1.令和6年司法試験民事系第1問。「論証するところなかったよね。論証暗記なんて意味ないわ。」と思った人もいたかもしれない。しかし、それはいわゆる「予備校論証」について当てはまる話です。
2.当サイトで繰り返し説明しているとおり、論文式試験では、基本論点の規範明示と事実摘示に異常に高い配点があります。そして、ここでいう規範明示には、予備校論証的な意味での「論点」とはいえないようなもの、例えば、基本的な条文の文言の意義や判断基準に関するものも含まれます。
本問でいえば、設問1(1)アでは、他人物賃貸人の所有者相続が問われています。その規範としては、他人物売主の所有者相続に関する最大判昭49・9・4を参照することになるでしょう。すなわち、「信義則に反する特別の事情」という規範を明示すべきです。
(最大判昭49・9・4より引用。太字強調は筆者。)
他人の権利を目的とする売買契約においては、売主はその権利を取得して買主に移転する義務を負い、売主がこの義務を履行することができない場合には、買主は売買契約を解除することができ、買主が善意のときはさらに損害の賠償をも請求することができる。他方、売買の目的とされた権利の権利者は、その権利を売主に移転することを承諾するか否かの自由を有しているのである。 (引用終わり) (参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。) 他人物売主・所有者間に相続が生じた場合には、信義則に反する特別の事情がない限り、所有者の地位に基づいて、売主としての履行義務を拒絶できる(判例)。このことは、他人物賃貸人・所有者間に相続が生じた場合にも当てはまる。 (引用終わり) |
ただ、ここは事前準備していない受験生が多そうですし、他人物売買と相続に関する判例を他人物賃貸借と相続の事例に応用するという若干ハードルの高い部分がある(※1)ので、大きな差にはならないでしょう。
※1 実際には、上記参考答案(その1)を見れば分かるとおり、特別に難しいというわけではありません。単に、そのような書き方を予備校等では教えていない、というだけのことです。
3.設問1(1)イでは、「その物に関して生じた債権」の意義ないし判断基準を示したかどうか。ここは事前準備している人が結構いるはずで、普通に規範を明示する答案が相当数あるでしょうから、いきなり当てはめた人と比べると、かなり差が付くでしょう。これは覚えてないと書けません。当サイト作成の『司法試験定義趣旨論証集物権【第2版補訂版】』でも、重要度Aとされている規範です。
(参考答案(その1)より引用) 「その物に関して生じた債権」(同項本文)とは、その物自体から生じた債権又は物の引渡義務と同一の法律関係・事実関係から生じた債権をいう。 (引用終わり) |
同一の法律関係・事実関係から生じた債権についての当てはめも、現場で考えるのが難しい典型的な類型については、論証として事前準備しておいた方がよいと思います。そのうちの1つが、他人物売買の場合です。これを事前に論証として覚えていれば、それをそのまま書いて、他人物賃貸借も同じだよね、という書き方をすることができるでしょう。これは、初学者向けの書き方です。
(参考答案(その1)より引用)
他人物売買の場合、買主の売主に対する損害賠償請求権の発生原因は債務不履行であるのに対し、所有者の引渡請求権の発生原因は所有権に基づく物権的請求権であって、留置によって売主の履行を間接的に強制しうる関係にもない以上、同一の法律関係・事実関係から生じた債権とはいえない。したがって、買主の有する損害賠償請求権は、「その物に関して生じた債権」には当たらない。このことは、他人物賃貸借にも当てはまる。 (引用終わり) |
本問の特殊性に正面から喰らいついていくなら、以下のような書き方になるでしょう。これは、相応の現場思考を要するので、上級者向けの書き方です。
(参考答案(その2)より引用)
「その物に関して生じた債権」とは、その物自体から生じた債権又は物の引渡義務と同一の法律関係・事実関係から生じた債権をいう。 (引用終わり) |
ちなみに、上記は通説に依拠していますが、通説の判断基準に対しては、「判断基準として機能していない。」という有力説からの批判があるところです。しかし、そのように考えるのであれば、有力説の判断基準を示すべきであって、「通説の判断基準は機能しないと批判されているので、何も規範を明示しませんでした。」というのは、許されません。なお、牽連性と人的範囲を区別する有力説の立場から書く場合には、「その物に関して生じた債権」の意義やその当てはめの仕方が変わります。部分的に有力説を採用した結果、論理矛盾になってしまわないよう、注意が必要でしょう。
4.設問1(2)では、必要費の意義ないし判断基準を明示したかで、地味に差が付くでしょう。下位の人は、こういうところをいきなり当てはめる。これは、覚えていなくても似たような内容は思い付くかもしれませんが、覚えてしまった方が早いと思います。
(参考答案(その1)より引用) 「必要費」(608条1項)とは、現状維持・回復、通常の用法に適する状態への保存のための費用をいう(判例)。 (引用終わり) |
5.設問2は、錯誤の重要性の判断基準。債権法改正前は「要素性」といわれていたものですね。これも、単に条文の文言に当てはめただけの人と、意義ないし判断基準を明示して当てはめた人とで、それなりに差が付くでしょう。
(参考答案(その1)より引用)
重要性(同条1項柱書)とは、その錯誤がなかったならば表意者は意思表示をしなかった(主観的因果性)であろうと考えられ、かつ、通常人であってもその意思表示をしない(客観的重要性)であろうと認められることをいう。 (引用終わり) |
上級者であれば、「法律行為の基礎」についても、規範を明示して書きます。
(参考答案(その2)より引用)
「法律行為の基礎」(同項2号、同条2項)とされたかは、当事者の意思解釈上、誤認が事後的に判明した場合に効力を否定する前提で法律行為がされたかという観点から判断する(判例)。 (引用終わり) |
ここは、事前準備している人が少なそうなので、明示できなくても大きな差にはならないでしょう。
6.それから、95条4項や177条の「第三者」も、当然ながら規範の明示が必要です。95条4項の「第三者」については、当事者や包括承継人でないことは自明なので、文字数を考慮して省略してもよいでしょう。最低限、取消し前の第三者であることを要する旨を示すことができればよいと思います(※2)。参考答案(その1)は、そのような書き方に依っています。
※2 当事者や包括承継人でないことは、「第三者」の文理から当然に導かれる内容であって、解釈論として意味があるのは、「取消し前」という点だからです。
(参考答案(その1)より引用) 「第三者」(95条4項)とは、取消前に法律上の利害関係を有するに至ったものをいう。 (中略) 「第三者」というには、登記がないことを主張する正当な利益を要する(判例)。 (引用終わり) |
7.以上のように、本問は、明示できたかどうかで合否を左右しそうな規範がいくつかあります。「暗記するの無意味だったわ。」と思っていた人は、覚える対象を適切に判別できていない可能性がある。予備校的な「趣旨からの論証」だけが「暗記すべき論証」だと思っていたとしたら、それは誤りです。改めて、何を記憶すべきか、再確認すべきでしょう。当サイトは、条文の文言の意義に関する規範と、予備校的な論証を別々の教材に収録するのは非効率だと思っています。当サイト作成の定義趣旨論証集が、これらをまとめているのは、そのためです。