1800?1578? 裁判所令和6年度概算要求書について

1.裁判所のウェブサイトに、令和6年度歳出概算要求書が掲載されています。その43頁(PDFでは47頁)には、「司法修習生旅費」として、「第77期(導入修習) 1578人」との記載がある。77期というのは、今年の司法試験の合格者に対応します。令和5年度概算要求書では、同様の箇所に、1800人と記載されていたのでした(「裁判所令和5年度一般会計歳出概算要求書からわかること」)。単純にこれを比較すると、「1800人だったはずが、1578人になった。」という印象を受けます。この記載を根拠に、「論文の採点をしたら出来が悪く、1800人も合格させることができないことが判明したから、1578人にすることが決定されたに違いない。」とか、「1578人分の予算しか用意されていないのだから、合格者数が1578人を超えることは絶対にない。」のような言説が拡散しそうなので、拡散に加担したらダメだよ、というのが、今回のお話です。

2.まず、「論文の採点をしたら出来が悪く、1800人も合格させることができないことが判明したから、1578人にすることが決定されたに違いない。」という言説は、以下のような状況を前提にしています。

【想定される状況】

◯司法試験委員会担当者 「もしもーし。裁判所さんですかー。司法試験の合格者なんですけどぉ、昨年度は1800人って言ってたんですけどぉ、今ねぇ、採点してるんだけど、考査委員に聞いたらひっどい出来らしいんスよ。なので、1578人しか合格させないことにしましたんで、よろしくー。」

◯裁判所担当者 「あっそうですかー、わかりましたー、じゃあ今年度の概算要求には1578人って書いちゃいますねー。ありがとうございましたー♪」

 こんなのがあり得るか。合格者数とか採点状況は部外秘扱いになっているのが当たり前なわけで、公開されることがわかっている情報の基礎資料として提供するはずがありません。上記のような言説が根拠のないデマであることは明らかです。

3.「1578人分の予算しか用意されていないのだから、合格者数が1578人を超えることは絶対にない。」という言説についても、流用・移用が可能であることを知っていれば、すぐデマとわかる類のものです。

(参照条文)財政法

32条 各省各庁の長は、歳出予算及び継続費については、各項に定める目的の外にこれを使用することができない

33条 各省各庁の長は、歳出予算又は継続費の定める各部局等の経費の金額又は部局等内の各項の経費の金額については、各部局等の間又は各項の間において彼此移用することができない。但し、予算の執行上の必要に基き、あらかじめ予算をもつて国会の議決を経た場合に限り、財務大臣の承認を経て移用することができる
2 各省各庁の長は、各目の経費の金額については、財務大臣の承認を経なければ、目の間において、彼此流用することができない
3、4 (略)

 これをきちんと話し始めると、「予算は、各部局等→項→目の順に細分化され、「項」は予算の目的を構成するので国会の議決対象となるが、「目」は同一目的内部の行政上の分類に過ぎないから国会の議決対象とはならない。したがって、「目」の間の流用は財務大臣の承認で可能であるが、各部局等の間や「項」の間の流用はできないとされていた。しかし、予算の柔軟執行の必要から各部局等の間や「項」の間の融通を許すことも認められるようになって、それを「移用」と称するようになったんですよ。」みたいな話(※)になるわけですが、多分「はぁ?」という感じになると思うので、「移用」を認める改正が提案された際の政府の説明を紹介しましょう。これで、何となくイメージは湧くはずです。
 ※ この辺りを含めた財政法の歴史に興味がある人は、藤井亮二「70 年を迎えた「財政法」制定過程と国会での議論」『経済のプリズム』165号(2018)を趣味で参照して下さい。

衆院大蔵委員会昭24・3・30より引用。太字強調及び現代表記化は筆者。)

阪田泰二(大蔵事務官)説明員 部局別予算の流用の問題であります。部局別予算の流用につきましては、従来におきましても同じ名称の項につきましては、部局相互間の流用が認められておりましたわけであります。今回は部局の相互間の流用を、ややそれよりも広くなるかとも思いますが認める。なお項の間の流用も認める。ただこの流用ということは、今まで一般に言われております目節の流用とは異なりまして、部局あるいは項を移して予算を使用するというような考え方でありますので、今回は移用というような名称にかえましたが、実態は同じことでありまして、部局等の予算を移して使うということを認めておるわけであります。実際こういうような移用の必要が起つて参ります場合は、主として給与関係でございます。たとえば大蔵省の主計局あるいは銀行局で、それぞれ給与予算が組んであります。その場合にたとえば家族手当等について考えますと、家族手当の額は平均家族数といつたようなもので、単価をはじいて計上してあるわけであります。ところが実際問題といたしまして、その予算の実行過程におきまして、ある局の職員の家族がふえるとか、家族が減るとか、いろいろ支障が起つて参りますが、そういうことが全然調整できないようになつておりますると、予算の実行上支障を生じて来るそういう支障が生じないように、非常に余裕のある家族数で、よけいに見積つた予算を組んでおくようなことにいたしますると、部局ごとにそういうふうなよけいな予算を組むと、全体の予算が非常にふくれて来るというような問題がありますので、こういうような場合に備えるために、大蔵省なら大蔵省の各部局の間で、そういうような経費がある部局では不足する、ある部局では余りがあるというような場合に、これを移して用いることができるようにしたい。こういうようなことが基本的な考え方であります。

(引用終わり)

 このことを司法修習の経費の話に引き移してざっくりと考えれば、仮に合格者が予算で想定された人数より多かったとしても、流用・移用で融通できるわけだから、「1578人分の予算しか用意されていないのだから、合格者数が1578人を超えることは絶対にない。」なんてあり得ないことがわかるでしょう。ちなみに、新型コロナウイルス感染症の感染拡大期には、流用・移用が急増したことが知られています(三瓶朋秀「急増する移流用」『経済のプリズム』221号(2023) 16~22頁)。あれだけの混乱があっても、色々とやりくりして対応できる。予算の執行には、それなりの柔軟性が認められているのです(もちろん、財政民主主義の観点から、やり過ぎは問題ですが。)。

4.それでは、令和5年度の概算要求書で1800人とされたものが、どうして、令和6年度の概算要求書では1578人とされたのでしょうか。こういうのは案外と細目技術的・属人的な要素で決まっていたりするので、正確なことはわかりませんが、ちょっと考えてみましょう。
 そもそも、令和5年度の概算要求書と令和6年度の概算要求書の双方に、77期修習生の導入修習経費が計上されたのは、なぜでしょうか。それは、令和5年から司法試験の合格発表の時期が後ろ倒しになったことで、導入修習が年度をまたぐことになったからです。この点は、山中理司弁護士がXで公開している資料がわかりやすいですね。予算は、各会計年度ごとに作成され、各会計年度における経費は、その年度の歳入から支弁しなければなりません(財政法12条)。これに対応して、毎会計年度の歳出予算の経費の金額は、繰越明許費等の例外を除き、翌年度に使用することができないとされている(同法42条)。これを会計年度独立の原則といいます。会計年度は、国・地方公共団体の事業年度と同様、毎年4月1日に始まり、3月31日に終わります(同法11条)。

(参照条文)財政法

11条 国の会計年度は、毎年4月1日に始まり、翌年3月31日に終るものとする。

12条 各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない。

42条 繰越明許費の金額を除く外、毎会計年度の歳出予算の経費の金額は、これを翌年度において使用することができない。但し、歳出予算の経費の金額のうち、年度内に支出負担行為をなし避け難い事故のため年度内に支出を終らなかつたもの(当該支出負担行為に係る工事その他の事業の遂行上の必要に基きこれに関連して支出を要する経費の金額を含む。)は、これを翌年度に繰り越して使用することができる。

 なので、年度をまたぐ場合、繰越しの例外によらないときは、年度ごとに分けて計上する必要があるのです。令和5年司法試験の合格者がそのまま修習に行く場合、令和6年3月の導入修習に係る経費は令和5年度分に計上し、令和6年4月以降に係る経費は令和6年度分に計上しなければならないというわけです。これが、令和5年度の概算要求書と令和6年度の概算要求書の双方に、77期修習生の導入修習経費が計上されている理由です。年度をまたいでいなかった令和4年の概算要求書48頁(PDFでは52頁)と比較すると、単価が半額になっているのも、分割して計上しているからなのです。
 以上のことを理解した上で、令和5年度の概算要求書で1800人とされたものが、令和6年度の概算要求書では1578人とされた理由を考えてみましょう。令和5年度の司法修習生旅費に係る予算は、要求どおり満額(9195万円)認められています(令和5年度裁判所所管一般会計歳出予算各目明細書6頁(PDFでは7頁))。それなら、概算要求をする側としては、「翌年度も強気で押していけんじゃね?」という感覚になりそうなところ。それを、1578人という控えめな数字をベースに算出した理由は何か。これは飽くまで1つの推測ですが、令和5年度は、強気の数字をベースにしやすかったし、そうしておく必要があったのでしょう。令和5年度は過渡期であったため、76期修習生の導入修習分を計上する必要がなく、かつ、77期修習生の導入修習分も半額しか計上する必要がなかったのでした。なので、強気の数字を計上しても、総額は小さめの数字になる。ここで控えめの数字にすると、翌年にすごい増額になったような印象を与えるので、(事情をよく知らない主計局の人の)査定が厳しくなりかねません。それで、強気に概算要求をしておいた。一方で、令和6年度は、77期分と78期分の双方を計上することになるので、全体の額が増えます。実際のところ、令和6年度概算要求における司法修習生旅費は1億1560万2千円で、昨年度より2365万2千円の増額です。そうしたことから、令和6年度は強気になれなかったし、なる必要もなかった。そういうことなのだろうと思います。

5.いずれにしても、「論文の採点をしたら出来が悪く、1800人も合格させることができないことが判明したから、1578人にすることが決定されたに違いない。」とか、「1578人分の予算しか用意されていないのだから、合格者数が1578人を超えることは絶対にない。」のような言説は、いずれも根拠のないデマであることが明らかです。SNS上でこのような情報を目にすることがあっても、決して拡散することのないようにしましょう。見る人が見れば、「あ、この人ってこんなの拡散しちゃってるんだ。」という感じに映ります。

6.なお、令和6年度歳出概算要求書の44頁(PDFでは48頁)には、「第78期(導入修習) 1425人」との記載がありますが、これも、「来年の司法試験の合格者数は、今年より減ることが確実だ。」という根拠になるものではありません。念のため。 

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