1.令和6年司法試験民事系第1問設問2。基礎事情錯誤の当てはめでは、「300万円」の額について、「高額」と評価した人が多かったのではないかと思います。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 15. 令和6年1月15日、Gは、税理士である友人から、課税されるのは財産分与をした側であるGであり、その額はおおよそ300万円であるとの指摘を受けた。Gは、契約③に係る課税についての誤解に基づきHとの間で契約③を締結したことに気付いたため、同日、Hに対し、契約③をなかったこととする旨を伝えた。Iは、Gが契約③に係る課税について誤解していたことを契約④の締結時に知らず、そのことについて過失がなかった。 (引用終わり) |
確かに、社会常識で考えて、300万円は決して安い金ではない。それはそれで、正しい金銭感覚といえるでしょう。もっとも、この問題には、類似の事案に関する判例があります。それと比較してみると、見え方が変わる。
(最判平元・9・14より引用。太字強調は当サイトによる。) Xは……(略)……Yと婚姻し、二男一女をもうけ……(略)……本件建物……(略)……に居住していたが、勤務先銀行の部下女子職員と関係を生じたことなどから、Yが離婚を決意し……(略)……Xにその旨申し入れた。 (引用終わり) |
ににににににオク
にセンマンえんん!
これと比較すれば、300万円なんて「はした金」とすら思えることでしょう。
2.判例の事案では、仕事はしているものの、それだけでは無理、ということで、要素性の認定がされました。
(東京高判平3・3・14(前掲最判平元・9・14の差戻控訴審)より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。) 本件財産分与によりXに約2億円の課税がされることになったが、本件土地建物全部を財産分与した後のXの収入は勤務先から受け取る給与のみであって、右高額の税金を支払うことはできないから、このような課税を受けるのであれば、本件財産分与契約をしなかったであろうと認められる。 以上によると、Xの本件財産分与の意思表示には、これによりXが前記の課税を受けることに関して、要素の錯誤があった(※注:要素性は、現行の95条1項柱書の「錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」こと(重要性)に対応する。)ものといわざるを得ない。 (引用終わり) |
2億は、ちょっと働いたくらいじゃどうにもならん。どうみても無理でござる。でも、300万円なら、仕事をしていれば払えなくはない金額です。ちなみに、この300万円という金額は、司法修習生が貸与金を借りた場合の返済総額に近い数字。払えなくはないが、容易に払えるというわけでもない金額、ということが理解できるでしょう。これが、元の判例の事案と違うところです。
(衆院法務委員会令5・11・10より引用。太字強調は筆者。) 山田勝彦(立民)委員 (中略) 裁判所法六十七条により、司法修習生には、法律によって修習義務を負わされているんです。公務員扱いで、兼業が禁止されているんです。つまり、谷間世代に対しては、無給でフルタイムの研修を強制しておきながら、生活費は三百万円の借金を背負わせる。その融資にたくさんの財政出動をしたんだという話なんですが、とてもとても、それで納得できる話ではありません。これは大変な人権問題だと思います。なぜなら、裁判官や弁護士になるために一年間義務づけられた研修で、兼業ができないんですよ。生活費は借金なんですよ。おかしいじゃないですか、どう考えても。こんな理不尽を本当に放置していいんでしょうか。 (引用終わり) |
3.さて、このことを踏まえて考えるなら、本問では、300万円は「メッチャ高額」とまではいえないと評価した上で、「失職中で収入がない」という部分をプッシュして、重要性を肯定すべきなのでしょう。当サイト作成の参考答案は、そのような位置付けで書いています。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 12. 令和5年12月5日、Gは、配偶者であるHと協議により離婚し、Hとの間で離婚に伴う財産分与について協議をした。Gは、丁土地以外の財産をほとんど持っておらず、また、失職中で収入がなかった。Gは、Hに対し、Gの財産及び収入の状況を伝えるとともに、丁土地はFが無断で使用しているだけなので、いつでもFから返してもらえるはずであると説明した。 (引用終わり) (参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)
重要性(同条1項柱書)とは、その錯誤がなかったならば表意者は意思表示をしなかった(主観的因果性)であろうと考えられ、かつ、通常人であってもその意思表示をしない(客観的重要性)であろうと認められることをいう。 (引用終わり) (参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)
重要性(95条1項柱書)とは、その錯誤がなかったならば表意者は意思表示をしなかった(主観的因果性)であろうと考えられ、かつ、通常人であってもその意思表示をしない(客観的重要性)であろうと認められることをいう。 (引用終わり) |
これは民法に限らないことですが、判例の原文を知っていると当てはめの方向性や評価の着眼点が分かりやすくなる、というのが、最近の傾向です。普段の演習で、参考となる判例があったなら、ちょっと原文を確認してみる。ほとんどは裁判所ウェブサイトで無料閲覧可能ですし、学生であれば専用の判例閲覧システムを利用できるでしょうから、積極的に活用すべきだと思います。