令和5年司法試験論文式刑事系第2問参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。今年の刑事系第2問についていえば、設問1は基本論点がわかりやすく、多くの人が最低限の規範の明示と事実の摘示をこなしてきそうであることから、参考答案(その1)ではちょっと物足りない感触を持ちます。もっとも、設問2で部分ごとに的確に整理して検討できている人は少なそうで、実況見分調書①の写真及び説明部分について、「実際に解錠できたかの真実性が問題になる。」のような論述をする答案が一定数ありそうなことを踏まえると、参考答案(その1)でも、ギリギリ合格ラインには乗っているのではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」、「司法試験平成29年最新判例ノート」の付録論証例集、「論証例:マンション施設内ごみ集積所のごみの領置」の論証例に準拠した部分です。

【参考答案(その1)】

第1.設問1

1.捜査①

(1)ごみ置場はアパートの敷地内にある。敷地内のごみ置場のごみは、ごみの所持者である管理会社等から任意提出を受けて領置(221条)することにより、ごみの占有を取得できる。その可否は、一般に居住者がごみの中身を見られることのない期待を有することを踏まえ、領置が必要かつ相当かで判断する

(2)大家がごみ置場のごみの分別を確認し、公道上にある地域のごみ集積所に、ごみ回収日の午前8時頃に搬出することにつき、あらかじめ居住者から了解を得ている。Pは、ごみ回収日の午前6時頃にPがごみ袋1袋をごみ置場に捨てたのを確認した後、大家と一緒にごみ置場に向かい任意提出を受けた。
 以上から、同ごみ袋について、大家は所持者といえる。

(3)本件事件は住居侵入・強盗殺人未遂事件である。Vは、午前2時12分頃、110番通報し、強盗の被害に遭って犯人にゴルフクラブで頭を殴られたこと、犯人はゴルフクラブを持って逃走したと思われ、着衣・背格好は黒のニット帽、黒のマスク、黒のジャンパー、黒の手袋、緑の作業ズボン、黒のスニーカー姿の身長165cmくらいで、小太りの男性と伝えた。V方付近コンビニの防犯カメラ映像に午前2時7分頃、Vが告げた犯人の着衣や背格好などに酷似した男性が、長い棒状の物を手に持ち北西方向に走っている様子が記録されていた。コンビニから北西に約1km離れた場所にあるGSの防犯カメラ映像に、午前2時22分頃、マスクは着けておらず、長い棒状の物も持っていなかったものの、コンビニ防犯カメラ映像に記録された男性と酷似した男性の甲が、GSの向かいにあるアパートの中に入っていく様子が記録されていた。甲は、犯人である可能性が高い。もっとも、現場からは、足跡以外に、犯人の特定につながる証拠を発見できなかった。
 以上から、領置の必要がある。

(4)確かに、ごみ置場はアパートの敷地内にある。
 しかし、大家がごみ置場のごみの分別を確認し、公道上にある地域のごみ集積所に搬出することにつき、あらかじめ居住者から了解を得ている。Pは、ごみ袋の外観の特徴を公道上から目視して確認し、大家と一緒にごみ置場に向かい、複数のごみ袋の中から、特徴を確認しておいたごみ袋1袋だけを選び、大家から任意提出を受けた。
 以上から、領置は相当である。

(5)よって、捜査①は、適法である。

2.捜査②

(1)容器は公道上に投棄されており、遺留物として領置(221条)の対象となるが、その可否は、容器に付着した唾液からDNA型を知られることのないプライバシーの期待を踏まえ、領置が必要かつ相当かで判断する。

(2)捜査①のごみ袋から発見された黒のスニーカーの靴底の紋様がV方廊下に付着していた足跡と矛盾しなかったが、大手ディスカウントショップで大量販売されていたものであった上、同スニーカーから、犯人の特定につながる証拠を得ることもできなかったため、この段階では甲の逮捕状を請求することは難しかった。犯人の逃走経路と考えられる植え込みの中からゴルフクラブと黒のマスクが発見された。ゴルフクラブに付着した血液のDNA型とVのDNA型が一致した。マスクの外側に付着した血液のDNA型とVのDNA型が一致し、内側に付着した血液については、マスクが本件事件の凶器であると考えられるゴルフクラブと同じ場所に投棄されていたこと、犯人が犯行当日に黒のマスクを着け、Vの拳が犯人の鼻付近に強く当たったことなどから、犯人の血液である可能性が極めて高いと認められた。もっとも、その血液のDNA型は、警察が把握していたDNA型のデータベースには登録されていなかった。甲方に複数人が出入りしており、ごみの中から甲のDNA型を特定するための証拠を入手することが難しい状況であった。炊き出しの参加者が多く、甲が使用した容器だけを選別することは困難であった。
 以上から、領置の必要がある。

(3)確かに、容器が投棄されたのは公道上である。
 しかし、Pは司法警察員であるのに、ボランティアの一員として炊き出しに参加し、容器の裏側にマークを付けて、同容器に豚汁を入れて甲に手渡した。容器に付着した唾液から知られる情報は、DNA型である。
 以上から、領置は相当でない。

(4)よって、捜査②は、違法である。

第2.設問2

1.実況見分調書①

(1)調書全体

ア.320条1項の「書面」(供述代用書面)とは、供述を内容とする書面であって、その供述により再現されたとおりの事実の存在を要証事実とするものをいう
 調書全体はQの供述を内容とし、再現されたとおりの実況見分結果の存在を要証事実とするから、「書面」に当たる。

イ.実況見分調書は捜査機関が任意処分として行う検証であるから、書面による報告に適しており、捜査機関が定められた手続に基づいて作成するという点で、321条3項の趣旨が妥当する。したがって、同項が適用される

ウ.よって、公判期日にQの真正作成供述があれば、証拠能力がある。

(2)写真部分

 写真は、撮影者の供述を証拠とするものではなく、機械的に撮影された画像の存在又は状態が証拠となるから、非供述証拠(証拠物)である(現場写真につき新宿騒乱事件判例参照)
 よって、調書と一体として証拠能力がある。

(3)甲発言引用部分

 指示説明とは、見分当時においてそのような指示があったことを要証事実とし、その指示の存在から見分の対象を確定し、又は見分の動機を明らかにするものをいう。指示説明は供述により再現されたとおりの事実の存在を要証事実としないから、他の部分と一体として証拠能力が認められる。

ア.「このように、ピッキング用具を鍵穴に入れてこうして動かしていくと解錠できます。」の部分は、その指示があったことを要証事実とし、複数枚添付された写真が甲の解錠状況を連続撮影したものである旨を確定するから、指示説明である。

イ.「このように解錠できました。」の部分は、その指示があったことを要証事実とし、甲が解錠後の錠を指さしている場面の写真が甲の解錠後の状況を撮影したものである旨を確定するから、指示説明である。

ウ.よって、いずれの部分も調書と一体として証拠能力がある。

2.実況見分調書②

(1)調書全体

 前記1(1)と同様、公判期日におけるRの真正作成供述を要する(321条3項)。

(2)写真部分

ア.現場供述とは、犯行当時において説明どおりの事実が存在したことを要証事実とするものをいう。現場供述は、供述により再現されたとおりの事実の存在を要証事実とするから、320条1項の「書面」に当たる。言語によらない身振りであっても、体験した事実を再現するものである限り、供述といえる
 同部分の写真は、Sが右手でゴルフクラブのグリップを握り、Vの左側頭部を目掛けて振り下ろしている場面のもので、その下の「このようにして、犯人は、右手に持っていたゴルフクラブで私の左側頭部を殴りました。」との記載から、犯行当時にVが体験した事実を身振りで再現した場面を撮影したもので、犯行当時に写真どおりの犯人の行為が存在したことを要証事実とする。
 したがって、身振りによる現場供述であり、「書面」に当たる。

イ.供述が機械的に記録された場合には、署名押印は不要である(犯行被害再現実況見分調書事件判例、290条の3第1項柱書第1かっこ書参照)
 写真部分は検察官Rの面前におけるVの身振りによる供述を録取したものであるが、機械的に記録されたから、321条1項柱書の署名押印がなくても、同項2号該当性を妨げない。
 Vは死亡したから、同号の供述不能事由を満たす。

ウ.よって、証拠能力がある。

(3)V発言引用部分

 V発言の内容は、「このようにして、犯人は、右手に持っていたゴルフクラブで私の左側頭部を殴りました。」というもので、犯行当時において添付写真のようにして犯人が右手に持っていたゴルフクラブでVの左側頭部を殴った事実が存在したことを要証事実とするから、現場供述であり、320条1項の「供述」(伝聞供述)に当たる。
 再伝聞証拠については、通常の伝聞例外要件に加えて、別の伝聞供述部分について324条の要件を満たせば、証拠能力を認めることができる(福原村放火未遂事件判例参照)
 同部分にはVの署名押印がなく、324条2項、321条1項柱書の要件を満たさない。
 したがって、同部分に証拠能力はない。

以上

 

【参考答案(その2)】

第1.設問1

1.捜査①

(1)「所持者」(221条)とは、自己のために現実に物を支配している者をいう。
 ごみ置場はアパートの敷地内にあり、大家の管理支配下にある。大家は、居住者にごみをごみ置場に「捨てる」よう指示している。大家がごみ置場のごみの分別を確認し、公道上にある地域のごみ集積所に、ごみ回収日の午前8時頃に搬出することにつき、あらかじめ居住者から了解を得ている。居住者は、ごみ置場に捨てることで、ごみの現実の支配を大家に移転させたと評価でき、分別確認・集積所搬出は大家が自己のアパート管理業務としてすると考えられるから、大家は、回収日にごみ置場に捨てられたごみについて、自己のために現実に支配する者として、「所持者」に当たる。
 Pは、ごみ回収日の午前6時頃に甲がごみ袋1袋をごみ置場に捨てたことを確認した後、大家と一緒にごみ置場に向かい任意提出を受けた。したがって、大家は、上記ごみ袋の「所持者」に当たる。
 以上から、ごみ袋は所持者が任意提出した物であって、その領置は、形式的には同条の要件を満たす。

(2)領置が強制処分(197条1項ただし書)として法定された趣旨は、捜査機関が領置した物を押収物として還付せず占有し続けることができる(222条1項、123条2項)点にある。他方、領置に令状を要しない趣旨は、占有取得過程に強制がない点にある。したがって、占有取得過程に強制があるときは、実質的には221条の要件を満たさない。
 強制処分(197条1項ただし書)とは、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものをいう(GPS捜査事件判例参照)

ア.合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われる場合には、個人の意思を制圧するものといえる(上記判例参照)
 確かに、Pは、ごみ袋の領置について甲に通知して同意を得る等していない。甲はごみ袋が捜査機関の手に渡ることを望まないと考えられるから、領置は合理的に推認される甲の意思に反する。
 しかし、甲がごみ袋をごみ置場に捨てることは、完全な自由意思によるもので、捜査機関による秘密裡の働きかけ等はなかった。Pは大家から公然と任意提出を受けており、密行的・欺罔的捜査手段を用いていない。甲への通知・同意がないのは、ごみ袋の現実の支配が既に大家に移転しており、大家の同意があれば足りるからである。
 したがって、合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われたとは評価できず、個人の意思を制圧するとはいえない。

イ.ごみの中身から生活状況等を推知しうることを考慮すると、みだりにごみの中身をみられない自由は、個人の私生活上の自由の1つとして、憲法13条で保障される(京都府学連事件判例参照)。不要品として廃棄されたとはいえ、直前まで憲法上「所持品」(憲法35条1項)として押収を受けない権利があった。
 もっとも、大家によるごみの分別確認・公道上の集積所への搬出につき、あらかじめ居住者の了解がある。分別確認にはごみの中身を見ることが予定され、公道上の集積所には不特定多数人が出入りできることを考慮すると、ごみ置場に捨てたごみについて上記自由ないし権利がそのまま及ぶとはいえず、中身をみられないことの期待利益が認められるにとどまる。このような期待利益は、憲法の保障する重要な法的利益とまではいえない。
 したがって、憲法の保障する重要な法的利益を侵害するともいえない。

ウ.以上から、占有取得過程に強制があるとはいえず、実質的にも同条の要件を満たす。

(3)同条の要件を満たす場合であっても、ごみの中身をみられないことの期待利益を侵害しうる以上、占有取得が任意の限界を超えるときは違法となる。領置が必要かつ相当かで判断する。

ア.本件事件は住居侵入・強盗殺人未遂で重大である。Vは、午前2時12分頃、110番通報し、強盗の被害に遭って犯人にゴルフクラブで頭を殴られたこと、犯人はゴルフクラブを持って逃走したと思われ、着衣・背格好は黒のニット帽、黒のマスク、黒のジャンパー、黒の手袋、緑の作業ズボン、黒のスニーカー姿の身長165cmくらいで、小太りの男性と伝えた。V方付近コンビニの防犯カメラ映像に午前2時7分頃、Vが告げた犯人の着衣や背格好などに酷似した男性が、長い棒状の物を手に持ち北西方向に走っている様子が記録されていた。通報のわずか5分前であり、長い棒状の物はゴルフクラブと考えて矛盾がなく、外見も酷似していることから、その男性が犯人と考えて矛盾がない。服装・体格は必ずしも特徴的とはいえないものの、午前2時に長い棒状の物を持って走ることは奇異であり、犯人である一応の疑いがある。
 コンビニから北西に約1km離れた場所にあるGSの防犯カメラ映像に、上記防犯カメラに記録されてから約15分後の午前2時22分頃、マスクは着けておらず、長い棒状の物も持っていなかったものの、コンビニ防犯カメラ映像に記録された男性と酷似した男性の甲が、GSの向かいにあるアパートの中に入っていく様子が記録されていた。コンビニ防犯カメラの男は北西方向に走っており、15分で1km移動するには時速4kmで足り、一般の歩行速度に合致する。移動中にマスクやゴルフクラブを捨てることは可能である。甲はコンビニ防犯カメラ映像の男性とみてよく整合するから、甲が犯人である一応の疑いがある。
 もっとも、現場からは、足跡以外に、犯人の特定につながる証拠を発見できなかった。甲は、上記から約3時間半後にごみ袋を捨てた。犯罪を犯した後に証跡となりうる物を処分しようとするのは自然であり、甲は、Vに服装を見られたことを認識していると考えられるから、犯行に用いた服等を捨てた蓋然性がある。ごみ袋が回収されて処分される前に、ごみ袋の占有を取得して証拠を保全する必要性が高い。
 以上から、領置の必要がある。

イ.確かに、ごみ置場はアパートの敷地内にある。一般に、敷地内には不特定多数人が自由に出入りすることは予定されないから、ごみの中身をみられないことの期待利益は、公道上のごみ集積所に置かれた状態よりは要保護性が高い(ダウンベスト等領置事件判例対照)。
 しかし、大家によるごみの分別確認・公道上の集積所への搬出につき、あらかじめ居住者の了解がある。分別確認にはごみの中身を見ることが予定され、いずれ公道上の集積所に搬出されることが予定される以上、本件における上記期待利益の要保護性は、公道上の集積所に置かれたごみと大きく異ならない。Pは、ごみ袋の外観の特徴を公道上から目視して確認しており、アパートの敷地内には無断で立ち入っていない。大家と一緒にごみ置場に向かい、複数のごみ袋の中から、特徴を確認しておいたごみ袋1袋だけを選び、大家から任意提出を受けた。無関係の居住者のごみを対象としないよう適切に選別しており、ごみ袋の選別・占有取得について、アパート管理者でごみ袋の所持者である大家の立会い及び同意がある。
 以上から、領置は相当である。

(4)よって、捜査①は、適法である。

2.捜査②

(1)「遺留した物」(221条)とは、占有者が占有を喪失し、又は占有を放棄した物をいう。
 容器は甲が公道上に投棄したから、占有を放棄した物であり、「遺留した物」に当たる。
 したがって、形式的には容器の領置として同条の要件を満たす。

(2)もっとも、以下のとおり、実質において同条の要件を満たさない。

ア.確かに、甲は自ら容器を投棄している。一般に、たまたま付着していた唾液からDNA型が採取されたとしても、それだけで強制とは評価できない。
 しかし、Pは司法警察員であるのに、ボランティアの一員として炊き出しに参加し、容器の裏側にマークを付け、豚汁を入れて甲に手渡した。容器に唾液を付着させ、容器を回収して付着した唾液からDNA型を採取するためである。甲が容器に唾液を付着させて公道上に投棄し、Pが回収できる状態にしたことは、上記Pの秘密裡の働きかけによるものと評価できる。一般に、欺く行為によって財物を捨てさせて後から拾う行為も財物を交付させるものとして詐欺罪を構成することも考慮すると、捜査②は、実質において、甲を欺いて唾液ひいてはDNA型を提供させる欺罔による占有取得と評価できる。甲に容器を投棄する意思はあっても、DNA型を提供する意思がなかったことは明らかである。
 以上から、合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われたといえ、甲の意思を制圧する。

イ.確かに、甲は不特定多数人が通行しうる公道に投棄したから、容器を回収されないという期待利益があるにとどまり、その要保護性も低いとみえる。
 しかし、上記アのとおり、捜査②は、実質において、甲を欺いてDNA型を提供させるものである。DNA型は、個人の私生活や内心に直接関わらないが、性質上万人不同・終生不変で個人を特定しうるから、DNA型をみだりに採取されない自由は、私生活上の自由の1つとして憲法13条で保障される(指紋押捺事件判例参照)。加えて、憲法35条の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれる(GPS捜査事件判例参照)ところ、直接本人に働きかけてDNA型を採取する行為は私的領域への「侵入」と評価しうる。甲は、上記自由及び権利を直接に侵害されており、単なる期待利益ではなく、重要な法的利益の侵害があると評価できる。
 したがって、憲法の保障する重要な法的利益を侵害する。

ウ.以上から、捜査②は実質においてDNA型の強制採取であって、「遺留した物」とも「任意に提出した物」ともいえないから、221条の要件を満たさない。

(3)よって、捜査②は、違法である。

第2.設問2

1.実況見分調書①

(1)調書全体

ア.供述とは、体験した事実を言語等によって再現することをいい、供述証拠とは、供述内容が証拠となるものをいう。伝聞法則(320条1項)の趣旨は、供述証拠には知覚、記憶、表現・叙述の各過程に誤りが混入しやすく、その真実性について吟味を要するところ、公判期日外における供述については、宣誓の手続(154条、刑法169条参照)、裁判官による供述態度の観察及び当事者による反対尋問の機会がないことから、裁判官に証明力の評価を誤らせる類型的な危険があるものとして、原則として法律的関連性が認められないとする点にある。したがって、同項の「書面」(供述代用書面)とは、供述を内容とする書面であって、その供述により再現されたとおりの事実の存在を要証事実とするものをいう
 調書全体はQが体験した甲の解錠状況を言語で再現したものであるから、供述を内容とし、再現されたとおりの事実の存在、すなわち、甲が解錠を行い、『』内記載の説明をしたことを要証事実とするから、「書面」に当たる。

イ.実況見分とは、五感の作用によって場所、物又は人の状態を認識する任意処分をいう
 上記部分はQが視覚等によって甲の解錠状況を認識した任意処分の結果を供述したもので、実況見分調書の性質を有する。

ウ.実況見分調書は捜査機関が任意処分として行う検証であるから、書面による報告に適しており、捜査機関が定められた手続に基づいて作成するという点で、321条3項の趣旨が妥当する。したがって、同項が適用される

エ.よって、公判期日にQの真正作成供述があれば、証拠能力がある。

(2)写真部分

ア.写真は、撮影者の供述を証拠とするものではなく、機械的に撮影された画像の存在又は状態が証拠となる(現場写真につき新宿騒乱事件判例参照)。したがって、撮影者の供述を内容とするとはいえない。

イ.もっとも、言語によらない身振りであっても、体験した事実を再現するものである限り、供述といえるから、被撮者の供述とみる余地はある。甲の身振りによる供述か。
 確かに、純粋に写真だけをみると、犯行当時のV宅玄関ドア解錠の動作を再現したものとみる余地が全くないわけではない。
 しかし、Qは、甲に「この道具を使って、この錠を開けられますか。」と尋ねており、犯行当時の再現を求める趣旨とみることは困難である。甲は、V方玄関ドアの特殊な錠をピッキング用具で解錠した旨自白し、その旨の員面調書が作成された後に、実況見分がされた。特殊な錠をピッキング用具で解錠するには一定の技能を要するから、その自白に基づいて犯人性を認定するには、「甲がその技能を有しないのではないか。」という合理的疑いを排斥する必要があり、Qが実況見分をしたのは、甲が上記技能を有することを立証する証拠とするため甲に解錠の実演をさせたと理解できる。このことからも、甲に犯行当時の再現を求め、再現の様子を撮影したものでないことは明らかである。甲の弁護人が「犯人性を争う。」と主張したのに対し、Tが、実況見分調書①の立証趣旨を、「甲がV方の施錠された玄関ドアの錠を開けることが可能であったこと」として証拠請求したのも、上記のことを裏づける。
 以上から、写真部分は、解錠技能を裏づけるための甲の実演の様子を撮影したにすぎず、甲の供述とみる余地はない。

ウ.したがって、写真部分は調書と一体であって、独立して「書面」の性質を有することはない。

エ.よって、証拠能力がある。

(3)甲発言引用部分

ア.「このように、ピッキング用具を鍵穴に入れてこうして動かしていくと解錠できます。」の部分は、甲がこれから行う動作を説明するにすぎず、甲が体験した事実を再現するものでないから、供述でない。

イ.「このように解錠できました。」の部分は、甲が体験した解錠の事実を言語で再現するから、供述を内容とする。
 しかし、Tは、要証事実である甲の解錠技能について、客観証拠である前記(2)の写真から立証する趣旨と考えられ、写真が解錠状況を適切に撮影したものであることは、前記(1)のQによる真正作成供述で担保される。甲の発言から「甲が解錠できたこと」を立証しようとする趣旨でないことは明らかである。上記部分は、添付写真が解錠後の場面を撮影したことを特定する趣旨で記載されたにすぎない。
 したがって、上記部分は、再現されたとおりの事実の存在を要証事実としない。

ウ 以上から、いずれの部分も調書と一体であって、独立して「書面」の性質を有することはない。

エ.よって、証拠能力がある。

2.実況見分調書②

(1)調書全体

 前記1(1)と同様、公判期日におけるRの真正作成供述を要する(321条3項)。

(2)写真部分

ア.上記部分は、Vに被害状況について説明を求めつつ再現させた状況を撮影したもので、本件事件当時にVが体験した事実を身振りで再現するから、Vの供述を内容とする。
 もっとも、Tは、立証趣旨を「被害再現状況」とするから、あくまで見分当時の状況が要証事実であり、再現されたとおりの事実の存在は要証事実でないともみえる。
 しかし、請求証拠を非供述証拠的に用いたのでは自然的関連性が認められない場合には、裁判所は、たとえ当事者が非供述証拠的使用を示唆していたとしても、これを非供述証拠として証拠採用する余地はない(犯行被害再現実況見分調書事件判例参照)。実況見分は、犯行に用いられたのと同種のゴルフクラブを用いているものの、犯行現場であるV方でなくH地方検察庁で実施され、検察事務官Sを犯人に見立てたもので、体格が甲と同じ者を甲に見立てたものでない。したがって、見分当時の状況自体からは、V供述どおりの犯行が可能であるか、発見されたゴルフクラブに付着した血液の位置と矛盾がないか等を立証して、争点である甲と犯人の同一性を推認させる等の余地がなく、何らの証明力もない。上記Tの立証趣旨によれば、自然的関連性が認められない。
 以上から、再現されたとおりの犯人による犯行の存在が要証事実であるといわざるを得ない。
 したがって、他の部分とは独立して、Vの供述録取書の性質を有する。

イ.供述が機械的に記録された場合には、記録の正確性が確保されているから、署名押印は不要である(犯行被害再現実況見分調書事件判例、290条の3第1項柱書第1かっこ書参照)
 写真部分は検察官Rの面前における身振りによるVの供述録取書の性質があるが、機械的に記録されたから、321条1項柱書の署名押印がなくても、同項2号該当性を妨げない。
 Vは死亡したから、同号の供述不能事由を満たす。

ウ.しかしながら、後記(3)のとおり、写真下のV発言引用部分の証拠能力が否定されるため、写真部分が真に本件事件当時を再現したものと認めることができない。そうである以上、写真部分はおよそ本件事件について最低限度の証明力を有しないものとして、自然的関連性を欠くことになる。

エ.よって、証拠能力はない。

(3)V発言引用部分

ア.上記部分は、本件事件当時にVが体験した事実を言語で再現するから、供述を内容とする。
 もっとも、前記(2)のとおり、写真部分によって本件事件当時の具体の犯行状況を立証する構造にあることからすれば、上記部分は、写真がVの説明に基づく犯行再現状況を撮影したものであることを特定するにすぎず、再現されたとおりの事実の存在を要証事実としないともみえる。
 しかし、前記(2)の写真が自然的関連性を有するためには、最低限、写真の内容が真に本件事件当時を再現したものであることを要する。写真がS及びVの動作を適切に撮影したこと自体は、前記(1)のRによる真正作成供述及び前記(2)イの機械的記録の正確性で担保されるとしても、その内容が真に本件事件当時を再現したものか否かについては、本件事件を体験しないRの真正作成供述及び記録の機械的正確性では担保できない。そうすると、V発言引用部分は、「本件事件当時の状況が、添付写真のとおりであったこと」を要証事実とし、この事実は、前記(2)の写真の自然的関連性を基礎づける補助事実となる。そうすると、再現されたとおりの事実の存在が要証事実となる。
 したがって、他の部分とは独立して、Vの供述録取書の性質を有する。

イ.一般に、伝聞例外要件を満たす場合には、その供述を公判期日における供述に代えることができる(320条1項)以上、別の伝聞供述部分についても通常の伝聞供述の場合と同様に考えることができる。したがって、再伝聞証拠については、通常の伝聞例外要件に加えて、別の伝聞供述部分について324条の要件を満たせば、証拠能力を認めることができる(福原村放火未遂事件判例参照)。伝聞供述に署名押印は観念できないから、324条2項で準用される321条1項3号にあっては署名押印(同項柱書)を要しない。
 しかし、V発言引用部分は、実況見分調書全体のR供述中に含まれる伝聞供述ではなく、同調書から独立したVの供述録取書であるから、324条2項の準用ではなく、321条1項2号が直接適用される。そうである以上、Vの署名押印を要する(犯罪捜査規範105条2項参照)。
 上記部分にはVの署名押印がなく、321条1項柱書の要件を満たさない。

ウ.よって、証拠能力はない。

以上

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