1.今年の刑訴設問1。領置の必要性の当てはめのところは、犯人性の認定に類似した当てはめ大魔神だ。これは、本試験の刑訴では頻出の傾向なので、読み取れた人は多かったでしょう。ただ、その際に、ちょっと気を付けたいところがあります。以下の論述例を見て下さい。
【論述例】
Vは、午前2時12分頃、110番通報し、強盗の被害に遭って犯人にゴルフクラブで頭を殴られたこと、犯人はゴルフクラブを持って逃走したと思われ、着衣・背格好は黒のニット帽、黒のマスク、黒のジャンパー、黒の手袋、緑の作業ズボン、黒のスニーカー姿の身長165cmくらいで、小太りの男性と伝えた。V方付近コンビニの防犯カメラ映像に午前2時7分頃、Vが告げた犯人の着衣や背格好などに酷似した男性が、長い棒状の物を手に持ち北西方向に走っている様子が記録されていた。通報のわずか5分前であり、長い棒状の物はゴルフクラブと考えて矛盾がなく、外見も酷似していることから、その男性が犯人と考えて矛盾がない。服装・体格は必ずしも特徴的とはいえないものの、午前2時に長い棒状の物を持って走ることは奇異であり、合理的疑いをいれない程度にその男性を犯人と認定できる。
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上記の論述例は、評価を下げる可能性が高いでしょう。「何で?めっちゃ大魔神してるじゃん?」と思った人は、本問がどんな事案だったかを思い出すべきです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) Pは、同ごみ袋をI警察署に持ち帰り、同ごみ袋を開けて内容を確認したところ、黒のスニーカー1足が入っているのを発見した。捜査の結果、同スニーカーの靴底の紋様が、V方廊下に付着していた足跡と矛盾しないものであることが判明した。しかし、同スニーカーは大手ディスカウントショップで大量に販売されていたものであった上、同スニーカーから、犯人の特定につながる証拠を得ることもできなかった。そのため、Pは、この段階では甲の逮捕状を請求することは難しいと考えた。 (引用終わり) |
本問は、捜査①及び捜査②で領置した証拠を加味しても、まだ逮捕できないという事案です。それなのに、領置の時点で、「合理的疑いをいれない程度に甲を犯人と認定できる。」なんてはずはない。それじゃ有罪判決できちゃうじゃないか。当てはめをしているうちに気分が高揚してきて、勢いで書いちゃった、という人もいれば、犯人性認定の「書き方」とか「処理手順」を覚えていて、「最後の締めは、『合理的な疑いをいれない程度に犯人と認定できる。』ですよ。」と書いてあったから、何も考えずにそう書いちゃった、という人もいたかもしれません。そのような「書き方」や「処理手順」を参考にすること自体が悪いとまでいうつもりはありませんが、どのような場面かをわきまえて言葉使いを考えるべきです。実際にこれをやってしまった場合、どの程度減点されるのかは現時点で不明ですが、ここは刑事訴訟法の根幹に関わるところなので、厳し目に評価されても仕方がないと思います。
2.上記の論述例は極端なので、「さすがにそんな間違いはやりませんよ。」と感じた人が多かったでしょう。しかし、「その時点で逮捕できちゃうような意味になる表現を使ってないか。」という目でみると、結構やっちゃった人がいると思います。
そもそも、逮捕できるレベルとは、どの程度だったのか。これは、逮捕の理由、すなわち、「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」が認められる程度です。
(参照条文)刑訴法199条1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし……(略)……。 |
「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」は、「嫌疑の相当性」と略称されます。これと同等か、これを超える意味の表現を用いてしまうと、「その時点で逮捕できた。」ことを意味するので、危ないのです。例えば、以下のようなものが挙げられます。
【危険な表現の例】 「明らかに犯人と認められる。」 |
3.このように考えてくると、ここでの用語の選択は、意外と難しいということに、気が付くでしょう。領置の必要性を基礎付ける程度ではあるんだけど、逮捕の理由を基礎付ける程度に至ってはいけない。「そんな言葉思い付かねーよ。」と思うかもしれません。そんなときは、「問題文にそのまま使える記載がないか探す。」というのが、1つのテクニックです。そのような目で問題文をみると、使える記載があることに気付く。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 2 その後、Pは、V方付近にあるコンビニエンスストアに設置された防犯カメラの映像に、同日午前2時7分頃、Vが110番通報した際に告げた犯人の着衣や背格好などに酷似した男性が、長い棒状の物を手に持ち北西方向に走っている様子が記録されているのを発見した。また、Pは、同コンビニエンスストアから北西に約1キロメートル離れた場所にあるガソリンスタンドに設置された防犯カメラの映像に、同日午前2時22分頃、マスクは着けておらず、長い棒状の物も持っていなかったものの、前記コンビニエンスストアの防犯カメラの映像に記録されていた男性と酷似した男性が、同ガソリンスタンドの向かいにあるアパートの建物の中に入っていく様子が記録されているのを発見した。Pは、この男性(以下「甲」という。)が本件事件の犯人である可能性が高いと考え、甲の動向を確認するため、同日午前4時頃から同アパート周辺の公道上での張り込みを開始した。 (引用終わり) |
問題文に、「Pは、この男性(以下「甲」という。)が本件事件の犯人である可能性が高いと考え」と書いてある。これは、飽くまでPの認識ではありますが、Pはこの認識を持ちつつ、逮捕は無理だと考えたというストーリーなのだから、考査委員は、「犯人である可能性が高い」という表現を、逮捕の理由を基礎付けることを意味しない趣旨で使っているのだろう。しかも、Pはこの認識で領置しているわけだから、これは領置の必要性を基礎付けるのだろう。それなら、これをそのまま使ってしまえ。こうして、当サイトの参考答案(その1)のような書き方になるわけです。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)
(3)本件事件は住居侵入・強盗殺人未遂事件である。Vは、午前2時12分頃、110番通報し、強盗の被害に遭って犯人にゴルフクラブで頭を殴られたこと、犯人はゴルフクラブを持って逃走したと思われ、着衣・背格好は黒のニット帽、黒のマスク、黒のジャンパー、黒の手袋、緑の作業ズボン、黒のスニーカー姿の身長165cmくらいで、小太りの男性と伝えた。V方付近コンビニの防犯カメラ映像に午前2時7分頃、Vが告げた犯人の着衣や背格好などに酷似した男性が、長い棒状の物を手に持ち北西方向に走っている様子が記録されていた。コンビニから北西に約1km離れた場所にあるGSの防犯カメラ映像に、午前2時22分頃、マスクは着けておらず、長い棒状の物も持っていなかったものの、コンビニ防犯カメラ映像に記録された男性と酷似した男性の甲が、GSの向かいにあるアパートの中に入っていく様子が記録されていた。甲は、犯人である可能性が高い。もっとも、現場からは、足跡以外に、犯人の特定につながる証拠を発見できなかった。 (引用終わり) |
上記は、何も考えずにただ問題文を書き写しているだけのようにみえるでしょうが、上記のような思考過程を経ているのです。
4.問題文を書き写すだけでは芸がないとみて、何か気の利いた表現を考えたい場合、類似の概念で用いていた表現を想起するというのが、1つのテクニックでしょう。例えば、憲法で、緩やかな合理性の基準を用いる場合に、「一応の合理性」のような表現を用いること、民法の不法行為のところで、「一応の推定」の法理があること、民訴で、疎明の場合には「一応確からしい。」とか、「一応認められる。」という表現が用いられること等を想起して、「一応の嫌疑」のような表現を用いるのが一案です。当サイトの参考答案(その2)では、「一応の疑い」という表現を用いています。
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)
Vは、午前2時12分頃、110番通報し、強盗の被害に遭って犯人にゴルフクラブで頭を殴られたこと、犯人はゴルフクラブを持って逃走したと思われ、着衣・背格好は黒のニット帽、黒のマスク、黒のジャンパー、黒の手袋、緑の作業ズボン、黒のスニーカー姿の身長165cmくらいで、小太りの男性と伝えた。V方付近コンビニの防犯カメラ映像に午前2時7分頃、Vが告げた犯人の着衣や背格好などに酷似した男性が、長い棒状の物を手に持ち北西方向に走っている様子が記録されていた。通報のわずか5分前であり、長い棒状の物はゴルフクラブと考えて矛盾がなく、外見も酷似していることから、その男性が犯人と考えて矛盾がない。服装・体格は必ずしも特徴的とはいえないものの、午前2時に長い棒状の物を持って走ることは奇異であり、犯人である一応の疑いがある。 (引用終わり) |
冒頭に示した論述例は、上記太字強調部分を改変したものでした。
5.今回、説明したようなことは、インプット重視の学習では、なかなか対処法が身に付きません。また、演習重視で学習していても、「あーまた解けなかった。はい次。」のように、ただ解くだけで、反省してそこから何かを得るという発想がないと、身に付かないものです。繰り返し演習をして、演習後の復習で、「こんな場合、どんな対処法があるだろうか。」と少し考え直す時間を作って、「次からは、こんな感じで対処しよう。」と考えるようにすると、似たような場面で気の利いた対処ができるようになりやすいでしょう。