選任手続がないっぽいが
(令和5年司法試験民事系第2問)

1.今年の商法。甲社の定款には、不自然な点があります。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、Aが個人事業として始めた工務店が昭和60年頃に法人成りしたものであって、会社法上の公開会社ではなく、取締役会及び監査役を置いている。甲社の定款には、①取締役の任期を選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする旨の定め及び②譲渡による甲社の株式の取得について甲社の取締役会の承認を要する旨の定めがあり、役員を選任する株主総会の決議の定足数に関する定めはない。

(引用終わり) 

 

 「は?」という感じになる。まず、①の任期の定めは、なくてもいいやつです。

(参照条文)会社法332条(取締役の任期)

 取締役の任期は、選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする。ただし、定款又は株主総会の決議によって、その任期を短縮することを妨げない。
2~7 (略)

 もっとも、任期を明確にするために、定款でも法と同じ内容の定めを置くことは普通にある。なので、そのこと自体はおかしくありません。しかし、②の譲渡制限の定めを置いた上で、わざわざ①の任期2年の定めを置くのは普通でない。非公開会社が定款で任期の定めを設けるのであれば、10年とするのが普通だからです。甲社のような実質個人事業であればなおさらです。

(参照条文)会社法332条(取締役の任期)

 取締役の任期は、選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする。ただし、定款又は株主総会の決議によって、その任期を短縮することを妨げない。
2 前項の規定は、公開会社でない株式会社(監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社を除く。)において、定款によって、同項の任期を選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで伸長することを妨げない
3~7 (略)

 このことに気が付くと、「どうしてこんなことになってんの?」という疑問が湧くでしょう。

2.さて、この会社、設立以来の取締役、代表取締役については記載があります。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、Aが個人事業として始めた工務店が昭和60年頃に法人成りしたものであって、……(略)……甲社は、種類株式発行会社ではなく、設立以来、Aがその発行済株式6万株の全部を保有していた。甲社の取締役は、Aのほか、いずれも甲社の従業員であったB、C及びDの合計4名であり、代表取締役は、Aであった。

(引用終わり) 

 

 昭和60年頃に法人成りした会社で、設立以来、ABCDが取締役で、代表取締役がA。それはわかる。しかし、その後、2年ごとに選任手続をやったという事実が問題文のどこにも記載されていません。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

2.甲社は、平成29年春頃、創業以来取引関係にあった乙株式会社(以下「乙社」という。)に対して3000万円の買掛金債務(以下「本件債務」という。)を負った。本件債務の履行期は、平成30年5月31日であった。

3.Aは、平成29年夏頃、Aの住居に隣接する土地(以下「本件土地」という。)を所有するEとの間でトラブルとなり、それを解決するため、Eから本件土地を買い取るよう要求されるようになった。Aは、そのような要求に応じる義務はないと考えたが、今後平穏に暮らしていくためにはEとの関係を断つのがよいと考え、Eの要求に応じることにした。Aは、自身で本件土地を買い取るための資金を調達することは難しいと考え、甲社に本件土地を買い取らせることにした。

4.Eは、本件土地の代金として5000万円を提示してきたので、Aは、その金額で本件土地を買い取ることにした。もっとも、近隣の不動産の相場に照らせば、当時の本件土地の評価額は高く見積もっても1000万円程度であり、Aもそのことを知っていた。Aは、平成29年10月2日、甲社を代表して、Eとの間で、本件土地を5000万円で購入する契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、本件土地の所有権移転登記手続を受けるのと引換えに代金5000万円を支払った。なお、甲社においては、本件売買契約の締結に先立ち、取締役会の決議等の会社法所定の手続が行われた。
 本件売買契約の代金5000万円は、甲社の定期預金(以下「本件定期預金」という。)を取り崩すことで賄われた。また、本件土地は、本件売買契約後も甲社で利用されることなく放置されていた。

5.Aの妹であるFは、外国に居住していたが、平成29年末頃、その配偶者であるGと共に帰国した。Gのことが気に入ったAは、今後Gと共に甲社を経営していくことを見据え、平成30年1月中旬頃、甲社の取締役会の承認を得て、Gに甲社の株式1万株を譲渡し、その旨の株主名簿の名義書換が行われた。その後、Gは、本件土地が甲社の名義であるにもかかわらず活用されていないことに疑問を持ち、甲社の従業員にそれとなく尋ねてみたところ、上記3及び4の事実を知った。

(引用終わり) 

 

 このことに気が付いてしまうと、「Aの選任手続がないから、本件売買契約について甲社を代表する権限がないとか、423条・429条の「役員等」に当たらないかもって話なの?」ということが気になる。でも、「権利義務者だよね。」って話で終わりそうです。

(参照条文)会社法

423条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2~4 (略)

429条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
  役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2 (略)

346条(役員等に欠員を生じた場合の措置)
 役員……(略)……が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した役員は、新たに選任された役員(次項の一時役員の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する
2~8 (略)

351条(代表取締役に欠員を生じた場合の措置)
 代表取締役が欠けた場合又は定款で定めた代表取締役の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した代表取締役は、新たに選定された代表取締役(次項の一時代表取締役の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお代表取締役としての権利義務を有する
2、3 (略)

 仮に、Aが辞任して他の取締役が選任されたけれど、実質的にはAがすべてを取り仕切っていた、という話なら、「事実上の取締役」の論点になり得ます。ここは、従来、429条(旧商法266の3)に関する裁判例があった(東京地判平2・9・3、名古屋地判平22・5・14)ところですが、最近、423条との関係でもこれを肯定する裁判例(東京地判令4・7・14。423条1項類推適用を肯定。)が出ています。たまたま知っていたりすると、「それ?」と一瞬だけ思いますが、どうみても違う。
 それから、取締役権利義務者の監視義務については、事実上の取締役として責任を認めることに慎重な学説とか、退任後長期間経過した場合には軽減されるという裁判例(東京高判昭63・5・31)があったりするので、BCDの責任が問われた場合は書く意味がありそうですが、本問ではAの責任しか問われていないので、これも問題にならない。そんなわけで、この段階では、「仮に問われていても、権利義務者の条文書いて終わりだよね。」という感じ。それが、設問2をみると、「あー、この事情は設問2のために無理して作ったのね。権利義務者はこっちで書くじゃん。」という感じになります。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

11.本件訴えに係る訴訟係属中の令和5年6月23日、本件株主総会2が開催され、取締役の選任が議題とされた。本件株主総会2の会場には、B及びHは来場したが、C、D及びIは姿を現さなかった。議長を務めるJは、本件株主総会2においてHが本件準共有株式の全部について議決権を行使することについて、甲社を代表して同意した。B及びHの賛成により、取締役としてB、H及びJを選任する旨の決議(以下「本件決議2」という。)がされた

(引用終わり) 

 

 これ、仮に任期10年とかだと、訴訟係属中に10年経過したような事案にしなければいけなくて、さすがにおかしい。「それで2年にしたのね。」と納得がいきます。権利義務者については、瑕疵連鎖の文脈で書くことになるので、設問1で重ねて問う意図があるとは思えない。ここまで来ると、「選任手続のことは無視でいいや。」という判断ができたでしょう。

3.選任手続がないことを問うつもりなら、予備試験過去問のように、そのことを明示するよね、ということも、知っていれば上記判断を補強したでしょう。

令和3年司法試験予備試験論文式試験問題と出題趣旨より引用。太字強調は筆者。)

1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,医療用検査機器等の製造販売を業とする取締役会設置会社であり,監査役設置会社である。甲社は種類株式発行会社ではなく,その定款には譲渡による甲社株式の取得について甲社の取締役会の承認を要する旨の定めがある。甲社の発行済株式の総数は1000株であり,昨年までは創業者であるAがその全てを保有していた。Aは創業以来甲社の代表取締役でもあったが,昨年高齢を理由に経営の第一線から退いた。Aの後任を選定する取締役会においては,以前Aが他社から甲社の取締役として引き抜いてきたBが代表取締役に選定された。また,Aは,退任に際し,Bと,Aの子であるCに,それぞれ100株を適法に譲渡した。その結果,甲社株主は800株を保有するAのほか,100株ずつ保有するBとCの3名となった。創業以来,甲社において株主総会が現実に開かれたことはなく,役員等の選任は,3年前の改選時も含め,Aによる指名をもって株主総会決議に代えていた。また役員報酬や退職慰労金は,役職や勤続年数に応じた算定方法を定めた内規(以下「本件内規」という。)を基に,Aの指示によって支払われてきた。そしてAの退任時も本件内規に従った退職慰労金が支払われた

(引用終わり)

4.そういうわけで、Aの選任手続に関する事実が問題文にないことは、答案で全く触れる必要はない。当サイトの参考答案は、そのような理解で作成しています。 

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