Bの帰責性
(令和5年予備試験民法)

1.今年の予備民法設問1。ほとんどの人が、問題文を読んで、「これはAが悪いわ。」と思ったことでしょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

1.Aは、書画骨董品の収集を趣味とする東京在住の個人である。Bは、京都に店舗を有し、掛け軸、屏風及び衝立等の表装・修理や書画骨董品の売買等を行う専門の事業者である。

2.Aは、令和5年1月頃、自己が所有する掛け軸甲の経年劣化が激しいことに気付き、たまたま自宅を訪れていたBに甲を見せ、その修復をBに持ち掛けた。Bは、「甲は保存状態が悪く、その修復には高額の費用が見込まれるから、考え直した方がよい。」と述べたが、Aが「甲は大事な家宝だから、いくら費用が掛かっても修復したい。」と強く主張したため、これに同意するに至った。

 (中略)

4.本件請負契約を締結するに当たり、Bは、Aに、「甲の状態を最後に確認してから半年ほど経つが、その後どのように保管しているのか。現在も修復可能なのか。」と尋ね、「きちんと保管しているから大丈夫だ。」との回答を得たBは、個人宅での保管であることから甲の現在の状態に疑念を抱き、「蓋を開けてみたら修復不能なほどに傷んでいた、などと言われても知りませんよ。」と念を押した上で本件請負契約を締結した。

5.Aは、個人宅における掛け軸の標準的な保管方法に反し、甲を紙箱に入れたのみで湿度の高い屋外の物置に放置したため、本件請負契約の締結に先立つ令和5年6月15日頃までに、甲は原型をとどめないまでに腐敗し、修復することができなくなってしまった(以下「本件損傷」という。)。

6.Aは、本件請負契約の交渉過程において、甲の状態を確認しておらず、Bから数回にわたって「甲の状態や保管方法に問題はないか。」と問い合わせられても「問題ない。」と答えるのみで放置していたため、本件請負契約を締結した時点では、本件損傷の事実を知らなかった。Aは、令和5年7月13日、甲を梱包するために物置から取り出したところ、本件損傷に気付き、直ちにBに連絡し、Bは自ら本件損傷を確認した。

(引用終わり)

 Aは、Bから何度も問い合わせを受けているのに、「大丈夫だ、問題ない。」と言うばかりで、自分で確認しようとしません。そして、「大事な家宝」とまで言っていたのに、湿度の高い屋外物置に放置して腐敗させる。「どうしようもないダメ人間じゃん。何やってんの?」と思うのは当然です。しかも、BがAの近所で営業しているというならともかく、Aは東京、Bは京都なので、Bが直接見に行くというのは必ずしも容易でないともいえる。Aに帰責性があることは、疑いようがないといえるでしょう。それでも、答案に書くときは、「本件ではAに帰責事由があることは明らかである。」とか、「Aの態度は不誠実で不適切であり、保管はずさんであったから帰責事由がある。」のように雑に書くのではなく、問題文の事実を1つ1つ丁寧に摘示するのが基本です。

参考答案(その1)より引用)

 Aが個人宅における掛け軸の標準的な保管方法に反し、甲を紙箱に入れたのみで湿度の高い屋外の物置に放置したため、本件損傷が生じた。Aは、本件請負契約の交渉過程において、甲の状態を確認しておらず、Bから数回にわたって「甲の状態や保管方法に問題はないか。」と問い合わせられても「問題ない。」と答えるのみで放置していた。本件請負契約を締結するに当たり、Bから、「甲の状態を最後に確認してから半年ほど経つが、その後どのように保管しているのか。現在も修復可能なのか。」と尋ねられ、Aは、「きちんと保管しているから大丈夫だ。」と回答した。Aは、Bから、「蓋を開けてみたら修復不能なほどに傷んでいた、などと言われても知りませんよ。」と念を押されていた。Aは東京在住で、Bは京都に店舗を有する。
 以上から、Aに帰責事由(543条、536条2項)がある。

(引用終わり)

 毎年、この単純作業をやらなかったというだけの理由で不合格になっている人がいるので、心当たりのある人は、意識して改善すべきでしょう。

2.上記のように、Aの帰責性が明らかとはいえ、ここで、「Aが悪いの確定。終わり終わり。」というのでは、論文試験の事例分析としては不十分です。「じゃあ、Bは全然悪くないの?」という視点で、もう一度事例を見てみる必要がある(※1)。同じ問題文でも、視点を変えてみると、ちょっと違う見え方になることはよくあります。
 ※1 論文対策というだけではなく、SNS等で、簡単に一方を悪者と決めつけて誹謗中傷の投稿をしてしまわないためにも、このような態度は必要なことだと思います。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

1.Aは、書画骨董品の収集を趣味とする東京在住の個人である。Bは、京都に店舗を有し、掛け軸、屏風及び衝立等の表装・修理や書画骨董品の売買等を行う専門の事業者である。

2.Aは、令和5年1月頃、自己が所有する掛け軸甲の経年劣化が激しいことに気付き、たまたま自宅を訪れていたBに甲を見せ、その修復をBに持ち掛けた。Bは、「甲は保存状態が悪く、その修復には高額の費用が見込まれるから、考え直した方がよい。」と述べたが、Aが「甲は大事な家宝だから、いくら費用が掛かっても修復したい。」と強く主張したため、これに同意するに至った。

 (中略)

4.本件請負契約を締結するに当たり、Bは、Aに、「甲の状態を最後に確認してから半年ほど経つが、その後どのように保管しているのか。現在も修復可能なのか。」と尋ね、「きちんと保管しているから大丈夫だ。」との回答を得た。Bは、個人宅での保管であることから甲の現在の状態に疑念を抱き、「蓋を開けてみたら修復不能なほどに傷んでいた、などと言われても知りませんよ。」と念を押した上で本件請負契約を締結した。

(引用終わり)

 Aは単なる収集マニアで、修理の専門知識はなさそう。それに対し、Bは、掛け軸の修理も手がける専門事業者です。素人が、「大丈夫だ、問題ない。」と言うのを鵜呑みにして、自分で全然確認しなくてよいかというと、そうではないでしょう。常識で考えても、修理を依頼する場合に、修理を請け負う側が、修理できるかどうかの状態を確認するというのが、当たり前の感覚です。あなたが、パソコンの修理を依頼すると考えましょう、依頼した業者から、「ちゃんと保管してます?」と言われても、普通は、「はい大丈夫です。」と答えるでしょう(※2)。そして、「本当に大丈夫ですか?」、「この前大丈夫って言ってましたけど、もう一回確認しますね。本当に大丈夫なんですか?」、「念のためにもう一回確認しますけどね。本当に本当に本当に大丈夫ですか?もう一回聞きますね。本当に大丈夫ですか?」などと何度も念を押されたとしても、「何回もうぜーよ。大丈夫っつってんだろうがよ。」と思うだけでしょう(※3)。「あとで修理できなかったってことになっても知りませんよ。」なんて言われたら、「この業者マジでムカつくわ。」と思うことでしょう。そして、「お客さんが大丈夫っていうから信じたんだけど、ちゃんと確認したら保管方法に問題ありまして修理できないっす。お客さんが悪いっす。代金はちゃんと払ってね。」なんて言われようものなら、「コイツ完全に悪徳業者だわ。」と思うはずです(※4)。
 ※2 専門知識のある人の目からみてヤバい保管をしている人でも、自分はパソコンがぶっ壊れるような保管はしてない、と思っているものです。本問のAも、甲を「大事な家宝」だと思っていたわけですから、「腐敗するかもしれないが構わない。」などとは思っておらず、「絶対に大丈夫。」という謎の確信を持っていたと考えられます。「下手に紙箱を開けたり、物置から移動させたりしたら、それでおかしなことになるかもしれん。Bに渡すまで素人は手を付けない方がいい。」と、よかれと思って放置した可能性もあり得るでしょう。
 ※3 具体的に、「◯◯のような保管してませんか?パソコンは~なのでそれだと修理できなくなります。」のように教えてくれたなら、客の側でも不適切な保管に気付く契機となり、適切な対応が可能になるかもしれません。その観点で本問をみても、Bは単に「大丈夫か。」というだけで、具体の指示・確認をしていません。
 ※4 ただし、本問の場合、Aは、「個人宅における掛け軸の標準的な保管方法」にすら反していた点、本件損傷は原型をとどめないレベルなので、素人でも見ればすぐわかったはずである点など、上記パソコンの事例とは違う点があることには留意が必要です。

 本問のBは、最初に甲を確認した令和5年1月頃の時点で、既に甲の保存状態が悪いことに気が付いています。そして、本件請負契約を締結したのは、その半年後。専門業者なら、状態がさらに悪化してないか、自分の目でチェックしてから契約するのが普通でしょう。問題文にも、「甲の現在の状態に疑念を抱き」と明記されています。ここで、対比として、以下の事例を考えてみましょう。

【事例】

 Aは、骨董品の壺を、自己の所有と称して、Bに1000万円で売却することを持ちかけた。Bは、当該壺は代々Cの家系で受け継がれていたものであったことから、当該壺はAの所有ではなく、Cから預かっているだけではないかと疑念を抱き、Aに、「本当にAの所有なのか。」と何度も尋ねたが、そのたびに、Aは、「間違いない。私の所有である。」との回答を繰り返した。そのため、Bは、Aが所有者であると信じ、Cに確認することなく、売買契約に応じた。その後、当該壺はAの所有ではなく、Cの所有であり、Aは、Cから預かっているだけであったことが判明した。Bは、当該壺を即時取得するか。

 上記のような事例では、ほとんどの人が、以下のように論述して、Bに過失があるとするでしょう。

【論述例】

 Bは、当該壺がAの所有ではなく、Cから預かっているだけではないかと疑念を抱いたのであるから、直接Cに確認をすべきであったのに、Aに確認するだけで、Cに確認することを怠ったから、過失がある。

 同じように考えれば、「Bは、甲の現在の状態に疑念を抱いていたのであるから、契約締結に当たり、直接甲の状態を確認すべきであった。」といえるでしょう。「東京と京都で離れてるから無理ぃ!」なんて言えるわけがない。受験生でもメール等で画像の送信くらいはしたことがあるでしょうし、メルカリ等で商品を買う際に、商品の状態を画像で判断したりしたことはあるでしょう。「甲の写真撮って送らせればいいじゃん。」ということになる。確かに、画像だけではわからないこともありますが、原型をとどめないほど腐敗していたら、さすがにわかります。こうして、Bにも帰責性があると判断することができるのです。

参考答案(その2)より引用)

 一般に、請負契約においては、仕事完成可能かは仕事完成義務を自ら負う請負人が判断すべきである。しかも、Aは、書画骨董品収集を趣味とする個人にすぎないのに対し、Bは、掛け軸の修理を行う専門事業者である。修理可能性判断の責任・能力を有するBが、契約締結時の修復不能に係るリスクを負う。Bは、甲を最初に見た際に、「甲は保存状態が悪く」と発言しており、既に保存状態が悪いことに気づいていた。それから半年ほど経過すれば甲の状態がさらに悪くなることは十分考えられ、Bは甲の現在の状態に疑念を抱いていた以上、契約締結に当たり、甲の状態を自ら確認すべきであった。Aは東京在住で、Bは京都に店舗を有するから、Bが直接にAの自宅を訪れて精査することは必ずしも容易でないとしても、本件損傷は原型をとどめない腐敗であり、甲を撮影した画像データの送信を要求するという簡易な手段でも容易に判断できたのに、そのような手段すら怠った。

(引用終わり)

 予備校答練等では、それほど凝った作り方をしないので、見た目の印象と正しい結論に差がない問題であることがほとんどです。しかし本試験では、第一印象とは異なる結論が正しい、ということもよくある。当サイトが過去問を解くことを推奨する理由はたくさんありますが、このことは、そのうちの1つです。 

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