1.裁判所ウェブサイトに、令和5年度 一般会計歳出概算要求書が掲載されています。これには、興味深い部分がある。48頁(PDFでは52頁)をみると、「司法修習生旅費」の記載があり、備考欄には、「1年次生」として、「1800人」と記載されているのです。この「1年次生」とは、今年度実施に係る導入修習の対象となる者を指している考えられますから、概ね今年の合格者に相当します。そうすると、「今年の合格者数は1800人前後になるに違いない。」と思いたくなります。しかし、そのような単純な推測が誤りであることは明らかです。なぜなら、平成29年度の概算要求書でも、同様に1800人と記載されていた(49頁(PDFでは53頁)参照)わけですが、実際の合格者数は1543人だったからです。平成30年には、この概算要求書の数字を根拠として、「今年の合格者は確実に減る。」というデマが拡散されそうになったことがあり、当サイトが火消しを行ったこともありました(「今年の合格者数に関する誤った情報について」、「平成30年司法試験の結果について(1)」)。このように、裁判所の概算要求書に記載された数字から、短絡的に合格者数を予測してはいけないのです。
2.では、今回の数字が何の意味も持たないのかというと、そういうわけではない。概算要求書の作成プロセスに即して、具体的に考えてみましょう。以前の記事(「今年の合格者数に関する誤った情報について」)で説明したとおり、概算要求書は、前年度の8月31日までに作成する必要があり、その時点では、いまだその年の司法試験の結果は公表されていないので、直近の実績値を参照しようとすると、以下のような感じになるのでした。
(1)平成28年度の概算要求書は、平成27年8月31日までに作成しなければならず、その時点ではいまだ平成27年司法試験の結果は公表されていないので、最も直近で確認できる数字として、平成26年司法試験の結果(合格者数1810人)を参照することになる。 (以下略) |
このようにして、平成28年度以降について概算要求書に記載された数字と、概算要求書作成時点で参照される直近実績値となる合格者数を対応させたのが、以下の表です。なお、令和2年司法試験では、試験の実施、合格発表等の延期がありました(「令和2年司法試験の合格発表等の日程について」)が、概算要求書作成時に合格者数が公表されていないという事情に変わりはありません。
年度 |
概算要求書 における数字 |
参照する 合格者数 |
平成28 | 1810 | 平成26年司法試験 (1810) |
平成29 | 1800 | 平成27年司法試験 (1850) |
平成30 | 1500 | 平成28年司法試験 (1583) |
平成31 | 1600 | 平成29年司法試験 (1543) |
令和2 | 1600 | 平成30年司法試験 (1525) |
令和3 | 1523 | 令和元年司法試験 (1502) |
令和4 | 1492 | 令和2年司法試験 (1450) |
令和5 | 1800 | 令和3年司法試験 (1421) |
これを見ると、平成28年度から令和4年度までの概算要求書の記載は、概ね参照した直近実績値に沿っているのに、令和5年度だけ違う、ということがわかります。これは、今年から在学中受験が可能となる(「在学中受験資格に関するQ&A」)という特殊事情を考慮したものでしょう。具体的には、「今年から在学中受験が可能となることから、受験者が増加するだろう。それにもかかわらず、合格者数が据え置かれるならば、極端に合格率が低下するおそれがある。したがって、今年は直近実績値よりも合格者が増加する蓋然性があるから、その分を多めに見積もることに合理的な根拠がある。」ということです。このことは、「今年は合格者が増加するだろう。」という認識が、関係者間で相当程度共有されていることを示唆します。このような認識が、及落判定に当たる考査委員の間でも共有されているとすれば、「今年は当然合格者を増やすんだよね。」という雰囲気の中で合格点が決定されるでしょう。そういう意味では、実際に今年の合格者が増加すると予想することにも、相応の根拠があるということができます。
3.もっとも、その予想を覆し得る要素が2つあります。1つは、今年の在学中受験希望者の数です。これが、想定より少なかった場合には、「在学中受験の増加で受験者が増加するのに、合格者数を据え置くと合格率が極端に低下するおそれがある。」という前提が崩れます。「在学中受験がこの程度なら、これまでどおりでもいいんじゃね?」という雰囲気になりかねないでしょう。もう1つは、今年の論文式試験全体の出来です。当初は、「今年は当然合格者を増やすよね。」という雰囲気だったとしても、実際に採点してみて、「いやこれで合格者を増やすのはひどいでしょう。」という感想が考査委員の間に共有されれば、一気に空気が変わるでしょう。「合格者数3000人」の政府目標が達成できなかったのも、試験の出来があまりに悪すぎた、という考査委員の判断によるものでした。
(司法制度改革審議会集中審議(第1日)議事録より引用。太字強調は筆者。) 藤田耕三(元広島高裁長官)委員 大分前ですけれども、私も司法試験の考査委員をしたことがあるんですが、及落判定会議で議論をしますと、1点、2点下げるとかなり数は増えるんですが、いつも学者の試験委員の方が下げることを主張され、実務家の司法研修所の教官などが下げるのに反対するという図式で毎年同じことをやっていたんです。学者の方は1点、2点下げたところで大したレベルの違いはないとおっしゃる。研修所の方は、無理して下げた期は後々随分手を焼いて大変だったということなんです。 そういう意味で学者が学生を見る目と、実務家が見る目とちょっと違うかなという気もするんです。 (引用終わり) (「基本ルールTF/基準認証・法務・資格TF議事録(法務省ヒアリング)平成19年5月8日(火)」より引用。太字強調は筆者。) 佐々木宗啓(法務省大臣官房司法法制部参事官) 私 、ここに来る前に司法研修所の民事裁判の教官をやってございました。そして、弁護士になるにしても、何になるにしても、イロハであるものに要件事実の否認と抗弁の違いというものがございます。これについてのあってはならない間違いとして、無権代理の抗弁というものがございます。 これは昔でありましたら、1つの期を通じて間違いを冒すのが数名出るか出ないかであって、幻の抗弁と呼ばれていたのですが、最近になりましたら、それがクラスでちらほら見かけられるようになった。新60期のときには、いくつかのクラスに2桁出てしまっており,相当大変な事態になっているのではないかと思います。 (引用終わり) (平成20年度規制改革会議第1回法務・資格タスクフォース議事概要より引用。太字強調は筆者。) 佐々木宗啓法務省大臣官房司法法制部参事官 再々申し上げていますように、司法試験合格者数につきましては、司法試験委員会においてどうするということが判定される。そのときに判定する基準は、受験者が法曹三者になろうとするものに必要な学識及びその応用能力を有するか否かということになります。このような判定基準によるそういう資格試験ですので、実際に採点してみないと、その基準に達する者が何人いるかはわからない。 (中略) 福井秀夫(政策研究大学院大学教授)主査 その目標の数字を前提とすると、おっしゃったことは資格試験だから能力本位で、数は後から付いてくるものだという御趣旨の建前だと思うんですが、実際には数の目標で、ある程度のボリュームをコントロールすると、ボーダーラインの水準は常に動くはずですね。その関係はどう見ておられますか。 佐々木参事官 特にボリュームをコントロールしているということではなくて、司法試験委員会において、この程度まで達していれば法曹となろうとする者にふさわしい能力があるということを考えられて,そこで切っているので、数ありきの判定ではないと御理解いただければと思います。 福井主査 仮に 3,000 人の目標年次においてふさわしい能力の者が、今年は特別できが悪くて 300 人しかいなかったというときに、10 分の1の 300 人を合格者にするということは少し考えにくいのではないですか。 佐々木参事官 我々としては、300 人であれば 300 人でしょうし、6,000 人ならば 6,000 人なのではないか,と申し上げることになります。 福井主査 一応、政府の方針は司法試験委員会としては勘案されるわけでしょう。 佐々木参事官 勘案はしますけれども、質を低下させるということはできない,質を維持し確保しながらの増員というのが閣議決定の内容と考えているわけです。 (引用終わり) (法科大学院特別委員会(第42回)議事録より引用。太字強調は筆者。) 土屋美明(共同通信)委員 すいません、私、司法試験委員会の委員をしておりまして、説明しなければならない立場かと思うのですが、皆さんご存知の通りこれは守秘義務がございます。そういう意味では中身をですね、全部お話するという事はとても出来なくて申し訳ないと思うんですが、今回初めて考査委員の会議にも出席させて頂いて、色んな方のお話を伺いました。非常に多彩な意見の方がいて、昨年までの考査委員の会議の判定の仕方と今年は違っているという風に事務局からはうかがいました。委員の皆さんの考え方がより反映されるような判定をするという方式に変わったという風に了解しております。一応目安として、本年度3,000人程度と言う合格者数、2,900人から3,000人と言う目安が出されてはおりましたけれども、それとの関連で合格者数を決めるというような発想はあまり取られていなかったように私は受け止めました。私の感じです。あくまで委員の皆さんがこの結果でもって、法曹資格を与えるに値するかどうかという事を非常に慎重に議論されていらっしゃる。受験者の中身を見ようという風に皆さん考えていらっしゃったという事が言えるかと思います。私の感想は以上です。 (引用終わり) (法科大学院特別委員会(第48回)議事録より引用。太字強調は筆者。) 井上正仁(東大)座長代理 司法試験については、司法試験委員会ないし法務省の方の見解では、決して数が先にあるのではなく、あくまで各年の司法試験の成績に基づいて、合格水準に達している人を合格させており、その結果として、今の数字になっているというのです。確かに、閣議決定で3,000人というのが目標とはされているのだけれども、受験者の成績がそこまでではないから、2,000ちょっとで止まっているのだというわけです。それに対しては、その合格者決定の仕方が必ずしも外からは見えないこともあり、本当にそうなのかどうか、合格のための要求水準について従来どおりの考え方でやっていないかどうかといった点も検証する必要があるのではないかということは、フォーラムなどでも申し上げております。 (引用終わり) (参院法務委員会令和元年5月30日より引用。太字強調は筆者。) 政府参考人(小出邦夫君) 推進会議決定におきましては、今後新たに養成し、輩出される法曹の規模として千五百人程度は輩出されるよう必要な取組を進めることとされております。他方…司法試験委員会においては、この推進会議決定を踏まえつつ毎年の司法試験の合格者を決定しているものと承知しております。 ただ、司法試験の合格者は、あくまでも実際の試験結果に基づいて決定されるものでございます。実際の試験の結果と関わりなく一定数を合格させるものではございません。したがいまして、あらかじめ決められた一定数を合格させる試験ではないといった法務省の答弁の趣旨は、こういったことを説明したものでございます。 (引用終わり) |
この要素は、受験生の努力によって左右されます。「じゃけん、みんな頑張りましょうね。」というのが、当サイトからのメッセージです。