429条の悪意・重過失について
(令和5年司法試験民事系第2問)

1.今年の商法設問1小問2。メインが因果関係の当てはめにあることは明らかで、通常はここで差が付くでしょう。もう1つ、目立たないけれど意外と差が付きそうな要素があります。それは、悪意・重過失の当てはめです。以下の論述例を見て下さい。

【論述例】

 「悪意又は重大な過失」(同項)の対象は、当該役員等の任務懈怠で足りる(菊水工業事件判例参照)。
 Aは、代金が5000万円であるのに、当時の本件土地の評価額が高く見積もっても1000万円程度であることを知っていた。さらに、Aは、本件債務の発生当時、本件債務を含む甲社の債務の履行のための運転資金が足りなくなれば、本件定期預金を取り崩すか担保に入れることにより対応することを予定していたから、本件定期預金を取り崩すことで代金を賄った場合には、甲社が本件売買契約に基づく代金の支払により実質的な債務超過に陥り、本件債務の履行ができなくなる結果、乙社に本件債務の額に相当する3000万円の損害が発生することは容易に予見できた。したがって、Aには任務懈怠につき重過失がある。

 「いやー丁寧な当てはめですねー。」と思った人はヤバい。なぜかというと、「悪意・重過失は任務懈怠についてあれば足りる。」ということの意味を全然理解していないからです。「任務懈怠についてあれば足りる。」ということの意味は、「不法行為とかだと故意・過失は損害発生についてまで必要だけど、429条の場合はそこまでは不要ですよ。」という意味です。

菊水工業事件判例より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 取締役がその職務を行なうにつき故意または過失により直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法行為の規定によつて、その損害を賠償する義務を負うことを妨げるものではないが、取締役の任務懈怠により損害を受けた第三者としては、その任務懈怠につき取締役の悪意または重大な過失を主張し立証しさえすれば、自己に対する加害につき故意または過失のあることを主張し立証するまでもなく、商法266条ノ3(※注:現行の429条に相当する。)の規定により、取締役に対し損害の賠償を求めることができる

(引用終わり) 

 

 本問でいえば、悪意・重過失は任務懈怠、すなわち、本件売買契約が善管注意義務・忠実義務違反であることについてあれば足り、それによって、乙社に損害が発生することについては必要ない。それなのに、上記論述例は、堂々と乙社の損害についての予見可能性を書いています(※)。
 ※ 乙社の損害についての予見可能性は、仮に書くのであれば、損害との相当因果関係を基礎付ける要素として摘示すべきです。

2.以前の記事(「間接取引に関する規範と当てはめの対応(令和5年司法試験民事系第2問)」)で説明したとおり、基本事項の規範の主要部分と当てはめが対応していないと、本試験では厳しい評価になる場合があります。悪意・重過失の対象は初学者でも知ってるレベルの基本事項で、429条論の本質の理解に関わる主要部分ですから、これを堂々と間違えているようでは厳しいでしょう。単に規範を覚えているだけだと、勢いで損害まで当てはめをしてしまいやすいので、具体的に事例問題を解いて、「あ、損害まで当てはめたらダメなんだ。」という経験をしておくことが大事です。

3.主観要件を当てはめる際に、問題文から行為者の認識が明確でない場合には、「少なくとも重過失」のような当てはめ方をすることがありますが、本問の場合、Aが善管注意義務・忠実義務違反を基礎付ける事情を知っていることは明確なので、悪意を認定すべきでしょう。合否に影響するレベルではないと思いますが、「少なくとも重過失」の認定は、少し評価を落とすと思います。

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