令和5年司法試験論文式刑事系第1問参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。今年の刑事系第1問についていえば設問1の出題意図を理解できた人がかなり少なかったようであること、設問2で強盗の機会を書いた人が一定数いたようであること、暴行と致傷の因果関係共謀の射程ないし因果関係のところで事実の摘示が甘い答案がとても多いと思われること等から、参考答案(その1)でも、十分合格レベルだろうと思っています。

3.参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」、「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」、「司法試験平成29年最新判例ノート」の付録論証例集、「手段限定型犯罪と密接な行為」の記事中の論証例に準拠した部分です。なお、実行の着手の定義において、「客観的な危険性」ではなく、単に「危険性」と表記した点については、「「客観的な危険性」か「危険性」か」を参照。

【参考答案(その1)】

第1.設問1(1)

1.乙丙は、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言うことができないまま、Aから現金をだまし取ることを断念した。甲に詐欺未遂罪(246条1項、250条)の成立を認める結論を導くためには、実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しないと考える必要がある。

2.実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る危険性を有するものを行うことをいう
 詐欺罪は、「人を欺いて財物を交付させ」るという手段・態様を限定した犯罪である(246条1項)。欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう
 確かに、現金の交付を求めることは財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項といえる。「現金の交付を求める文言を述べること」は欺く行為の開始に必要であり、着手にこれを要するともみえる。
 しかし、上記のとおり、構成要件該当行為の開始そのものでなくても、これと密接な行為であって、結果発生に至る危険性を有する限り着手を認めることができる。
 したがって、同罪の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しない。

3.以上から、甲に詐欺未遂罪の成立を認める結論を導くためには、欺く行為そのものは開始していないが、これと密接な行為であって、結果発生に至る危険性を有するものが行われたという説明が考えられる。

第2.設問1(2)

1.当該行為がその後の構成要件該当行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠で、当該行為に成功すればその後の構成要件該当行為を行うについて障害となる特段の事情がないと認められる場合であって、当該行為とその後の構成要件該当行為との間に時間的場所的接着性があるときは、当該行為は構成要件該当行為に密接な行為といえる(クロロホルム事件判例参照)

(1)①~⑥は、いずれも、その後の欺く行為、すなわち、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言う行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠である。この点に実質的相違はない。

(2)①②は某月1日にされ、③~⑥は同月2日にされた。③~⑥では最大3時間の間隔しかない。以上から、時間的場所的接着性の点で実質的相違はない。

(3)①~③の段階では、その後にAが②③のうそを信用せず④に至らないという障害となる特段の事情がある。他方、⑤の後は、⑥をヘて上記欺く行為に至る障害となる特段の事情はない。⑤の行為より前の時点では、Aが②③のうそを信用せず④に至らないという障害となる特段の事情があるという実質的相違がある。

(4)以上から、⑤の行為は、欺く行為に密接な行為である。

2.Aは、④で既に甲のうそを信用して自宅に200万円を持ち帰っており、⑤の行為には、その後、⑥をヘて上記欺く行為がされ、200万円を交付してしまう危険性がある。

3.よって、⑤の時点で実行の着手が認められる。

第3.設問2

1.前記第2と同様の理由により、甲が、Bに「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言い、乙丙に、計画どおり、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言って、300万円をだまし取ってくるように指示し、乙丙がこれを了承した点につき、甲乙丙に詐欺未遂罪の共同正犯(60条)が成立する。

2.乙丙の強盗致傷罪(240条)の共同正犯

(1)乙は、丙と共にB宅に向かう道中で、Bを縛り上げてしまえば、より確実に現金を手に入れることができると考え、丙に対し、「縛った方が確実に金を奪える。縛って、金を奪ってしまおうぜ。」などと言い、丙はこれを了承した。強盗(236条1項)の共謀がある。

(2)「強盗」(240条)とは、強盗犯人を意味し、既遂・未遂を問わないが、少なくとも強盗の実行に着手したことを要する。強盗罪における暴行・脅迫は、被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要する
 乙丙はBの手足をそれぞれロープで縛り、口を粘着テープで塞ぎ、Bを床の上に倒した。Bの反抗を抑圧する程度の暴行がある。乙丙は、300万円を持ってB宅を出た。「他人の財物を強取した」といえ、強盗既遂となる。
 以上から、乙丙は強盗犯人であり、「強盗」に当たる。

(3)因果関係は、行為の危険が結果に現実化したか否かによって判断すべきである。行為自体に結果発生の危険があり、被害者の不適切な行動が当該行為に誘発されたと認められる場合には、当該被害者の行為が結果発生の直接の原因であったとしても、行為の危険が結果に現実化したといえる(高速道路侵入事件判例、夜間潜水事件判例参照)

ア.前記(2)に示した強盗手段の暴行自体に、頭部打撲の傷害発生の危険がある。

イ.確かに、頭部打撲の直接の原因は、Bが、Cから前記(2)のロープ・粘着テープを取り外してもらった後に、転倒して床に頭を打ちつけた点にある。Bは、足のしびれでふらついて倒れそうで、Cは、Bを座らせ、そのままでいるように言ったのに、その1分後、Cがその場を離れた隙に立ち上がろうとしたから、不適切な行動である。
 しかし、足のしびれは長時間の緊縛による。Bが立ち上がったのは、奪われた物の有無を確認するためであった。転倒したのは上記足のしびれが残っていたためであった。
 以上から、頭部打撲の直接の原因となったBの行動は不適切であるが、前記(2)の暴行に誘発されたと認められる。

ウ.したがって、前記(2)の暴行の危険が結果に現実化したといえる。

エ.以上から、前記(2)の暴行と頭部打撲の傷害に因果関係がある。

(4)全治2週間を要する頭部打撲は軽微ともいえるが、たとえ軽微であっても「人を負傷させた」といえる(判例)

(5)基本犯について共犯が成立する場合において、加重結果が発生したときは、結果的加重犯の共犯が成立する(判例)
 上記(1)(2)のとおり、強盗の共同正犯が成立する以上、強盗致傷罪の共同正犯の成立を妨げない。

(6)以上から、強盗致傷罪の共同正犯が成立する。

3.甲の強盗致傷罪の共謀共同正犯

(1)共謀共同正犯が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)及び共謀者の一部による犯罪の実行が必要である

ア.前記1のとおり、詐欺について正犯意思及び共謀がある。

イ.もっとも、乙丙が実行したのは強盗致傷であった。
 共謀内容と異なる犯罪が行われた場合において、共謀にのみ参加した者に共謀共同正犯が成立するためには、共謀と実行正犯の行為との間に因果関係があることを要する(教唆の事案におけるゴットン師事件判例参照)
 確かに、甲は、乙丙と共に、現金を預けてほしい旨のうそを言う計画に基づき、常習的に高齢者から現金をだまし取っていた。これまで縛って金を奪う計画を実行した事実はない。
 しかし、甲は、Bを選んだ上、Bに1回目・2回目の電話をかけ、Bは甲のうそを信用し、預金口座から300万円を引き出して自宅に持ち帰った。乙丙は、その300万円を強取した。甲が、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言い、Bが信用したため、乙丙は警察官であることを告げ、Bに玄関ドアを開けさせることができた。前記2(1)の乙丙による強盗の共謀は、詐欺の共謀に基づきB宅へ向かう道中で、より確実に現金を手に入れるためにされた。乙は、強盗致傷の共謀において、「奪った300万円を3人で分ければ問題ないだろう。」と言い、犯行後、乙丙は、甲に、いつもどおりのやり方でBから300万円をだまし取ってきたと虚偽の報告をし、それぞれ100万円ずつ山分けした。
 以上から、詐欺の共謀と乙丙の行為との間に因果関係がある。

ウ.したがって、共謀共同正犯の要件を満たす。

(2)甲の認識は詐欺で、乙丙が実行したのは強盗である。
 共犯者の認識、予見した犯罪事実と実行行為者の実現した犯罪事実が異なる場合であっても、同一の構成要件内の錯誤であれば故意を阻却しない。また、錯誤が異なる構成要件にまたがるときであっても、構成要件が重なり合う範囲において故意がある
 確かに、詐欺も強盗も財産罪で、財物・財産上の利益の限度で保護法益が共通する。
 しかし、行為態様は、詐欺が欺く行為であるのに対し、強盗が暴行・脅迫であり、両者は異なるから、構成要件が重なり合うとはいえない。
 したがって、強盗の故意がない。

(3)以上から、強盗致傷罪の共謀共同正犯は成立しない。

4.同一法益に対する複数の行為が犯罪を構成する場合であっても、各行為が同一の意思決定に基づくものではないときは、包括一罪ではなく、数罪を構成する(熊打ち事件判例参照)
 前記1の詐欺未遂と、前記2の強盗致傷は、同一法益に対する犯罪であるが、前者が甲の指示によるもので、後者は道中での乙丙の新たな共謀によるから、同一の意思決定に基づくものではない。
 したがって、両罪は包括一罪でなく、併合罪(45条前段)となる。

5.よって、甲は詐欺未遂罪の罪責を負う。乙丙は、詐欺未遂罪及び強盗致傷罪の罪責を負い、併合罪となる。

第4.設問3

1.一般に、強制力を行使する権力的公務は、「業務」には当たらない(新潟県議会事件判例参照)。もっとも、虚偽通報による偽計のように実力で対処できない手段による妨害行為との関係では「業務」に当たる(ネット掲示板虚偽殺人予告事件参照)

2.妨害されたD及び警察官5名の逮捕行為は、いずれも強制力を行使する権力的公務である。

(1)怒号しながら両手を広げて立ちはだかり、道を塞いだ丁の威力は、実力で対処できないとはいえない。Dの公務は上記威力との関係で「業務」に当たらないから、威力業務妨害罪(234条)は成立しない。

(2)Y警察署に電話をかけ、「Y署近くの路上で、通り魔に刺されました。すぐに来てください。」などとうそを言った丁の行為は、虚偽通報による偽計であり、実力で対処できない。警察官5名の公務は上記偽計との関係では「業務」に当たるから、偽計業務妨害罪(233条)が成立する。

以上

 

【参考答案(その2)】

第1.設問1(1)

1.乙丙は、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言うことができないまま、Aから現金をだまし取ることを断念した。すなわち、現金の交付を求める文言が述べられていない。そのため、甲に詐欺未遂罪(246条1項、250条)の成立を認める結論を導くためには、実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しないと考える必要がある。

2.実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る危険性を有するものを行うことをいう。したがって、構成要件該当行為そのものの開始がなくても、これと密接な行為がある限り、着手を認めることができるのが原則である。
 もっとも、手段限定型犯罪は、法益侵害に至る危険性を有する密接な行為のうち、特定の手段に限定して構成要件とした犯罪類型であるから、罪刑法定主義の観点から、それ以前の行為に実行の着手を認めることはできない
 1項詐欺罪は、「人を欺いて財物を交付させ」るという手段限定型犯罪である(246条1項)。したがって、着手があるというためには欺く行為の開始を要し、その前段階の「密接な行為」に着手を認めることはできない。

3.欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう
 現金の交付を求める文言は、財産的処分行為そのものを求めるものであり、欺く行為の最終段階に申し向けるのが通例である。詐欺を実現するためには、その前段階において、現金交付要求に応じるか否かの判断の基礎となる重要な事項を偽る必要があり、その時点で既に欺く行為は開始されたと評価しうる。
 したがって、実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しない。

4.以上から、甲に詐欺未遂罪の成立を認める結論を導くためには、現金の交付を求める文言を述べる前の時点で欺く行為が開始されたという説明が考えられる。

第2.設問1(2)

1.②の1回目の電話において、甲は、真実は警察官でないのに、警察官になりすまして名前と電話番号を告げた。相手が警察官であることは、2回目の電話以降におけるうその信用性を左右しうる。しかし、相手が警察官だからといって、特別な事情もないのに200万円を交付するという判断に至ることはないから、重要な事項とはいえない。
 したがって、②は、200万円を乙丙に交付するかの判断の基礎となる重要な事項を偽るものとはいえず、欺く行為の開始とはいえない。

2.③の2回目の電話は、Aの預金口座が不正利用された疑いがあること、その捜査のため200万円を預金口座から引き出してA宅に持ち帰る必要があることを内容とする。上記各事実は、預金口座が不正利用されたという特別な事情があり、捜査に協力するには、多額の現金の移動も含む警察官の特別な指示に従わなければならないという判断を基礎づけるから、これから向かう者が警察官であること(⑤)、捜査のためその警察官に200万円を預ける必要があること(現金交付要求)に係るうそと相まって、200万円を乙丙に交付するかの判断の基礎となる重要な事項といえる。②と③には、200万円を交付するかの判断の基礎となる重要な事項に係るうそが含まれているか否かという点において実質的相違がある。
 以上から、③は、200万円を乙丙に交付するかの判断の基礎となる重要な事項の一部を偽る行為として、欺く行為の開始と評価できる。

3.なお、③の段階では、Aがうそを信用せず、④に至らない可能性がある。しかし、欺く行為が開始された以上は着手があり、被害者が現に錯誤に陥って財物交付に至るか否かは既遂の成否の問題にすぎない。
 したがって、上記2の結論を妨げない。

4.よって、③の時点で実行の着手が認められる。

第3.設問2

1.詐欺未遂罪の共同正犯(60条)

(1)前記第2と同様の理由により、甲がBに2回目の電話をかけた某月6日午前10時の時点で、甲に詐欺未遂罪が成立する。

(2)乙丙は上記(1)について共同正犯となるか。

ア.確かに、甲が、乙丙に、Bにうそを言って300万円をだまし取ってくるよう指示したのは、前記(1)の後である。
 しかし、共謀は暗黙の意思連絡でも足りる(スワット事件判例参照)
 甲乙丙は、同じ計画で常習的に高齢者から現金をだまし取っていた。甲が新たな対象者を選定して計画どおり電話することについて、甲乙丙に暗黙の意思連絡があり、事前に黙示の共謀が成立していたといえる。

イ.仮に、黙示の共謀の成立を認めず、上記甲の指示及び乙丙の了承があった時に共謀の成立を認めるとしても、受領行為が詐欺を完遂する上で欺く行為と一体のものとして予定されていた場合には、その後の受領行為にのみ加功した者であっても、詐欺罪の共同正犯が成立する(だまされたふり作戦事件判例参照)
 計画上、甲の電話とその後の乙丙の行為は詐欺を完遂する上で一体のものとして予定されていた。したがって、上記判例の趣旨によれば、乙丙が前記(1)に直接加功していなくても、共同正犯の成立を妨げない。

ウ.以上から、乙丙も詐欺未遂罪の共同正犯となる。

2.乙丙の強盗致傷罪(240条)の共同正犯

(1)乙は、丙と共にB宅に向かう道中で、Bを縛り上げてしまえば、より確実に現金を手に入れることができると考え、丙に対し、「縛った方が確実に金を奪える。縛って、金を奪ってしまおうぜ。」などと言い、丙はこれを了承した。強盗(236条1項)の共謀がある。

(2)「強盗」(240条)とは、強盗犯人を意味し、既遂・未遂を問わないが、少なくとも強盗の実行に着手したことを要する。強盗罪における暴行・脅迫は、被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要する
 乙丙はBの手足をそれぞれロープで縛り、口を粘着テープで塞ぎ、Bを床の上に倒した。Bの反抗を抑圧する程度の暴行がある。乙丙は、300万円を持ってB宅を出た。「他人の財物を強取した」といえ、強盗既遂となる。
 以上から、乙丙は強盗犯人であり、「強盗」に当たる。

(3)因果関係は、行為の危険が結果に現実化したか否かによって判断すべきである。行為自体に結果発生の危険があり、被害者の不適切な行動が当該行為に誘発されたと認められる場合には、当該被害者の行為が結果発生の直接の原因であったとしても、行為の危険が結果に現実化したといえる(高速道路侵入事件判例、夜間潜水事件判例参照)

ア.手足をロープで縛られた状態で床に倒されれば、頭部をかばうことができず、床に頭部を打ちつけて打撲の傷害が生じる危険があるから、前記(2)の暴行自体に、頭部打撲の傷害発生の危険がある。

イ.確かに、頭部打撲の直接の原因は、Bが、Cから前記(2)のロープ・粘着テープを取り外してもらった後に、転倒して床に頭を打ちつけた点にあり、上記アの危険の解消後に生じたともみえる。Bは、足のしびれでふらついて倒れそうで、Cは、Bを座らせ、そのままでいるように言ったのに、そのわずか1分後、Cがその場を離れた隙に立ち上がろうとした。足のしびれが回復する前に立ち上がろうとすれば転倒のおそれがあることは明らかで、Cの指示もその趣旨と容易に理解できるのに、敢えてこれを無視したから、不適切な行動であり、BがCの指示に従い、適切に回復を待って立ち上がれば、頭部打撲に至らなかったと評価できる。
 しかし、足のしびれは長時間の緊縛、すなわち、前記(2)の暴行によって生じた。Bが立ち上がったのは、奪われた物の有無を確認するためであった。被害状況をすぐに確認したいと思うことは自然な感情であり、財物強取がなければ、不適切な行動に出ることはなかった。転倒したのは上記足のしびれが残っていたためで、前記(2)の暴行の影響が残存し、寄与したといえる。
 以上から、頭部打撲の直接の原因となったBの行動は不適切であるが、前記(2)の暴行及びこれと一体である財物強取に誘発されたと認められる。

ウ.したがって、前記(2)の暴行の危険が結果に現実化したといえる。

エ.以上から、前記(2)の暴行と頭部打撲の傷害に因果関係がある。

(4)全治2週間を要する頭部打撲は軽微ともいえるが、健康状態を不良に変更し、その生活機能の障害を惹起した以上は、たとえ軽微であっても「人を負傷させた」といえる(判例)

(5)基本犯に加重結果発生の高度の危険が含まれている以上、基本犯について共犯が成立する場合において、加重結果が発生したときは、結果的加重犯の共犯が成立する(判例)
 上記(1)(2)のとおり、強盗の共同正犯が成立する以上、強盗致傷罪の共同正犯の成立を妨げない。

(6)以上から、強盗致傷罪の共同正犯が成立する。

3.甲の強盗致傷罪の共謀共同正犯

(1)共謀共同正犯が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)及び共謀者の一部による犯罪の実行が必要である

ア.前記1(2)アのとおり、詐欺について正犯意思及び共謀がある。

イ.もっとも、乙丙が実行したのは、強盗致傷であった。
 共謀内容と異なる犯罪が行われた場合において、共謀にのみ参加した者に共謀共同正犯が成立するためには、共謀と実行正犯の行為との間に因果関係があることを要する(教唆の事案におけるゴットン師事件判例参照)
 確かに、これまで甲乙丙が計画に基づき常習的に行っていたのは詐欺であって、強盗でない。
 しかし、甲は、Bを選んだ上、Bに1回目・2回目の電話をかけ、Bは甲のうそを信用し、預金口座から300万円を引き出して自宅に持ち帰った。乙丙は、その300万円を強取した。甲が、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言い、Bが信用したため、乙丙は警察官であることを告げ、Bに玄関ドアを開けさせることができた。前記2(1)の乙丙による強盗の共謀は、詐欺の共謀に基づきB宅へ向かう道中で、より確実に現金を手に入れるためにされた。乙は、強盗致傷の共謀において、「奪った300万円を3人で分ければ問題ないだろう。」と言い、犯行後、乙丙は、甲に、いつもどおりのやり方でBから300万円をだまし取ってきたと虚偽の報告をし、それぞれ100万円ずつ山分けした。これらの事実から、詐欺の共謀は、乙丙による強盗致傷を誘発し、その危険を高めたと評価できる。
 以上から、詐欺の共謀と乙丙の強盗致傷との間に因果関係がある。

ウ.したがって、共謀共同正犯の要件を満たす。

(2)甲の認識は詐欺で、乙丙が実行したのは強盗である。
 共犯者の認識、予見した犯罪事実と実行行為者の実現した犯罪事実が異なる場合であっても、同一の構成要件内の錯誤であれば故意を阻却しない。また、錯誤が異なる構成要件にまたがるときであっても、構成要件が重なり合う範囲において故意がある
 確かに、詐欺も強盗も財産犯であり、財物・財産上の利益の限度で保護法益が共通する。
 しかし、詐欺は副次的に財産処分の自由を保護する一方、強盗罪は副次的に生命・身体の安全を保護する。この点で保護法益に包含関係がない。これに対応して、詐欺は欺く行為を手段とし、被害者の意思に基づいて交付を受けるのに対し、強盗は暴行・脅迫を手段とし、被害者の反抗を抑圧してその意思に反し強取するから、行為態様にも包含関係がない。構成要件が重なり合うとはいえない。
 したがって、甲に強盗の故意がない。

(3)よって、強盗致傷罪の共同正犯は成立しない。

(4)Bの致傷結果については、故意がなくても重過失致傷(211条後段)は成立しうる。
 共同正犯は特定の犯罪を共同して実現する点に本質があるから、同一の犯罪又は異なる犯罪のうちの重なり合う限度で共同正犯が成立する(部分的犯罪共同説、シャクティ事件判例参照)
 強盗致傷と重過失致傷は同罪の限度で重なり合うから、甲は同罪の限度で共同正犯となる。

4.甲の盗品等無償譲受け罪(256条1項)

(1)100万円は、前記2の強盗致傷によって領得されたから、「財産に対する罪に当たる行為によって領得された物」に当たる。
 甲は、山分けで受け取ったから、「無償で譲り受けた」に当たる。

(2)乙丙は、甲に、いつもどおりのやり方でBから300万円をだまし取ってきたと虚偽の報告をしており、甲は詐欺で領得したと誤信し、強盗致傷で領得された認識を欠いていたと考えられる。

ア.盗品等罪が成立するには、盗品犯において、何らかの財産罪に当たる行為により領得された物であることの認識があれば足り、本犯がいかなる罪か、被害者又は犯人が誰かを知る必要はない(判例)
 甲は、詐欺で領得されたとの認識はある以上、何らかの財産罪に当たる行為により領得された物であることの認識がある。

イ.甲は自らも詐欺の共同正犯、すなわち、本犯と認識しており、その認識によれば盗品等罪は成立しないから、故意がないともみえる。
 しかし、本犯が盗品等罪で重ねて処罰されないのは共罰的事後行為として包括評価されるからであり、本犯にも盗品等罪の認識がある。したがって、自らが本犯と認識していても、盗品等罪の故意は否定されない。

ウ.以上から、故意がある。

(3)以上から、盗品等無償譲受け罪が成立する。

5.同一法益に対する複数の行為が犯罪を構成する場合であっても、各行為が同一の意思決定に基づくものではないときは、包括一罪ではなく、数罪を構成する(熊打ち事件判例参照)
 前記1の詐欺未遂と、前記2の強盗致傷は、300万円の現金について法益が共通する。しかし、前者が甲の指示によるもので、後者は道中での乙丙の新たな共謀によるから、同一の意思決定に基づくものではない。
 したがって、両罪は包括一罪でなく、併合罪(45条前段)となる。

6.よって、甲は詐欺未遂、重過失致傷、盗品等無償譲受けの罪責を負い、前2者は1個の共謀加功によるから観念的競合(54条前段)となり、その余の罪と併合罪となる。乙丙は、詐欺未遂及び強盗致傷の罪責を負い、併合罪となる。

第4.設問3

1.一般に、強制力を行使する権力的公務は、妨害行為を実力で排除できるから民間業務と同様に保護する必要はなく、「業務」には当たらない(新潟県議会事件判例参照)。もっとも、強制力を行使する権力的公務であっても、虚偽通報による偽計のように実力で対処できない手段に対してはなお要保護性があるから、そのような手段による妨害行為との関係では「業務」に当たる(ネット掲示板虚偽殺人予告事件参照)

2.妨害されたD及び警察官5名の逮捕行為は、いずれも強制力を行使する権力的公務である。

(1)確かに、丁は、怒号しながら両手を広げて立ちはだかり、道を塞いだ。そのため、Dは、直ちに乙を追い掛けることができず、乙を逮捕することができなかった。Dは1人であり、実力で対処できなかったともみえる。
 しかし、結果的に乙を逮捕できたか否かは別として、Dは、逮捕の執行に必要な有形力の行使として、丁を物理的に制圧して排除する等の民間業務では適法になしえない強制力を適法に行使しえた。したがって、丁の威力が実力で対処できない手段によるものとは評価できない。
 よって、Dの公務は上記威力との関係で「業務」に当たらないから、威力業務妨害罪(234条)は成立しない。

(2)Y警察署に電話をかけ、「Y署近くの路上で、通り魔に刺されました。すぐに来てください。」などとうそを言った丁の行為は、虚偽通報による偽計であり、通報を受けた時点ではその真偽は不明である以上、更なる通り魔事件発生への警戒等を行わざるを得ない。5名いれば直ちに真偽がわかるわけでない。実力で対処できない手段と評価できる。
 よって、警察官5名の公務は上記偽計との関係では「業務」に当たるから、偽計業務妨害罪(233条)が成立する。

以上

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