1.今年の商法設問1小問1では、「一人会社において、一人株主が423条1項の責任を負う取締役(有責取締役)である場合に、当然に424条により免除されたといえるか。」という点が問われました。
(参照条文)会社法424条(株式会社に対する損害賠償責任の免除) 前条第1項の責任は、総株主の同意がなければ、免除することができない。 |
423条1項の責任は、債権・債務という意味でいえば、会社が役員等に対して有する金銭債権ですから、424条の「免除」は、会社が役員等に対して免除の意思表示(民法519条)をしたときに効力が生じるよね、というのが素直な考え方です。
(参照条文)民法519条 債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したときは、その債権は、消滅する。 |
424条は、この免除の要件を加重したものだろう。このように考えると、「423条1項の責任が消滅するためには、総株主の同意があり、かつ、会社が役員等に対して免除の意思表示をすることが必要だ。」という東京地判平20・7・18(豊島園事件)の考え方に至ります(ただし旧商法266条5項に関する事案)。
(東京地判平20・7・18より引用。太字強調及び※注は筆者。) 旧商法266条5項(※注:現在の会社法424条に相当する。)は、総株主の同意がある場合でなければ、取締役の会社に対する責任を免除することができないと規定しており、会社が取締役に対し上記責任を免除する旨の意思表示をする場合、当該意思表示が効力を発生するためには、総株主の同意が必要であると定めているのであり、取締役の任務違背により会社に対する損害賠償義務が発生した場合、これが消滅するためには、総株主の同意、免除の意思表示の2個の要件を具備することが必要である。 (引用終わり)
|
本問では、免除の意思表示があったという明示の事実はありません。では、黙示の免除の意思表示があったといえるか。上記裁判例では、黙示の免除の意思表示については具体的な主張・立証がないとされていました。
(東京地判平20・7・18より引用。太字強調及び※注は筆者。) 黙示の免除意思表示がされたと認めるべき根拠となる特定の具体的事実の主張も立証もない。 (引用終わり)
|
なので、上記裁判例の考え方からも、黙示の免除の意思表示を認める余地がある。上記裁判例の考え方を前提に、本問で黙示の免除の意思表示があるかを検討するのは、1つの筋でしょう。
2.上記裁判例は、多数の利害関係人がいて、免除を認めるのが妥当とはいえない事案だったので、免除を否定する結論には賛成の学説が多いです。しかし、その理論構成に賛成する学説は少ない。「黙示の免除の主張・立証があったらどうするつもりだったの?」とか、「有責取締役が代表取締役でない事案で、総株主の同意があるのに代表取締役が免除の意思表示をしてくれない場合はどうするの?」とかの指摘がされているわけですが、そもそも、有責取締役が代表取締役である場合に免除の意思表示を要求すること自体が不合理です。これは、本問でいえば、Aが、甲社を代表して、Aに対し、「オマエの責任を免除スル!」という意思表示が必要だ、という意味になるわけで、「それ要求する意味ある?」という感じが否めません。そうしたことから、「総株主の同意があれば、免除があるといっていいんじゃないの。」という考え方が、多数という感じになっています。その根拠として、425条では株主総会決議によって免除されることが明確にされていることが挙げられます。
(参照条文)会社法425条(責任の一部免除)
前条の規定にかかわらず、第423条第1項の責任は、当該役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、賠償の責任を負う額から次に掲げる額の合計額……(略)……を控除して得た額を限度として、株主総会……(略)……の決議によって免除することができる。 |
425条は、424条との対比でみると、「総株主の同意までは必要ないよ(特別決議(309条2項8号)で足りる。)。」という意味があるわけですが、逆に、425条との対比で424条をみると、「株主総会決議の手続によらなくても、個別に株主全員の同意がとれればいいよ。」という意味があるともいえる(※)。そうすると、425条の株主総会決議に代わるものとして総株主の同意がある以上、これをもって免除の効果が生じるといえるから、改めて会社による意思表示を要求する必要はない。加えて、会社が機関を通じてする意思表示よりも、個々の株主の同意の方がより柔軟な認定ができると考えれば、少なくとも有責取締役が一人株主の場合には当然に黙示の同意があるとみることもできそうです。このように考えれば、本問でも、Aの同意があるとして免除を認めることができるでしょう。
※ 総株主の同意が必要とされた趣旨は株主代表訴訟による責任追及が単独株主権であることから、1人でも責任追及をする意思がある株主がいてはいけない、という点にあり、同意は実質的には代表訴訟提起権の放棄だから、全員の株主が個別に放棄すれば足り、株主総会決議による必要はないと説明されたりします。
3.もっとも、上記裁判例の事案がそうであったように、後に生じた株主や会社債権者などの利害関係人を害するような場合にまで、免除を認めてよいかは微妙です。一応、後に株式を有償で譲り受けた者の保護は売買の担保責任のような契約法理で保護できるし、会社債権者は免除の詐害行為取消しや429条の対第三者責任で保護すれば足りるともいえそうですが、端的に免除を否定するという理屈も、十分成り立つでしょう。根拠としては、「他者の権利を害する放棄・免除は許されない。」という文脈でよく用いられる民法398条を用いることができるでしょう。
(参照条文)民法398条(抵当権の目的である地上権等の放棄) 地上権又は永小作権を抵当権の目的とした地上権者又は永小作人は、その権利を放棄しても、これをもって抵当権者に対抗することができない。 |
ここで、上記裁判例の事案と、本問との違いを意識することになります。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 5.Aの妹であるFは、外国に居住していたが、平成29年末頃、その配偶者であるGと共に帰国した。Gのことが気に入ったAは、今後Gと共に甲社を経営していくことを見据え、平成30年1月中旬頃、甲社の取締役会の承認を得て、Gに甲社の株式1万株を譲渡し、その旨の株主名簿の名義書換が行われた。その後、Gは、本件土地が甲社の名義であるにもかかわらず活用されていないことに疑問を持ち、甲社の従業員にそれとなく尋ねてみたところ、上記3及び4の事実を知った。 (中略) なお、本小問においては、甲社の経営は順調であり、本件売買契約の締結後も、その運転資金が枯渇することはなく、近い将来に甲社が資金繰りに困ることが予想される状態ではなかったものとする。 (引用終わり)
|
Gは、Aの好意で株式をもらっておきながら、恩を仇で返すようなことをやっている。有償という事実がないので、多分、タダでもらったのでしょう。「Gを保護する必要なくね?」と思う。そして、小問のなお書きから、会社債権者を害することもないとわかる。ここまで来ると、「ああ免除認めていいのね。」という結論に至るでしょう。こうした思考過程を経て作成されたのが、当サイトの参考答案(その2)です。
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 3.Aは本件売買契約当時甲社の全株式を有し、当然に全株主の同意(424条)があるから、既に上記1の責任は免除されたとのAの反論が考えられる。豊島園事件地裁裁判例は、同条は免除の効力要件の定めにすぎないから、免除の効果が生じるには会社による免除の意思表示(民法519条)を要するとする。しかし、一人株主である代表取締役が会社を代表して自分に対し免除の意思表示をすべきというのは無意味で不合理である。上記裁判例の見解は採用できない。 424条の趣旨は免除の決定を総株主の同意にかからせる点にあり、同条は総会決議等の手続要件を課していない(425条1項対照)から、総株主の同意があると認められる時に免除の効果が生じる。有責取締役が一人株主であるときは、その後に生じる株主、会社債権者等の第三者の権利を害しない限り(民法398条参照)、黙示の同意による免除があるといえる。 Gは、本件売買契約後の平成30年1月中旬頃にAから甲社株式の譲渡を受けており、本件売買契約を前提とする甲社財産に対応する価値の株式の譲渡を受けたにすぎないと評価できる。Gは譲受時に本件売買契約締結を知らなかったが、甲社株式譲渡は、GがAの妹の配偶者で、Gのことを気に入ったAの好意によるもので、有償の事実もない以上、取引安全を図る必要に乏しい。免除によってGの権利が害されるとはいえない。 甲社の経営は順調で、本件売買契約締結後も運転資金が枯渇することはなく、近い将来に甲社が資金繰りに困ることが予想される状態ではなかったから、乙社等の甲社債権者の権利を害するともいえない。 そうすると、遅くとも平成30年1月中旬までには黙示の同意による免除があり、その時に、Aの責任は消滅した。 以上から、上記反論は正当である。 (引用終わり) |