訴訟終了効?既判力?
(令和5年予備試験民訴法)

1.令和5年予備民訴法設問2。これは一見して典型論点で、ほとんどの人が、訴訟上の和解の既判力の肯否→採り得る手段(新期日指定)という感じで書いたでしょう。当サイトの参考答案(その1)は、そのような感じで書いています。

(参考答案(その1)より引用)

第2.設問2

1.「確定判決と同一の効力」(267条)には既判力を含むが、私法上の和解が意思表示の瑕疵によって効力を失ったときは、訴訟上の和解も効力を失う結果、既判力は生じない(制限的既判力説、いちごジャム事件判例参照)。
 和解交渉の際に、Yは、Xに現在居住している丙建物が取り壊されれることになり、今後は自ら乙建物を店舗兼居宅として利用したいので和解に応じてほしいとの虚偽の説明をした。Xは、Yの説明を信じ、やむを得ないと考えて、和解に応じることにした。しかし、丙建物が取り壊される予定はなく、Yが引き続き丙建物に居住し、乙建物はDが店舗兼居宅として利用していた。したがって、Xは、私法上の和解をYの詐欺を理由に取り消せる(民法96条1項)。
 Xが上記取消しをすれば、私法上の和解は当初から無効となる(同法121条)から、訴訟上の和解も当初から無効となる。したがって、既判力は生じず、訴訟終了効も当初から生じなかったものと扱われる。

2.よって、期日指定申立て(93条1項)をして①訴訟を続行する手段が考えられる。Xは、控訴審がそのまま継続していれば勝訴したと考え、Yに対して、乙建物を収去して甲土地を明け渡すことを求めたいと考えており、上記手段はXの意思を実現できる。

(引用終わり)

 概説書等でも普通にこの順番で書いてありますから、この書き方でも余裕で合格答案になるでしょう。

2.しかしながら、冷静に考えてみると、「既判力の肯否って要らなくね?」ということに気が付くかもしれません。そもそも、新期日を指定できるのはなぜか。訴訟が終了していないからでしょう。訴訟が終了していれば、次の期日なんてあるはずがない。訴訟が終了していないからこそ、新期日を指定できるのです。既判力が生じたか否かは関係ありません。というか、訴訟が終了していなければ、既判力なんて生じようがない。だとすれば、既判力の肯否なんて問題にならないはず。このように考えると、新期日指定との関係で直接に問題となるのは訴訟終了効であって、既判力ではないことがわかります。
 では、既判力はどのような場合に問題になるのか。既判力は後訴に対する通用力なので、問題になるのは後訴を提起する場面です。本問でいえば、改めてYに乙建物収去甲土地明渡請求訴訟(後訴)を提起すれば、既判力が問題になる。具体的に考えてみましょう。Xは、後訴における請求原因として、以下のような主張をするでしょう(※1)。
 ※1 訴訟上の和解には不起訴の合意条項を含めておくのが通例のように思いますが、本問では不起訴の合意条項がないので、後訴が訴えの利益を欠いて却下されるということはありません。

 ①Xが甲土地を所有していること
 ②Yが甲土地を占有していること

 ②は、Yが甲土地上にある乙建物を所有していることによって基礎付けられます。したがって、上記請求原因①及び②には、和解内容と矛盾する点はありません。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 裁判所から(a)X及びYは甲土地がXの所有であること及び乙建物がYの所有であることを相互に確認する、(b)XがYに甲土地を賃貸することを相互に確認するなどの和解案が提示され、XY間で当該和解案どおりの内容の訴訟上の和解が成立し、その旨調書に記載された。

(引用終わり)

 これに対し、Yは、和解条項の(b)を援用して、占有権原の抗弁を主張するでしょう。これには、2つの援用の仕方が考えられます。1つは、私法上の和解による実体法上の効果を生じるものとして援用する方法。もう1つは、訴訟上の和解の既判力の積極的作用として、裁判所はYに賃借権があることを前提に審理判断すべきものとして援用する方法です。ここで、ようやく既判力が出てきました。既判力否定説は、私法上の和解としての実体法上の効果のみを認めれば十分であるとするのでした。もっとも、この段階では、既判力の肯否は結論を直接左右しません。

3.Yの占有権原の抗弁に対し、Xは、占有権原消滅の再抗弁として、和解の詐欺取消しを主張するでしょう。しかし、これは「Yに賃借権はない。」という和解条項の(b)と矛盾する帰結を導く主張です。訴訟上の和解に既判力が生じるとすれば、消極的作用(遮断効)によって、裁判所は再抗弁を排斥しなければならないのではないか(※2)。ここで、初めて既判力の肯否が結論を左右するものとして問題となってくるのです。
 ※2 厳密には、既判力が生じるとしても、基準時(和解調書作成時)後の形成権の行使なので遮断されないのではないか、という例の論点が生じ、取消権の場合は遮断されるという結論を採って初めて排斥されることになります。

4.Xの和解の詐欺取消しとは、厳密にはどのような意味なのか。仮に、訴訟上の和解を直接に取り消すものだとすれば、「訴訟行為に民法の意思表示の規定は適用されるか。」という論点が生じることになります。しかし、これはあくまで私法上の和解契約を取り消すものであって、訴訟上の和解は、私法上の和解が遡及的無効となることによって、連動して効力を失うのだ、とするのが高裁判例です。

広島高判昭40・1・20より引用。太字強調は筆者。)

 裁判上の和解は、裁判所又は裁判官の面前で争いある事件につき互に譲歩してその争を終了せしめる当事者間の合意である。そして右合意は私法上の和解に外ならないのであるが、その私法上の和解は、訴訟行為たる裁判上の和解の一つの構成要素であつて、裁判上の和解が有効に成立するためには、その要素である私法上の和解が有効に成立すると同時に、更に訴訟法上の要件の具備をも必要とする。すなわち、裁判上の和解は私法上の和解を含む一の訴訟行為であつて、私法上の和解に荷われた存在というべきものである。従つて、基礎となる私法上の和解が何等かの理由により無効となるならば、裁判上の和解もまた当然無効となることは明らかである。しかし、その反対に裁判上の和解が訴訟法上の要件の欠缺のために無効となつても、そのためにその基礎たる私法上の和解が常に無効となるとは限らない。たとえば裁判官が関与せず裁判所書記官のみの面前でなされたというが如き理由によつて裁判上の和解が無効となつても、そのために右書記官の面前で成立した私法上の和解もまた当然に無効となるいわれはない。勿論、訴訟行為たる裁判上の和解の無効原因が同時に私法上の和解の無効原因となる場合のあることは明らかであるが、その場合でも私法上の和解が無効となるのは裁判上の和解が無効となつたためではない。裁判上の和解が訴訟行為として無効となつても、その基礎たる私法上の和解の効力については別にそれが実体法上の要件を充足しているか否かを判断してその有効、無効を定むべきものである。

(引用終わり)

 私法上の和解(和解契約)に民法の意思表示の規定が直接適用されるのは、当たり前のことです。なので、本問では、民法96条1項が直接適用され、それによって私法上の和解は当初から効力を失い、それに伴って、訴訟上の和解も当初から効力を失う。結果として、訴訟上の和解によって発生する既判力も、当初から生じなかったことになるのでした。
 上記のような理解によれば、Xによる和解の詐欺取消しの再抗弁には、「私法上の和解を取り消すことによって、実体法上生じていたYの賃借権を消滅させる。」という意味と、「私法上の和解が効力を失うことによって訴訟上の和解も効力を失う結果、既判力も否定され、積極的作用としてYの賃借権を基礎付けることも、消極的作用(遮断効)としてXの再抗弁を排斥することもできなくなる。」という意味の2つの意味を持つことになるわけです。

5.以上のことを答案の形にしたものが、当サイトの参考答案(その2)です。

(参考答案(その2)より引用)

第2.設問2

1.和解の詐欺取消しを主張し、訴訟の終了を否定して期日指定申立て(93条1項)できるか。
 訴訟上の和解の法的性質は、私法上の和解を含む訴訟行為であり、私法上の和解を構成要素とするから、私法上の和解が無効となるときは、訴訟上の和解も無効となる(高裁判例)。私法上の和解は純然たる私法契約である(民法695条)から、民法の意思表示の規定が直接適用される。
 和解交渉の際に、Yは、Xに現在居住している丙建物が取り壊されれることになり、今後は自ら乙建物を店舗兼居宅として利用したいので和解に応じてほしいとの虚偽の説明をした。Xは、Yの説明を信じ、やむを得ないと考えて、和解に応じることにした。しかし、丙建物が取り壊される予定はなく、Yが引き続き丙建物に居住し、乙建物はDが店舗兼居宅として利用していた。したがって、Xは、私法上の和解をYの詐欺を理由に取り消せる(民法96条1項)。
 Xが上記取消しをすれば、私法上の和解は当初から無効となる(同法121条)から、訴訟上の和解も当初から無効となる。したがって、その訴訟終了効も当初から生じなかったものと扱われる。
 よって、期日指定申立てをして、①訴訟を続行する手段が考えられる。

2.再度Yに乙建物収去甲土地明渡訴訟(後訴)を提起し、和解の詐欺取消しを主張してYの賃借権を否定できるか。

(1)上記1の申立てで①訴訟が続行したときは、後訴は重複訴訟となり許されない(142条)。しかし、同申立てをしないときは、たとえ後訴において和解の取消しを主張したとしても、①訴訟は形式的には終了しているから、後訴が重複訴訟となることはない。

(2)後訴で、甲土地X所有Y占有の請求原因に対し、Yが和解を援用して占有権原(賃借権)の抗弁を提出したときに、Xが私法上の和解の詐欺取消しを再抗弁とすることは訴訟上の和解の既判力(消極的作用)によって遮断されるか。
 私法上の和解の確定効(民法696条)は当事者間に帰属する実体法上の効力にすぎず、これとは別に訴訟上の内容的拘束力として既判力が生じることには、攻撃防御方法の訴訟上の扱いや口頭弁論終結後の承継人への拡張(115条1項3号)等を明確にする意味があるから、「確定判決と同一の効力」(267条)には既判力を含むが、私法上の和解が意思表示の瑕疵によって効力を失ったときは、訴訟上の和解も効力を失う結果、既判力は生じない(制限的既判力説、いちごジャム事件判例参照)。
 上記1のとおり、私法上の和解は詐欺を理由に取り消せるから、Xがこれを取り消したときは、当初から既判力は生じなかったものと扱われる。そうすると、Xが私法上の和解の詐欺取消しを再抗弁とすることは、同時に訴訟上の和解としての既判力が生じない旨の主張も含むから、訴訟上の和解の既判力によって遮断されることはない。

(3)よって、後訴を提起し、和解の詐欺取消しを主張してYの賃借権を否定する手段が考えられる。

(引用終わり)

 一般に、概説書等で訴訟終了効と既判力とを区別して説明しないのは、いずれも訴訟上の和解の法的性質論の帰結とされるためです(※3)。既判力の肯否を論じる中で訴訟上の和解の法的性質が確定されれば、自動的に訴訟終了効の肯否も確定する。とはいえ、理論的には別物なので、厳密には、書き分けるのが正確なのでしょう。もっとも、受験テクニックの観点からは、どうみても既判力の肯否に配点がある(※4)はずなので、「本問では新期日指定だけ認めれば十分だと思ったので、訴訟終了効だけを書いて既判力の肯否は書きませんでした。」というのはヤバい。そのように考えれば、当サイトの参考答案(その1)のように新期日指定しか考えない場合でも、無理やり既判力の肯否は書くべきでしょう。両者を理論的にきちんと分けて書きたいのなら、新期日指定と後訴という2つの手段をきちんと分けて検討する必要がある。自分の筆力を考えて難しいと思ったなら、無理せず参考答案(その1)のような書き方で我慢すべきでしょう。
 ※3 新堂幸治教授のように、法的性質論は無意味と断言する人もいますが、それでは単なる便宜論になってしまうので、そこまで言い切る人は少数です(この辺りの理論状況については、石川明「訴訟上の和解における法的性質論と既判力論」『法学研究』88巻7号(2015年)を参照)。
 ※4 既に公表されている出題趣旨でも、「既判力の有無の議論と関連させて、検討することが期待されている。」と記載されています。

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