1.法務省から、令和6年司法試験予備試験の出願状況が公表されています。出願者数は、15764人でした。以下は、年別の予備試験の出願者数の推移です。
年 | 出願者数 | 前年比 |
平成23 | 8971 | --- |
平成24 | 9118 | +147 |
平成25 | 11255 | +2137 |
平成26 | 12622 | +1367 |
平成27 | 12543 | -79 |
平成28 | 12767 | +224 |
平成29 | 13178 | +411 |
平成30 | 13746 | +568 |
令和元 | 14494 | +748 |
令和2 | 15318 | +824 |
令和3 | 14317 | -1001 |
令和4 | 16145 | +1828 |
令和5 | 16704 | +559 |
令和6 | 15764 | -940 |
平成25年、平成26年に出願者は急増しましたが、平成27年にいったん頭打ちとなり、これからは減少傾向に転じるのではないかとも思われました。ところが、平成28年から再び増加に転じ、それ以降は、令和2年まで、その増加幅を拡大させていたのでした。令和3年は急激な減少となっていますが、これは新型コロナウイルス感染症の影響による一時的なものでした。一昨年は、出願期間中にいわゆる「第6波」の感染拡大があったものの、出願者は大幅に増加したのでした。現在では、もはや新型コロナウイルス感染症を気にするような雰囲気は、まるで感じられない状況です。そして、昨年も、出願者は増加を続け、平成28年以来続いている出願者の増加傾向が継続していると感じさせたのでした。
ところが、今年は、一転して出願者が減少しています。それも、コロナ禍に匹敵する減少幅です。どうして、こんなことになったのか。
2.まず、思い当たるのは、今年の元日に発生した令和6年能登半島地震の影響です。被災のため、予備試験の出願を断念した人がいたのではないか。過去の類例としては、東日本大震災の例があります。このときは、震災発生が出願後であったために、受験率に影響が生じました。以下は、当時の平成23年予備試験における出願者ベースの試験地別受験率等をまとめたものです。
試験地 | 出願者数 | 受験者数 | 受験率 |
札幌 | 259 | 206 | 79.5% |
仙台 | 175 | 108 | 61.7% |
東京 | 5869 | 4231 | 72.0% |
名古屋 | 478 | 352 | 73.6% |
大阪 | 1501 | 1076 | 71.6% |
広島 | 218 | 153 | 70.1% |
福岡 | 471 | 351 | 74.5% |
最も影響を受けたと思われる仙台の受験率が、顕著に低下していることがわかります。もっとも、あれだけの規模の震災であったことを踏まえると、影響は限定的とも感じるところです。では、今年はどうか。以下は、試験地別出願者数に関する昨年との比較表です。
試験地 | 令和5 | 令和6 | 前年比 (変化率) |
札幌 | 409 | 396 | -13 (-3.1%) |
仙台 | 494 | 423 | -71 (-14.3%) |
東京 | 10421 | 9887 | -534 (-5.1%) |
名古屋 | 987 | 939 | -48 (-4.8%) |
大阪 | 3090 | 2878 | -212 (-6.8%) |
広島 | 442 | 419 | -23 (-5.2%) |
福岡 | 861 | 822 | -39 (-4.5%) |
仙台の減少率が大きめだな、ということに気付きます。しかし、実数でみると、たった71人の減少で、940人の減少を説明するには全く足りません。そもそも、能登半島地震で被災した地域からは、大阪の方が近いのではないか。そのような目で大阪を見ると、若干他の地域より減少率が大きめです。しかし、それで全部を説明できるとは到底考えられない。どの試験地もそれなりに出願者が減少しているわけなので、これは特定の地域に限った話ではない、とみるべきでしょう。今年の出願者数の減少を令和6年能登半島地震の影響として説明することはできないのです。
3.震災等の突発的な要因によるものでないとすれば、もっと基礎的な要因に何らかの変化があった、とみるのが自然でしょう。そこで、そのような観点から、検討してみます。
法曹になりたいと思う人には、法科大学院に入学するか、予備試験を受験するか、という2つの選択肢があります。このことを大雑把に数式化すると、以下のような関係となります。なお、予備試験出願者数から法科大学院在学中の者を除いているのは、既に法科大学院に通っている以上、新たな法曹志願者とはいえないからです。
法曹志願者総数=予備試験出願者数(法科大学院在学中の者を除く。)+法科大学院入学者数 |
(1)上記の数式から、法曹志願者総数が一定で、法科大学院に入学する者が増えると、予備試験出願者は減少するということが読み取れます。このことから、今年の予備試験出願者が減少に転じた1つの説明として、「予備試験ではなく、法科大学院を選択する者が増えたから」ということが考えられそう。実際の数字で検討してみましょう。以下は、直近5年の法科大学院の入学定員・実入学人員と予備出願者前年比の比較表です(「法科大学院の志願者数・入学定員数・入学者数・入学定員充足率の推移等」参照)。
年度 | 入学定員 | 実入学者 | 実入学者 前年比 |
予備出願者 前年比 |
令和元 | 2253 | 1862 | +241 | +748 |
令和2 | 2233 | 1711 | -151 | +824 |
令和3 | 2233 | 1724 | +13 | -1001 |
令和4 | 2233 | 1968 | +244 | +1828 |
令和5 | 2197 | 1971 | +3 | +559 |
これを見ると、「実入学者が増加すれば予備試験出願者が減少し、実入学者が減少すれば、予備試験出願者が増加する。」というような対応関係はみられないことがわかります。また、令和6年度の実入学者の実数は不明ですが、実入学者のこれまでの推移や入学定員の状況からみて、「940人が予備ではなく法科大学院を選択した。」という説明は無理があるでしょう。
(2)次に考えられるのは、「在学中受験開始によって法科大学院生が予備を受験しなくなったから」という説明です。確かに、在学中受験開始によって、とりわけ既修者は予備を受験する意味がなくなりました。法科大学院生の出願が減れば、その分ダイレクトに出願者数の減少に繋がるわけですから、成り立ちそうな説明です。しかし、これは今年になって出願者数が減少に転じた理由としては、成立しにくいといえます。以下は、直近5年の法科大学院在学中の予備試験出願者数と予備出願者全体の前年比の比較表です。
年 |
法科大学院 在学中 出願者数 |
法科大学院 在学中 出願者 前年比 |
予備出願者 全体の 前年比 |
令和元 | 1499 | -49 | +748 |
令和2 | 1543 | +44 | +824 |
令和3 | 1255 | -288 | -1001 |
令和4 | 1290 | +35 | +1828 |
令和5 | 668 | -662 | +559 |
在学中受験が可能となった昨年の段階で、法科大学院在学中の予備試験出願者は大幅に減少しています。それにもかかわらず、昨年の予備試験出願者は増加していました。昨年は、制度変更がなされた最初の年ですから、劇的に影響が生じるわけですが、今年は、昨年と同様の状況が継続するだけですから、そこまで劇的な変化が新たに生じるとは考えにくい。したがって、「在学中受験開始によって法科大学院生が予備試験を受験しなくなったから」というだけでは、今年になって出願者数が減少に転じた理由を説明できないのです。
4.改めて、以下の数式を眺めてみましょう。
法曹志願者総数=予備試験出願者数(法科大学院在学中の者を除く。)+法科大学院入学者数 |
上記のうち、法科大学院入学者数や法科大学院在学中の予備試験出願者数という要因では、今年の予備試験出願者数の減少を説明できないことがわかりました。そうすると、残る要因は、左側の法曹志願者総数ということになる。当サイトでは、これまでの予備試験出願者の増加傾向を支えていたのは、新たな法曹志願者の増加によるものだ、という説明をしてきました(「令和5年予備試験の出願者数について(1)」、「令和5年予備試験口述試験(最終)結果について(4)」)。この部分に、変化が生じたということでしょう。これまで、新規参入者の主力だったのは、大学生と有職者でした。人手不足による採用環境の好転(「就活生をソフトに囲い込み? 売り手市場 第二新卒狙い増 内定辞退者に最終面接直行の「優先パス」」)によって大学生が法曹を目指さなくなったとか(※)、賃上げ等による職場環境の好転(「春闘
4900社余 平均賃上げ率5.08% 中小企業低い傾向 連合集計」、「中小企業の賃上げ率
正社員の平均で3.62%に 日商が初の調査」)によって有職者が法曹を目指さなくなった、という感じのことは、想起できるところではあります。しかし、本当にそうなのか。仮にそうだとしても、今年になって急に予備試験出願者数に表れるようなものなのか、疑問も感じます。実際のところどうなのか、という点については、今年の予備試験の結果が出た段階で、属性別の出願者数が明らかになりますから、その段階で確認できます。当サイトとしては、有職者の減少というのはありそうかな、という印象を持っていますが、現時点では何ともいえないところです。
※ 大学生に関しては、法曹を目指さなくなったのではなく、法曹コースや在学中受験が認知されて大学在学中に予備を受験しなくなっただけ、という可能性も考えられるところです。その場合には、今後、法科大学院入学者の増加として表れてくるでしょう。
5.仮に、今年の出願者の減少が、上記のような基礎的な要因の変化によるものであった場合には、それは長期的に作用することになりそうです。これまで続いていた予備試験出願者の増加傾向が終わりを迎えるのかもしれません。