【答案のコンセプト等について】
1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。
2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和6年刑事系第1問についていえば、書くべき事項が多く、時間内に上記①から③までを書き切るだけでも大変であること、設問2で理論面に惑わされて規範の明示と事実の摘示が雑になった答案が相当数ありそうなことから、参考答案(その1)でも、優に合格レベルではないかと思います。
3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)』、『司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)』、『司法試験平成29年最新判例ノート』の付録論証集に準拠した部分です。なお、実行の着手の意義について、「客観的な危険性」ではなく、単に「危険性」と表記した点については、以前の記事(「「客観的な危険性」か「危険性」か」)において説明しています。
【参考答案(その1)】 第1.設問1 1.乙の罪責 (1)暗証番号聞出しに係る強盗未遂(236条2項、243条) ア.236条の「脅迫」は、被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要する。 イ.乙は預金を引き出して奪おうと考えたから、故意及び不法領得の意思がある。 ウ.Aは本件カードの暗証番号と異なる4桁の数字を答えたから、財産上の利益の移転が生じなかった。 エ.以上から、強盗未遂が成立する。 (2)暗証番号入力に係る窃盗未遂(235条、243条) ア.諸事情の変動により結果が発生する可能性があったと認められるときは、行為の性質上、結果発生が絶対に不能なものとはいえないから、不能犯は成立しない(空気注射事件判例参照)。 イ.以上から、窃盗未遂は成立しない。 (3)よって、乙は、上記(1)の強盗未遂の罪責を負う。 2.甲の罪責 (1)Aの頭部を拳で殴り、腹部を繰り返し蹴って、肋骨骨折等の傷害を負わせた点につき、傷害(204条)が成立する。 (2)本件財布に係る強盗(236条1項) ア.強盗罪の暴行・脅迫は財物奪取に向けられたものでなければならないから、暴行・脅迫後に財物奪取の意思が生じた場合に強盗罪が成立するためには、新たな暴行・脅迫が必要である。もっとも、この場合の新たな暴行・脅迫は、それ自体として反抗を抑圧する程度である必要はなく、既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度のもので足りる。 イ.甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知っていたから、故意がある。 ウ.本件財布に入っていた現金6万円が欲しかったから、不法領得の意思がある。 エ.以上から、強盗が成立する。 (3)本件財布から現金3万円を抜き取った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した点は、上記(2)の強盗の共罰的事後行為である。 (4)前記1(1)の強盗未遂の共同正犯(60条) 確かに、甲は、乙に「小遣いをやる」と言った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した。 (5)よって、甲は、上記(1)の傷害、上記(2)の強盗の罪責を負い、併合罪(45条前段)となる。 第2.設問2(1) 1.1回目殴打 (1)「急迫」(36条1項)とは、侵害が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう。 (2)Cの上記行為は違法な暴行であるから、「不正の侵害」に当たる。 (3)丙自身の身体の安全は「自己…の権利」に当たる。 (4)「防衛するため」というためには、防衛の意思、すなわち、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態が必要である。 (5)「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。 (6)以上から、正当防衛が成立する。 2.2回目殴打 (1)なおもCが丙に殴りかかってきたから、侵害が現に存在し、「急迫」に当たる。 (2)上記1(2)、(3)同様、「不正の侵害」、「自己…の権利」に当たる。 (3)確かに、丙は、丁が「頑張れ。」などと声を掛けたのを聞いて発奮した。 (4)Cが殴りかかってきたのに対し、顔面を拳で一回殴った。Cに傷害は生じなかった。防衛手段として必要最小限度で相当性を有するといえ、「やむを得ずにした行為」に当たる。 (5)以上から、正当防衛が成立する。 第3.設問2(2) 1.丁の罪責 (1)暴行幇助(207条、62条1項) ア.丁は、丙に「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛けた。 イ.確かに、丁は、丙がその場から逃走するのを手助けしようと思っていた。しかし、丁はけんか好きで、一方的に丙がCを殴ろうとしているのを面白がり、丙がCを殴り倒した後に逃走するのを手助けしようと思っていた。故意がある。
ウ.丁は、Cが先に丙を殴った事実を知らないまま、一方的に丙がCを殴ろうとしていると思った。防衛の意思がなく、丁を基準にすると正当防衛の成立要件を満たさない。 エ.以上から、暴行幇助は成立しない。 (2)よって、丁は罪責を負わない。 2.甲の罪責 (1)暴行の共同正犯 ア.共謀共同正犯が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)及び共謀者の一部による犯罪の実行が必要である。 (ア)甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。そこで、甲は、粗暴な性格の丙を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出し、丙に「一緒に付いて来てほしい。」などと言って頼んだ。正犯意思がある。 (イ)甲は、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。それを聞いて丙は、身を守るためには、甲の言うとおり、Cを殴るのもやむを得ないと思った。ちょうどその時、Cが丙に対して続けて殴りかかってきたことから、丙は、甲が来る前に立ち上がり、1回目殴打をした。Cを殴打するにつき暗黙の共謀がある。 (ウ)確かに、丙は、丁の声掛けで発奮して2回目殴打をした。 (エ)以上から、甲は、丙と共同正犯(60条)の関係に立つ。 イ.正当防衛は成立するか。 (ア)共同正犯は狭義の共犯と異なり、正犯であるから、狭義の共犯と同様に要素従属性が妥当するわけではない。したがって、正当防衛・緊急避難の成否は各人において個別に判断すべきである。したがって、違法性の判断が共犯者間で異なることがある。 (イ)甲について正当防衛は成立するか。 ウ.以上から、1回目殴打及び2回目殴打について、それぞれ暴行の共同正犯が成立する。 (2)よって、甲は、1回目殴打及び2回目殴打について、それぞれ暴行の罪責を負い、両罪は包括一罪となる。 以上 |
【参考答案(その2)】 第1.設問1 1.Aの頭部を拳で殴り、腹部を繰り返し蹴って、肋骨骨折等の傷害を負わせた点につき、甲に傷害罪(204条)が成立する。 2.Aに「持っているものを見せろ。」と言った点は、応じなければ再び暴行を加える旨の黙示の害悪の告知として脅迫に当たり、Aに本件財布を上着ポケットから取り出してAの手元に置かせた点は「義務のないこと」に当たるから、甲に強要罪(223条1項)が成立する。 3.本件財布につき、甲に強盗罪(236条1項)は成立するか。 (1)奪取罪の罪質、5年以上の有期懲役という重い法定刑、「用いて…強取」の文言から、「暴行」・「脅迫」(236条1項)は、被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要する。また、財物奪取に向けられたものでなければならない。 (2)甲は、本件財布を拾って中身を見て現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなり、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言った。「脅迫」に当たるか。 ア.「脅迫」とは、害悪の告知をいう。 イ.上記発言は本件財布を拾って中身を見た後にされている。甲は、発言時には既に本件財布を所持するに至っていたのであり、財物奪取完遂のためには単にそのまま立ち去るだけでよく、Aに対し何らの働き掛けもする必要がない。そうすると、上記発言を財物奪取に向けられたものと評価することは困難である。 ウ.暴行・脅迫後に財物奪取の意思が生じた場合の新たな暴行・脅迫は、それ自体として反抗を抑圧する程度である必要はなく、既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度のもので足りるが、反抗抑圧状態と因果性を有する必要がある。因果性がないときは、反抗抑圧状態を継続させる暴行・脅迫と評価できず、単に反抗抑圧状態に乗じて財物を持ち去るのと刑法上は等価だからである。 エ.以上から、「脅迫」には当たらない。 (3)したがって、甲に強盗罪は成立しない。 4.甲が本件財布を拾って中身を見た時点では、資産家名簿の流出先に関する手掛かりを確認するつもりであり、本件財布について甲に占有の意思がないから、いまだ同財布の占有がAから甲に移転したとはいえないが、現金6万円が欲しくなった時点において本件財布について占有の意思が生じたことを踏まえると、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた行為は、本件財布の占有をAの意思に反して自己に移転させるものとして「窃取」に当たり、甲に窃盗罪(235条)が成立する。 5.甲が、本件財布から現金3万円を抜き取った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した点は、上記4の窃盗罪で既に評価し尽くされているから、共罰的事後行為である。 6.乙の暗証番号聞出しにつき、乙・甲に強盗未遂罪(236条2項、243条)は成立するか。
(1)乙が、バタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら、「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」と言った点は、生命に対する害悪の告知を含み、バタフライナイフの刃先は鋭利で殺傷性が高く、これを眼前に示されると、抵抗すれば直ちに刺されてもおかしくないとの強度の畏怖を生じるから、Aの反抗を抑圧する程度といえる。では、財産上不法の利益を得ることに向けられたものといえるか。 (2)乙は、上記(1)の基礎となる事実を認識しているから故意があり、Aの預金の払戻しを受けることができる地位を利用して預金を引き出して奪おうと考えたから、不法領得の意思がある。 (3)Aは本件カードの暗証番号と異なる4桁の数字を答えたから、乙は、Aの預金の払戻しを受けることができる地位を得ることができなかった。財産上の利益の移転の結果が生じていない。 (4)以上から、乙に強盗未遂罪が成立する。
(5)甲は、乙に「小遣いをやる」と言った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した。乙は、本件財布内の運転免許証を見て、本件財布がAのものだと理解するとともに、本件カードが入っていることに気付き、Aの預金を引き出して奪おうと考えた。客観的には、甲の上記行為は乙の犯意を生じさせており、教唆(61条1項)といえる。 7.暗証番号入力につき、乙に窃盗未遂罪(235条、243条)は成立するか。 (1)実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る危険性を有するものを行うことをいう。 ア.「窃取」とは、他人の財物の占有を占有者の意思に反して自己又は第三者に移転させることをいう。 イ.乙は、Aが答えた4桁の数字を入力したが、本件カードの暗証番号と異なるから、結果発生に至る危険性のない不能犯ではないか。 ウ.以上から、実行の着手がある。 (2)以上から、乙に窃盗未遂罪が成立する。 8.よって、甲は上記1の傷害罪、上記2の強要罪、上記4の窃盗罪の罪責を負い、併合罪となる。乙は上記6の強盗未遂罪、上記7の窃盗未遂罪の罪責を負い、前者の客体はAの預金の払戻しを受けることができる地位であって、被害者はAであるのに対し、後者の客体はATM内現金であって、被害者はATM管理者であるから、両罪は併合罪(45条前段)となる。 第2.設問2(1)
1.1回目殴打及び2回目殴打は、いずれもCの殴打から身を守るためという一貫した意思決定に基づき、同一場所で連続してなされたから、刑法上は1個の暴行行為(以下「本件暴行」という。)として暴行罪(207条)の構成要件に該当する。 2.「急迫」(36条1項)とは、侵害が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう。 3.Cの上記行為は違法な暴行であるから、「不正の侵害」に当たる。 4.丙自身の身体の安全は「自己…の権利」に当たる。 5.「防衛するため」というためには、防衛の意思、すなわち、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態が必要である。 6.「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。 7.以上から、正当防衛が成立する。 第3.設問2(2) 1.丁の罪責 丙に「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛けた点につき、本件暴行に係る暴行罪の従犯(62条1項)は成立するか。 (1)上記声掛けがなくても、なおもCが丙に殴りかかってきたときは、丙は2回目殴打をしたと考えられる。幇助の因果性はあるか。 (2)確かに、丁は、丙がその場から逃走するのを手助けしようと思っていた。暴行を容易にする認識はなかったともみえる。
(3)丁は、Cが先に丙を殴った事実を知らないまま、一方的に丙がCを殴ろうとしていると思った。防衛の意思がなく、丁を基準にすると正当防衛の成立要件を満たさない。 (4)よって、暴行罪の従犯は成立しない。 2.甲の罪責 (1)本件暴行について、暴行罪の共同正犯は成立するか。 (2)共謀共同正犯が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)及び共謀者の一部による犯罪の実行が必要である。 ア.甲は、Cから殴られる機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考え、粗暴な性格の丙を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えた。甲が計画を立案・主導し、Cへの暴行に至る因果の流れを支配することで重要な因果的寄与をしているから、正犯意思がある。 イ.甲は、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。これに対し、丙は明示には応答していない。しかし、丙は、身を守るためには、甲の言うとおり、Cを殴るのもやむを得ないと思った。ちょうどその時、Cが丙に対して続けて殴りかかってきたことから、丙は、甲が来る前に立ち上がり、1回目殴打をした。丙は、明示の応答はしていないが、1回目殴打という行動によって、甲の提案に応じる旨の意思表示をしたといえ、暗黙の現場共謀がある。
ウ.1回目殴打は、共謀を構成する意思表示そのものでもあるが、甲の提案に応じたものであるから、共謀に基づく。1回目殴打されたCは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げ、なおも丙に殴りかかってきたことから、丙は2回目殴打をした。その間に丁の声掛けがあったが、丙を発奮させたにとどまる。Cが殴りかかってくる状況は継続しており、甲の提案に応じて身を守るためCを殴ろうとしている状況に変化はないから、上記共謀の因果性は2回目殴打時にも解消していない。したがって、本件暴行全体が共謀に基づくといえる。 エ.以上から、甲は、丙と共同正犯(60条)の関係に立つ。 (3)正当防衛は成立するか。 ア.共同正犯は狭義の共犯と異なり、正犯であるから、狭義の共犯と同様に要素従属性が妥当するわけではない。したがって、正当防衛・緊急避難の成否は各人において個別に判断すべきである。フィリピンパブ事件判例は直接には過剰防衛につき共同正犯者ごとの個別判断をすべき旨を判示したにとどまるが、急迫性を欠くとする理由で過剰防衛を否定しており、上記と同旨と考えられる。このように、違法性の判断は、共同正犯と狭義の共犯で異なり、かつ、共同正犯者相互間でも異なることがある。 イ.甲について正当防衛は成立するか。 (3)以上から、暴行罪の共同正犯が成立する。 (4)よって、甲は、同罪の罪責を負う。 以上 |