判例を知らなくても諦めない
(令和6年司法試験民事系第3問)

1.令和6年司法試験民事系第3問。設問1で最初に差が付くのは、明文のない任意的訴訟担当の要件でしょう(※1)。ここは、かつては「弁護士代理の原則(54条1項本文)、訴訟信託禁止(信託法10条)を潜脱するおそれがなく、合理的必要がある」というだけでしたが、アルゼンチン国債事件判例以降は、「本来の権利主体からの訴訟追行権の授与があることを前提として」が付加される点が、ちょっとしたポイントです。古い論証は、ここがアップデートされていなかったりするので、注意を要します。
 ※1 任意的訴訟担当の意義は、旧司法試験なら「明文なき任意的訴訟担当について論ぜよ。」のような一行問題対策として当然に暗記対象でしたが、現在ではあまり使わないので覚えていた人は少ないでしょうし、結構その場で適当に書いても何とかなるので、それほど差は付かないと思います。当サイト作成の参考答案(その1)でも、正確な意義ではなく、現場で思い付く簡潔なものを記載しています。

最大判昭45・11・11(「互」建設共同体事件。本問に掲載されているもの。)より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 訴訟における当事者適格は、特定の訴訟物について、何人をしてその名において訴訟を追行させ、また何人に対し本案の判決をすることが必要かつ有意義であるかの観点から決せられるべきものである。したがつて、これを財産権上の請求における原告についていうならば、訴訟物である権利または法律関係について管理処分権を有する権利主体が当事者適格を有するのを原則とするのである。しかし、それに限られるものでないのはもとよりであつて、たとえば、第三者であつても、直接法律の定めるところにより一定の権利または法律関係につき当事者適格を有することがあるほか、本来の権利主体からその意思に基づいて訴訟追行権を授与されることにより当事者適格が認められる場合もありうるのである。
 そして、このようないわゆる任意的訴訟信託については、民訴法上は、同法47条(※注:現行の30条に相当する。)が一定の要件と形式のもとに選定当事者の制度を設けこれを許容しているのであるから、通常はこの手続によるべきものではあるが、同条は、任意的な訴訟信託が許容される原則的な場合を示すにとどまり、同条の手続による以外には、任意的訴訟信託は許されないと解すべきではない。すなわち、任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また、信託法11条(※注:現行の10条に相当する。)が訴訟行為を為さしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般に無制限にこれを許容することはできないが、当該訴訟信託がこのような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には許容するに妨げないと解すべきである。

(引用終わり)

最判平28・6・2(アルゼンチン国債事件)より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 任意的訴訟担当については,本来の権利主体からの訴訟追行権の授与があることを前提として,弁護士代理の原則(民訴法54条1項本文)を回避し,又は訴訟信託の禁止(信託法10条)を潜脱するおそれがなく,かつ,これを認める合理的必要性がある場合には許容することができると解される(最高裁昭和42年(オ)第1032号同45年11月11日大法廷判決・民集24巻12号1854頁(※注:本問に掲載されている「互」建設共同体事件判例を指す。)参照)。

(引用終わり)

 ちなみに、旧司法試験時代には司法試験用六法に信託法が掲載されていなかったことから信託法10条は挙げないのが暗黙の作法でしたが、現在の司法試験用法文には信託法が掲載されている(「令和6年司法試験用法文登載法令」)ので、信託法10条も挙げるべきでしょう。

2.その上で、問題文の「判例の事案との異同に留意する」という注文にどう答えるか。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

L1:なるほど。それでは、まず、任意的訴訟担当の意義及びそれが明文なくして認められるための要件を説明してもらえますか。その要件の説明に当たっては、民法上の組合契約に基づいて結成された共同事業体を契約当事者とする訴訟について当該共同事業体の代表者である組合員の任意的訴訟担当を認めた最高裁判所昭和45年11月11日大法廷判決・民集24巻12号1854頁を踏まえるようにしてください。これを「課題1」とします。その上で、課題1における意義及び要件の説明を踏まえ、本件においてX1による訴訟担当が明文なき任意的訴訟担当として認められるかについて、検討してください。その際、本件と前記最高裁判例の事案との異同に留意するようにしてください。これを「課題2」とします。

(引用終わり)

 「判例の事案とか知らねーよ。」と思った人が多かったことでしょう。このような場合、他に頑張れる場所があるなら、ここは判例を無視してあっさり書いて、他で頑張る、という選択肢もないわけではない。でも、本問の場合、設問2も設問3もそれほど自信はないはずです。しかも、設問1の配点が結構高い。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

〔第3問〕(配点:100[〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、35:35:30])

(引用終わり)

 なので、「判例を知らないから無視」という選択肢は、ちょっと厳しいのです。ならば、どうするか。問題文に、判例の事案が一応書いてあります。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

L1:なるほど。それでは、まず、任意的訴訟担当の意義及びそれが明文なくして認められるための要件を説明してもらえますか。その要件の説明に当たっては、民法上の組合契約に基づいて結成された共同事業体を契約当事者とする訴訟について当該共同事業体の代表者である組合員の任意的訴訟担当を認めた最高裁判所昭和45年11月11日大法廷判決・民集24巻12号1854頁を踏まえるようにしてください。これを「課題1」とします。その上で、課題1における意義及び要件の説明を踏まえ、本件においてX1による訴訟担当が明文なき任意的訴訟担当として認められるかについて、検討してください。その際、本件と前記最高裁判例の事案との異同に留意するようにしてください。これを「課題2」とします。

(引用終わり)

 この情報から、比較できる要素をできる限り考えて、書きまくる。当サイト作成の参考答案(その1)は、そのような方針で書いています。

(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

(2)弁護士代理の原則、訴訟信託禁止を潜脱するおそれ

ア.確かに、参考判例では組合契約に基づいて結成された共同事業体が契約当事者であるのに対し、本件ではAが本件契約の当事者で、XらはAの相続人である。代表者のある組合は29条の「社団」として当事者能力があるが、共同賃貸人は同条の「社団」には当たらない。しかし、本件建物はXらがそれぞれ3分の1の持分で共有し、本件契約についてXら全員が賃貸人となる。
 確かに、参考判例では代表者が担当者であるのに対し、X1は代表者ではない。しかし、遺産分割協議において、本件契約の更新、賃料の徴収及び受領、本件建物の明渡しに関する訴訟上あるいは訴訟外の業務についてはX1が自己の名で行うことが取り決められた。

イ.以上から、参考判例と同様に、弁護士代理の原則、訴訟信託禁止を潜脱するおそれはない。

(3)合理的必要

ア.確かに、参考判例は組合であるのに対し、Xらは共同賃貸人である。本件建物の明渡しについて、賃貸借契約終了に基づく明渡請求権を訴訟物とした場合は、固有必要的共同訴訟とはならず、X1単独で訴訟を提起できる。しかし、参考判例で担当者が組合員のうちの1人で、本件でもX1は共同賃貸人のうちの1人である点、当事者となりうる者が複数である点、全員が当事者となることについて各人の時間的・経済的負担が大きい点は同じである。
 したがって、参考判例と同様に、合理的必要がある。

(引用終わり)

 実際には、業務執行権の付与、利害の共通性、善管注意義務といった要素がポイントになる(※2)ので、上記のようなレベルでは満額解答とはいきません。それでも、諦めて判例無視で書くよりはマシです。参考判例の「代表者」との比較で、「遺産分割協議において、本件契約の更新、賃料の徴収及び受領、本件建物の明渡しに関する訴訟上あるいは訴訟外の業務についてはX1が自己の名で行うことが取り決められた」を書き写したことで業務執行権の付与の要素に触れていますし、「代表者のある組合は29条の「社団」として当事者能力がある」という団体性との比較で、「本件建物はXらがそれぞれ3分の1の持分で共有し、本件契約についてXら全員が賃貸人となる」を書き写したことで、かろうじて利害の共通性にも触れています。余裕があれば思い付きで一言評価を添えておけばよく、偶然にも「業務執行権」とか、「利害が共通」に似たフレーズを添えることができれば、点数を伸ばすことができたでしょう。
 ※2 具体的には、当サイト作成の参考答案(その2)を参照。

3.判例の事案との異同を問う出題は、民訴法に限らず、最近の傾向となりつつあります。もちろん、重要判例については原文を読んで、事案・判旨を把握しておくことが、最大の対策です(※3)。それでも、受験生が試験当日までに知ることのできる情報量には限界がありますから、上記のような頑張り方も、非常手段として身につけておくべきでしょう。
 ※3 原文が簡潔でその意味が理解しにくい場合などには、評釈等で補充する必要があるでしょう。本問に掲載された「互」建設共同体事件判例も、原文では業務執行権の要素しか明示されていないので、そのような補充が必要な判例でした。その意味では、正解するにはハードルの高い出題であったといえるでしょう。

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