1.令和5年予備民法設問2(2)。前回の記事(「即時取得と表見代理の役割分担が問われた(令和5年予備試験民法)」)で説明したとおり、これは間接代理に関する出題であり、処分授権に関するものではありません。しかし、出題趣旨は、「処分授権」の語を用いています。
(令和5年司法試験予備試験論文式試験民法出題趣旨より引用。太字強調は筆者。) 設問2は、いわゆる処分授権によって他人の物を売却する権限を与えられた者が、権限を失った後にその物を売却した場合に、相手方が所有権を取得することができるかを問う問題である。……(略)……設問2(2)においては、相手方は売却した者に処分権限があると信じているが、この処分権限は代理権ではないため、表見代理に関する規定が直接適用されるわけではない。そこで、処分授権と代理との違いを意識しつつ、その類似性に着目して表見代理に関する規定を類推適用することができるかを論じ、本問の事案がその要件を満たすかどうかを論ずる必要がある。 (引用終わり) |
上記出題趣旨は、「処分授権」の語を、動産所有権の取得に係る間接代理を指す意味で用いています。そのような用例も、ないわけではありません。
(民法(債権法)改正委員会編『詳解債権法改正の基本方針』 別冊 NBL126号(商事法務 2009年)63頁より引用。太字強調は筆者。) 【1.5.L】(間接代理) 間接代理については、授権に関する問題を除き、取次契約(委任契約)に関する規律によるほかは、一般的な規定を置かない。 (引用終わり) (伊藤進「「代理」規律改正のための基本コンセプト -民法(債権関係)改正論議を契機として-」『明治大学法科大学院論集』第9号(2017年)より引用。太字強調は筆者。) 間接代理は,自己の名で,他人の計算において行為する限りでは授権と類似する。しかし,間接代理人のなした行為の効果は第一次的に間接代理人自身に帰し,さらに間接代理人と本人との法律関係の当事者としての法律行為により,第一次者聞の経済的効果のみを第二次的に本人に帰し,本人と相手方に直接法律関係が生じない。……(略)……間接代理人と相手方との法律関係と本人と相手方との法律関係に分けて規律するだけで十分である。代理あるいは授権と同類のものとして規律できるものではない。民法(債権法)改正検討委員会案においては,間接代理を,所有権の取得に係わる部分を処分授権として規律し,それ以外の部分を委任契約の一類型としての「取次契約」として規律するものとしているのは妥当といえる。 (引用終わり) |
「間接代理」という用語自体は結構マイナーで、「問屋」とか「取次」のような別の用語で表現されることも多く、広い意味での「間接代理」の一類型が「処分授権」であるかのように呼称されることがあったりする。債権法改正において、処分授権の規律を置くことが断念された理由の1つも、その概念の曖昧さにありました。
(「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(1)(民法(債権関係)部会資料 66A)」より引用。太字強調は筆者。) 【取り上げなかった論点】 (中略) ○ 中間試案第4、12「授権(処分権授与)」 パブリック・コメントの手続に寄せられた意見の中には、授権に関する明文の規定を設ける実務上の必要性・有用性が見受けられない旨の指摘や、「授権」という概念は一義的に明確でなく、問屋の行為(取次ぎ・間接代理)との区別も曖昧である旨の指摘があった。以上の指摘などを踏まえ、この論点は取り上げないこととし、引き続き解釈に委ねることとした。 (引用終わり) |
なので、出題趣旨の記載が誤りかというと、誤りとまではいえないでしょう。
2.とはいえ、表見代理規定の類推適用の文脈では、両者は明確に区別する必要がある概念です。なぜなら、前回の記事(「即時取得と表見代理の役割分担が問われた(令和5年予備試験民法)」)でも説明したとおり、法律効果が直接本人に帰属するか否かという点で、間接代理と処分授権(※1)では決定的に異なるからです。この点は、学生向けの教科書でも普通に記載があったりします。
※1 このような意味での「間接代理」、「処分授権」には、厳密には「狭義の」という語を付すべきなのかもしれません。
(中舎『民法総則[第2版]』(日本評論社 2018年)299、300頁より引用。太字強調は筆者。) Aから依頼を受けてBがBの名でCと法律行為をし、その法律効果をいったんBに帰属させたうえで、Cから取得した物などをBからAへ移転する仕組みのことを間接代理という。 (中略) 授権とは、AのためにBがBの名でCと法律行為をすることにより、AC間で法律関係を発生させる権限をAがBに付与するという概念である。……(略)……授権は、……(略)……わが国の民法には存在しない。相手方Cにとって行為の相手方が誰であるかが重要でない取引では認めてよいと解する学説もあるが、一般的には事案に応じて代理または間接代理として処理すればよいと解されている。 (引用終わり) |
上記の用語法に従えば、出題趣旨は、本来「間接代理」と記載するのが適切であるのに、「処分授権」と記載したことになる。この点は、少なくとも誤解を招く表現であり、不適切であるというべきでしょう。
3.もう1つ、出題趣旨には、読み方に注意すべき部分があります。
(令和5年司法試験予備試験論文式試験民法出題趣旨より引用。太字強調は筆者。) 設問2は、いわゆる処分授権によって他人の物を売却する権限を与えられた者が、権限を失った後にその物を売却した場合に、相手方が所有権を取得することができるかを問う問題である。……(略)……設問2(2)においては、相手方は売却した者に処分権限があると信じているが、この処分権限は代理権ではないため、表見代理に関する規定が直接適用されるわけではない。そこで、処分授権と代理との違いを意識しつつ、その類似性に着目して表見代理に関する規定を類推適用することができるかを論じ、本問の事案がその要件を満たすかどうかを論ずる必要がある。 (引用終わり) |
上記引用部分のうち、「その要件」とは、何の要件なのか。2つの読み方が考えられます。
1つの読み方は、「表見代理に関する規定の要件」という読み方です。この場合には、「112条1項の類推適用を肯定する立場を採る場合には、同項の要件も検討しないと評価しませんよ。」という意味になります。もう1つは、「類推適用の要件」という読み方です。この場合には、「処分授権に112条1項を類推適用するためには、当該処分授権によって他人効が生じることが要件になる。本問では、その要件を満たさないから、類推適用されない。これを論じてくださいね。」という意味になる(※2)。どうも、この出題趣旨の書き手は、「処分授権」の語の意味を、他人効が生じない間接代理の一類型である場合と、他人効が生じる(いわば狭義の)処分授権の両方を含む意味で使っていそうなので、その意味で「処分授権」を捉えるならば、出題趣旨の表現にも違和感はありません。どちらもありそうながら、当サイトとしては、文脈の感じからして後者なのかなあ、という印象を持っています。
※2 他には、他人効に対する信頼(善意無過失)がある場合には類推適用を肯定できるとした上で、本問では、BがDに示した本件委託契約の契約書の記載から他人効が生じる旨の信頼が生じる余地はなく、よって、他人効への信頼という要件を欠くので類推適用できない、という論理も考えられます。
4.出題趣旨が「処分授権」と記載したことによって、予備校等では、「本問は処分授権ですよ!だから、法律効果はCに直接帰属します!表見代理も類推適用されますからね!」のような解説がされるかもしれません。しかし、これまでに説明したとおり、そのような解説は誤りですので、注意が必要です。