1.今年の刑訴設問1捜査①。221条の文言に当てはめるとして、どの文言に当たるのか。まず、「被疑者その他の者が遺留した物」ではなさそうだ、ということは、問題文から容易に判断できます。
(参照条文)刑訴法221条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。 (問題文より引用。太字強調は筆者。) 同日午前6時頃、甲が同アパートの建物から出てきて、同アパートの敷地内にあるごみ置場にごみ袋1袋を投棄した。そこで、Pは、同ごみ袋の外観の特徴を公道上から目視して確認した上で、同アパートの敷地と隣接する大家方に赴いた。このとき、Pは、同アパートの所有者である大家から、同アパートでは、居住者に対して、ごみを同ごみ置場に捨てるように指示しており、大家が同ごみ置場のごみの分別を確認し、公道上にある地域のごみ集積所に、ごみ回収日の午前8時頃に搬出することにつき、あらかじめ居住者から了解を得ていることを聞いた。Pは、この日が同ごみ集積所のごみ回収日であったことから、大家と一緒にアパートの敷地内の同ごみ置場に向かい、そこに投棄されていた複数のごみ袋の中から、先ほど特徴を確認しておいたごみ袋1袋だけを選び、大家から任意提出を受けて領置した【捜査①】。 (引用終わり) |
大家から任意提出を受けているから、「被疑者その他の者が遺留した物」ではなくて、「所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物」の方だろう。「えっ?ごみって遺留物と覚えてたんだけど?」という人もいるかもしれません。しかし、それは公道上に捨てられたごみの話です。
(ダウンベスト等領置事件判例より引用。太字強調は筆者。) ダウンベスト等の領置手続についてみると,被告人及びその妻は,これらを入れたごみ袋を不要物として公道上のごみ集積所に排出し,その占有を放棄していたものであって,排出されたごみについては,通常,そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても,捜査の必要がある場合には,刑訴法221条により,これを遺留物として領置することができるというべきである。 (引用終わり) (ゴミステーション事件高裁判例より引用。太字強調及び※注は筆者。) 弁護人は,本件におけるごみの捜査は,集合住宅の共用部分という私的領域に排出された物に対して行われており,最高裁平成20年4月15日決定(刑集62巻5号1398頁)(※注:ダウンベスト等領置事件判例を指す。)が,ごみの占有放棄の重要な要件として公道上のごみ集積所への排出を要求していることからすると,ごみの占有放棄を前提として本件紙片の領置手続を合法とした原裁判所の判断は誤っていると主張する。しかし,上記最高裁決定は,遺留物に関するものであり,所持者が任意に提出した物に関する本件とは事案を異にするものである。 (引用終わり) |
共同住宅の敷地内のごみ置場の場合には、共同住宅管理者の管理権が及ぶので、当然には遺留物とはならないわけです(「論証例:マンション施設内ごみ集積所のごみの領置」)。遺留物なら、大家の任意提出がなくても領置できてしまう。そのように考えるのであれば、大家は任意提出者ではなく、立会人と認定しなければ筋が通りません。
(参照条文)犯罪捜査規範110条(遺留物の領置) 被疑者その他の者の遺留物を領置するに当つては、居住者、管理者その他関係者の立会を得て行うようにしなければならない。 |
このことは、知識として知らなくても、問題文に「任意提出を受けて領置した」と書いてあるのだから、条文と照らし合わせて、「これは任意提出の方を検討すべきだよね。」と判断できなければなりません。ここは、それなりに差が付くところだろうと思います(※1)。
※1 任提領置(甲)と遺留物領置(乙)とで、領置調書の様式が違ったりします(法務省資料参照)。なお、任意提出について任意提出書も作成されるので、任提領置で取得した証拠物に係る証拠請求は、任意提出書、領置調書、証拠物の3つになるのが通例です(「3点セット」と呼ばれたりします)。
2.では、大家は、「所有者、所持者若しくは保管者」のうちのどれなのか。「所有者」じゃなさそう、ということは、ほとんどの受験生が直感で判断できたのだろうと思います。厳密には、ごみの所有権の帰属というのは難しい問題で、民法・刑法の解釈論としても興味深いところですが、「甲が所有権を放棄して大家がそれを無主物先占して……」、「いや条例がある場合は別で……」、「いやそれは集積所まで搬出されたときの話だから……」みたいな話を始めると、それだけで結構長い説明になりそうですし、本問では明らかにそこは問われていないので、説明は割愛します。
残るは、「所持者」か、「保管者」か。これを判断するには、両者の概念の違いを知っておく必要があります。「所持者」は、自己のために占有する者。「保管者」は、他人のために占有する者をいいます。ここでいう「保管」は、民法の寄託における「保管」、盗品等保管罪における「保管」、(業務上)横領罪の犯罪事実記載に用いられる「保管」とほぼ同じ用例で、他者からの委託を受けて占有・管理することを意味しています。
(参照条文) ◯民法657条(寄託) ◯刑法256条(盗品譲受け等) (東京地判令5・9・6より引用。太字強調は筆者。) (犯罪事実) 被告人Aは、社会福祉法人C(以下、「C」という。)の理事長としてCを代表するとともに、Cの資産を管理するなどの職務に従事していたもの、被告人Bは、医療法人社団DEクリニックの院長を務めていたものであるが、共謀の上、被告人Aが、株式会社F銀行G支店に開設されたC名義の普通預金口座の預金をCのため業務上預かり保管中、別表記載のとおり(別表省略)、平成30年7月31日から令和3年4月30日までの間、31回にわたり、いずれも東京都千代田区ab丁目c番d号Hビルにおいて、ほしいままに、事情を知らない経理事務担当者に、インターネットバンキングを利用して、前記口座から株式会社I銀行J支店に開設されたEクリニックB名義の普通預金口座に現金合計5億6833万3323円を振込入金させて横領した。 (引用終わり) |
ここでは、「保管」の語は、自主占有としての「所持」と区別する意味で用いられているのです。
少し余談ですが、データ、すなわち、(電磁的)記録については、上記とは異なる意味で、「保管」の語が用いられます。
(参照条文)刑法
163条の4(支払用カード電磁的記録不正作出準備) 168条の3(不正指令電磁的記録取得等) 175条(わいせつ物頒布等) |
上記の「保管」は、「他人から委託を受けた」ということを要素としていません。記録媒体上の記録状態を支配していれば、それが自己のためであっても「保管」に当たる。この場合に「保管」の語を用いるのは、記録そのものを「所持」するというのは語感にそぐわないからです。ここでは、「保管」の語は、物の(ないしは物理的な握持としての)「所持」と区別する意味で用いられているのです。
3.さて、「所持者」と「保管者」の意味を理解したところで、本問の大家がどちらに当たるかを考えましょう。すなわち、大家は、ごみ置場のごみを自己のために占有しているか、他人の委託を受けて委託者のために占有しているか。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 同日午前6時頃、甲が同アパートの建物から出てきて、同アパートの敷地内にあるごみ置場にごみ袋1袋を投棄した。そこで、Pは、同ごみ袋の外観の特徴を公道上から目視して確認した上で、同アパートの敷地と隣接する大家方に赴いた。このとき、Pは、同アパートの所有者である大家から、同アパートでは、居住者に対して、ごみを同ごみ置場に捨てるように指示しており、大家が同ごみ置場のごみの分別を確認し、公道上にある地域のごみ集積所に、ごみ回収日の午前8時頃に搬出することにつき、あらかじめ居住者から了解を得ていることを聞いた。Pは、この日が同ごみ集積所のごみ回収日であったことから、大家と一緒にアパートの敷地内の同ごみ置場に向かい、そこに投棄されていた複数のごみ袋の中から、先ほど特徴を確認しておいたごみ袋1袋だけを選び、大家から任意提出を受けて領置した【捜査①】。 (引用終わり) |
大家は、居住者に「捨てる」ように指示していて、ごみの分別とか集積所への搬出とかは、アパート管理者としての業務なんだろうから、自分の仕事としてやっているのかな。そう考えれば、居住者がごみ置場にごみを捨てた時点で、ごみの占有(※2)は大家に移転して、大家が自己のために単独で占有する状態になる。その上で、分別不十分なごみを集積所に出すと、アパート管理人である自分が自治会等から怒られる(※3)ので、大家が自分で分別を確認して、集積所に搬出する。そういうことなんだろう。このように考えれば、大家は「所持者」に当たる。当サイトの参考答案は、この考え方に依っています。
※2 ここでの「占有」は、「現実の支配」とか「物理的管理支配」をいうとされます。刑法の窃盗罪における占有と同様のイメージで、間接占有みたいな観念的な占有は原則含まれないということですね。
※3 ごみ集積所は、自治会、町内会等が所有・管理するのが通例です。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)
(2)大家がごみ置場のごみの分別を確認し、公道上にある地域のごみ集積所に、ごみ回収日の午前8時頃に搬出することにつき、あらかじめ居住者から了解を得ている。Pは、ごみ回収日の午前6時頃にPがごみ袋1袋をごみ置場に捨てたのを確認した後、大家と一緒にごみ置場に向かい任意提出を受けた。 (引用終わり) (参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)
(1)「所持者」(221条)とは、自己のために現実に物を支配している者をいう。 (引用終わり) |
このアパートの運用一般として、ごみ回収日に居住者がごみ置場に捨てたごみは、午前8時頃に集積所に搬出するまで大家が単独占有するぞ、ということを確認した上で、今回のPによる領置は、甲が回収日にごみ置場に捨ててから、午前8時頃に集積所に搬出するまでの間にされているから、甲が捨てた当該ごみ袋について、大家は「所持者」だよね、と認定する。これが厳密な論理の流れで、上記参考答案もそのような構造で論述しています。もっとも、この辺りは雑に認定する人(というか、結論しか書かない感じの人)が大多数でしょうから、あんまり差は付かないでしょう。
4.本問の事実関係からは、ごみの分別や集積所への搬出の法的な位置付けが明確でないので、
居住者がごみの分別と集積所への搬出を大家に委託している(準委任)のだ、という見方も、全然できないわけではなさそうです。すなわち、本来は、居住者が各自で公道上のごみ集積所にごみを捨てるべきところ、大家が委託を受けてそれを居住者に代わってやってあげている、と考えるわけです。そのような考え方によれば、大家は居住者のためにごみを占有していることになるから「保管者」だ、ということになるでしょう。
このように考える場合、ちょっと厄介な問題が生じます。それは、「保管者は委託者に問い合わせたりすることなく、勝手に任意提出しちゃっていいの?」という問題です。本問で、仮に、大家が甲に「警察に任意提出するけどいい?」と問い合わせれば、甲は「やめてー。」と答えるでしょう。それにもかかわらず、大家は勝手に任意提出してしまっていいのか。これについては、「大家が勝手に任意提出したことは、大家と甲の私法上の債務不履行(準委任契約違反)の問題にはなる(※3)かもしれないけど、領置の適法性とは無関係だよね。」というのが、一般の考え方です(※4)。
※3 パソコンのハードディスクの廃棄処分を委託したのに、委託された業者が勝手にそのハードディスクを転売したような場合を想起すると、債務不履行となり得ることは容易に理解できるでしょう。
※4 委託の趣旨に反する処分として(業務上)横領罪とか背任罪も問題になりそうですが、この点を明示に説明する文献は見たことがありません。余裕で正当行為になると考えられているのでしょう(「被疑者との委託信任関係は要保護性がない。」という説明は無罪推定の原則との関係でさすがに無理だと思います。)。現実問題としても、「警察に協力するために任意提出したら、その警察から横領・背任と言われて逮捕されたでござる。」という事例は生じる余地がほとんどなさそうです。
(渡辺咲子「強制処分 ―任意処分との区別―」『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第25号(2017年) 131頁(PDF7頁)より引用。太字強調は筆者。) 刑訴法は,任意提出権者に所有者のほか,所持者,保管者を挙げており,保管者の提出した物により,所有者その他関係者のプライバシー等が侵害されるものかどうかを問わない。むしろ,その物が任意提出者以外の者の犯罪の証拠物であって,その意思に反することが明確な場合があることが当然に予想されているといってよい。所有者等の意思に反する提出であったかどうかは,専ら所有者等と提出者(保管者)の私法上の問題に過ぎず,刑事訴訟法上押収の効力を左右するものではないという考えは一般に支持されている。 (引用終わり) |
なので、上記のように大家を「保管者」と構成する考え方からも、221条の文言上の要件はクリアします。
5.「所持者」か「保管者」か、という話は、普通の本にはほとんど説明がないので、合否には影響しないでしょう。とはいえ、解いていて、「どっち?」と疑問に思うところではあり、予備校等の解説でも全然説明がされなさそうなので、詳しめに説明しておきました。