令和6年司法試験論文式刑事系第1問参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和6年刑事系第1問についていえば、書くべき事項が多く、時間内に上記①から③までを書き切るだけでも大変であること、設問2で理論面に惑わされて規範の明示と事実の摘示が雑になった答案が相当数ありそうなことから、参考答案(その1)でも、優に合格レベルではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)』、『司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)』、『司法試験平成29年最新判例ノート』の付録論証集に準拠した部分です。なお、実行の着手の意義について、「客観的な危険性」ではなく、単に「危険性」と表記した点については、以前の記事(「「客観的な危険性」か「危険性」か」)において説明しています。

【参考答案(その1)】

第1.設問1

1.乙の罪責

(1)暗証番号聞出しに係る強盗未遂(236条2項、243条)

ア.236条の「脅迫」は、被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要する
 同条2項の「脅迫」は、「財産上不法の利益」を得ようとする行為であることを要する。キャッシュカードを占有する者が暗証番号を知れば、容易にATMから現金を引き出すことができるから、既にキャッシュカードの占有を取得した犯人との関係においては、暗証番号が聞き出されると、犯人がATMを通して当該被害者の預金の払戻しを受けることができる地位を得る反面において、被害者は自らの預金を犯人によって払い戻されかねないという不利益、すなわち、預金債権に対する支配が弱まるという財産上の不利益(損害)を被ることになるから、上記の地位は移転性のある利益といえる。したがって、既にキャッシュカードの占有を取得した犯人との関係において、暗証番号の聞出しは「財産上不法の利益」を得ようとする行為といえる
 乙は、甲から本件財布を渡されて同財布内の本件カードの占有を取得した上で、バタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら、「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」と言った。Aの反抗を抑圧する程度で、「財産上不法の利益」を得ようとする行為であるから、「脅迫」に当たる。

イ.乙は預金を引き出して奪おうと考えたから、故意及び不法領得の意思がある。

ウ.Aは本件カードの暗証番号と異なる4桁の数字を答えたから、財産上の利益の移転が生じなかった。

エ.以上から、強盗未遂が成立する。

(2)暗証番号入力に係る窃盗未遂(235条、243条)

ア.諸事情の変動により結果が発生する可能性があったと認められるときは、行為の性質上、結果発生が絶対に不能なものとはいえないから、不能犯は成立しない(空気注射事件判例参照)
 乙は、Aが答えた4桁の数字を入力したが、本件カードの暗証番号と異なるから、行為の性質上、結果発生、すなわち、現金の引出しは絶対に不能である。
 したがって、不能犯であり、実行行為性がない。

イ.以上から、窃盗未遂は成立しない。

(3)よって、乙は、上記(1)の強盗未遂の罪責を負う。

2.甲の罪責

(1)Aの頭部を拳で殴り、腹部を繰り返し蹴って、肋骨骨折等の傷害を負わせた点につき、傷害(204条)が成立する。

(2)本件財布に係る強盗(236条1項)

ア.強盗罪の暴行・脅迫は財物奪取に向けられたものでなければならないから、暴行・脅迫後に財物奪取の意思が生じた場合に強盗罪が成立するためには、新たな暴行・脅迫が必要である。もっとも、この場合の新たな暴行・脅迫は、それ自体として反抗を抑圧する程度である必要はなく、既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度のもので足りる
 甲は、本件財布を拾って中身を見て現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなり、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言った。Aは、既に抵抗する気力を失っていた。Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたので何も答えられずにいた。上記発言は、既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度の新たな脅迫といえる。
 そこで、甲は、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた。
 以上から、「脅迫を用いて他人の財物を強取した」といえる。

イ.甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知っていたから、故意がある。

ウ.本件財布に入っていた現金6万円が欲しかったから、不法領得の意思がある。

エ.以上から、強盗が成立する。

(3)本件財布から現金3万円を抜き取った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した点は、上記(2)の強盗の共罰的事後行為である。

(4)前記1(1)の強盗未遂の共同正犯(60条)

 確かに、甲は、乙に「小遣いをやる」と言った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した。
 しかし、上記発言時点で甲が本件カードに気付いていた事実はない。
 したがって、暗証番号聞出しについて共謀がない。
 以上から、強盗未遂の共同正犯は成立しない。

(5)よって、甲は、上記(1)の傷害、上記(2)の強盗の罪責を負い、併合罪(45条前段)となる。

第2.設問2(1)

1.1回目殴打

(1)「急迫」(36条1項)とは、侵害が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう
 丙は、暴力を振るわれると考えていなかった。Cが丙に対して続けて殴りかかってきたから、侵害が現に存在し、「急迫」に当たる。

(2)Cの上記行為は違法な暴行であるから、「不正の侵害」に当たる。

(3)丙自身の身体の安全は「自己…の権利」に当たる。

(4)「防衛するため」というためには、防衛の意思、すなわち、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態が必要である
 身を守るためにはCを殴るのもやむを得ないと思ったから、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態があり、「防衛するため」に当たる。

(5)「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)
 確かに、丙が殴ったのは顔面である。しかし、殴ったのは1回だけである。Cは30歳男性で、丙は26歳男性である。丙は、1回目殴打直前にCから顔面を拳で1回殴られた。丙は、Cに「やめろよ。」と言い、甲に「こいつ何だよ。どうにかしろよ。」と言ったが、興奮したCから一方的に顔面を拳で数回殴られて、その場に転倒した。Cは、丙に対して続けて殴りかかってきたため、丙は、Cの胸倉をつかんで、1回目殴打をした。Cは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げた。Cに傷害は生じなかった。防衛手段として必要最小限度で相当性を有するといえ、「やむを得ずにした行為」に当たる。

(6)以上から、正当防衛が成立する。

2.2回目殴打

(1)なおもCが丙に殴りかかってきたから、侵害が現に存在し、「急迫」に当たる。

(2)上記1(2)、(3)同様、「不正の侵害」、「自己…の権利」に当たる。

(3)確かに、丙は、丁が「頑張れ。」などと声を掛けたのを聞いて発奮した。
 しかし、身を守るためだったから、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態があり、「防衛するため」に当たる。

(4)Cが殴りかかってきたのに対し、顔面を拳で一回殴った。Cに傷害は生じなかった。防衛手段として必要最小限度で相当性を有するといえ、「やむを得ずにした行為」に当たる。

(5)以上から、正当防衛が成立する。

第3.設問2(2)

1.丁の罪責

(1)暴行幇助(207条、62条1項)

ア.丁は、丙に「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛けた。
 確かに、上記声掛けがなくても、なおもCが丙に殴りかかってきたときは、丙は2回目殴打をしたと考えられる。
 しかし、幇助の因果性は、幇助により物理的・心理的に正犯の犯行が促進される関係があれば足りる
 丙は、上記を聞いて発奮し、2回目殴打をしたから、心理的に正犯の犯行が促進される関係があり、因果性がある。
 したがって、上記声掛けは、「幇助」に当たる。

イ.確かに、丁は、丙がその場から逃走するのを手助けしようと思っていた。しかし、丁はけんか好きで、一方的に丙がCを殴ろうとしているのを面白がり、丙がCを殴り倒した後に逃走するのを手助けしようと思っていた。故意がある。

ウ.丁は、Cが先に丙を殴った事実を知らないまま、一方的に丙がCを殴ろうとしていると思った。防衛の意思がなく、丁を基準にすると正当防衛の成立要件を満たさない。
 もっとも、構成要件該当性及び違法性は客観的属性であるのに対し、責任は主観的、個別的属性であるから、正犯が構成要件該当性及び違法性を備えることが共犯の成立要件である(制限従属性説)。したがって、正犯である丙を基準に正当防衛の成立要件を判断する。
 正犯である丙に正当防衛が成立し、違法性が阻却される以上、幇助犯は成立しない。

エ.以上から、暴行幇助は成立しない。

(2)よって、丁は罪責を負わない。

2.甲の罪責

(1)暴行の共同正犯

ア.共謀共同正犯が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)及び共謀者の一部による犯罪の実行が必要である

(ア)甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。そこで、甲は、粗暴な性格の丙を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出し、丙に「一緒に付いて来てほしい。」などと言って頼んだ。正犯意思がある。

(イ)甲は、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。それを聞いて丙は、身を守るためには、甲の言うとおり、Cを殴るのもやむを得ないと思った。ちょうどその時、Cが丙に対して続けて殴りかかってきたことから、丙は、甲が来る前に立ち上がり、1回目殴打をした。Cを殴打するにつき暗黙の共謀がある。

(ウ)確かに、丙は、丁の声掛けで発奮して2回目殴打をした。
 しかし、上記(イ)の共謀に基づいて1回目殴打されたCは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げた。丙は、なおもCが丙に殴りかかってきたことから、2回目殴打をした。2回目殴打も上記(イ)の共謀に基づくといえる。

(エ)以上から、甲は、丙と共同正犯(60条)の関係に立つ。

イ.正当防衛は成立するか。

(ア)共同正犯は狭義の共犯と異なり、正犯であるから、狭義の共犯と同様に要素従属性が妥当するわけではない。したがって、正当防衛・緊急避難の成否は各人において個別に判断すべきである。したがって、違法性の判断が共犯者間で異なることがある。
 前記1(1)ウと異なるのは、上記のとおり、幇助が狭義の共犯であるのに対し、共同正犯は正犯だからである。

(イ)甲について正当防衛は成立するか。
 甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考えており、侵害の予期がある。
 侵害を予期していた場合、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らし、その機会を利用して積極的に加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、急迫性が否定される(判例)
 確かに、甲は、C方に出向き、直接文句を言おうとしていた。
 しかし、甲は、以前仲間割れしたCに電話したところ、Cから罵倒され激高した。粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。そこで、甲は、粗暴な性格の丙を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出した。侵害の機会を利用して積極的に加害行為をする意思で侵害に臨んだといえ、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない。急迫性を欠き、正当防衛は成立しない。

ウ.以上から、1回目殴打及び2回目殴打について、それぞれ暴行の共同正犯が成立する。

(2)よって、甲は、1回目殴打及び2回目殴打について、それぞれ暴行の罪責を負い、両罪は包括一罪となる。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1

1.Aの頭部を拳で殴り、腹部を繰り返し蹴って、肋骨骨折等の傷害を負わせた点につき、甲に傷害罪(204条)が成立する。

2.Aに「持っているものを見せろ。」と言った点は、応じなければ再び暴行を加える旨の黙示の害悪の告知として脅迫に当たり、Aに本件財布を上着ポケットから取り出してAの手元に置かせた点は「義務のないこと」に当たるから、甲に強要罪(223条1項)が成立する。

3.本件財布につき、甲に強盗罪(236条1項)は成立するか。

(1)奪取罪の罪質、5年以上の有期懲役という重い法定刑、「用いて…強取」の文言から、「暴行」・「脅迫」(236条1項)は、被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要する。また、財物奪取に向けられたものでなければならない。
 上記1の暴行は、Aの反抗を抑圧する程度のものである。しかし、Aがうそを言っていると思い腹を立ててしたもので、Aの所持品を奪うつもりはなかったから、財物奪取に向けられておらず、「暴行」に当たらない。
 上記2の脅迫も、Aの所持品の中に資産家名簿の流出先に関する手掛かりがあるだろうと考えてしたもので、Aの所持品を奪うつもりはなかったから、財物奪取に向けられておらず、「脅迫」に当たらない。

(2)甲は、本件財布を拾って中身を見て現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなり、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言った。「脅迫」に当たるか。

ア.「脅迫」とは、害悪の告知をいう。
 上記発言は文言上害悪告知を含まない。甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら上記発言をした。Aが抵抗するとは思っていない以上、抵抗すれば再び暴行を加える旨の黙示の害悪の告知と評価する余地にも乏しい。

イ.上記発言は本件財布を拾って中身を見た後にされている。甲は、発言時には既に本件財布を所持するに至っていたのであり、財物奪取完遂のためには単にそのまま立ち去るだけでよく、Aに対し何らの働き掛けもする必要がない。そうすると、上記発言を財物奪取に向けられたものと評価することは困難である。

ウ.暴行・脅迫後に財物奪取の意思が生じた場合の新たな暴行・脅迫は、それ自体として反抗を抑圧する程度である必要はなく、既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度のもので足りるが、反抗抑圧状態と因果性を有する必要がある。因果性がないときは、反抗抑圧状態を継続させる暴行・脅迫と評価できず、単に反抗抑圧状態に乗じて財物を持ち去るのと刑法上は等価だからである。
 Aは、既に抵抗する気力を失っていた。Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたので何も答えられずにいた。甲の上記発言がなくても、Aの反抗抑圧状態は継続しており、甲が本件財布を持ち去るのに何らの障害もなかった。上記発言は、Aの反抗抑圧状態が解消するのを阻止するなどの因果性を何ら有しない。

エ.以上から、「脅迫」には当たらない。

(3)したがって、甲に強盗罪は成立しない。

4.甲が本件財布を拾って中身を見た時点では、資産家名簿の流出先に関する手掛かりを確認するつもりであり、本件財布について甲に占有の意思がないから、いまだ同財布の占有がAから甲に移転したとはいえないが、現金6万円が欲しくなった時点において本件財布について占有の意思が生じたことを踏まえると、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた行為は、本件財布の占有をAの意思に反して自己に移転させるものとして「窃取」に当たり、甲に窃盗罪(235条)が成立する。

5.甲が、本件財布から現金3万円を抜き取った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した点は、上記4の窃盗罪で既に評価し尽くされているから、共罰的事後行為である。

6.乙の暗証番号聞出しにつき、乙・甲に強盗未遂罪(236条2項、243条)は成立するか。

(1)乙が、バタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら、「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」と言った点は、生命に対する害悪の告知を含み、バタフライナイフの刃先は鋭利で殺傷性が高く、これを眼前に示されると、抵抗すれば直ちに刺されてもおかしくないとの強度の畏怖を生じるから、Aの反抗を抑圧する程度といえる。では、財産上不法の利益を得ることに向けられたものといえるか。
 移転罪における財産上の利益とは、移転性のある利益に限られる。もっとも、財産上の利益が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく、行為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るという関係があれば足りる。
 キャッシュカードを占有する者が暗証番号を知れば、容易にATMから現金を引き出すことができるから、既にキャッシュカードの占有を取得した犯人との関係においては、暗証番号が聞き出されると、犯人がATMを通して当該被害者の預金の払戻しを受けることができる地位を得る反面において、被害者は自らの預金を犯人によって払い戻されかねないという不利益、すなわち、預金債権に対する支配が弱まるという財産上の不利益(損害)を被ることになるから、上記の地位は移転性のある利益といえる。したがって、既にキャッシュカードの占有を取得した犯人との関係において、暗証番号の聞出しは財産上不法の利益を得ることに向けられたものといえる
(高裁判例)。
 以上から、乙の上記行為は、財産上不法の利益を得ることに向けられたものといえ、「脅迫」に当たる。

(2)乙は、上記(1)の基礎となる事実を認識しているから故意があり、Aの預金の払戻しを受けることができる地位を利用して預金を引き出して奪おうと考えたから、不法領得の意思がある。

(3)Aは本件カードの暗証番号と異なる4桁の数字を答えたから、乙は、Aの預金の払戻しを受けることができる地位を得ることができなかった。財産上の利益の移転の結果が生じていない。

(4)以上から、乙に強盗未遂罪が成立する。

(5)甲は、乙に「小遣いをやる」と言った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した。乙は、本件財布内の運転免許証を見て、本件財布がAのものだと理解するとともに、本件カードが入っていることに気付き、Aの預金を引き出して奪おうと考えた。客観的には、甲の上記行為は乙の犯意を生じさせており、教唆(61条1項)といえる。
 もっとも、甲が本件財布を乙に手渡した時に本件カードに気付いていた事実がない。したがって、甲は未必的にも乙の暗証番号聞出しを認識していない。甲が他に何らかの犯罪を教唆する認識を有していたともいえないから、錯誤論により教唆の故意が肯定される余地もない。
 以上から、乙の強盗未遂罪につき、甲に教唆犯は成立しない。

7.暗証番号入力につき、乙に窃盗未遂罪(235条、243条)は成立するか。

(1)実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る危険性を有するものを行うことをいう

ア.「窃取」とは、他人の財物の占有を占有者の意思に反して自己又は第三者に移転させることをいう
 ATM内現金の占有をその管理者の意思に反して自己に移転させる行為は、「窃取」に当たる。暗証番号入力は、「窃取」の開始そのものではないが、不可欠の前提行為であるから、「窃取」と密接な行為といえる。

イ.乙は、Aが答えた4桁の数字を入力したが、本件カードの暗証番号と異なるから、結果発生に至る危険性のない不能犯ではないか。
 不能犯とは、行為の性質上、結果発生が絶対に不能なものをいう(判例)。諸事情の変動により結果が発生する可能性があったと認められるときは、行為の性質上、結果発生が絶対に不能なものとはいえないから、不能犯は成立しない(空気注射事件判例参照)
 Aは拒否すれば殺されると思い、仕方なく4桁の数字からなる暗証番号を答えようとしたのであり、虚偽の番号を答えるつもりではなかった。Aが本件カードの暗証番号と異なる4桁の数字を答えたのは、暗がりで本件カードを自宅に保管中の別のキャッシュカードと見誤っていたという偶然によるためで、本件カードと正しく認識していれば、本件カードの暗証番号を答え、乙がそれを入力して現金を窃取できた可能性があった。諸事情の変動により結果が発生する可能性があったと認められる。
 したがって、不能犯ではなく、結果発生に至る危険性が認められる。

ウ.以上から、実行の着手がある。

(2)以上から、乙に窃盗未遂罪が成立する。

8.よって、甲は上記1の傷害罪、上記2の強要罪、上記4の窃盗罪の罪責を負い、併合罪となる。乙は上記6の強盗未遂罪、上記7の窃盗未遂罪の罪責を負い、前者の客体はAの預金の払戻しを受けることができる地位であって、被害者はAであるのに対し、後者の客体はATM内現金であって、被害者はATM管理者であるから、両罪は併合罪(45条前段)となる。

第2.設問2(1)

1.1回目殴打及び2回目殴打は、いずれもCの殴打から身を守るためという一貫した意思決定に基づき、同一場所で連続してなされたから、刑法上は1個の暴行行為(以下「本件暴行」という。)として暴行罪(207条)の構成要件に該当する。
 したがって、正当防衛の成否は、1回目殴打と2回目殴打で各別に検討するのではなく、本件暴行について包括して検討する。

2.「急迫」(36条1項)とは、侵害が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう
 丙は、当初暴力を振るわれると考えておらず、侵害を予期していなかった。本件暴行は、いずれもCが丙に対して殴りかかってきたことに対するものであるから、侵害が現に存在し、「急迫」に当たる。

3.Cの上記行為は違法な暴行であるから、「不正の侵害」に当たる。

4.丙自身の身体の安全は「自己…の権利」に当たる。

5.「防衛するため」というためには、防衛の意思、すなわち、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態が必要である
 丙は、身を守るためにはCを殴るのもやむを得ないと思って本件暴行をした。
 確かに、2回目殴打の際には、丁が、「頑張れ。」などと声を掛けたのを聞いて発奮したが、身を守るためであったことに変わりはないから、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態があったといえる。
 以上から、「防衛するため」に当たる。

6.「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)
 Cは30歳男性で、丙は26歳男性で、年齢差はそれほどなく、体格差があるとの事実はない。丙は、先にCから顔面を拳で1回殴られた。丙は、Cに「やめろよ。」と言い、甲に「こいつ何だよ。どうにかしろよ。」と言った。直ちに反撃したのでなく、当初はCを制止しようとしていた。しかし、興奮したCから一方的に顔面を拳で数回殴られて、その場に転倒した。丙の制止が功を奏することがなく、そのままでは一方的にCに殴打され、自己の身体を守ることができない状況であった。Cは、丙に対して続けて殴りかかってきたため、丙は、Cの胸倉をつかんで、1回目殴打をした。素手に対し素手で応戦しており、武器対等の原則に反せず、質的過剰とはいえない。1回目殴打を受けても、Cは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げ、なおも殴りかかってきたことから、2回目殴打をした。侵害が継続しており、量的過剰とはいえない。顔面を殴っているが、Cも丙の顔面を殴っており、それだけで相当性を欠くとはいえない。正当防衛の成否は行為時を基準に判断すべきであり、防衛行為の結果それ自体は直接には相当性の判断要素ではないが、Cに傷害が生じなかったことは、殴打の態様がそれほど激しくなかったことを推認させる間接事実となる。防衛手段として必要最小限度で相当性を有するといえ、「やむを得ずにした行為」に当たる。

7.以上から、正当防衛が成立する。

第3.設問2(2)

1.丁の罪責

 丙に「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛けた点につき、本件暴行に係る暴行罪の従犯(62条1項)は成立するか。

(1)上記声掛けがなくても、なおもCが丙に殴りかかってきたときは、丙は2回目殴打をしたと考えられる。幇助の因果性はあるか。
 正犯の犯行を容易にするという幇助の特質からすれば、幇助により物理的・心理的に正犯の犯行が促進される関係があれば足りる
 丙は、上記声掛けを聞いて発奮し、2回目殴打をしたから、心理的に正犯の犯行が促進される関係があり、因果性がある。なお、1回目殴打との関係では物理的にも心理的にも促進関係がないが、幇助は正犯行為の一部についても成立しうるから、本件暴行に係る暴行罪の従犯の成立を妨げない。
 したがって、上記声掛けは、「幇助」に当たる。

(2)確かに、丁は、丙がその場から逃走するのを手助けしようと思っていた。暴行を容易にする認識はなかったともみえる。
 しかし、丁はけんか好きで、一方的に丙がCを殴ろうとしているのを面白がっていた。「頑張れ。」とは、「そのまま殴れ。」という意味と考えられる。丁は、丙の暴行を制止する素振りすらみせておらず、逃走の手助けは、あくまで丙がCを殴り倒した後のことであった。暴行を容易にするとの認識があったと認められる。
 以上から、故意がある。

(3)丁は、Cが先に丙を殴った事実を知らないまま、一方的に丙がCを殴ろうとしていると思った。防衛の意思がなく、丁を基準にすると正当防衛の成立要件を満たさない。
 もっとも、構成要件該当性及び違法性は客観的属性であるのに対し、責任は主観的、個別的属性であるから、正犯が構成要件該当性及び違法性を備えることが共犯の成立要件である(制限従属性説)。このことは、正犯の違法に従属する狭義の共犯によく当てはまる。したがって、正犯に正当防衛が成立するときは、狭義の共犯は成立しない。
 以上から、正犯である丙を基準に正当防衛の成立要件を判断する。
 前記第2のとおり、丙に正当防衛が成立し、違法性が阻却される以上、従犯は成立しない。

(4)よって、暴行罪の従犯は成立しない。

2.甲の罪責

(1)本件暴行について、暴行罪の共同正犯は成立するか。

(2)共謀共同正犯が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)及び共謀者の一部による犯罪の実行が必要である

ア.甲は、Cから殴られる機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考え、粗暴な性格の丙を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えた。甲が計画を立案・主導し、Cへの暴行に至る因果の流れを支配することで重要な因果的寄与をしているから、正犯意思がある。

イ.甲は、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。これに対し、丙は明示には応答していない。しかし、丙は、身を守るためには、甲の言うとおり、Cを殴るのもやむを得ないと思った。ちょうどその時、Cが丙に対して続けて殴りかかってきたことから、丙は、甲が来る前に立ち上がり、1回目殴打をした。丙は、明示の応答はしていないが、1回目殴打という行動によって、甲の提案に応じる旨の意思表示をしたといえ、暗黙の現場共謀がある。

ウ.1回目殴打は、共謀を構成する意思表示そのものでもあるが、甲の提案に応じたものであるから、共謀に基づく。1回目殴打されたCは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げ、なおも丙に殴りかかってきたことから、丙は2回目殴打をした。その間に丁の声掛けがあったが、丙を発奮させたにとどまる。Cが殴りかかってくる状況は継続しており、甲の提案に応じて身を守るためCを殴ろうとしている状況に変化はないから、上記共謀の因果性は2回目殴打時にも解消していない。したがって、本件暴行全体が共謀に基づくといえる。
 以上から、本件暴行は、共謀に基づく。

エ.以上から、甲は、丙と共同正犯(60条)の関係に立つ。

(3)正当防衛は成立するか。

ア.共同正犯は狭義の共犯と異なり、正犯であるから、狭義の共犯と同様に要素従属性が妥当するわけではない。したがって、正当防衛・緊急避難の成否は各人において個別に判断すべきである。フィリピンパブ事件判例は直接には過剰防衛につき共同正犯者ごとの個別判断をすべき旨を判示したにとどまるが、急迫性を欠くとする理由で過剰防衛を否定しており、上記と同旨と考えられる。このように、違法性の判断は、共同正犯と狭義の共犯で異なり、かつ、共同正犯者相互間でも異なることがある。
 これを本件に即していえば、甲の正犯性を基礎付けるのは、前記(2)アの要素、すなわち、丙を正当防衛状況に陥らせ、Cに対する暴行に至らせることを計画・主導した点にあり、丙の正当防衛行為に従属するのでなく、その上位にあってこれを利用して犯罪を実現する独立した地位にあるから、丙が正当防衛行為をすることを前提に、なお、甲に独自の正当防衛が成立しうるかを問わなければならず、甲自身においてその成立要件を満たさないときは、甲の行為は違法と評価される。単に丙の正当防衛行為を容易にしたにすぎない丁の行為とは、この点で決定的に異なる。

イ.甲について正当防衛は成立するか。
 甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考えており、侵害の予期がある。
 36条の趣旨は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容した点にあり、侵害を予期していた場合、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らし、その機会を利用して積極的に加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、同条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、急迫性が否定される。行為者と相手方との従前の関係、予期された侵害の内容、侵害の予期の程度、侵害回避の容易性、侵害場所に出向く必要性、侵害場所にとどまる相当性、対抗行為の準備の状況、実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮する(判例)
 甲は、C方に向かうに当たり、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えていた。侵害を予期し、かつ、その機会を利用して積極的に加害行為をする意思で侵害に臨んだといえ、特段の事情がない限り、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない。
 確かに、甲がC方に出向いた主要な動機は直接文句を言うためで、暴力を振るうことは主要な動機でなく、Cを痛め付けるのは、Cから殴られるという仮定の条件が満たされた場合だけであった。丙を連れて行っただけで、殺傷力の高い凶器を準備したなどの事実はない。
 しかし、甲は、以前仲間割れしたCに電話したところ、Cから罵倒され激高した。甲はCと対立関係にあった。甲は、Cが粗暴な性格であると知っていた。甲は、粗暴な性格の丙を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出した。わざわざ丙を呼び出す行動に出たことは、甲において、Cが暴力を振るう可能性が高いと考えていたことをうかがわせる。Cが「ふざけるな。」と怒鳴りながら、玄関から出た様子を見た甲は、事前に予想していたとおりCが殴ってくると思い、後方に下がった。この行動からも、甲の予期の程度が相当高度であったと認められる。甲は、丙に対し、甲がCに文句を言うつもりであることやCから暴力を振るわれる可能性があることを何も説明しなかった。Cからの暴力を回避したいのであれば、上記を説明の上、暴力を振るわれそうになったら制止してほしい旨を丙に依頼するという方法があった。それが容易でないとの事実はうかがわれない。Cに直接文句を言おうとしたのは激高したという感情的動機にすぎず、他にCから暴力を振るわれる危険を犯してまでCに直接面会しなければならない理由は見当たらない。Cが「ふざけるな。」と怒鳴りながら、玄関から出た様子を見た甲は、事前に予想していたとおりCが殴ってくると思ったのであるから、直ちにその場から退避する方法があり、敢えてその場にとどまるべき相当な理由は見当たらない。甲はCから殴られると予期しており、実際にも、Cは丙を殴ったから、実際の侵害行為の内容は甲の予期のとおりであった。甲は、丙らから2メートル離れてその様子を見ていたが、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。その後、甲が実際にCを押さえた事実はうかがわれない。甲は、自らは安全な場所にいて、専ら丙の正当防衛状況の機会を利用して、丙をして積極的にCに加害行為をさせる意思であったことが明確である。特段の事情は認められない。
 したがって、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない。急迫性を欠き、正当防衛は成立しない。

(3)以上から、暴行罪の共同正犯が成立する。

(4)よって、甲は、同罪の罪責を負う。

以上

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