1.令和6年司法試験刑事系第1問設問1の甲の罪責のところでは、事後的奪取意思がメイン論点であることが明らかです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 1 特殊詐欺グループを率いる甲(28歳、男性)は、同じグループの配下のA(25歳、男性)が資産家名簿を別の特殊詐欺グループに無断で渡したと考え、某月1日午後8時頃、人のいないB公園にAを呼び出し、Aに「名簿を他のグループに流しただろう。相手は誰だ。」と言って追及したが、Aはこれを否定した。甲は、Aがうそを言っていると思い腹を立て、Aの頭部を拳で殴り、その場に転倒したAに「殺されたいのか。」と言いながらAの腹部を繰り返し蹴って、Aに肋骨骨折等の傷害を負わせた。 (引用終わり) |
ここは、「新たな暴行・脅迫が必要だけど、それ自体で反抗を抑圧する程度じゃなくてもよくて、既に生じた反抗抑圧状態を継続させれば足りるンゴ。」という感じのことを書いて、「この財布はもらっておくよ。」と言ったことが新たな脅迫になると当てはめれば終わり。とっても簡単なお仕事です。当サイトの参考答案(その1)は、そんなノリで書いています。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)
強盗罪の暴行・脅迫は財物奪取に向けられたものでなければならないから、暴行・脅迫後に財物奪取の意思が生じた場合に強盗罪が成立するためには、新たな暴行・脅迫が必要である。もっとも、この場合の新たな暴行・脅迫は、それ自体として反抗を抑圧する程度である必要はなく、既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度のもので足りる。 (引用終わり) |
裁判例も、単純な金品要求でオッケーとも読める感じのことを言ってるので、それで直ちに間違ってるとまではいえない。なので、これで十分合格答案なのでしょう。
(東京地判昭47・1・12より引用。太字強調は筆者。) 強盗罪は、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行もしくは脅迫を手段として財物を奪取することによって成立する罪であるから、本件のように、犯人が別個の目的により相手方に暴行、脅迫を加え相手方を反抗不能の状態に陥れた後に初めて財物奪取の犯意を生じこれを実行に移した場合において、当該奪取行為が強盗になるとするためには、犯人の右決意後において暴行又は脅迫と評価できる言動がなければならないというべきである。 (引用終わり) |
2.しかし、考査委員は、その先の話を問いたかったのだろうと思います。すなわち、「既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度の暴行・脅迫」って、一体どんなもんなんだ、ということです。仮に、本問が以下のような事案だったとしましょう。
(問題文より引用。太字強調部分は筆者が改変したもの。) 甲は、Aの所持品の中に資産家名簿の流出先に関する手掛かりがあるだろうと考え、Aの所持品を奪うつもりはなかったが、甲から1メートル離れた場所で倒れたままのAに「持っているものを見せろ。」と言った。Aは、既に抵抗する気力を失っていたので、A所有の財布1個(以下「本件財布」という。)を上着ポケットから取り出してAの手元に置いた。甲は、本件財布を拾って中身を見たところ、本件財布内に資産家名簿の流出先を示すものはなかったが、現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなった。甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、本件財布を手にしたまま、無言で立ち去ろうとした。Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたのでそれを制止できずにいた。そこで、甲は、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた。 (引用終わり) |
前記東京地判昭47・1・12は無言の脅迫というものも認めています。では、上記の場合も、無言で立ち去ろうとしたことが、新たな無言の脅迫になるのか。「さすがにそれはヤベーだろ。」というのが、大方の感覚でしょう。学説上も、単にその場にいるだけとか、黙って財物を取り上げるというだけでは、新たな暴行・脅迫とは認めないのが普通です。上記裁判例も、何らかの作為を要求していて、しかも、単に財物を取り上げるというだけでは新たな暴行・脅迫とは認めていません。この裁判例では、「相手の身辺に近づく」ことをもって無言の脅迫になる余地があるとしていますが、それは、ボッコボコに殴られた後に、その相手がヒタヒタと自分の方に近寄ってくれば、「何のためにこっちに来るの……ひょっとしてまた殴られるのイヤァァァァっ来ないでっ。」となるからであって、黙って財物を持って行ってしまうことまで無言の脅迫とする趣旨ではないでしょう。
(東京地判昭47・1・12より引用。太字強調は筆者。) 相手方がこのように反抗不能の状態に陥っている場合においては、他の場合とは異なり犯人のちょっとした動作、たとえば単純な金品要求の申し向けとか単に相手の身辺に近づく等の行為があっても相手方の反抗を抑圧するに足りる無言の脅迫として作用する余地があると解せられるけれども、いずれにせよ財物奪取の手段として評価するに足る何らかの作為がなければならないというべきである。しかるところ、本件において、被告人は、前認定のように畏怖状態に陥った被告人が財布等をさし出した時に初めて財物奪取の犯意を生じ、しかも間ぱつを入れずそれを奪い取って逃走しているのであるから、被害者が右財物奪取の犯意を生じた後において、程度のいかんを問わず暴行又は脅迫と評価するに足る行為があったと解することはできない。 (引用終わり) |
そういうわけで、仮に本問が無言で立ち去った事例であった場合には、新たな暴行・脅迫がないので、窃盗にとどまる、ということになるわけですね。でも、それって何かおかしい。何も言わずに立ち去れば窃盗だったのに、「この財布はもらっておくよ。」と言ってしまったばっかりに、強盗になってしまうのか。「この財布はもらっておくよ。」と言って持ち去るのは、一応はもらっていく旨を報告してあげているわけで、無言で勝手に持って行くのと比べると、ちょっと紳士的ともいえる行為です。その一言に、窃盗と強盗を分ける意味があるのか。甲としては、「そんなことなら無言で持って行けばよかったよ。」ということになるわけで、まあ、普通に考えておかしいです。
もう1つ、本問が以下のような事案だったとしたら、どうか。
(問題文より引用。太字強調部分は筆者が改変したもの。) 甲は、Aの所持品の中に資産家名簿の流出先に関する手掛かりがあるだろうと考え、Aの所持品を奪うつもりはなかったが、甲から1メートル離れた場所で倒れたままのAに「持っているものを見せろ。」と言った。Aは、既に抵抗する気力を失っていたので、A所有の財布1個(以下「本件財布」という。)を上着ポケットから取り出してAの手元に置いた。甲は、本件財布を拾って中身を見たところ、本件財布内に資産家名簿の流出先を示すものはなかったが、現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなった。甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、無言で軽くAにデコピンをした。そして、本件財布を手にしたまま、立ち去ろうとした。Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたのでそれを制止できずにいた。そこで、甲は、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた。 (引用終わり) |
上記の場合であれば、「軽くデコピンをした行為は有形力の行使であって、反抗抑圧状態を継続させる程度のものであるから、新たな暴行に当たる。」と言えそうですが、マジですか。この辺りでちょっと気が付いたと思います。「そりゃあ確かに反抗抑圧状態は継続してるだろうけど、それはデコピンしたからじゃねーだろ。」ということです。すなわち、「既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度の暴行・脅迫」とは、「その暴行・脅迫がされたからこそ、反抗抑圧状態が継続したよね。」、裏を返せば、「その暴行・脅迫がなければ、反抗抑圧状態から復活して抵抗してきたかも。」といえるような状況でないといけない。「何もしなくても反抗抑圧状態が継続していたところに、とりあえず何かした。」というだけでは、新たな暴行・脅迫を要求した意味がないのです。こうして、新たな暴行・脅迫必要説の論者の多くが、反抗抑圧状態に対する因果性、すなわち、それによって反抗抑圧状態が強化されたとか、放っておけば反抗抑圧状態が解消してしまうのを阻止したというようなことを要求するようになったのでした(※2)。
※2 松原芳博『刑法各論[第2版]』(日本評論社 2021年)249頁。近藤和哉「反抗抑圧後の領得意思と強盗罪」立教法学97号(2018年)225~227頁。森永真綱「強盗罪における反抗抑圧後の領得意思:新たな暴行・脅迫必要説の批判的検討」甲南法学51巻3号(2011年)143頁。
3.さて、その観点からみたとき、本問で、反抗抑圧状態に対する因果性はあるといえるでしょうか。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 甲は、Aの所持品の中に資産家名簿の流出先に関する手掛かりがあるだろうと考え、Aの所持品を奪うつもりはなかったが、甲から1メートル離れた場所で倒れたままのAに「持っているものを見せろ。」と言った。Aは、既に抵抗する気力を失っていたので、A所有の財布1個(以下「本件財布」という。)を上着ポケットから取り出してAの手元に置いた。甲は、本件財布を拾って中身を見たところ、本件財布内に資産家名簿の流出先を示すものはなかったが、現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなった。甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言った。Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたので何も答えられずにいた。そこで、甲は、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた。 (引用終わり) |
「この財布はもらっておくよ。」と言ったことでAの恐怖心が強まったとか、無言で立ち去ろうとしたらAに制止されそうだったんだけど、「この財布はもらっておくよ。」の一言でAがビビって制止できなくなった、なんて事情が全く読み取れないことが分かります。そうです。本問は、反抗抑圧状態に対する因果性がないので、これを要求する立場からは、新たな脅迫を認めてはいけない事例だったのです。おそらく、考査委員は、この問題意識を問いたかったのでしょう。それだけではない。本問は、新たな脅迫を認めるに当たり消極の要素が他にもあります。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 甲は、Aの所持品の中に資産家名簿の流出先に関する手掛かりがあるだろうと考え、Aの所持品を奪うつもりはなかったが、甲から1メートル離れた場所で倒れたままのAに「持っているものを見せろ。」と言った。Aは、既に抵抗する気力を失っていたので、A所有の財布1個(以下「本件財布」という。)を上着ポケットから取り出してAの手元に置いた。甲は、本件財布を拾って中身を見たところ、本件財布内に資産家名簿の流出先を示すものはなかったが、現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなった。甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言った。Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたので何も答えられずにいた。そこで、甲は、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた。 (引用終わり) |
「この財布はもらっておくよ。」と言った時点で、甲は既に本件財布を手中に収めています。強盗罪の暴行・脅迫は財物を奪い取る手段じゃないといけないよね、というのは、新たな暴行・脅迫必要説を論証する際に説明しているはずです。でも、財布は甲が持ってるんだから、もう奪い取る必要なんてないじゃないか。確かに、本件財布を拾って中身を見る時点では、甲は名簿流出の手掛かりを探すつもりだったので、中身を確認したら返却する意思ということでしょう。なので、甲に占有の意思がなく、いまだ占有は移転していない(※3)。それはそうだけど、ここでは、そのような意味での占有が問題になっているんじゃないでしょう。既に手中に収めているのだから、抵抗できない状態にする必要がないってことですね。「財物奪取に向けられた」の要素も相当怪しいのです。もう1つ、結構忘れられがちなことなのですが、「脅迫」ってなんだっけ?ということを思い出す必要があります。脅迫とは、「害悪の告知」だったのでした。「この財布はもらっておくよ。」は、害悪の告知なのか、こういうとき、通常は、「渡さないとまた暴行を加えるぞ。」という黙示の害悪の告知がある、と認定するのが常道なのですが、本問の場合、甲は本件財布を手中に収め、かつ、Aがもう抵抗できないことを知っています。なので、「渡さないと殴るぞ。」という趣旨でないことは明らかだし、「取り返しに来たら殴るぞ。」というつもりで言ったわけでもない。単に、財布を持っていくよ、と教えてあげる以上の意味がないのですね。こうして、そもそも「脅迫」といえるかすら、実は怪しい事案だったのでした。
※3 財布の大きさ・形状は問題文に記載されていませんが、通常の財布の大きさ・形状を考えたとき、物理的な観点から占有移転を否定できるかは微妙な感じがします。甲が奪う気マンマンで本件財布を拾っていたなら、その時に占有移転を認める余地は十分あるでしょう。
4.以上のことを理解すると、当サイトの参考答案(その2)の意味が分かるでしょう。
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 甲は、本件財布を拾って中身を見て現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなり、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言った。「脅迫」に当たるか。 ア.「脅迫」とは、害悪の告知をいう。 イ.上記発言は本件財布を拾って中身を見た後にされている。甲は、発言時には既に本件財布を所持するに至っていたのであり、財物奪取完遂のためには単にそのまま立ち去るだけでよく、Aに対し何らの働き掛けもする必要がない。そうすると、上記発言を財物奪取に向けられたものと評価することは困難である。
ウ.暴行・脅迫後に財物奪取の意思が生じた場合の新たな暴行・脅迫は、それ自体として反抗を抑圧する程度である必要はなく、既に生じた反抗抑圧状態を継続させる程度のもので足りるが、反抗抑圧状態と因果性を有する必要がある。因果性がないときは、反抗抑圧状態を継続させる暴行・脅迫と評価できず、単に反抗抑圧状態に乗じて財物を持ち去るのと刑法上は等価だからである。 エ.以上から、「脅迫」には当たらない。 (引用終わり) |
とはいえ、こんなの書ける人は、ゼミなどでたまたま知っていた人くらいでしょうし、仮に知っていても、他の受験生のほとんどが強盗で書きそうなところで、堂々と強盗を否定する度胸はない、というのが普通でしょう。そういうわけで、こんなのは合否はもちろん、上位か否かすら分けないだろうと思います。
5.ちなみに、上記の説明を読んで、「反抗抑圧状態の解消を阻止する」ってどういう状況なのよ、と思った人は、鋭いです。一度派手に殴り倒されて反抗抑圧状態になった奴が、その場ですぐ復活するわけない(すぐ復活するならそもそも反抗抑圧状態と呼べない。)ので、通常は、「解消を阻止する行為」なんて観念できない感じがする。厳密に因果性を要求すると、今まで普通に強盗と考えられてきた事例も、窃盗になってしまわないか、という感じもするところです。この点は、まさに批判の対象とされています(※4)。現在のところ、反抗抑圧状態との因果性を要求する立場から、この批判に正面から答える見解は示されていないように感じます。その意味では、新たな暴行・脅迫必要説は、ちょっとピンチになっている。本問は、そんな最前線の問題意識が問われた、ということになるでしょう。
※4 近藤和哉「反抗抑圧後の領得意思と強盗罪」立教法学97号(2018年)227頁。森永真綱「強盗罪における反抗抑圧後の領得意思:新たな暴行・脅迫必要説の批判的検討」甲南法学51巻3号(2011年)144頁。