1.今年の刑訴設問1捜査①で、ゴミステーション事件高裁判例をおぼろげながら知っていた人は、「何だっけこれ?確か高裁は重畳的占有にしたんだよね。それだけは覚えてるわー。」ということで、ごみ袋の占有を甲と大家の重畳的占有とした人もいたかもしれません。そのこと自体は誤りとはいえませんが、さらに、大家から「任意提出」があるとして、簡単に領置を適法にしてしまうと、これは評価を下げるでしょう。
2.そもそも、ゴミステーション事件高裁判例における「重畳的占有」とは、「誰と誰が」重畳的に占有するという意味か。
(ゴミステーション事件高裁判例より引用。太字強調は筆者。) 本件マンションにおけるごみの取扱いについて,原審証拠によれば,本件マンションには,各階にゴミステーションがあり,地下1階にごみ置場が設けられており,そのごみ処理は管理組合の業務とされ,管理組合はマンション管理会社に対しごみの回収・搬出等の清掃業務を含む本件マンションの管理業務を委託し,そのうち清掃業務については,そのマンション管理会社から委託を受けた清掃会社が行っていたこと,本件マンションでは,居住者が各階のゴミステーションにごみを捨て,これを上記清掃会社の清掃員が各階から集めて地下1階のごみ置場に下ろすなどして,ごみの回収・搬出作業を行っていたことが認められる。このような本件マンションにおけるごみの取扱いからすると,居住者等は,回収・搬出してもらうために不要物としてごみを各階のゴミステーションに捨てているのであり,当該ごみの占有は,遅くとも清掃会社が各階のゴミステーションから回収した時点で,ごみを捨てた者から,本件マンションのごみ処理を業務内容としている管理組合,その委託を受けたマンション管理会社及び更にその委託を受けた清掃会社に移転し,重畳的に占有しているものと解される。 (引用終わり) |
重畳的に占有している主体は、管理組合、マンション管理会社、清掃会社であることがわかります。ごみを捨てた居住者は、明らかに重畳的占有の主体ではない。さて、これを本問との関係でみると、どうか。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 同日午前6時頃、甲が同アパートの建物から出てきて、同アパートの敷地内にあるごみ置場にごみ袋1袋を投棄した。そこで、Pは、同ごみ袋の外観の特徴を公道上から目視して確認した上で、同アパートの敷地と隣接する大家方に赴いた。このとき、Pは、同アパートの所有者である大家から、同アパートでは、居住者に対して、ごみを同ごみ置場に捨てるように指示しており、大家が同ごみ置場のごみの分別を確認し、公道上にある地域のごみ集積所に、ごみ回収日の午前8時頃に搬出することにつき、あらかじめ居住者から了解を得ていることを聞いた。Pは、この日が同ごみ集積所のごみ回収日であったことから、大家と一緒にアパートの敷地内の同ごみ置場に向かい、そこに投棄されていた複数のごみ袋の中から、先ほど特徴を確認しておいたごみ袋1袋だけを選び、大家から任意提出を受けて領置した【捜査①】。 (引用終わり) |
ゴミステーション事件では、ごみ処理について管理組合、マンション管理会社、清掃会社という3者が登場していたので、重畳的占有という観念が生じ得たのでした。本問はというと、どうみても大家しか出てこない。なので、本問の事案について、ゴミステーション事件高裁判例と同様の考え方を採れば、甲が捨てたごみ袋の占有は、甲から大家に移転し、大家が単独占有するのであって、甲と大家の重畳的占有になるわけではありません(※)。
3.とはいえ、本問の事実関係を基礎にしても、居住者がごみ置場に捨てたごみは、公道上のごみ集積所に搬出されるまでは、その居住者と大家の重畳的占有となるのだ、と考える余地もないではありません(そのように認定した例として、東京高判令3・3・23参照)。このことは、仮に、居住者が誤ってごみ置場に大事な物を出してしまった場合を考えれば、理解しやすいでしょう。居住者が誤りに気付いてごみ置場に取りに戻った際に、大家が、「ごみ置場に出した物は俺様の単独占有だから、お前に返す義務はないぞ!」と言って返還を拒否できるのか。そんなもん、できるわけないはずです。なので、その限度で居住者に占有が残っているともいえる。そのように考えて、甲が捨てたごみ袋についても、甲と大家の重畳的占有になるんだ、と論じることは、あり得る1つの考え方です。
しかしながら、重畳的占有と考える場合には、大きな問題が生じます。それは、「重畳的占有者の1人の同意だけで任意提出って言っちゃっていいの?」という問題です。甲と大家の重畳的占有ということは、「甲にも大家にも、ごみ袋に対する現実の支配がある。」と考えていることを意味します。比喩的にいえば、「甲と大家が2人で一緒にごみ袋を持っている。」という感じ(※)。さて、この場合に、大家の同意があるということをもって、「任意提出」と呼べるでしょうか。以下の事例を見てみましょう。
※ その意味で、前回(「所持者?保管者?(令和5年司法試験刑事系第2問)」)説明した、甲を委託者、大家を保管者とする構成とは異なります。甲を委託者、大家を保管者とする構成では、現実の支配を有するのはあくまで大家だけで、甲は現実の支配を有しないという評価が前提です。比喩的にいえば、「甲に頼まれて大家が1人でごみ袋を持っている。」という感じです。
【事例】 Pらが訪れたとき、甲は、クマのぬいぐるみの右手を持ち、乙は、同ぬいぐるみの左手を持っており、同ぬいぐるみを重畳的に占有していた。Pらは、同ぬいぐるみを領置するため、甲及び乙に対し、「そのクマさんを渡してくれないかな?」と頼んだ。そうしたところ、乙は、「わかった。渡します。」と同意して同ぬいぐるみの左手を離した。しかし、甲は、「イヤ!クマさんを持っていかないで!」と涙を流しながら同ぬいぐるみを抱き抱えた。Pらは、乙の同意があることから、甲の同意は不要であると考え、「さっさと渡さんかいやコラ。」と言いながら甲の抵抗を排除し、同ぬいぐるみを領置した。 |
現実味はないですが、わかりやすいイメージを持つための例として考えてください。これは、どうみても「任意提出」ではない。理論的にも、2人の重畳的占有者のうち1人が占有を放棄すると、他の1人の単独占有になる、ということを想起すれば、1人が任意提出に同意しただけではダメだ、ということが理解できるでしょう。ここまでくると、本問で、甲と大家の重畳的占有だ、と認定しておきながら、「大家から任意提出を受けているから適法」とする答案はヤバい、ということが理解できるでしょう。
4.上記のことは、普通の本には書いていないので、応用事項に属します。もっとも、「重畳的占有」と安易に書く答案は、考査委員の目からみて、「ははーん。高裁判例の意味を理解しないで、『重畳的占有』ってキーワードだけ丸暗記したな?」とみえるでしょう。このような場合は、減点を食らう可能性が高まります。予備校等で、「これは高裁判例がありますね!『重畳的占有』って言ってます!このキーワードを使うと印象がいいですよ!」などと解説されそうなので、念のために説明をしておきました。