1.今年の商法設問2小問1の原告適格。最判平2・12・4(最判平3・2・19も同旨)のいう「特段の事情」に当たるかを問うています。
(最判平2・12・14より引用。太字強調は筆者。) 株式を相続により準共有するに至った共同相続人は、商法203条2項(※注:会社法106条本文に相当する。)の定めるところに従い、右株式につき「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一人」(以下「権利行使者」という。)を定めて会社に通知し、この権利行使者において株主権を行使することを要するところ(最高裁昭和42年(オ)第867号同45年1月22日第一小法廷判決・民集24巻1号1頁参照)、右共同相続人が準共有株主としての地位に基づいて株主総会の決議不存在確認の訴えを提起する場合も、右と理を異にするものではないから、権利行使者としての指定を受けてその旨を会社に通知していないときは、特段の事情がない限り、原告適格を有しないものと解するのが相当である。 (引用終わり) |
判例の論理は、次のようなものでした。
判例の事案では、会社の全株式が準共有になっているのに、株主総会で取締役選任決議がされたことになっていた。準共有株式について権利行使者の指定・通知がなければ誰も議決権行使ができないはずで、取締役選任決議が成立するはずがない。だから、適法な決議というためには、会社は必然的に以下のような主張をするはず。
会社 「準共有株式についてちゃんと権利行使者の指定・通知がされて、その権利行使者が議決権行使したです。」
一方で、原告適格を否定するために、会社が以下のような主張をする。
会社 「準共有株式について権利行使者の指定・通知がないです。」
矛盾しすぎワロタ
(最判平2・12・14より引用。太字強調は筆者。) 株式を準共有する共同相続人間において権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠く場合であっても、右株式が会社の発行済株式の全部に相当し、共同相続人のうちの一人を取締役に選任する旨の株主総会決議がされたとしてその旨登記されている本件のようなときは、前述の特段の事情が存在し、他の共同相続人は、右決議の不存在確認の訴えにつき原告適格を有するものというべきである。けだし、商法203条2項は、会社と株主との関係において会社の事務処理の便宜を考慮した規定であるところ、本件に見られるような場合には、会社は、本来、右訴訟において、発行済株式の全部を準共有する共同相続人により権利行使者の指定及び会社に対する通知が履践されたことを前提として株主総会の開催及びその総会における決議の成立を主張・立証すべき立場にあり、それにもかかわらず、他方、右手続の欠缺を主張して、訴えを提起した当該共同相続人の原告適格を争うということは、右株主総会の瑕疵を自認し、また、本案における自己の立場を否定するものにほかならず、右規定の趣旨を同一訴訟手続内で恣意的に使い分けるものとして、訴訟上の防御権を濫用し著しく信義則に反して許されないからである。 (引用終わり) |
2.さて、上記判例の論理は、本問でも当てはまるでしょうか。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
8.Bは、令和3年6月25日に開催する甲社の定時株主総会(以下「本件株主総会1」という。)を招集するに当たり、B、C及びDのほか、取りあえずH及びIの両名にも、会社法所定の日までにその招集通知を発した。 (引用終わり)
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本件決議1が適法だというために、甲社は以下のような主張をするでしょう。
甲社 「本件準共有株式について権利行使者の指定・通知はないです。でも、Hの権利行使に同意したです。」
一方で、Iの原告適格を否定するために、甲社が以下のような主張をする。
甲社 「準共有株式について権利行使者の指定・通知がないです。Iの権利行使には同意しないです。」
上記をみて、「矛盾しすぎワロタ」といえるか。いえないと考えるのが普通でしょう。甲社の立場は、以下の各点において一貫しているからです。
① 本件準共有株式について権利行使者の指定・通知がない。
② Hの権利行使は認める。
③ Iの権利行使は認めない。
ちなみに、Hへの同意が適法かどうかは、ここでは問題になりません。飽くまで、「甲社の主張として一貫しているか。」の問題であって、その主張の当否は問題になっていないからです。
このように考えると、本問は、上記判例において明示された論理だけでは、「特段の事情」を認めることができない事案だということがわかります。
3.ここで、鋭い人は、以下のような疑問を持つかもしれません。
すなわち、上記の判例の論理では、「適法な決議というために、会社は必然的に『準共有株式についてちゃんと権利行使者の指定・通知がされて、その権利行使者が議決権行使したです。』という主張をするはずだ。」ということになっていた。でも、「権利行使者の指定・通知はないけど、準共有株主の1人に対し権利行使を同意したです。」って主張すれば矛盾せずに決議の適法性を基礎付けられるんじゃね?という疑問です。
「当時はそれ、無理だったんだよね。」というのが、上記疑問に対する答えです。
(参照条文) ◯会社法106条(共有者による権利の行使) (最判平11・12・14より引用。太字強調は筆者。) 株式を共有する数人の者が株主総会において議決権を行使するに当たっては、商法203条2項の定めるところにより、右株式につき「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一人」(以下「権利行使者」という。)を指定して会社に通知し、この権利行使者において議決権を行使することを要するのであるから、権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠くときには、共有者全員が議決権を共同して行使する場合を除き、会社の側から議決権の行使を認めることは許されないと解するのが相当である。 (引用終わり) |
旧商法203条2項には、現在の会社法106条ただし書に相当する規律がなく、判例は、会社の側から議決権行使を認めることはできないとしていたのでした。だから、上記判例の事案で決議が適法だというには、権利行使者の指定・通知があることが唯一絶対の条件だったというわけです。これに対し、現在の会社法では106条ただし書があるので、本問のように、「権利行使者の指定・通知はないけど、106条ただし書の同意があるから有効に決議は成立したよ。」と主張する余地が生じたのでした。
4.さて、おそらく、考査委員の出題意図は、「最判平2・12・14を丸暗記して、本問の事案をロクに読みもしないで簡単に矛盾挙動とか信義則違反とかいうやつを罠にはめてやるぞ!」というところにあったのでしょう。しかし、そもそも本問で最判平2・12・14の規範を正しく指摘できる人が少ない。結果的に、判例の規範を挙げただけでも、上位という感じにならざるを得ないでしょう。考査委員は、しょんぼりしながら罠にかかった答案にも合格点を付けることになるはずです。「ワクワクしながらネズミ捕りを仕掛けてみたけれど、普通のネズミはそこに辿り着く前に道に迷って引っ掛かってくれない。」、「ネズミ捕りの場所まで来て捕まるネズミめっちゃ優秀」という状況です。
5.では、本問では原告適格が否定されるのか。仮に、本問でIの原告適格を否定すると、Hに対する同意の適法性や効力を争う機会がないことになってしまいます。さすがにそれはおかしい。なので、判例の論理とは異なる理由ではあるけれども、「特段の事情」があると判断するのが、正しい解答ではないかと思います。具体的には、当サイトの参考答案(その2)のように書くことになるでしょう。
(参考答案(その2)より引用) 甲社は、本件株主総会1でHが本件準共有株式の全部につき議決権を行使することに同意した。本件準共有株式につき権利行使者の指定・通知がないことを前提に、106条ただし書の同意をする趣旨といえる。甲社が、本件訴えにおいて、本件準共有株式につき権利行使者の指定・通知がなく、その全部につきHに権利行使を認めたから、Iについては権利行使を認めないとすることは、本件株主総会1における甲社の取扱いと矛盾しないから、訴訟上の信義則に反するとはいえない。もっとも、本件訴えでIの原告適格を否定すると、Iが上記同意の適否、効力等を争う機会が失われる。106条ただし書の同意を争う場合には、権利行使者の指定・通知がないことは紛争主体性を否定する要素ではなく、同意を受けない他の準共有株主は同意を争う紛争主体としてふさわしいといえるから、上記特段の事情がある。 (引用終わり) |
こんなの現場で書ける人はいないと思うので、合否には全然影響しません。「現場で『正解』を考えたらダメなことってあるよね。」という例として、参考にして頂ければ幸いです。