1.令和6年司法試験民事系第3問。設問3は、問題文から解答対象を読み取れたかで、大きく差が付くでしょう。
2.まず、「同じ賃貸借終了に基づく明渡請求であっても、賃料不払解除と用法遵守義務違反解除とでは訴訟物が違うから遮断されないのではないか。」という観点で検討してはダメです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) R:本件訴訟の訴訟物は賃貸借契約終了に基づく明渡請求権ですから、後訴も同一の訴訟物になります。……(略)……。 L1:そうですか。それでは、別の観点から検討してみましょう。Xらによれば、XらがYによる本件セミナーの開催に気付いたのは本件判決の確定後であったとのことですから、用法遵守義務違反を理由とする解除権の行使の主張は本件判決の既判力によっては遮断されないと考えることはできないでしょうか。 (引用終わり) |
学説としては、本問のような場面で解除原因ごとに訴訟物を切り分ける立場がありますし、後遺障害に関する判例が既判力の縮小ではなく、一部請求構成を採っていることを考えると、訴訟物を区分する構成の方が判例法理に沿うような感じもするところです(※)。しかし、本問では、そのような観点からの検討が求められていないことは明らかです。
※ ただし、後遺障害と違って数量的一部という処理は不可能なので、そこに固有の問題があります。
3.次に、「解除権の行使は基準時後だから遮断されないのではないか。」という観点で検討してはダメです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) R:本件訴訟の訴訟物は賃貸借契約終了に基づく明渡請求権ですから、後訴も同一の訴訟物になります。そして、本件セミナーの開催は、いずれも本件訴訟の事実審の口頭弁論終結時(以下「基準時」という。)より前の事実であり、基準時後は開催されていないとのことですから、確定した本件判決の既判力が後訴に作用し、後訴は請求棄却となるように思います。また、解除権の行使は基準時後にされていますが、学説では、基準時後の解除権の行使の主張が既判力により遮断されないとするのは難しいとする説が強いということを授業で聞きました。 L1:そうですか。それでは、別の観点から検討してみましょう。Xらによれば、XらがYによる本件セミナーの開催に気付いたのは本件判決の確定後であったとのことですから、用法遵守義務違反を理由とする解除権の行使の主張は本件判決の既判力によっては遮断されないと考えることはできないでしょうか。 (引用終わり) |
ここは論証として用意していた人が多かったでしょうが、本問でこれを書いても余事記載です。「覚えていたから書いちゃった。」という人は、猛省すべきでしょう。
4.それから、「XらがYによる本件セミナーの開催に気付いたのは本件判決の確定後であった」という点に着目しなければダメです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) L1:そうですか。それでは、別の観点から検討してみましょう。Xらによれば、XらがYによる本件セミナーの開催に気付いたのは本件判決の確定後であったとのことですから、用法遵守義務違反を理由とする解除権の行使の主張は本件判決の既判力によっては遮断されないと考えることはできないでしょうか。 R:確かに、本件判決の既判力によって主張を制限してしまうのは、Xらにやや酷な気もします。 L1:ただ、Xらに酷というだけでは裁判所は受け入れてくれないと思いますので、そのための理論構成を考える必要があります。まず、既判力によって基準時前の事由に関する主張が遮断される根拠を考えてみましょう。そして、それを踏まえ、本件の具体的な事実関係に照らし、本件判決の既判力によって解除権行使の主張を遮断することが相当かどうかを検討してください。これを「課題」とします。なお、結論はどちらでも構いませんが、検討に当たっては、自説と反対の結論を採る見解にも留意するようにしてください。 (引用終わり) |
この点に着目しない論述は、何を書いても余事記載でしょう。
ちなみに、平成25年司法試験民事系第3問でも、既判力ないし遮断効の縮小の理論が問われていましたが、そこでは、相手方の信義則違反の観点から解答することが指定されており、期待可能性等それ以外の観点から解答しても評価できない旨が採点実感において示されていました。
(平成25年司法試験民事系第3問問題文より引用。太字強調は筆者。) P3:法律論としてまとめきれていないのですが,前訴ではHの反訴請求も棄却されているにもかかわらず,後訴で前訴判決の既判力を持ち出してGの共有持分権を否定するというHの態度には問題があるような気がします。既判力によっては妨げられない訴えを信義則に基づいて却下した判例(最高裁判所昭和51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁,最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1147頁)と関連付けて法律論を組み立てられないかと考えています。 (中略)
L3:そうですね。既判力は前訴の訴訟物の範囲について生じ,その範囲で後訴において作用するのが原則ですが,あなたが指摘してくれた昭和51年判決や平成10年判決のように,判例は,訴訟物の範囲を超えて後訴における蒸し返しを封じる場合を認めています。訴訟物の範囲を超える部分では信義則が働くという論法です。 (引用終わり) (平成25年司法試験論文式試験採点実感等に関する意見より引用。太字強調は筆者。) 前訴ではGはJから土地乙の所有権を買得したと主張していたから,実質Gの一部敗訴を意味する相続による共有持分権取得の主張を予備的にでもしておくべきだったとするのは期待可能性がない,本来前訴において裁判所は共有持分権の限度でGの請求を一部認容すべきだったのであり,全部棄却とした裁判所の誤りによる不利益をGに課すのは公平でない,等の理由から,前訴判決の既判力はGによる共有持分権の主張を遮断しない限度で縮小すると記した答案も,問題文をよく読んでいない点では,同じである。確かに,そういう論拠から既判力の縮小を論じることは不可能ではないが,問題文は,Hの態度が信義則に反するとの角度から既判力の遮断効の範囲の縮小を立論することを求めているのであり,このような答案は,問題文の要求に対するものとしては,評価できない。 (引用終わり) |
上記採点実感との関係でいえば、本問は期待可能性(基準時前に主張する機会があったか)の観点からの検討が求められているので、それ以外の観点から解答しても、「問題文の要求に対するものとしては、評価できない。」ということになるでしょう。
以上のことは、こうして説明されると当たり前すぎて困る感じなのですが、試験現場では、この段階で脱落してしまう人が一定数います。論文式試験の合否は、このような知識・理解以前のところで決まってしまう場合が結構あるのです。このような当たり前のところは、100問解いても一度も間違えない、という精度が必要です。普段の演習を通して、問題文を読む際の印の付け方を工夫するなどのチェックの方法論を確立すれば、100%に近い精度を実現できます。「今回はたまたまウッカリやっちゃいました。」という人は、そのような訓練ができていなかったわけで、「たまたま」ではなく、「必然」の結果というべきです。
5.論述の流れも、問題文で指定されています。「既判力によって基準時前の事由に関する主張が遮断される根拠」を示して、そこから具体的事実を列挙して導出する、という感じになっていなければなりません。また、反対の結論についても、答案で明示的に触れておく必要があります。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) L1:そうですか。それでは、別の観点から検討してみましょう。Xらによれば、XらがYによる本件セミナーの開催に気付いたのは本件判決の確定後であったとのことですから、用法遵守義務違反を理由とする解除権の行使の主張は本件判決の既判力によっては遮断されないと考えることはできないでしょうか。 R:確かに、本件判決の既判力によって主張を制限してしまうのは、Xらにやや酷な気もします。 L1:ただ、Xらに酷というだけでは裁判所は受け入れてくれないと思いますので、そのための理論構成を考える必要があります。まず、既判力によって基準時前の事由に関する主張が遮断される根拠を考えてみましょう。そして、それを踏まえ、本件の具体的な事実関係に照らし、本件判決の既判力によって解除権行使の主張を遮断することが相当かどうかを検討してください。これを「課題」とします。なお、結論はどちらでも構いませんが、検討に当たっては、自説と反対の結論を採る見解にも留意するようにしてください。 (引用終わり) |
単に、「制度的効力であり画一的に考えるべきだから」として、具体的事実に触れないで結論を出してはいけません。ほとんどの人が、既判力の根拠について、「手続保障と自己責任」というフレーズくらいは覚えているでしょうから、「手続保障があるか」という観点から、問題文の具体的事実を列挙して結論を出せばよい。注意すべきは、「【事例(続き・その2)】」の部分以外にも、【事例(続き・その1)】に記載されている6及び7以外の部分は考慮すべき、という点です。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 〔設問3〕 あなたが司法修習生Rであるとして、L1から与えられた課題について答えなさい。なお、【事例(続き・その1)】に記載されている6及び7の事実関係は考慮しなくてよい。 (引用終わり) |
「【事例(続き・その1)】に記載されている6及び7の事実関係は考慮しなくてよい。」ということは、それ以外は考慮しなさいよ、ということですね。なので、設問1のところの事実も含めて、上から順に見ていって、関係ありそうなものをピックアップする。ただ、本問の場合、意外と関係ありそうな事実が少なくて、事実を書き写すだけだと、当サイト作成の参考答案(その1)のような感じになるでしょう。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。) 確かに、本件セミナーは株式投資に関するもので、月1、2回の割合で開催されていた。 (引用終わり) |
これでは物足りないというか、ちょっと何を言ってるのか分からない感じがする。ここは最後の設問なので、時間が許す限り、評価を書きまくるべきでしょう。参考答案(その2)は、その例です。
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 確かに、本件セミナーは、株式投資に関するもので、屋内で行われたと考えられるから、参加者の出入りや開催中の会話音の他は、外部からうかがうことのできる徴表に乏しい。また、月1、2回の割合であり、高頻度とはいえない。したがって、Xらにおいて容易には知りえない態様であったといえる。本件セミナーについて、Yは開催に係る資料や参加者を知っており、Y側に証拠が偏在していた。その一方で、Xらはその存在を認識することすら困難であったと一応いうことができる。 (引用終わり) |
当サイトが、事実の摘示を重視し、常に評価まで書くことを推奨しないのは、「評価を書こうとするあまり、時間不足になって、肝心の事実摘示がおろそかになる。」ことを避けるためです。なので、本問のように摘示すべき事実が少なめで、事実摘示だけでは意味不明であったり、事実摘示を十分にやってもなお、時間に余裕があるときは、評価も書くべきです。本問の場合、上記3の解除と基準時の問題などを書きに行ってしまい、本論がスッカスカになる答案が一定数出そうなので、実際には評価の有無で合否が分かれる感じにはならないかもしれませんが、現場で解いているときは、「本問は事実だけだとちょっと怖いかな。」という感じで評価を書きに行くというのが、正しい感覚だと思います。