【答案のコンセプト等について】
1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。
2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。今年の刑事系第2問についていえば、設問1は基本論点がわかりやすく、多くの人が最低限の規範の明示と事実の摘示をこなしてきそうであることから、参考答案(その1)ではちょっと物足りない感触を持ちます。もっとも、設問2で部分ごとに的確に整理して検討できている人は少なそうで、実況見分調書①の写真及び説明部分について、「実際に解錠できたかの真実性が問題になる。」のような論述をする答案が一定数ありそうなことを踏まえると、参考答案(その1)でも、ギリギリ合格ラインには乗っているのではないかと思います。
3.参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」、「司法試験平成29年最新判例ノート」の付録論証例集、「論証例:マンション施設内ごみ集積所のごみの領置」の論証例に準拠した部分です。
【参考答案(その1)】 第1.設問1 1.捜査① (1)ごみ置場はアパートの敷地内にある。敷地内のごみ置場のごみは、ごみの所持者である管理会社等から任意提出を受けて領置(221条)することにより、ごみの占有を取得できる。その可否は、一般に居住者がごみの中身を見られることのない期待を有することを踏まえ、領置が必要かつ相当かで判断する。
(2)大家がごみ置場のごみの分別を確認し、公道上にある地域のごみ集積所に、ごみ回収日の午前8時頃に搬出することにつき、あらかじめ居住者から了解を得ている。Pは、ごみ回収日の午前6時頃にPがごみ袋1袋をごみ置場に捨てたのを確認した後、大家と一緒にごみ置場に向かい任意提出を受けた。
(3)本件事件は住居侵入・強盗殺人未遂事件である。Vは、午前2時12分頃、110番通報し、強盗の被害に遭って犯人にゴルフクラブで頭を殴られたこと、犯人はゴルフクラブを持って逃走したと思われ、着衣・背格好は黒のニット帽、黒のマスク、黒のジャンパー、黒の手袋、緑の作業ズボン、黒のスニーカー姿の身長165cmくらいで、小太りの男性と伝えた。V方付近コンビニの防犯カメラ映像に午前2時7分頃、Vが告げた犯人の着衣や背格好などに酷似した男性が、長い棒状の物を手に持ち北西方向に走っている様子が記録されていた。コンビニから北西に約1km離れた場所にあるGSの防犯カメラ映像に、午前2時22分頃、マスクは着けておらず、長い棒状の物も持っていなかったものの、コンビニ防犯カメラ映像に記録された男性と酷似した男性の甲が、GSの向かいにあるアパートの中に入っていく様子が記録されていた。甲は、犯人である可能性が高い。もっとも、現場からは、足跡以外に、犯人の特定につながる証拠を発見できなかった。 (4)確かに、ごみ置場はアパートの敷地内にある。 (5)よって、捜査①は、適法である。 2.捜査② (1)容器は公道上に投棄されており、遺留物として領置(221条)の対象となるが、その可否は、容器に付着した唾液からDNA型を知られることのないプライバシーの期待を踏まえ、領置が必要かつ相当かで判断する。
(2)捜査①のごみ袋から発見された黒のスニーカーの靴底の紋様がV方廊下に付着していた足跡と矛盾しなかったが、大手ディスカウントショップで大量販売されていたものであった上、同スニーカーから、犯人の特定につながる証拠を得ることもできなかったため、この段階では甲の逮捕状を請求することは難しかった。犯人の逃走経路と考えられる植え込みの中からゴルフクラブと黒のマスクが発見された。ゴルフクラブに付着した血液のDNA型とVのDNA型が一致した。マスクの外側に付着した血液のDNA型とVのDNA型が一致し、内側に付着した血液については、マスクが本件事件の凶器であると考えられるゴルフクラブと同じ場所に投棄されていたこと、犯人が犯行当日に黒のマスクを着け、Vの拳が犯人の鼻付近に強く当たったことなどから、犯人の血液である可能性が極めて高いと認められた。もっとも、その血液のDNA型は、警察が把握していたDNA型のデータベースには登録されていなかった。甲方に複数人が出入りしており、ごみの中から甲のDNA型を特定するための証拠を入手することが難しい状況であった。炊き出しの参加者が多く、甲が使用した容器だけを選別することは困難であった。 (3)確かに、容器が投棄されたのは公道上である。 (4)よって、捜査②は、違法である。 第2.設問2 1.実況見分調書① (1)調書全体 ア.320条1項の「書面」(供述代用書面)とは、供述を内容とする書面であって、その供述により再現されたとおりの事実の存在を要証事実とするものをいう。 イ.実況見分調書は捜査機関が任意処分として行う検証であるから、書面による報告に適しており、捜査機関が定められた手続に基づいて作成するという点で、321条3項の趣旨が妥当する。したがって、同項が適用される。 ウ.よって、公判期日にQの真正作成供述があれば、証拠能力がある。 (2)写真部分 写真は、撮影者の供述を証拠とするものではなく、機械的に撮影された画像の存在又は状態が証拠となるから、非供述証拠(証拠物)である(現場写真につき新宿騒乱事件判例参照)。 (3)甲発言引用部分 指示説明とは、見分当時においてそのような指示があったことを要証事実とし、その指示の存在から見分の対象を確定し、又は見分の動機を明らかにするものをいう。指示説明は供述により再現されたとおりの事実の存在を要証事実としないから、他の部分と一体として証拠能力が認められる。 ア.「このように、ピッキング用具を鍵穴に入れてこうして動かしていくと解錠できます。」の部分は、その指示があったことを要証事実とし、複数枚添付された写真が甲の解錠状況を連続撮影したものである旨を確定するから、指示説明である。 イ.「このように解錠できました。」の部分は、その指示があったことを要証事実とし、甲が解錠後の錠を指さしている場面の写真が甲の解錠後の状況を撮影したものである旨を確定するから、指示説明である。 ウ.よって、いずれの部分も調書と一体として証拠能力がある。 2.実況見分調書② (1)調書全体 前記1(1)と同様、公判期日におけるRの真正作成供述を要する(321条3項)。 (2)写真部分 ア.現場供述とは、犯行当時において説明どおりの事実が存在したことを要証事実とするものをいう。現場供述は、供述により再現されたとおりの事実の存在を要証事実とするから、320条1項の「書面」に当たる。言語によらない身振りであっても、体験した事実を再現するものである限り、供述といえる。 イ.供述が機械的に記録された場合には、署名押印は不要である(犯行被害再現実況見分調書事件判例、290条の3第1項柱書第1かっこ書参照)。 ウ.よって、証拠能力がある。 (3)V発言引用部分
V発言の内容は、「このようにして、犯人は、右手に持っていたゴルフクラブで私の左側頭部を殴りました。」というもので、犯行当時において添付写真のようにして犯人が右手に持っていたゴルフクラブでVの左側頭部を殴った事実が存在したことを要証事実とするから、現場供述であり、320条1項の「供述」(伝聞供述)に当たる。 以上 |
【参考答案(その2)】 第1.設問1 1.捜査① (1)「所持者」(221条)とは、自己のために現実に物を支配している者をいう。
(2)領置が強制処分(197条1項ただし書)として法定された趣旨は、捜査機関が領置した物を押収物として還付せず占有し続けることができる(222条1項、123条2項)点にある。他方、領置に令状を要しない趣旨は、占有取得過程に強制がない点にある。したがって、占有取得過程に強制があるときは、実質的には221条の要件を満たさない。 ア.合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われる場合には、個人の意思を制圧するものといえる(上記判例参照)。
イ.ごみの中身から生活状況等を推知しうることを考慮すると、みだりにごみの中身をみられない自由は、個人の私生活上の自由の1つとして、憲法13条で保障される(京都府学連事件判例参照)。不要品として廃棄されたとはいえ、直前まで憲法上「所持品」(憲法35条1項)として押収を受けない権利があった。 ウ.以上から、占有取得過程に強制があるとはいえず、実質的にも同条の要件を満たす。 (3)同条の要件を満たす場合であっても、ごみの中身をみられないことの期待利益を侵害しうる以上、占有取得が任意の限界を超えるときは違法となる。領置が必要かつ相当かで判断する。
ア.本件事件は住居侵入・強盗殺人未遂で重大である。Vは、午前2時12分頃、110番通報し、強盗の被害に遭って犯人にゴルフクラブで頭を殴られたこと、犯人はゴルフクラブを持って逃走したと思われ、着衣・背格好は黒のニット帽、黒のマスク、黒のジャンパー、黒の手袋、緑の作業ズボン、黒のスニーカー姿の身長165cmくらいで、小太りの男性と伝えた。V方付近コンビニの防犯カメラ映像に午前2時7分頃、Vが告げた犯人の着衣や背格好などに酷似した男性が、長い棒状の物を手に持ち北西方向に走っている様子が記録されていた。通報のわずか5分前であり、長い棒状の物はゴルフクラブと考えて矛盾がなく、外見も酷似していることから、その男性が犯人と考えて矛盾がない。服装・体格は必ずしも特徴的とはいえないものの、午前2時に長い棒状の物を持って走ることは奇異であり、犯人である一応の疑いがある。
イ.確かに、ごみ置場はアパートの敷地内にある。一般に、敷地内には不特定多数人が自由に出入りすることは予定されないから、ごみの中身をみられないことの期待利益は、公道上のごみ集積所に置かれた状態よりは要保護性が高い(ダウンベスト等領置事件判例対照)。 (4)よって、捜査①は、適法である。 2.捜査② (1)「遺留した物」(221条)とは、占有者が占有を喪失し、又は占有を放棄した物をいう。 (2)もっとも、以下のとおり、実質において同条の要件を満たさない。 ア.確かに、甲は自ら容器を投棄している。一般に、たまたま付着していた唾液からDNA型が採取されたとしても、それだけで強制とは評価できない。 イ.確かに、甲は不特定多数人が通行しうる公道に投棄したから、容器を回収されないという期待利益があるにとどまり、その要保護性も低いとみえる。 ウ.以上から、捜査②は実質においてDNA型の強制採取であって、「遺留した物」とも「任意に提出した物」ともいえないから、221条の要件を満たさない。 (3)よって、捜査②は、違法である。 第2.設問2 1.実況見分調書① (1)調書全体 ア.供述とは、体験した事実を言語等によって再現することをいい、供述証拠とは、供述内容が証拠となるものをいう。伝聞法則(320条1項)の趣旨は、供述証拠には知覚、記憶、表現・叙述の各過程に誤りが混入しやすく、その真実性について吟味を要するところ、公判期日外における供述については、宣誓の手続(154条、刑法169条参照)、裁判官による供述態度の観察及び当事者による反対尋問の機会がないことから、裁判官に証明力の評価を誤らせる類型的な危険があるものとして、原則として法律的関連性が認められないとする点にある。したがって、同項の「書面」(供述代用書面)とは、供述を内容とする書面であって、その供述により再現されたとおりの事実の存在を要証事実とするものをいう。 イ.実況見分とは、五感の作用によって場所、物又は人の状態を認識する任意処分をいう。 ウ.実況見分調書は捜査機関が任意処分として行う検証であるから、書面による報告に適しており、捜査機関が定められた手続に基づいて作成するという点で、321条3項の趣旨が妥当する。したがって、同項が適用される。 エ.よって、公判期日にQの真正作成供述があれば、証拠能力がある。 (2)写真部分 ア.写真は、撮影者の供述を証拠とするものではなく、機械的に撮影された画像の存在又は状態が証拠となる(現場写真につき新宿騒乱事件判例参照)。したがって、撮影者の供述を内容とするとはいえない。 イ.もっとも、言語によらない身振りであっても、体験した事実を再現するものである限り、供述といえるから、被撮者の供述とみる余地はある。甲の身振りによる供述か。 ウ.したがって、写真部分は調書と一体であって、独立して「書面」の性質を有することはない。 エ.よって、証拠能力がある。 (3)甲発言引用部分 ア.「このように、ピッキング用具を鍵穴に入れてこうして動かしていくと解錠できます。」の部分は、甲がこれから行う動作を説明するにすぎず、甲が体験した事実を再現するものでないから、供述でない。 イ.「このように解錠できました。」の部分は、甲が体験した解錠の事実を言語で再現するから、供述を内容とする。 ウ 以上から、いずれの部分も調書と一体であって、独立して「書面」の性質を有することはない。 エ.よって、証拠能力がある。 2.実況見分調書② (1)調書全体 前記1(1)と同様、公判期日におけるRの真正作成供述を要する(321条3項)。 (2)写真部分
ア.上記部分は、Vに被害状況について説明を求めつつ再現させた状況を撮影したもので、本件事件当時にVが体験した事実を身振りで再現するから、Vの供述を内容とする。 イ.供述が機械的に記録された場合には、記録の正確性が確保されているから、署名押印は不要である(犯行被害再現実況見分調書事件判例、290条の3第1項柱書第1かっこ書参照)。 ウ.しかしながら、後記(3)のとおり、写真下のV発言引用部分の証拠能力が否定されるため、写真部分が真に本件事件当時を再現したものと認めることができない。そうである以上、写真部分はおよそ本件事件について最低限度の証明力を有しないものとして、自然的関連性を欠くことになる。 エ.よって、証拠能力はない。 (3)V発言引用部分 ア.上記部分は、本件事件当時にVが体験した事実を言語で再現するから、供述を内容とする。 イ.一般に、伝聞例外要件を満たす場合には、その供述を公判期日における供述に代えることができる(320条1項)以上、別の伝聞供述部分についても通常の伝聞供述の場合と同様に考えることができる。したがって、再伝聞証拠については、通常の伝聞例外要件に加えて、別の伝聞供述部分について324条の要件を満たせば、証拠能力を認めることができる(福原村放火未遂事件判例参照)。伝聞供述に署名押印は観念できないから、324条2項で準用される321条1項3号にあっては署名押印(同項柱書)を要しない。 ウ.よって、証拠能力はない。 以上 |