,「債務者が不履行の時において予見すべき」とすることは考えられます。つまり,契約締結時のリスク分配を基本としながら,契約締結後の認識についての規範的評価を加えたものを不履行時に判断すると,こういう方法もあるかと思いますが。ただ……(略)……それをうまく規律できるのかということはそれほど楽観できないかなと思っております。

 (中略)

金洪周(法務省民事局付)関係官 契約に照らして,契約及び取引通念に照らしてという文言を入れることにつきましては,前回の事務局案でそのようにしていたのですが,前回の会議では,予見の基準時を債務不履行時としておきながら契約に照らして判断するという文言を入れることにそもそも無理があるのではないかという御指摘を頂いたところです。今回はその御指摘など前回の会議の状況を踏まえて,債務不履行時という基準時を定めることも,契約に照らしてという文言を入れることもコンセンサスを得ることが困難であるということで,提案から落とされることになったというのが現状です。 潮見幹事からはそういうことであれば現行法維持ではないかという趣旨の御意見も頂きましたけれども,少なくとも現行法の予見し又は予見することができたという文言については,この文言だと予見していたかどうかという純粋な事実の問題を要件としているように読めて,実務では予見すべきであったかどうかという規範的な判断を問題とする要件として運用されていることが読み取れないという指摘がずっとされてきたところで,前回の部会でも道垣内幹事からせめてそこだけでも改正すべきだという御指摘があったところです。 そのような観点から,当事者という文言は現行法のままにするとしても,予見し又は予見することができたという文言については,何らかの修正をするということで御了承いただけないかと考えております。

(引用終わり) 

 

 こういうのは、事前に論証として覚えておかないと、現場思考では厳しい。逆に覚えていれば、それを書いて事実を摘示するだけでも、それなりの答案になってしまいます。当サイトの参考答案(その1)は、「司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論」の規範と問題文の事実を羅列しただけですが、この部分に関しては、上位になってもおかしくない内容です。

(参考答案(その1)より引用)

 「予見すべき」(同条2項)かは、契約におけるリスク分配からみて、不履行時に債務者が賠償を覚悟すべきかで判断する。

 (中略)

 確かに、同年10月16日、Eは、Fに、乙池は同年11月上旬に釣堀営業のために使用する予定があり、同年10月末までにいったん空にしなければならないことを説明した。
 しかし、契約①締結に当たりEFが釣堀営業に関し交渉した事実はなく、Eは養鯉業者で、釣堀営業は地域の秋祭りに際し計画しただけで、Eは契約①締結後に釣堀営業を計画した。契約①におけるリスク分配からみて、上記Eの説明だけで、Fが釣堀営業に係るリスクについてまで、不履行時に賠償を覚悟すべきであったといえない。「予見すべき」に当たらない。

(引用終わり)

 

 適切な論証か否かで差が付くのは、このような場合です。
 なお、上記に羅列した事実の意味まで説明すると、参考答案(その2)のようになります。

(参考答案(その2)より引用)

 特別損害として賠償範囲に含まれるか。遅延損害の予見性に関する不履行時とは、遅滞時から遅延損害発生を避けられた最後の時までをいう。
 Eは養鯉業者で、契約①は錦鯉売買契約であり、養鯉営業上の取引そのものである。これに対し、釣堀営業は、乙池に5等級の錦鯉を放ってするから養鯉営業と無関係ではないが、地域の秋祭りに際し計画しただけの付随的・一時的なものにすぎない。契約①の締結過程において、釣堀営業に関する交渉がされた形跡はなく、Fは、Eの養殖池を見て回っているが、当時釣堀として営業している池があったとの事実はない。Eが釣堀営業を計画したのは契約①締結から1か月後で、契約①締結時には、計画すら存在していない。以上から、契約①と釣堀営業の関連性は乏しく、Fは、契約①において、釣堀営業に関し何らのリスクも引き受けていない。釣堀営業のための池の確保は、Eが自らのリスクで行うべきことである。
 確かに、同年10月16日、Eは、乙池は同年11月上旬に釣堀営業のために使用する予定があり、同年10月末までにいったん空にしなければならないことを説明した。しかし、一方的にFに告げただけで、これによって、契約①で全く予定されていなかったリスクを新たにFが引き受けるいわれはない。
 以上から、契約①におけるリスク分配からみて、Fが釣堀の営業利益10万円についてその発生を避けられた最後の時(同年10月30日)までに賠償を覚悟すべきであったといえず、「予見すべき」に当たらない。

(引用終わり)

 

3.ちなみに、本問で妥当な結論を導くには、他にも、予見性の判断基準時について契約締結時説を採るとか、不履行時説を採りつつ、「不履行時とは履行期を指す。」と解釈する考え方があり得ます(※)。このことも、債権法改正に向けた議論において意識されていたことでした。
 ※ 本問では引渡日の後に告げているから、引渡日を基準にすれば予見性を左右しないことになります。もっとも、引渡日の後の事情であっても、Fがリスクを負担すべき事情が生じたときは、Fは直ちに引き取ることでリスクを回避できるわけですから、単純な履行期説には難があるように思います。当サイト作成の参考答案(その2)が履行期説を採用しないのは、そのためです。

法制審議会民法(債権関係)部会第64回会議議事録より引用。太字強調及び※注は筆者。)

松本恒雄(一橋大学名誉教授、独立行政法人国民生活センター理事長)委員 私は……(略)……契約締結時に両当事者が予見し,又は契約の趣旨に照らして予見すべきであった損害と当然になるんだと思っておりました。ところが,契約締結時両当事者予見説は別案にすら出てこないというのは,一体,どうしたんでしょうかという非常に不思議な思いでありまして,原案がそちらになって別案に現在の判例を維持するというのが出てきてもおかしくはないかと思うんですが,どうして契約締結時両当事者予見説というのが全く消えてしまうのか。 これだと(※注:不履行時説に立つ場合を指す。)今年の司法試験の民法の問題(※注:平成24年司法試験論文式試験民事系第1問を指す。)に出てきたように契約締結後,債権者がある事情があるんだということを告げると,一気に賠償範囲が広くなるのかという余り合理的でないような結論になりかねないと思います

(引用終わり)

 

法制審議会民法(債権関係)部会第78回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

山本敬三(京都大学教授)幹事 この「不履行の時点」の意味は,厳密に言いますと,やはり履行期における不履行の時点ではないかと思います。といいますのは,不履行をした後,債権者側がいろいろな事情を挙げて,このまま不履行が続くと,このような損害が生じる,このような損害が生じるということを言えば言うほど,賠償範囲に入っていくというのは,やはりおかしいのではないかと思われるからです。 

(引用終わり)

 いずれにしても、本問のような場合に、一方的に告げただけで簡単に賠償範囲に含まれることは不合理だ、という点では、立案担当者と各委員・幹事の見解は一致していたわけで、本問で、「Eの説明があるから」という理由だけで簡単に賠償範囲に含めてしまうのは、結論の妥当性や債権法改正の趣旨を考慮していないとして低く評価されても仕方がないでしょう。もっとも、多くの受験生が陥りがちなミスであることから、合否には直接影響しないだろうとは思います。

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