欺く行為の開始と現場思考の方法について
(令和5年司法試験刑事系第1問)

1.今年の刑法設問1小問(2)。「密接な行為」の法律構成を採る場合には、いつもの判断基準(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」の「構成要件該当行為と密接な行為の判断基準」の項目を参照)を使えば足ります。例えば、当サイトの参考答案(その1)のような感じです。

(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

1.当該行為がその後の構成要件該当行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠で、当該行為に成功すればその後の構成要件該当行為を行うについて障害となる特段の事情がないと認められる場合であって、当該行為とその後の構成要件該当行為との間に時間的場所的接着性があるときは、当該行為は構成要件該当行為に密接な行為といえる(クロロホルム事件判例参照)。

(引用終わり)

2.他方で、欺く行為の開始があったとする法律構成を採る場合には、「いかなる事情があれば欺く行為の開始があるといえるか。」という、普段あまり考えないことを検討する必要が出てきます。「欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。」という定義(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」の「詐欺罪(246条)における欺く行為の意義」の項目を参照)は覚えているとしても、これが開始されたとは、どのような状況なのか。このような場合には、「補助線として、ド典型事例を考えてみる。」というのが、1つのテクニックです。以下の事例を見てみましょう。

【事例】

1.甲は、Vに対し、電話で、「素晴らしい新商品を入荷したので、今度、お宅に伺って御説明させて頂きます。」と伝え、Vは、後日甲がV宅を訪問することを了承した。

2.V宅を訪問した甲は、「この前お話した新商品とは、この水です。これは新しく発見されたミネラルやイオンが含まれており、どんな病気も一発で治ります。」と告げた。

3.甲の話を信じたVは、「おいくらですか。今は手元の現金が20万円くらいしかないのですが。」と言った。これに対し、甲は、「今なら1本10万円で販売します。」と答えた。

4.Vは、「では、2本買います。」と言ったため、甲は、「では2本で20万円です。現金のみの対応ですので、今お支払い頂いてよろしいですか。」と告げた。

5.Vは、甲に対し、上記水2本の代金として、現金20万円を交付し、甲から水2本の引渡しを受けた。

6.しかし、Vが引渡しを受けた水は、ただのミネラルウォーターであった。

 上記事例は、ド典型の詐欺という感じの事例です。この事例で、「現金の交付を求める文言を述べること」に当たるのは、4の段階でしょう。しかし、それ以前の段階で欺く行為が開始されていないか。常識で考えても、2の段階で「詐欺始まってんじゃん。」と感じるでしょう。それを、欺く行為の定義に絡めて理論構成するとどうなるか、考えてみる。そうすると、「商品の効能は対価である現金を交付するか否かの判断の基礎となる重要な事項であり、それを偽っているから」というようなことは、思い付くでしょう。同時に、着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しない理由も、なんとなくわかる。すなわち、「現金の交付を求める文言を述べる前に、その文言を言えば素直に現金を交付してくれるように騙しておく必要があるから」ということでしょう。当サイトの参考答案(その2)はこれを言語化したものを書いています。

(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

3.欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。
 現金の交付を求める文言は、財産的処分行為そのものを求めるものであり、欺く行為の最終段階に申し向けるのが通例である。詐欺を実現するためには、その前段階において、現金交付要求に応じるか否かの判断の基礎となる重要な事項を偽る必要があり、その時点で既に欺く行為は開始されたと評価しうる。
 したがって、実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しない。

(引用終わり)

3.上記のようなことを軽く想起した後で、改めて問題文を考えてみる。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

1 甲は、乙及び丙と共に、後記計画に基づき、常習的に高齢者から現金をだまし取っていた。
 その計画は、

 ・ 甲が資産家の名簿を見て、現金をだまし取る対象者を選定する。
 ・ 甲が警察官に成りすまして相手方に電話をかけ、「X警察署の○○です。この度、この地域を担当することになりました。今後、当署からの連絡はこの番号からかけますので、御登録をお願いします。」などとうそを言って、名前と電話番号を告げる(以下、この内容の電話を「1回目の電話」という。)。
 ・ その翌日、甲が相手方に電話をかけ、「昨日電話した○○です。あなたの預金口座が、不正に利用されている疑いがあります。捜査のために必要なので、お持ちの預金口座に100万円を超える残高があるようでしたら、速やかに全額を引き出して自宅に持ち帰った後、こちらに電話をください。」などとうそを言う(以下、この内容の電話を「2回目の電話」という。)。
 ・ 相手方に預金口座から現金を引き出させて、自宅にその現金を持ち帰らせる。
 ・ その後、相手方からかかってきた電話で、甲が、相手方の現金引出しを確認した上、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言う。
 ・ その約1時間後、乙及び丙が警察官を装って相手方の家を訪ねる。
 ・ 乙及び丙が、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言い、その交付を受けて現金をだまし取る。

 というものであった。

2 甲らは、上記計画に従い、以下の行為に及んだ。

 ① 甲は、某月1日、名簿から現金をだまし取る対象者として高齢の男性Aを選んだ。
 ② 甲は、同日午前10時、Aに1回目の電話をかけた。
 ③ 甲は、同月2日午前10時、Aに2回目の電話をかけた。
 ④ 甲のうそを信用したAは、預金口座から200万円を引き出して自宅に持ち帰った。
 ⑤ 甲は、同日正午、Aからかかってきた電話に出て、Aが200万円を引き出したことを確認した上、Aに対し、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言った。
 ⑥ 乙及び丙は、甲の指示に基づき、同日午後1時、警察官を装ってA宅を訪ねた。

 しかし、乙らの姿を見て不審に思ったAが玄関ドアを開けなかったため、乙及び丙は、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言うことができないまま、Aから現金をだまし取ることを断念した。

(引用終わり)

 本問の事例で、「現金の交付を求める文言を述べること」に対応するのは、「現金を預けてほしい旨のうそを言うこと」です。その前の段階で、前に想起したド典型事例の2の段階のような、「詐欺始まってんじゃん。」と感じさせるものがあるか。
 ②の1回目の電話は、まだ始まってないという感じ。前に想起したド典型事例だと、1の「素晴らしい新商品を入荷したので、今度、お宅に伺って御説明させて頂きます。」のレベルにとどまっている感じがします。「どうしてそう感じるのだろう?」という感覚の言語化を試みてみる。そうすると、お金が全然絡んでないし、「相手が警察官だから」というだけで、「お金を払おう。」とは普通ならないからかな、というぐらいは思い付くでしょう。他方、③の2回目の電話は、「騙しに行ってる感じ」が濃厚で、常識で考えて、「詐欺始まってんじゃん。」と感じさせるものがある。前に想起したド典型事例の2の「この前お話した新商品とは、この水です。これは新しく発見されたミネラルやイオンが含まれており、どんな病気も一発で治ります。」に近いところまで至っている感じ。「どうしてそう感じるのだろう?」と考えてみると、多分、お金の話が出てきたし、「口座が不正利用されたから捜査に協力しなきゃヤバイ。」という意識になって、「警察官に言われたらお金を預けた方がいい。」という判断に至りかねないからかな、という程度は思い付く。こうした思考を、欺く行為の定義に絡めて理論構成したのが、当サイトの参考答案(その2)です。

(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

1.②の1回目の電話において、甲は、真実は警察官でないのに、警察官になりすまして名前と電話番号を告げた。相手が警察官であることは、2回目の電話以降におけるうその信用性を左右しうる。しかし、相手が警察官だからといって、特別な事情もないのに200万円を交付するという判断に至ることはないから、重要な事項とはいえない。
 したがって、②は、200万円を乙丙に交付するかの判断の基礎となる重要な事項を偽るものとはいえず、欺く行為の開始とはいえない。

2.③の2回目の電話は、Aの預金口座が不正利用された疑いがあること、その捜査のため200万円を預金口座から引き出してA宅に持ち帰る必要があることを内容とする。上記各事実は、預金口座が不正利用されたという特別な事情があり、捜査に協力するには、多額の現金の移動も含む警察官の特別な指示に従わなければならないという判断を基礎づけるから、これから向かう者が警察官であること(⑤)、捜査のためその警察官に200万円を預ける必要があること(現金交付要求)に係るうそと相まって、200万円を乙丙に交付するかの判断の基礎となる重要な事項といえる。②と③には、200万円を交付するかの判断の基礎となる重要な事項に係るうそが含まれているか否かという点において実質的相違がある。
 以上から、③は、200万円を乙丙に交付するかの判断の基礎となる重要な事項の一部を偽る行為として、欺く行為の開始と評価できる

(引用終わり)

4.こうした思考方法を現場で瞬時に行うためには、それ相応の訓練が必要です。事例問題を解いて、復習する過程で、「どのような思考方法をとれば、それっぽい解答をすることが可能だろうか。」ということを考えてみる。そうしたことの積み重ねで、初見の事例であっても、とっさの判断で適切な処理をする能力が身について行きます。

戻る