監禁該当性の問題か
(令和5年予備試験刑法)

1.令和5年予備刑法設問1。Xがずっと眠っていて、「反対の立場からの主張にも言及して」とあるので、監禁の認識がない場合にも監禁罪が成立するか(可能的自由説か現実的自由説か)という話を書くんですよ、ということは、予備校等でも普通に解説されていることでしょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

3 その後、甲は、上記小屋から歩いて約100メートル離れた場所に、高さ約70メートルの岩場の崖があるのを確認し、同日午後6時頃、同小屋に戻り、上記ロープをほどいた。Xは、同日午後5時頃に熟睡した後、一度も目を覚まさなかった

〔設問1〕
 【事例1】において、甲に監禁罪が成立するという主張の当否について、具体的な事実関係を踏まえつつ、反対の立場からの主張にも言及して論じなさい。

(引用終わり)

 もっとも、一部の解説では、これを監禁該当性の問題として、すなわち、現実的自由説からは「監禁」に当たらない、という説明をするものがあるようです。また、再現答案等をみても、監禁該当性の問題として書いてしまった答案がかなりみられます。しかし、これは端的に言って誤りです。正しくは、法益侵害結果の有無の問題、すなわち、現実的自由説からは「監禁はあるが法益侵害結果が発生しておらず未遂であり、監禁罪には未遂処罰規定がないから不可罰である。」という説明をするべきです。

(近藤和哉「錯誤に基づく同意について」『神奈川法学』第40巻第1号(2007年)より引用。太字強調は筆者。)

 可能的自由説には、質的に異なる利益侵害を同列に扱うという不自然さが否定できないように思われる。すなわち、可能的自由説は、現実的自由説の目から見れば、監禁未遂(不可罰である)にとどまる行為を、監禁罪として捕捉しようとするものであり……(略)……現実的自由説がするように、移動意思が生じたが移動できなかった場合にのみ監禁罪の法益侵害を肯定し、いわゆる可能的自由が侵害されたに過ぎない場合は、不可罰な監禁未遂とするのが妥当であるように思われる。

(引用終わり)

(江藤隆之「監禁罪の保護法益について」『桃山法学』第23号(2014年)より引用。太字強調は筆者。)

 逮捕・監禁罪は侵害犯なのであり,選択肢を奪った段階ではその未遂(実定法上不可罰)として,選択を奪った段階で既遂の成立を認めるべきであるという結論に至るのである。したがって,現実的自由説が妥当である。

(引用終わり)

2.「どうせ結論同じなんだからどうでもよくね?」と思うかもしれません。しかし、実はそうでもないのです。

(1)例えば、本問が以下のような事例だったら、どうか。

問題文より引用。太字強調部分は筆者が改変したもの。)

3 Xは、同日午後5時頃に熟睡した後、同日午後5時30分頃に目を覚まして甲がいないことに気付き、小屋の外の様子を確認しようとしたが、出入口扉が開かなかったことから断念した

(引用終わり)

 監禁該当性の問題、すなわち、現実的自由説からは「監禁」に当たらない、という説明をすると、上記事例をどのように理解することになるか。Xが目を覚まして出入口扉が開かないと気付くまでは甲の行為は「監禁」に当たらないが、気付いた後は「監禁」に当たる、という理解になる。つまり、「出入口扉を外側からロープできつく縛り、内側から同扉を開けられないようにした」という同じ行為が、監禁行為だったり、監禁行為でなかったりするわけです。普通に考えると、これはおかしい。確かに、監禁罪は継続犯なので、継続犯について通説・判例とされる継続行為説を採れば、「監禁罪は時々刻々と監禁行為がなされているのだ。」と理解することになるので、「Xが気付くまでの行為と気付いた後の行為は別個の行為であり、両者の監禁該当性が異なることはおかしくない。」という説明が一応可能です。しかしながら、現実的自由説を採用する多くの論者は、「現実の監禁行為は既に終了しているのに監禁行為が継続しているというのはおかしい。」と考えて、「継続犯は、実行行為が継続しているのではなく、法益侵害が継続するのだ。」と捉えます(結果継続説)。結果継続説からは、監禁行為は当初の1つの行為、すなわち、本問でいえば、「出入口扉を外側からロープできつく縛り、内側から同扉を開けられないようにした」という1つの行為であって、これを「監禁行為であり、かつ、監禁行為でない。」と性質決定するのは、評価矛盾であって許されないことになるのです。
 これに対し、法益侵害結果の有無の問題、すなわち、現実的自由説からは「監禁には当たるが法益侵害結果が発生しておらず未遂であり、監禁罪には未遂処罰規定がないから不可罰である。」という説明をするならば、上記事例は、「甲の行為は監禁に当たるが、Xが気付くまでは法益侵害結果が発生しておらず不可罰であって、気付いて初めて法益侵害結果が生じるので、それ以降について監禁罪が成立する。」という理解となって、1個の行為についての評価矛盾の問題は生じません。

(2)監禁該当性の問題、すなわち、現実的自由説からは「監禁」に当たらない、という説明は、実行行為性を否定してしまうという意味でも問題です。実行行為性を否定するということは、およそ法益侵害の危険はなかったという評価をすることになります(※1)。しかし、前記2の説明からもわかるとおり、本問の甲の行為は、現実的自由説からも、Xが目覚めて出入口扉が開かないことに気が付いたら、直ちに監禁罪が成立する、すなわち、法益侵害結果を生じさせるおそれのある行為です。本問では、たまたまXが目を覚まさなかっただけで、行為時には目を覚ます可能性はあった。そうだとすれば、法益侵害結果を惹起する危険性が全然ない、という評価はおかしいでしょう。
 ※1 生後間もない嬰児のようにおよそ移動能力を有しない者を客体とする場合は、およそ法益侵害の危険を欠くことから、「監禁」に当たらない、という理解でも問題はありません。

 これに対し、法益侵害結果の有無の問題、すなわち、現実的自由説からは「監禁には当たるが法益侵害結果が発生しておらず未遂であり、監禁罪には未遂処罰規定がないから不可罰である。」という説明ならば、法益侵害の危険を生じさせる行為はされたが、たまたま結果が発生しなかったという意味になり、正しい理解に至ります。

(3)もう1つ、現実的自由説の論者が法益侵害結果の問題とするマニアックな理由があります。それは、現実的自由の侵害に至らない場合でも、監禁行為から致死傷結果が生じた場合に監禁致死傷罪を成立させる解釈論を可能にする、というものです。

(参照条文)刑法221条(逮捕等致死傷)
 前条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

(江藤隆之「監禁罪の保護法益について」『桃山法学』第23号(2014年)より引用。太字強調は筆者。)

 私見は,可能的自由が奪われた段階で監禁罪の理論的な未遂を肯定するものである。すなわち,監禁罪は可能的自由を奪い(未遂)その後現実的自由を奪う(既遂)という構造を有しているのであり,現行法上未遂処罰規定がないため未遂処罰は問題にならないが,行為の段階として理論的には未遂が存在する。したがって,現実的自由説に賛同するものの,可能的自由が奪われてから現実的自由が奪われるにいたるまでの段階で被監禁者に致死傷の結果が生じた場合は,監禁未遂という基本行為から重大な結果が発生した結果的加重犯として,監禁致死傷罪の成立を肯定することができるのである。

(引用終わり)

 もっとも、これが意味を持つ事例は、とても限られています。例えば、本問が以下のような事例だった場合を考えてみましょう。

問題文より引用。太字強調部分は筆者が改変したもの。)

3 Xは、同日午後5時頃に熟睡した後、一度も目を覚まさなかったが、同日午後5時30分頃、付近で山火事が発生し、小屋が全焼したが、Xは目覚める前に一酸化炭素中毒で死亡した

(引用終わり)

 上記事例では、仮に甲の監禁行為がなくても、Xは目覚めることなく死亡したはずですから、そもそも甲の行為と条件関係がありません。したがって、「監禁が未遂でも、監禁行為によって致死傷が生じれば監禁致死傷罪が成立する。」という見解に立ったとしても、上記事例で監禁致死傷罪の成立を認めることはできません。「Xが目覚めて逃げようとしたけど、出入口扉が開かなかったので逃げられず死亡した。」という事例なら、監禁に気付いた時点で現実的自由説からも監禁が既遂となり、当たり前のように監禁致死罪成立です(※2)。なので、「監禁が未遂でも、監禁行為によって致死傷が生じれば監禁致死傷罪が成立する。」という見解にわざわざ立つ必要がない。監禁によって致死傷の結果が生じる場合とは、普通、「逃げようとしたけど、監禁されて逃げられなかったから死傷した。」というシチュエーションでしょう。だったら、被害者は監禁に気付いているはず。ほとんどの場合、上記見解は意味を持たないことになりそうです。
 ※2 ここでは、山火事発生の偶然性は因果関係を否定しないものとします。なお、類似の設例として、鈴木左斗志「逮捕・監禁罪の保護法益について : 最高裁昭和33年3月19日決定(刑集12巻4号636頁)はどのように理解されるべきか?」『慶應法学』第42号(2019年)221頁(PDF40頁)事例P1参照。

 では、どんな事例であれば上記見解の意味があるのか。それは、以下のような事例です。

【事例】

 甲は、Xに睡眠薬を飲ませて昏睡させて拉致し、路上に停車中の自動車の後部トランクに押し込み、トランクカバーを閉めて脱出不能にした。その30分後、後方から自動車が走行し、その運転者が前方を注視していなかったため、Xが押し込まれたトランク部分に追突した。Xは、その衝撃で即死したが、それまで一度も目を覚ますことはなかった。

 トランク監禁追突事件判例によれば、監禁行為と致死の間に因果関係がありますが、Xは一度も目を覚ましていないので、現実的自由説からは監禁は未遂で不可罰です。このような場合に、「監禁が未遂でも、監禁行為によって致死傷が生じれば監禁致死傷罪が成立する。」という見解を採れば、現実的自由説からでも、監禁致死罪を認めることができます(※3)。仮に、監禁該当性を否定してしまったら、このような解釈の余地は生まれません。
 ※3 現実的自由説の論者でも、一般論としては、監禁が未遂不可罰の場合には監禁致死傷罪は成立しないと説明するのが普通です(松原芳博『刑法各論[第2版]』(日本評論社 2021年)108頁)。もっとも、上記事例のような特殊な場合にまで監禁致死傷罪の成立を否定する趣旨かは必ずしも明らかではありません。

3.以上のような厳密な理解に立って答案を書けば、当サイトの参考答案(その2)のようになるでしょう。

(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

 Xは、午後5時頃に熟睡した後、一度も目を覚まさなかった。Xに監禁の認識がない。監禁罪の保護法益を現実的自由と捉え、Xの現実的自由の侵害がない以上、監禁は未遂であって、未遂処罰規定がない以上、同罪は成立せず不可罰であるとの反対の立場からの主張が考えられる。
 しかし、本人の認識とは別に、客観的にみて移動の選択肢があること自体、保護に値する法益といえるから、同罪の保護法益は、一定の場所から移動しようと思えば移動できる自由(可能的自由)である
 上記1の監禁行為によって、客観的にみてXには小屋から脱出する選択肢がなく、小屋から外に移動しようと思っても移動できない状況となったから、甲に監禁の認識がなくても、可能的自由の侵害が生じたといえる。
 したがって、監禁は既遂に達し、同罪は成立する。上記主張は不当である。

(引用終わり)

 既に公表されている出題趣旨が、「本件の具体的事実が保護法益論とどのように関連するのかを意識しながら論じる必要がある。」とするのは、「法益侵害結果の認定もしてね。」という意味なのでしょう。

令和5年司法試験予備試験論文式試験刑法出題趣旨より引用。太字強調は筆者。)

 【事例1】では、Xは、熟睡しているため上記小屋から外に出る意思がなく、上記出入口扉をロープで縛られたことにも気付かず熟睡し続け、目覚める前にロープが解かれたことから、甲の行為は、Xの現実の移動の意思に影響を及ぼしていない。このような場合に監禁罪が成立するという主張の当否について、監禁罪の保護法益である移動の自由の意義に関して、反対する立場からの帰結やその問題点等にも留意しつつ論じなければならない。その際には、本件の具体的事実が保護法益論とどのように関連するのかを意識しながら論じる必要がある

(引用終わり)

 しかし、上記はちょっと司法試験のレベルを超えている感があります。通常の概説書等でも、保護法益のところで抽象的に説明がされているところで、理論的な位置付けまで明確に説明する文献の方が少数だからです(※4)。平均的な合格レベルの受験生は、「自説は準備してるけど、反対説まで準備してないよ。」という感じでしょう。ましてや、理論的な位置付けなんて知ってるわけがない。そうであれば、わかる限度で書いておけばいい。参考答案(その1)は、その発想で書いています。これなら、少なくとも積極ミスを取られることはありません。
 ※4 監禁該当性と位置付ける解説は、概説書等に明確な説明がない中で、それ以上の詳細な文献調査をしないまま、「何となく監禁の定義に引き付けて書いた方が書きやすいじゃん。」という安易な発想でなされたものと推測します。近時、短期合格者個人が自分のまとめノート等を教材化して販売する例が多く見受けられますが、その中にこの種の安易な改変があるようであり、当サイトとしては受験生の選択肢が広がる利点もある一方で、内容の正確性については懸念も感じています。

(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

 Xは、午後5時頃に熟睡した後、一度も目を覚まさなかった。Xに監禁の認識がないから、監禁罪は成立しないとの反対の立場からの主張が考えられる。
 しかし、同罪の保護法益は、一定の場所から移動しようと思えば移動できる自由(可能的自由)である。被害者に監禁の認識がない場合であっても、可能的自由の侵害があったといえるから、監禁罪は成立しうる。上記主張は不当である。

(引用終わり)

 監禁該当性で書いてしまった場合に、どの程度評価に影響したかというのは、必ずしもはっきりしません。設問1はそもそも設問2ほど配点がなく、しかも、事実摘示の配点が大きいとみえるため、顕著な差を確認できないからです(事実摘示については、別途、記事で説明する予定です。)。その意味では、合否に大きく影響しない。ただ、今回のように多くの人が誤った解答をした場合には、考査委員は、改めてその点を狙ってくることがあります。今後は、ちょっと気を付けておきたいポイントといえるかもしれません。

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