支払督促正本廃棄事件との違い
(令和5年予備試験刑法)

1.令和5年予備刑法設問2。携帯の窃盗については、利用処分意思が問題になることが明らかです。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

4 甲は、上記小屋内に戻った後、Xを殺そうと思ったが、死体がすぐに見つかってしまっては何らかの殺害の痕跡が発見され、滑落による事故死ではないことが判明してしまうと不安に思った。そこで、甲は、同日午後6時10分頃、Xの携帯電話機をXの死体から遠く離れた場所に捨てておけば、同携帯電話機のGPS機能によって発信される位置情報をXの親族等が取得した場合であっても、Xの死体の発見を困難にできる上、Xが甲とはぐれた後、山中をさまよって滑落したかのように装う犯跡隠蔽に使えると考え、眠っているXの上着のポケットからXの携帯電話機1台を取り出し、自分のリュックサックに入れた。

(引用終わり)

 「捨てる意思だから否定でいいじゃろ。」というのは、さすがに短絡です。ここでは、支払督促正本廃棄事件判例を参照しなければなりません(※1)。当サイトの司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)でも、Aランク論点として掲載しているところでした。
 ※1 同判例の事案で地味に有印私文書偽造罪が成立することは、類似事案が出題された場合のために知っておいてもよいでしょう。下記では、その点も引用しておきました。

(支払督促正本廃棄事件判例より引用。太字強調は筆者。)

1 ……(略)……被告人は,金員に窮し,支払督促制度を悪用して叔父の財産を不正に差し押さえ,強制執行することなどにより金員を得ようと考え,被告人が叔父に対して6000万円を超える立替金債権を有する旨内容虚偽の支払督促を申し立てた上,裁判所から債務者とされた叔父あてに発送される支払督促正本及び仮執行宣言付支払督促正本について,共犯者が叔父を装って郵便配達員から受け取ることで適式に送達されたように外形を整え,叔父に督促異議申立ての機会を与えることなく支払督促の効力を確定させようと企てた。そこで,共犯者において,2回にわたり,あらかじめ被告人から連絡を受けた日時ころに叔父方付近で待ち受け,支払督促正本等の送達に赴いた郵便配達員に対して,自ら叔父の氏名を名乗り出て受送達者本人であるように装い,郵便配達員の求めに応じて郵便送達報告書の受領者の押印又は署名欄に叔父の氏名を記載して郵便配達員に提出し,共犯者を受送達者本人であると誤信した郵便配達員から支払督促正本等を受け取った。なお,被告人は,当初から叔父あての支払督促正本等を何らかの用途に利用するつもりはなく速やかに廃棄する意図であり,現に共犯者から当日中に受け取った支払督促正本はすぐに廃棄している。

2 以上の事実関係の下では,郵便送達報告書の受領者の押印又は署名欄に他人である受送達者本人の氏名を冒書する行為は,同人名義の受領書を偽造したものとして,有印私文書偽造罪を構成すると解するのが相当であるから,被告人に対して有印私文書偽造,同行使罪の成立を認めた原判決は,正当として是認できる。
 他方, 本件において,被告人は……(略)……郵便配達員から正規の受送達者を装って債務者あての支払督促正本等を受領することにより,送達が適式にされたものとして支払督促の効力を生じさせ,債務者から督促異議申立ての機会を奪ったまま支払督促の効力を確定させて,債務名義を取得して債務者の財産を差し押さえようとしたものであって,受領した支払督促正本等はそのまま廃棄する意図であった。このように,郵便配達員を欺いて交付を受けた支払督促正本等について,廃棄するだけで外に何らかの用途に利用,処分する意思がなかった場合には,支払督促正本等に対する不法領得の意思を認めることはできないというべきであり,このことは,郵便配達員からの受領行為を財産的利得を得るための手段の一つとして行ったときであっても異ならないと解するのが相当である。

(引用終わり)

司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)より引用)

経済的用法とはいい難い場合の利用処分意思の肯否
重要度:A

 判例が利用処分意思を要求した趣旨は、毀棄罪より重い処罰の根拠が利欲犯的性格に求められる点にある。そうだとすると、厳密な意味での経済的用法でなくとも、犯人が効用を享受し得る何らかの用途に用いる意思であれば利用処分意思を認め得る(支払督促正本廃棄事件判例参照)。

(引用終わり)

 ポイントになるのは、財物から何らかの効用を享受しているか、という点です。支払督促正本廃棄事件では、支払督促正本等からの効用は何ら享受していなくて、被害者(叔父)が支払督促正本等を受領できず督促異議申立ての機会が奪われることの反射として、債務名義を得て強制執行をなし得る地位を得るというだけでした。「支払督促ってなんじゃらホイ?」という人のために、裁判所HPの説明と民訴法・民執法の条文を掲載しておきましょう。

裁判所HP「支払督促」より引用)

 金銭,有価証券,その他の代替物の給付に係る請求について,債権者の申立てにより,その主張から請求に理由があると認められる場合に,支払督促を発する手続であり,債務者が支払督促を受け取ってから2週間以内に異議の申立てをしなければ,裁判所は,債権者の申立てにより,支払督促に仮執行宣言を付さなければならず,債権者はこれに基づいて強制執行の申立てをすることができます。

(引用終わり)

(参照条文)

◯民事訴訟法

382条(支払督促の要件)
 金銭その他の代替物又は有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求については、裁判所書記官は、債権者の申立てにより、支払督促を発することができる。ただし、日本において公示送達によらないでこれを送達することができる場合に限る。

383条(支払督促の申立て)
 支払督促の申立ては、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所の裁判所書記官に対してする。
2 (略)

386条(支払督促の発付等)
 支払督促は、債務者を審尋しないで発する。
2 (略)

388条(支払督促の送達)
 支払督促は、債務者に送達しなければならない。
2 支払督促の効力は、債務者に送達された時に生ずる。
3 (略)

390条(仮執行の宣言前の督促異議)
 仮執行の宣言前に適法な督促異議の申立てがあったときは、支払督促は、その督促異議の限度で効力を失う。

391条(仮執行の宣言)
 債務者が支払督促の送達を受けた日から2週間以内に督促異議の申立てをしないときは、裁判所書記官は、債権者の申立てにより、支払督促に手続の費用額を付記して仮執行の宣言をしなければならない。ただし、その宣言前に督促異議の申立てがあったときは、この限りでない。
2~4 (略)
5 ……(略)……第388条第2項の規定は、第1項の仮執行の宣言について準用する。

393条(仮執行の宣言後の督促異議)
 仮執行の宣言を付した支払督促の送達を受けた日から2週間の不変期間を経過したときは、債務者は、その支払督促に対し、督促異議の申立てをすることができない。

395条(督促異議の申立てによる訴訟への移行)
 適法な督促異議の申立てがあったときは、督促異議に係る請求については、その目的の価額に従い、支払督促の申立ての時に、支払督促を発した裁判所書記官の所属する簡易裁判所又はその所在地を管轄する地方裁判所に訴えの提起があったものとみなす。……(略)……。

396条(支払督促の効力)
 仮執行の宣言を付した支払督促に対し督促異議の申立てがないとき、又は督促異議の申立てを却下する決定が確定したときは、支払督促は、確定判決と同一の効力を有する。

◯民事執行法22条(債務名義)
 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
 一 確定判決
 二~三 (略)
 四 仮執行の宣言を付した支払督促
 五~六の二 (略)
 七 確定判決と同一の効力を有するもの(第3号に掲げる裁判を除く。)

 送達さえあったことにすれば、相手方に知られないまま強制執行できちゃうわけですね。要は、支払督促正本等を相手方に見せないことで督促異議をさせないという目的なので、単に支払督促正本等の効用(支払督促があったことを知ることができるという効用)を喪失させる、すなわち、毀棄・隠匿の意思と評価することが妥当な事例だったのでした。支払督促正本等を誰かに提示したりするなら話は別ですが、本当に何にも利用せずそのまま廃棄する意思なので、何らの効用も享受していないとしかいいようがありません。

2.これに対し、本問はどうか。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

4 甲は、上記小屋内に戻った後、Xを殺そうと思ったが、死体がすぐに見つかってしまっては何らかの殺害の痕跡が発見され、滑落による事故死ではないことが判明してしまうと不安に思った。そこで、甲は、同日午後6時10分頃、Xの携帯電話機をXの死体から遠く離れた場所に捨てておけば、同携帯電話機のGPS機能によって発信される位置情報をXの親族等が取得した場合であっても、Xの死体の発見を困難にできる上、Xが甲とはぐれた後、山中をさまよって滑落したかのように装う犯跡隠蔽に使えると考え、眠っているXの上着のポケットからXの携帯電話機1台を取り出し、自分のリュックサックに入れた。

(引用終わり)

 まず、携帯の本来の用途は通話でしょうが、通話利用の意図がないことは明らかです。
 では、何らの効用も享受していないといえるのか。甲は、「Xの死体の発見を困難にできる上……(略)……犯跡隠蔽に使える」と考えていたわけです。これは、甲にとっては利益になる。問題は、これが携帯の効用によるものといえるのかどうかです。このような場合、対比になるわかりやすい事例を想起して、比較するのがコツです。仮に、「携帯の効用を全く享受していない。」というのであれば、携帯をメチャメチャにぶっ壊して完全に効用を喪失させても、目的を達し得るはずでしょう。本問で、仮に携帯をぶっ壊してXの死体から遠く離れた場所に捨てたとしましょう。Xの死体の側にGPS機能が有効な状態で置かれていた場合よりは、死体発見は困難になるかもしれません。しかし、本問のようにGPS機能が有効なまま遠くに捨てた方が、まず最初に遠く離れた場所の捜索に向かうでしょうから、より死体発見を困難にできるでしょう。犯跡隠蔽についても、GPS機能によって発信される位置情報を手掛かりにして、Xの死体から遠く離れた場所で携帯が発見されてこそ、Xが甲とはぐれた後、山中をさまよって滑落したかのように装うことができるのでしょう。そう考えると、GPS機能が有効であって初めて、甲は死体発見困難化や犯跡隠蔽をよりよく実現できるということがわかります。つまり、携帯が効用を喪失したら実現できないものを、携帯の効用を利用することで初めて実現できている。そう考えれば、死体発見困難化や犯跡隠蔽は携帯の効用を享受した結果であるといえるのです。もう1つ、仮に、甲が専ら毀棄・隠匿、すなわち、効用を喪失させる意思であったなら、どのようにしたか、ということを考えてみましょう。確かに、携帯を捨てたのは、Xの死体の側に携帯を置いたままにしていたら、親族等が携帯のGPS機能によって発信される位置情報を手掛かりにして、容易にXの死体を発見できてしまうからであって、携帯を捨てることは、そのような意味での親族等が享受できる携帯の効用を一部喪失させる要素を含んでいます。しかし、専ら親族等に携帯を利用されないようにして効用を喪失させる意思なら、GPS機能を有効にしたまま捨てたりしないでしょう。それでは、携帯を発見されてしまうからです。電源を切るか、ぶっ壊してから捨てるはず。そうではなく、わざわざGPS機能を有効にしたまま捨てたという点からも、携帯の効用を喪失させる意思でなく、むしろ、その効用を享受する意思だった、と考えるのが妥当でしょう。さらに、Xの携帯を用いないで同じ目的を実現するためにはどのような手段があるか、ということを考えてみる。例えば、Xの携帯の位置情報を偽装した電波を発信する機器をXの死体から遠く離れた場所に捨てることで同じことをしようとすると、その機器を買って来なければならない。その機器をお店から盗んできたら、普通に不法領得の意思アリアリで窃盗だろう。「いや、捨てるつもりだから。」なんて言い訳にならない(※2)。ここまで考えてくると、携帯の効用を享受しまくりであるという理解に至ることでしょう。ここに至れば、殺人犯が被害者の身元発覚を困難にする目的で所持品を持ち去って投棄する意思(※3)であった事案(東京地判昭62・10・6)や下着泥棒の犯行を装うために女物下着を持ち出して投棄した事案(釧路地判平14・3・18)とは、その物の機能を利用して効用を享受したか否かという点が異なることも、容易に理解できるでしょう。安易にこれらと同視して、利用処分意思を否定するのが正解であるかのように説明する解説は、不適切なのです。
 ※2 言い訳にならないのは、本来の意味で「捨てる」つもりではなく、「設置して利用する」つもりだからです。このことからわかるのは、問題文が「捨てる」という文言を用いたことはある種の引っ掛けであって、正確には、「設置する」という文言の方が甲の意思に合致する表現だったのでした。
 ※3 腕時計、指輪等の貴金属は腐敗しないため、死体を遺棄したとしても、後に発見された際に身元が発覚しやすいことから死体から剥がして別の場所に投棄する意思であったと認定されています。

 こうして、本問では、携帯の効用を享受する意思、すなわち、利用処分意思があると考えるべきことがわかるのでした。この点を理解すれば、既に公表されている出題趣旨が、「同携帯電話機のGPS機能を利用する意図も含まれる」とする意味もよくわかるでしょう。

令和5年司法試験予備試験論文式試験刑法出題趣旨より引用。太字強調は筆者。)

 (1)では、甲は、Xの携帯電話機を離れた場所に捨てておけば、同携帯電話機のGPS機能によって発信される位置情報をXの親族等が取得したとしても、Xの死体発見を困難にできるなどという目的で、同携帯電話機を自己の占有下に移している。これは犯跡隠蔽の意図である一方で、同携帯電話機のGPS機能を利用する意図も含まれる点を踏まえ、甲に不法領得の意思を認めるか否かについて利用処分意思の内容を具体的に明らかにしつつ検討する必要がある。その上で窃盗罪あるいは器物損壊罪の成否を論じることになろう。

(引用終わり)

3.もっとも、ほとんどの人は、答案に上記の思考過程をとっさに書くことはできないでしょう。ならば、少なくとも肯定方向・否定方向を基礎付ける事実の摘示はしておくべきです。当サイトの参考答案(その1)は、その例です。

(参考答案(その1)より引用)

(2)窃盗罪が成立するには、経済的用法に従い利用・処分する意思(利用処分意思)が必要である(教育勅語事件判例参照)。

ア.確かに、甲は捨てるつもりだった。

イ.しかし、厳密な意味での経済的用法でなくとも、犯人が効用を享受しうる何らかの用途に用いる意思であれば利用処分意思を認めうる(支払督促正本廃棄事件判例参照)。
 甲は、Xの死体から遠く離れた場所に捨てておけば、GPS機能によって発信される位置情報をXの親族等が取得しても、Xの死体の発見を困難にできる上、Xが甲とはぐれた後、山中をさまよって滑落したかのように装う犯跡隠ぺいに使えると考えたから、携帯の効用を享受しうる何らかの用途に用いる意思があり、利用処分意思がある。

(3)以上から、同罪が成立する。

(引用終わり)

 筆力自慢の猛者であれば、思考過程が伝わるように、上記事実に評価を付すとよいでしょう。当サイトの参考答案(その2)は、その例です。

(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

ア.確かに、甲は捨てるつもりで、電話機として利用して経済的利益を享受する意思がない。毀棄・隠匿意思にとどまり、利用処分意思がないともみえる。

イ.しかし、判例が利用処分意思を要求した趣旨は、毀棄罪より重い処罰の根拠が利欲犯的性格に求められる点にある。そうだとすると、厳密な意味での経済的用法でなくとも、犯人が効用を享受しうる何らかの用途に用いる意思であれば利用処分意思を認めうる(支払督促正本廃棄事件判例参照)。
 甲が捨てたのは、Xの死体から遠く離れた場所に捨てておけば、GPS機能によって発信される位置情報をXの親族等が取得しても、Xの死体発見を困難にできる上、滑落に装う犯跡隠ぺいに使えると考えたからである。単に携帯を壊すとか、Xの親族等が携帯そのものを発見できないよう隠す意思でないむしろ、GPS機能は携帯そのものについては発見を容易にする死体発覚困難化や犯跡隠ぺいは、GPS機能を利用してはじめて享受できる利益で、携帯本来の用途でないとしてもその利用による効用といえるから、効用を享受しうる何らかの用途に用いる意思があり、利用処分意思がある。

(引用終わり)

 こういうものをみると、真似をしたくなる人が多い。でも、筆力に見合わないことをすれば、かえって途中答案の原因になってしまいます。普段の演習で、時間内に事実の摘示は確実にこなせるぞ、という自信を持つまでは、真似しちゃいけません。

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